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ビューティフル・ドリーマー(沙耶アナザーストーリー) 5話(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 ※沙耶を知らない方でも楽しめる構成とするため、沙耶の設定を拝借したオリジナルストーリーなっております。

――駐在所に着いたころにはすっかり日も落ちてしまっていた。

 駐在所の電灯には蛾がまとわりつき、取り囲む田んぼからは夏の虫が喧しいとも思える音色を立てている。



「「「こんばんは~」」」

 ……。

  「おぅ、入ってくれー」

 と、駐在所の奥から時間を置いて返事が返ってきた。



 田舎の駐在所だけあって小さなつくりだ。

 入り口から入って左側には、事務用のものであろう年季が入った汚い机が一つ。

 右側には広めのテーブルと、テーブルを挟むように設置された2つの年季の入った3人掛けソファ。

 そして奥の休憩室からは野球中継か何かのテレビの音が響いていた。

 少ししてテレビを止まる音がして、制服を着崩した、無精ひげに咥えタバコの冴えないおじさんが現れた。

 ここのお巡りさん、らしい。



「そこのソファに掛けてくれや」

 言われるがままにみんなでソファに腰を下ろす。

「よっこらしょっと」

「おまえ年寄りくさいな…」

「ちょ、ちょっと口から出ちゃっただけよっ」

 恭介くんに文句をつけながら、あたしも恭介くんと真人くんの間に腰を下ろした。

「おまえさんたち、麦茶でいいな?」

「あ、いえ、お構――」

「子どもが遠慮するんじゃねぇ」

 恭介くんの言葉を遮り、お巡りさんが頭をボリボリ掻きながら奥の給湯室らしきところに入っていく。



 程なくして、慣れない手つきでお盆にコップを乗せたお巡りさんが戻ってきた。

「そら、遠慮しないで飲みな」

「ひゅぅー、オレ喉カラカラだったんだよっ」

「真人っ、麦茶にまでがっつかないでよっ」

「いいじゃねぇかよ、くれるってんだし」

 恥かしがっている理樹くんを尻目に、真人くんがお盆のコップを全員に配る。

「ほらよ、沙耶」

「ありがと」

 コップを受け取り、テーブルには置かずにそのまま手で持つ。

「って、オレの分が足りねぇーっ!」

 で、ものの見事に一つ足りなかった。

「まぁ、真人だしな」

「おいしいぞ、真人」

「やっぱりこういうのこそ真人くんの立ち居地じゃない?」

「くそぅ、なんでオレばっかこういう目にばっか合うんだよっ! いじめかっ!? 筋肉いじめて楽しいかっ!?」

 いや、そこまで涙目になることもないと思うけど。

「…ん?」

 それを聞いたお巡りさんが首を傾げた。

「妙だな、たしかに全員分持ってきたと思ったんだが……」

 …海の家のおばあさんと同じような反応だ。

「ま、面倒臭ぇからおまえさんはなしでいいだろ」

「ひでぇ…」

 かなりいい加減だった。





「――…沙耶のことがわかったと訊きましたが?」

 一息ついてすぐに恭介くんが話を切り出した。

「ああ」

 お巡りさんがガラガラと事務用机からイスを引っぱってきてそれに腰を掛ける。

「遠回りするのはアレだ。本題から入らせてもらうぞ」

「おまえさんたちが身元を捜してくれといった女の子……『朱鷺戸沙耶』だったな」

「はい、そうです」

 あたしが返事をするが、お巡りさんはこちらを見ない。

「その『朱鷺戸沙耶』って子だが――この町には居ない」

「そもそもこの町に『朱鷺戸』という苗字の住人がいない」

「そう…ですか…」

 お墓を探したときからそんな気はしていた。

「お盆だからさ、この町の親戚の家にでも来たんじゃないかな?」

 理樹くんの目があたしに向けられている。

「そうかもね」

 だったらあたしは一体どこからここへ来たのだろう?

