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ビューティフル・ドリーマー(沙耶アナザーストーリー) 9話(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 ※沙耶を知らない方でも楽しめる構成とするため、沙耶の設定を拝借したオリジナルストーリーなっております。


8月16日
「ビューティフル・ドリーマー」








 こんな夢を見た。





 暗闇だった。

 もう寒さも感じない。

 周りと自分の境界線すらもわからない。

 まるで意識だけを残して液体になったしまったような気分だった。



 ああ…。



 たぶん、あたしは走馬灯のような記憶を見ていた。

 その走馬灯は瞬く間に過ぎ去り、思い出が手ですくった水のように指の間をこぼれ落ちていく。



 あっと言う間だったなぁ……。



 思い出はどれも綺麗な宝物となっていた。

 つらく苦しいこともこうして振り返ると、なくてはならない良い思い出。

 つらかった思い出も宝石のように輝きを放ち、楽しかった思い出がそれらを彩る。



 あたし…このまま逝くんだ。



 輝きだけを残し、想いがこぼれ落ちてゆく。

 もう、逝こうと思っていた。



 けれど、それでもこぼれなかった想い――こぼすことができなかった想いが手元に残っていた。







  今まであたし、いい子でいたよね……?

  だから…。

  最期にひとつだけ…。

  ひとつだけ……わがまま言ってもいいよね……?







   友達、欲しかったな…。

















――真っ暗な世界に灯る火を見つけた。

――走り出した。その光に向かい。











「あ……」

 目が覚めた。

 朝の日差しが障子から射し込んで、薄暗い部屋を照らし出している。

 ゴソリと布団から上体を起こした。

 周りを見回す。



「ふ……みゅ……」

 あたしの布団の横には鈴ちゃんが布団も敷かずに寝息を立てていた。

「くぅ……くぅ……」

 理樹くんはその隣。丸まって横になっている。

「ぐがー……沙耶オレのカツ食うんじゃねぇよ……ぐがー」

 奥の方では真人くんが大の字で畳に横たわっている。

「……ぬ……ぬお……ぐぅ…ぐぅ…」

 謙吾くんは真人くんの脚がお腹に乗っていて、もがきながら寝ている。

「……すぅ……すぅ……」

 恭介くんは壁に背を預け、座りながら寝息を立てている。

 あたしを見守るかのように、みんな寝ていた。





 その様子を見たあたしの目からは、涙が止め処なく零れていた。

「そっか……」

「あの日にもう、願いは…叶っていたの…ね…」

 いくら涙を拭っても後から後からあふれ出す。



 あたしは…。

 ずっと思い描いていた願いを、楽しいひと時を……

――みんなからもう、もらっていたんだ。









 朝。



 畳が敷かれたいつもの居間には全員が揃いテーブルを囲んでいた。

 あたしの前には、いつかの日にもらった画用紙。

 もう絵はほとんど見えないほどになってしまっていた。

 けど。

 うっすらと『おともだちいっぱい』という言葉だけは読み取ることはできた。

 その絵を撫でると、込められた想いが流れ込むように伝わってくる。



 あたしは自分のことや自分に起きたことをみんなに話した。

 みんなはそれを真剣に聞いていた。

 そして、あたしは最後に言った。

 ……友達が欲しかった、と。





「それって……」

 理樹くんがあたしの顔を見つめた。

「沙耶さんは、友達を作るために戻ってきた…ということ?」

「そっ、そうよ」

 急に恥かしさが込み上げ、俯いてしまう。

 顔もちょっと熱い。

「とっ…友達が欲しかったから、わっ、わざわざ引き返してきちゃった……みたい」

「そうか…」

 それを聞いて口元を緩める恭介くん。

 あたしの想いはささやかなものだった。

 ささやかだけど、どうしても譲れないものだった。

「友達か…いいじゃねぇか」

「ああ、そうだな」

 静かに笑顔を浮かべる真人くんと謙吾くん。

「ふみゅ、そうか……じゃあ、さやのお願いはどうなったんだ?」

 あたしの横に座る鈴ちゃんがクリクリと期待が篭った瞳をあたしに向けながら袖を引いた。

「う…そりゃぁ…」



――あなたたちが、あたしの友達になってくれた。長い間願っていたことを叶えてくれた。あきらめかけていたものをたくさんくれた。



 みんなに伝えたい言葉が頭の中を駆け巡る。

「……そりゃぁ……」

 気持ちを伝えようとするほど、愛の告白をするときのような恥かしさが昇ってくる。

 頭はもう真っ白。



「だ、だから、えと……」



 言いたいことがたくさんあるのに、一つも言葉にならない。

 喉はカラカラ。

 息を思いっきり吸って、目をギュッとつぶった。



「はっ、初めて会ったときにっ、ももももも……」

「もう、あっ、あなたたちが叶えてくれちゃったのっ!」

「あなたたちがっ、あたしのっ」

「ととととっ、とっ、友達になってくれたのーっ!!」



 い…。

 言えたーっ!