「ちなみにな」

「県にも『朱鷺戸』という苗字の住人がいない」

「ついでなんで他の県にいる後輩らにも声を掛けておいた」

「んで、ついさっき全員から知らせがあってな――」

「結果は?」

 答えを急がせる恭介くん。

「――該当なし」

「ここらの隣県全部な。つまるところ、何もわからんことがわかった」

「……そうですか……そうなんだ……はぁ」

「そー気を落とすな、さや」

「…あははぁ、ありがと鈴ちゃん」

 とは言っても、そんなに広い範囲で調べてもらってわからないとなると気落ちもするわよね…。

「ここまで調べてわからねぇとなると偽名の可能性が高いだろうな」

「偽名だなんてそんなことっ……」



 偽名……?

 ……ないと言い切れるだろうか?

 そもそも記憶がない。

 なんとなくなのだ。

 なんとなく『朱鷺戸沙耶』が自分の名前だと思っているだけなのだから。

 ……。

 あたしは本当に沙耶なの?

 もしかして沙耶じゃない…の?



「……」

 ポン。

 頭に乗せられた温かい感触に横を向くと、隣に腰を下ろしている恭介くんが無言であたしの頭に手を乗せていた。

 横の真人くんも

「しけたツラしてんじゃねぇよ」

 といつもの調子で突っかかってくる。

「しけたツラなんてしてないっ」

 …不思議ね。

 それだけで不安感が飛ぶような気がする…。



「こちらから質問をしてもいいですか?」

 真剣な眼差しを恭介くんがお巡りさんに向けた。

「ん? 構わねぇぞ」

「では……この辺りに『時任』さんというお宅はありますか?」

 さっき、あたしたちがお墓で見てきた苗字だ。

「時任? いるとすりゃ先生だけだな」

「先生?」

「そこの時任診療所の先生のこった」

「腕の立つ先生でな、なんでも昔は外国を回ってたとか言う話だ。ま、尾びれ背びれぐらいは付いてんだろうがな」

 先生……。

 外国を回っていた……。

 どうにもその話が胸に引っかかる。



「時任先生…時任先生…あぁ、おまえさんたちに一つ言い忘れてたな」

 お巡りさんが何かを思い出したのか、立ち上がり駐在所の外へと出て行った。

 そして外の掲示板に張ってあった一枚の紙をはがして戻ってきた。

「こいつなんだがよ」



 それは昨日恭介くんが描いたあたしのモンタージュ(似顔絵)だった。

 あたしの特徴はそれとなく掴んでいる。一見してあたしだとわかるくらいだ。

 ……中途半端にヘタうまな絵よね……。



「実はな、源さん――っと、大工の棟梁な。と、その弟子たちがここを通りかかったときにこの絵を見てウチに寄ってよ」

「この絵の女の子を知ってるって言うんだよ」

「それ、本当!?」

 思わず身を乗り出す。

「マジかよ、知ってる奴がいたなら先にそっちを話してくれりゃいいじゃねぇか…」

 横の真人くんも大きく息を吐き出す。

「そりゃ悪かった。けどまあ、おまえさんたちが預かってる奴とは関係ねぇぞ」

「?」

 ボリボリと頭を掻くお巡りさんの言葉に、みんなの頭にハテナマークが浮かぶ。

「で、その絵…こいつのことをなんて言っていたんですか?」

 あたしの頭をポンポンとしながら話を促す恭介くん。

 お巡りさんが新しいタバコに火をつけた。

「その子はよ、去年まで時任先生の診療所で手伝いをしてたんだと」

「「「「「おおお~~~っ」」」」」

 それぞれの嬉しそうな顔があたしを見つめていた。

「沙耶さん、よかったね」

「明日にでもその診療所を尋ねれば良いだろうな」

 理樹くんも謙吾くんもほっと胸を撫で下ろしている。

「ええ、これで万事解決ね」

 一時はどうなるかと思ったけど、良かったぁ…。

「……」

 そんなあたしたちの様子を不思議そうに眺めていたお巡りさんだが

「人の話を最後まで聞けって…………間違いなくその話は関係ねぇぞ」

「??」

 何を言っているんだろう?

「いいか?」



「源さんの話だとよ――」

「その子は時任先生んとこの娘さんで、名前は時任あや」

 タバコを吸い、大きく煙を吐き出した。



「――去年の6月に死んでる」





 水を打ったように静まり返った空間。

「ところでよ」

 ふと思いついたようにお巡りさんが、タバコの火を押し消しながら言葉を発した。

「不思議に思ってたんだが……茶髪のあんちゃんはなんでさっきから片手を上げてんだ?」

「3人掛けのソファにおまえさんと筋肉のあんちゃん『2人』で腰掛けてるんだからよ、詰めりゃいいだろ」

「っつーか、おまえさんたち『5人』とも妙だぞ」

「まるでよ……さっきから誰かに話しかけてるみてぇで薄気味わりぃんだが」



 みんなを見回すお巡りさんの目。

 だが…それがあたしで止まることは決してなかった。













「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」



 みんなで食事をしている15畳程のお座敷は、解けない知恵の輪を持たされたような沈黙に包まれていた。

 駐在所の帰りからずっとこの雰囲気は続いている。



「……恭介よ」

「……なんだ謙吾」

「なにがどうなっているのか説明してはくれないか?」

「俺に聞かれてもな…」

 自然と二人の目がお茶碗を持っているあたしに向く。

「なななななによっ!?」

「あたしに聞かれてもわかるわけないじゃないっ」

「本人がわかんねぇって言ってるんだからよ、オレたちがあれこれ考えてもしゃーねぇんじゃねぇか」

 真人くんは一人ガツガツとおかずを平らげている。

 こんなときだけは真人くんのマイペースが心強い。

「うーみゅ……」

 隣にちょこんと腰を下ろしている鈴ちゃんがあたしの袖を引く。

「どうしたのよ、鈴ちゃん?」

「あのおまわりさんはさやのことが見えてなかったな。こんなにハッキリ見えてるのに」

「あの後、他の人にも聞いてみたけど……僕たち以外で沙耶さんのことが見えてる人がいなかったね…」

 ……理樹くんの言う通りだった。





 あの後、駐在所は一気に不思議空間となってしまっていた。

 『……あの、実はこのソファには俺と真人の真ん中に女の子が座ってるのですが……』

 『……………………はぁ?』

 『ですから、こいつが見えませんか?』

 『ちょ、ちょっと恭介くん、押さないでよ。あはは…お巡りさん、恭介くんの遊びに付き合わなくていいわよ、ったく…』

 『………………なにしてんだ、あんちゃんよ? 何も見えねぇぞ』

 『え……ちょっ……うそっ!? お、お巡りさん、冗談は止めてくれないっ!? ねぇっ!?』

 『……』

 『沙耶が冗談は止めろ、と言ってますが』

 『いや…なにも聞こえねぇぞ。っつーか、冗談言ってるのはそっちだろうがよ……ハァ』

 お巡りさんの目は真剣そのものだ。

 むしろ恭介くんを『ちょっとコイツヤバイだろ…』くらいな目を向け始めている。

 『お巡りさん、あの…おーい』

 『……』

 あたしが呼びかけてみたけど本当に無反応。

 目すらあたしには向けられない。

 無視を決め込んでいるのか……それとも本当の本当にあたしのことがわからないのか……。

 わかったわよ、徹底抗戦してやろうじゃない。

 『スゥゥ~~~~ッ………………おっっ巡りさぁぁぁーーーん、こっち向いてっ! 向けぇぇぇッ!』

 『うわわっ!? 沙耶さん、そんなに大声上げないでよっ!?』

 『うおっ!? 小僧、いきなり大声上げんじゃねぇ!』

 『え!? ごっ、ごめんなさい…』

 『……』

 それを見て冷や汗タラタラの恭介くん。

 『お、落ち着けおまえら、まずは号令とってみるか……』

 『理樹!』

 『いちっ!』

 『鈴!』

 『ん? に』

 『謙吾!』

 『ふ…三だ』

 『沙耶!』

 『よーんっ! よんよんよーんっ! よぉーーーんっ』

 『真人』

 『マッシブ・5っ!』

 『そして俺が6』

 みんなの期待の目がお巡りさんに向けられる。

 『……なんで4だけ飛ばすんだ? あれか? お盆だし縁起がらみか?』

 『うんがぁぁぁーーーっ!! あれだけ連呼したっていうのに本ッッ当に聞こえないの!? ってか、こんなタイミングであたしに4を振るってどういうことよっ!? 縁起悪いじゃないっ!!』