 顔は耳まで熱いし、目になんてうっすら涙まで溜まっている。つばまで飛んでしまった。

 目を恐る恐る開けると、みんなは……優しく笑っていた。

 後一つ。

 ありがとうを伝えないと!



「こっ、こんなあたしと友達になってくれて……そのっ、あっ、あっ…」



 へそ曲がりな性格のせい!?

 言葉が出てこない!

 髪が逆立つんじゃないかと思うほど恥かしさが脳天まで駆け上る!

 『ありがとう』って一言、素直な自分の気持ちを言うだけなのにっ!



「沙耶さん、少し落ち着いて、ね?」

「うぐっ…」

 見兼ねてか理樹くんが横から優しい声を掛けてくれる。

「……スーーーハーーーッスーーハーーーッスーーーハーーーッ!!」

 思いっきり深呼吸してみた。

 そして!



「みんなっ、きっ、聞いてよねっ!!」

「そそそそそっそのっ、あっ、あたしと、友達になってくれて!!」



 感謝の気持ちを目一杯想いを込めて、言った。

 精一杯の気持ちを込めて、言った。



「ありぎゃっ!?」



「……」

「……」

「……」

「……」



……舌を噛んだ。



「~~~~~~~っ、~~~~~~っ」

 あまりの痛さに畳をジタバタとのた打ち回る!

「さやっ、だ、だいじょーぶかっ!?」

 鈴ちゃんに支えられて身を起こした。

「……」

「……」

「う……」

「あの……沙耶さん……?」

「うんがーーーーーーーーっっっ!!!」

「うおっ!? なんで逆ギレしてんだよっ」

「うるさいっうるさいっうるさぁーーーいっ!!」

 ああ、もうっ!

 なんでいつも大事なところで失敗するのよーっ!



「相変わらず見ていて飽きないな…」

「ホントだよね…」

「どうせあたしは見ていて飽きない奴よ……ぶつぶつぶつぶつ……」

 謙吾くんも理樹くんも苦笑いだっ!



「――まあ、沙耶の願いもわかったんだ」

 居住まいを崩しながら恭介くんが言った。

「これで俺たちのミッションもやりやすくなったな」

「ん? さやのお願いをかなえるってやつか? それならもうかなったんじゃないのか?」

「いいや」

 鈴ちゃんの疑問に静かに首を振った。

「沙耶が言ったように、初めて会った日に沙耶の願いは叶った」

 恭介くんの瞳があたしに向けられる。

「…粋な計(はか)らいなのかもしれないな」

「お盆期間という短いひと時だが、みんなで一緒に思い出を作る時間もあるみたいだぜ」

「けど、お盆期間って…」

 寂しげな理樹くんの声。

「ああ、そうだ。今日までだ」

「だから俺たちリトルバスターズができることはひとつだ」

 バッと手を前にかざす恭介くん。



「沙耶がいっちまう最後の最後まで――」

「思う存分に遊ぼうぜっ!」

恭介くんの顔は少年の様に屈託のない笑顔だった。



「僕たちらしいね、それ」

 嬉しそうに微笑む理樹くん。

「おお、わかりやすくていいぜっ」

 真人くんが「いつも通りじゃねぇか」と言いつつも嬉しそうな笑顔を見せる。

「ならば俺もハメを外すとしよう」

 あのクールな謙吾くんもニカッと楽しそうな笑みを浮かべている。

「そーだな、今日もいっぱい遊ぼう」

 鈴ちゃんが嬉しそうにあたしの手を取った。



「わっ…」

「わっ、わかったわよっ!」

「仕方ないから今日は、もう、そりゃ死ぬほど楽しんでやるわよっ!!」

 つい照れ隠しに天邪鬼な返答をしてしまうが、みんなはそれに大きく頷いてくれた。



「そうと決まれば」

 恭介くんが襖を空け、後ろからゴソゴソと何かを取り出した。

「沙耶のためにコイツを用意しておいた」

 手にしていたのは……桃色の浴衣?

「え? これは?」

「今日はお盆最終日だからな」

 少年のような笑顔が恭介くんに浮かぶ。



「昼間っから神社でお祭りがあるぜっ!」







――わいわい、がやがや、わいわい、がやがや~!



 賑やかな囃子(はやし)の音や、笑い声、浮き足立った足取りの音がする。

 お昼の神社は老若男女の活気で溢れかえっていた。



「ぬおおおぉぉぉーーーっ!! 祭りが俺たちを呼んでいる、呼んでいるぞっ!!」

「お、謙吾っち! 久しぶりに本気モードじゃねぇか!」

「当然だ! うおおおお、血湧き肉踊るとはまさにこのこと! 真人! そこの吹き矢で俺と勝負だ!」

「おうよ!! ぶっ倒してやんぜっ!!」

 鳥居をくぐるなり大型二人組みが咆哮をあげ、猛烈ダッシュで辺りを掻き分けながら人ごみへと消えていった。



「あいつら、相変わらずバカだな」

 呆れきった目で見送った浴衣姿の鈴ちゃん。

 あたしとおそろいの桃色の浴衣で、髪は上で可愛らしくまとめられている。

「謙吾くんってあんなキャラだったっけ?」

「ん? あいつはいつもは気取ってるが、祭りとかあるとあんなかんじだ」

 なるほどねぇ…。

 クールがホットになる瞬間ってあるものなのね…。

「祭りに来て血が騒がないヤツがいるか、いや、いないぜっ!」

 ちなみに恭介くんも飛び上がらんばかりのハイテンションだ。

「順に全部の露店を回ろうぜっ」

「うわっ、馬鹿兄貴やめろっ! 肩に腕を回すなっ!」

「いいじゃないかっ、なんてったって祭りだぜっ」

「そんなん関係あるかーっ! ふかーーーっ!!」

 テンションを上げすぎたのか、鈴ちゃんに手を回そうとして蹴られていた。酔っ払いなみの扱いだ。

「それにしても、ここってこんなに人がいたのね」

 それにあたしたちくらいの年代や、20代くらいの人もちらほら見える。

「新しい道路が出来てからは帰省も観光も盛んになってきたみたいだからね……ハァ」

「あら? 理樹くんはテンション低いのね」

「そりゃそうだよっ! だって……っ」

「なんで僕まで女の子ものの浴衣なのさーーーっ!!」



 紺色の浴衣が日の光に映える。

 花のアクセントをあしらった髪飾りで可愛らしくまとめられた髪が、呼吸するたびにフワリと揺れる。

 手にはご丁寧に巾着袋だ。

 人前を歩くのが恥かしいのか、頬は朱色に染まって目はキョドキョドと落ち着かないんだけど、そこがまた……。



「さ、沙耶さん~っ」

 し、しまった!

 すっかり見惚れてしまっていた!

「そ、そんなに…じっと見られると、僕……」

 ぽわっ、と頬が染まる。

「はず…かしい……よ」

 まるでお風呂を覗かれてしまった少女のように手をすぼめ目を逸らす理樹くん!

「か……っっっ!」



 だぁぁぁぁぁーーーっ!! 可愛いわねっっ!!

 潤んだ瞳!

 桜色に染まったほっぺた!

 もじもじと動かす指先(浴衣の袖からちょっとだけ出てるのがポイント)!

 これが萌えねっ!!

 可愛くて可愛くて可愛いわっ!!

 もうっ、可愛いったらありゃしないわねっ、理樹くんはぁーっ!



「…お、落ち着け…」

 ポンと肩に手を乗せられ、そちらを見ると。

「気持ちはわかるが……落ち着け……落ち着くんだ俺ッ!!」

 ボタボタと鼻血を流している恭介くんがいた!

 その顔は無理矢理に無表情を作ろうとしているが、嬉しさがにじみ出まくっている!

 さらにその横では。

「む、胸がきゅんきゅ~ん、きゅんきゅ~んだっ」

 『萌え』という単語がわからない鈴ちゃんは、頬を染めながら自分なりの言葉で胸の内を表現していた!

 もちろんこう思ったのはあたしたちだけではなく、周りを通り過ぎようとしていた他の人たちにとっても脅威だったようだ。



  「ん? んんっ!? ててててて、天女様が我らが祭りに参られたぞぉぉぉーーーっ!! なんまいだぶなんまいだぶ…」

  「やれやれ…ついに六さんもついにボケちまって…んなぁあぁーっ!? マママ、マジじゃっ!! 天女様がおらっしゃるぞ!! 有難や有難や…」

  「思い出したぞ…ワシのひいひいひいひい爺さんからの言い伝えじゃ……祭りに天女様がいらっしゃる年は必ず豊作豊漁になるそうじゃ!」

  「わしの入れ歯はどこにいっちまったのかのぉ?」

  「ここまで取材に来た甲斐があったよ! 富竹フラーッシュ!!」

  「これぇっ!! あんたもはよ拝まんかっ!!」



 理樹くんはありがたく拝まれていた!