 『いやいやいや沙耶さん、ツッコむところ間違ってるから』

 『お巡りさん、今の沙耶の全力のツッコミは……?』

 『ツッコミだと? なにも聞こえんが』

 真人くんの哀れむような目があたしに向けられた。

 『やべぇぜ沙耶…ツッコミ不発なんて芸人として致命傷じゃねぇか…』

 『そうね、漫才はツッコミが決まってこそ笑いを……って、芸人扱いすんなぁぁぁーーーっ!!』

 『……お巡りさん、今の沙耶の全力のノリツッコミは……?』

 『ん? のったのか? ツッコんだのか? おまえさんたちがふざけてる様にしか見えねぇぞ』

 『さや、言いたくはないが……もー芸人の道はあきらめたほーがいい』

 『鈴ちゃんまでそんなこと言うっ!?』

 そうしていると。

 『――あらあら、今日のここは賑やかね。お邪魔します』

 30代くらいであろう女性が入ってきた。

 お巡りさん曰く、ご近所さん。

 『煮っころがしが余ったんで持って来たんだけど…お巡りさんもあなたたちもいかが?』

 笑顔で大きなお鍋をテーブルの上に置いた。

 『いやいや、ちょうどいい所にきてくれた』

 『?』

 『こいつら何人に見える? 具体的に言ってみてくれ』

 『変な質問……いいですよ』

 『壁側の3人掛けのイスには和服の男の子と、猫さんっぽい女の子と、可愛らしい僕の3人』

 『テーブルを挟んで向かいの3人掛けのイスには体を鍛えている男の子と、それと落ち着いた感じの茶髪の男の子……2人』

 『全部で5人』

 みんなは戸惑いの目でその人を見ていたが、次第にあたしへと移る。

 『本当に……見えて……ないのね……』

 『沙耶さん……』





 あたしたちが腑に落ちない顔で駐在所を出て行こうとしたとき、お巡りさんに呼び止められた。

 『ま、お盆の期間の真っ最中なんだ』

 『足がねぇ奴が出てもおかしくねぇのかもしれん』

 何本めかのタバコをもみ消し、真剣な眼差しがこちらに向けられた。

 『“そいつ”はおまえさんたちと偶然出会った』

 『おまえさんたちは偶然“そいつ”のことが見える。偶然にも5人全員だ』

 『こいつは偶然か? いーや、違うな』

 『こういう仕事をしてるとな、それはもう無関係とは片付けねぇ』

 『おまえさんたちは会うべきして会ったと考えたほうが妥当だ』

 『おまえさんたちにしか出来ない何かがあるのかもな……その辺は専門外だからわからねぇが』

 『“そいつ”とおまえさんたちは縁あって一緒に居るんだろうからよ』

 お巡りさんが静かに笑った。

 『成仏、させてやんな』



――少なくともあたしたちに付き合ってくれたお巡りさんは、冗談も言っていないし、本気で相手をしてくれていた。









「つまり……」

 食事に手をつけていない理樹くんがあたしを見ている。

「沙耶さんは……幽霊……ってこと?」

「にわかには信じられんが、今までの話を総合するとそういうことになる」

「うむ…」

 謙吾くんが唸りを上げた。

「さっき墓で見た名前『時任あや』が沙耶、ということなのか?」

「もし沙耶が幽霊だと信じるならそうなるだろうな」

「そんなこと、このあたし自身が一番信じられないんだけど!! ムシャムシャムシャーッ!」