「ええええぇぇぇーーーっ!? み、みんな頭を上げてよ~っ」

「さ、さすが理樹くんね…」

 きっと邪馬台国の卑弥呼もビックリね。

「前々から理樹は可愛いとは思っていた。だが、まさか神クラスだったとはな」

「違うからぁーっ!」

「……なむなむ……」

「って、鈴まで拝み始めないでよーーーっ!!」







――理樹くんが嫌がったので、結局は男物の浴衣に着替えてから出店を回ることになった(男物浴衣は理樹くんが自ら持参していた)。



「はっはっはっ! まずはどこから回ろうか! どこからでもいいぞっ!!」

 …いつの間に買って来たのか、すでに水ヨーヨー片手に頭にお面を乗せ、最初からクライマックス状態の謙吾くん。

「これだけあると迷っちゃうよね」と、のほほんとした理樹くんが話しかけてくる。

「そうね、金魚すくいに射的にチョコバナナに、それに…」

「あたしはリンゴ飴とイチゴ飴も食べたい」

「鈴ちゃんの意見も採用。あとは千本クジも外せないところよね」

「あっちで背筋力の測定もやってるんだとよっ! 当然いくよなっ!」

「何が悲しくてお祭りで背筋力計らなきゃならないのよ。却下よ、却下」

「んだとてめぇ! あなたの背筋は祭り向きじゃありません、チョコバナナの方がまだ魅力的ですとでも言いたげだなぁっ!?」

「うわわっ!? 真人、こんなところで脱ごうとしないでよーっ」

「とめんなよ、理樹っち!」

 横の騒ぎを無視して指折り数えてみたけど。

「ああもう、どこから見たらいいのっ!?」

「――なに、迷うことはないさ」

 先頭を歩く恭介くんが振り返った。

「これだけ遊ぶところがあるんだからな……」

 キラリと目が輝いた!

「すべての出店を回る!」

 いかにも恭介くんらしかった!

「こいつ馬鹿だっ!」

「そう言いながらも、鈴だってワクワクしているんじゃないか?」

「う…うっさいっ!!」

「ははっ、鈴も納得してくれたところでまずはそこの出店からだな」


 恭介くんが指差すほうを見ると、漁師風の厳つい(いかつい)おじさんが座り、前の大き目のビニールプールには金魚がたくさん泳いでいた。


「金魚すくいじゃないっ!」

 前から一回はやってみたかったのよねっ!

「うおおお、久方ぶりに腕がなるっ!」

「謙吾もやる気まんまんじゃないか。どうだ、俺とひと勝負してみるか?」

「フ…恭介が相手か」

「ルールは簡単、多く採ったほうが勝ちなっ!」

「おうともっ!」

 飛び上がりそうな勢いで出店に向けて駆け出した二人。

「あいつらくちゃくちゃ子どもっぽいなっ! あたしたちも早く行かないと馬鹿たちに全部とられちゃうぞっ」

「え、うそっ!?」

「本当だよ。二人とも異様に上手いんだよね」

 慌ててあたしたちもプールの前にしゃがみ込んでいる二人に並んだ。

 一気にお客が来て、漁師風のおじさんも「ダァーッハッハ!! 捕れるもんなら捕ってみやがれってんだ!」と上機嫌。

 あたしがお金を出したときはさすがに驚いていた。もしかしたら浴衣が浮かんで見えてる?