 やけになって煮っころがしを口にかっ込む。

「ンガッ!? ゴホッ、エホッ、ンガッフッフ、む、むむむ、むせ、むせ、むせたっ」

「うわっ、しっかりしろっ! トントンだっ」

 横の鈴ちゃんが背中を叩いてくれて、なんとか胸のものを飲み込んだ。

「し、ししし、死ぬかと思ったわ…」

「いや幽霊なんでしょ、一応…」

「う、う~ん…そこんとこ本当にどうなってんのかしら…?」

 体の感覚もあるし、頭も記憶以外はしっかりしているし、ご飯だって美味しい。

 はっきり言ってさっき言われたことが冗談だとしか思えない。

 けど。

 あたしが他の人には見えていなかったことも事実だ。



「ゆーれいなら足はどーなってるんだ?」

 座敷に正座して食事しているあたしの足を見つめる鈴ちゃん。

「足?」

「うん。ついてないって本で読んだことがある」

「ほら、きちんとあるわよ」

 座っている鈴ちゃんのヒザの上に足を放り出す。

「ん…きちんとついてるな」



――ふにふにふにふに。



「うわぁっ!? ふっ、ふくらはぎを、もっ、揉まないでよっ!」

「ん、確認してただけだ。きちんとあったかいし柔らかいしスラッとしててきれいだ」

「じじじじじじじじっ実況するなぁーっ」

「足の裏はどうだろう」

「こちょこちょーつんーつんーくににー」

「ゃっ…あはははははっ、り、鈴ちゃん、だめ、だめよっ、なぞらないで、そこ弱いっ…の、あーっはははははーっ」

「こらこら、仲良くなったのはいいがここでジャレ合うなよ」

「そうだよ…鈴も沙耶さんも食事中に行儀悪すぎだよ」

 恭介くんと理樹くんに注意されてしまった。

「「ご、ごめんなさい」」

「幽霊が足くすぐられて大爆笑してんだけどよ…」

「本当に幽霊だと思っていいのか…?」

 真人くんと謙吾くんはめちゃくちゃ訝(いぶか)しげな目だ。

「実際沙耶さんは他の人には見えてなかったしね…」

「まあ、そうなんだが…もう少し現実的に考えてみるか」

 すまし顔の恭介くんがすすっていたみそ汁をテーブルに置いた。

「沙耶が他の人に見えなかったのは幽霊だからじゃない。その前提になって考えてみよう」

「あたしだってそう思いたいのは山々だけど…なら、なんなの?」

「今は21世紀だぜ? 幽霊なんて流行遅れだろ」

「恭介…何かわかるの?」

「ああ、科学的な観点から考えたら自ずと答えが出た」

「マジかよっ!?」

「ああ」

 キリッとした目が上げられた。

「――ステルス迷彩だろ、普通に考えて」

「「「…………」」」

 普通に考えられていなかった!!

「ゲームは程々にしておいたほうがいいぞ、恭介」

「こいつはこれを本気で言ってっからな…」

 謙吾くんと真人くんに呆れられてるし。

「なんだよ、おまえらっ! ちょっとくらい納得してくれたっていいじゃねぇかっ」

「わかった、もういい! 沙耶!」

「なによ?」

「悪いが服を脱いでみてくれ。それが――答えだ」

「「答えのわけあるかぁぁぁーーーっ!!!」」



――ズガンッッ!! ゲジンッッ!!



 あたしの左回し蹴りと鈴ちゃんの右回し蹴りが同時に恭介くんをサンドイッチした!!

「ウワラバンッッッ!!!!」

「悪は滅びろっ!」

「女の敵ね。鈴ちゃん、手伝ってくれてありがと」

「いや、いい。さやはあたしが守ってやる」

「ありがと」

 友情が深まった…気がしなくもない。



 そんなときだった。

「あぁーーーっ!?」

 デジタルカメラをいじっていた理樹くんから声が上がった。

「どうしたのよ、理樹くん?」

「……今日の海の写真を見ていたんだけど……」

 そのまま言葉を濁してしまった。

「どうしたってのよ?」

 みんなでそのカメラを覗き込むと、そこに映されていたのは昼にみんなで撮った集合写真だった。

「いい写真じゃない。これがどうしたのよ?」

「なんか変なもんでも写ってたか?」

「……違うよ……写ってたんじゃなくて……」

 理樹くんの顔色が悪い。

「……写ってないんだ…………沙耶さんだけ」

「え!?」

 写真を良く見ると……本当だ。

 あたしは横の方で恭介くんと肩を組んで写っていたはずなのに、そこだけ空間になっていた。

 恭介くんの腕だけが浮いている。

「うそ…」

 本当に…あたしが…あたしだけがいない。

「これってさ……」

 信じたくないけど信じなければならない、そんな顔を理樹くんは浮かべている。

「ん?」

 謙吾くんが何かに気付いた。

「こ、これは……よく見てみろ。恭介の肩のところだ」

「ん、なんだ? どこを見ればいーんだ?」

「ここだ。恭介の首から肩の位置を見てみろ」

「どうしたってのよ…」

 そこをよくよく見てみると……。

「うみゃっ!? 手だっ! 手だけ写ってるぞっ!」

 恭介くんの肩に誰のものとも知れない手の一部が写り込んでいた!

「うおっ!? これって心霊写真じゃねぇかっ!?」

「それだけじゃないぞ…今まさに恭介の首を絞めようせんばかりの手つきだ!」

「やっぱり馬鹿兄貴は呪われていたのか……」

「こっ、怖いわね……お盆に海なんかで写真を撮るからこんな写真が撮れちゃうのよ」

 ……って。

「これ、この位置、あたしの手じゃないっ!?」

「「「「…………」」」」

 みんなの『ゲ…』と言わんばかりの表情が見て取れてしまった。

「……あはは、次見ようか。あんなに撮ったんだから沙耶さんがきちんと写ってるはずだし…」

 一枚写真を送る。

「な、なんだこれは!? 宙から腕だけが突き出されていてカニを天に掲げているぞ!?」

「生贄かなんかじゃねぇか、それ!?」

「え、それ…あたしの『とったどー』の写真じゃない!?」

 体はなぜか消えてしまっていて、あたしの腕だけが写真には写し出されていた!

「うわ……つつつ、次見ようよ」

「むぅ…海面から犬神家のごとく足だけ生えているな…」

「それ……あたしの足よ……」

「……つ、次見ようよ」

「待て! 真人の尻の辺りに黄色いモヤが掛かっているぞ!? 貴様、屁をこいたな!!」

「こいてねぇよっ!! んなの写るかよっ!!」

「……そこ……あたしが立っていた位置よ……」

「……」

「……つ、次見ようよ……」

「うわっ、バナナボートに顔らしき影だっ!」

「よく見ると沙耶さんの満面の笑顔だね…」

「こっちの写真にはオレを睨むような目が写ってんぞ!?」

「……それ……あたしの目ね……」



 …………。

 ……。



「結局全部心霊写真になっちまってるじゃねぇかよっ!!」

「そんなん知らないわよ!! 好きでやってんじゃないわよっ!! なんであたしはパーツでしか写ってないのよっっ!!」

「ああもうほら、沙耶さん、落ち着いてよ」

「せっかく可愛らしい水着を着てたのに……ブツブツ……」

「問題そこっ!?」

「――まぁ、これでようやく確信が持てたな」

 恭介くんが鼻にティッシュを詰めて復活していた。

「俺たちの間で不思議な現象が起きている。それは間違いない」

「今、沙耶はこうして俺たちの前に普通にいるし、触れるし、見えるが――」

 ポン、と座っているあたしのあたまに恭介くんの手が乗せられた。



「どうやら幽霊で決まりだ」

「そう考えると合点が行く」

「なぜ13日に墓にいたのか――迎え火で戻ってきたんだろう」

「なぜどこから来たかわからないのか――俺たちの理解の範囲を超えたところから来たからだろう」

「なぜ他の奴には見えないし写真にも写らないのか――実体がないからだろう」

「幽霊だと考えちまえば、どれもわかりやすい」



「……」

「……」

「……」

「……」

「……」



 部屋が急速に静けさを増した。

 今まで伝聞でしかなかった情報だからこそ半信半疑だった。

 けど、写真という実際の証拠をみんなで確認したことで……現実を突きつけられてしまった。

 あたしが死んでいる?

 今は幽霊?

 これは……夢?

 なら今あたしが感じている全てのことはなに?

 疑問は果てない。



「そんなに不安そうな顔すんなよ」

「きゃっ!?」

 恭介くんに頭をガシガシと撫でられた。

「俺たちは――正義の味方リトルバスターズなんだぜ?」

「仲間が困ってるんだから、全員の力を合わせて全力で挑まないとな」

「だろ、おまえら?」



「……そうだな。恭介の言う通りだ」

 フッ、と笑顔を溢す謙吾くん。

「リトルバスターズ、その名にかけて解決してやろう」

「ま、ダチが困ってるんだから当たり前だよな」

 いつものようにマイペースな真人くん。

「難しそうな問題だけど、きっと僕たちリトルバスターズなら大丈夫だよ」

 笑顔をあたしに向けてくれる理樹くん。

「あたしはさやを守ってやると約束したからな」

 腕を組んでえっへんとする鈴ちゃん。



「こんな訳わからないことに巻き込まれてるのに…………随分と世話焼きじゃない」

 嬉しいのについ憎まれ口で返してしまう。

「そうだ、世話焼きなんだぜ、俺たちは。知らなかったか?」

 そんなの……昨日見ず知らずだったあたしに良くしてくれた時点で、とっくに気付いてるわよ。

「――沙耶、ちょっとこれを持ってくれ」

「なにこれ?」

「いいから」

 恭介くんが持ってきた巻物の端を持つ。

 そしてそれをだーっと広げた。

 そこには、大々的に文字が書いていた。



「『ミッション・沙耶を成仏させろ!』」



「あたしを……成仏?」

「ああ、そうだ」

「これが今回の俺たちリトルバスターズのミッションだ」

「成仏って、恭介……」

 悲しそうな顔をする理樹くん。

「俺もこの辺のことはよくわからん」

「けどな、沙耶が幽霊なら恐らくは何か『思い残したこと』があるからこそ、この世に戻ってきたんじゃないかと思う」

「つまり、今回のミッションは『沙耶の願いを叶えてあげること』と言い換えることが出来るな」

「さやのお願いか。あたしたちはそれをかなえてあげればいいんだな」

 あたしの横で嬉しそうに声を上げる鈴ちゃん。

「その通りだ」

「そして、駐在所の人が言ってたように…恐らく俺たちリトルバスターズが適任のお願いだろうな」

「それってつまり筋肉関係ってことか!?」

「うっわ、ちょっと脱ぎ始めないでよ暑苦しいわねっ!」

「ぐはっ!? なんで蹴んだよっ!!」

 いきなり脱ぎ始めた真人くんにとりあえずキックだ。

「そこでなんだが…沙耶」

「なに、恭介くん?」

「その辺どうなんだ?」

「その辺って?」

「だから、思い残したこととか願い」

「そう言われてもね……」

 頭を回転させるが、途中で空白の壁にぶち当たる。

「記憶がないの。あなたたちと会う前の記憶がね」

「うわ…そういえばまずはそこからだったね」

「なら、まずは沙耶が幽霊になる前――恐らく『あや』という名前だったころに居た場所に行くのが手っ取り早いな」

――あや、という言葉に体がピクリと反応をする。

「それは駐在所で訊いた『時任診療所』だな?」

「ご明察だ、謙吾」

「今日はもう遅い。明日、時任診療所をみんなで訪ねるとしよう」

「沙耶も大丈夫か?」

「それってつまり……あたしのお父さんに会うってことよね?」

「そうなるだろうな」

 お父さん……。

 お父さん、か。

 懐かしい響きが胸に込み上げる。

 同時に言い知れない不安感も溢したインクのように胸に広がっていく。

「…やっぱ不安か?」

「そりゃ、まぁね。けど……」

 よどむ不安を心の隅に追いやる。

「まずはあたしは自分のことが知りたい。だから行きたいわ」

「そっか」

 ニカッと笑う恭介くん。

「なら決定だな」

 みんながコクリと頷く。





「「「「「ミッション、スタート!」」」」」