 が、「てやんでぇ、ばーろーっ! ようは金よっ! 見えなくても金を受け取ったからにゃ客にちげぇねぇ!」と男気満載だ。



「オーケー、揃ったな」

 ポイ(金魚をとる道具の名前)を手にほくそ笑む恭介くん。

「俺の合図で一斉にスタートだ。いいな?」

 全員がコクリと頷いた。

「ゲーム……」

「スタート!!」

「おらあああああぁぁぁーーーっ!!」

 スタートと同時に真人くんが水面に思いっきりポイを差し込んだ。

 ポキッ。

「……」

 折れた。根元から。

「うおっ!? ありえねぇくらい弱ぇ!!」

「いやいやいやっ、真人のやり方が完全に間違ってるでしょ!!」

 真人くん、速攻でリタイア。

「馬鹿すぎて話にならないな……よっ、はっ、とりゃっ」

 鈴ちゃんはというと、リズミカルにお椀に金魚を入れてゆく。

 あっという間に5匹だ。

「へぇ、鈴ちゃん、かなり上手いわね」

「馬鹿たちに鍛えられたからな」

 見ていた漁師風のおじさんも「ダーッハッハぁ……お、お譲ちゃん、そんなに捕っても仕方ないよな? な? そろそろ終いにしちゃどうだ」と冷や汗ものだ。

「沙耶さん、僕たちは協力して捕まえようよ」

「共同作戦ってわけね。いいわよ」

「じゃぁ……」

 理樹くんがポイを水面に指して、器用に金魚を誘導していく。

「よし、沙耶さんのほうにいったよ」

「きた……よし、こい…そのまま、そのまま……」


 ひょいっ。


「いよっしゃ、とったぁぁぁーーーっ!」

 理樹くんのリードのおかげで初めてにして一回目でゲット!

「あーっはっはっは!! これ最高ね!」

「次はあたしが理樹くんのほうに誘導するわっ!」

「うん、おねがい」

「こんな感じねっ!」

 ポイの紙が破れないように徐々に金魚を追い込む。

「きたきた……えいっ」

 ぴちぴちぴちーっ

「わぁ、見て見て、出目金だよ、ほら」

 可憐な花を思わせるような微笑でお椀の中を見せてくれた。

「ブっ……!」

「どうしたの、沙耶さん?」

 理樹くんには悪いけど……。

 どう見ても女の子女の子な反応よね、絶対。



「ん? 謙吾と恭介は勝負すんだろ? やんねぇのか」

 さっきから横の方で不貞腐れながらあたしたちの様子を見ていた真人くんが二人に声をかけた。

「フッ……そうだな、そろそろ俺も動くとするか」

 しばらく金魚を見つめていた謙吾くん。

「――見えたッ!!」

 カッと謙吾くんが目を見開いた!

「ふのおおおおおおおおおおぉぉぉーーーっ!!」



――シュババババババァァァァッ!!



「え…う、うそっ!?」

「さすが謙吾だぜ…」

 真人くんですら息を呑む凄まじさだ!

 金魚がまるで宙に架け橋があるかのようにプールから飛び上がりお椀の中へと次々と吸い込まれていく!!

「へっ、お祭り男爵の異名は伊達じゃねぇってこったな」

 ずいぶんと異名はダサイ。

「……やるじゃないか、謙吾。俺も全力を出させてもらうぜ」

 恭介くんの腕がユラリと動いた。



「棗流金魚すくい秘奥義……」



「うわっ、馬鹿兄貴がアレを出すぞっ!! みんな伏せろーっ」

「えっ!? な、なにっ!?」

 あたしたちが慌てて屈むと同時に、恭介くんの目が光った!

「天・翔・金・魚・閃ッッッ!!」 (あまかけるきんぎょのひらめき!!)

 恭介くんの手が一瞬動いた……ようにしか見えなかった。

 その瞬間!



 ドグォォォォォーーーンッッッ!!



 プールから水柱が青空に向け高らかに立ち上った!!

 可愛らしい金魚たちがキラキラと天を翔けてゆく!



 ………………。

 はぁ!? はぁ!? はぁーっ!?



 遥か上空に舞った水がザバザバと降り注ぐと共に、いつの間にか店の周りに並べられていた大量のお椀の中に、次々と金魚が華麗に滑り込んでゆく!

「……………ああ、あ、あ、ああああ………………」

 降り注ぐ大雨を浴びている出店のおじさんに至っては、可哀想なくらい真っ青で口をあんぐりと開けたままだ!!

「な、なんなのよこれ…?」

「必殺技」

 事も無げにサラッと言う恭介くん!



「きょーすけはこの技で世界をとったんだ」

「相変わらずワケわからねぇことは飛び抜けてすげぇぜ…」

「同感だよ…」

 みんなはほぼ呆れ顔だ!



「フン……確かにすごいことは認めよう」

 謙吾くんが顔に掛かった水を拭きながら口元を上げた。

「だがまだプールの中に金魚はいる。俺が逆転させてもらうぞ、恭介!」

「そうはいかせないぜ、謙吾!」

 再びプールの前に屈みこむ二人!!

「――…………お、お、お、おめぇらよぉ…………」

 ようやく出店のおじさんの硬直が解け、ワナワナと震えだした!

「ありゃ? ちょっとやりすぎたか?」

「やりすぎじゃっボケーっ!」

 ポリポリと頬をかく恭介くんと、その足にゲシゲシとキックを加える鈴ちゃん。

 その間にも、出店の漁師風店主の顔が般若も驚くような形相に変わっていき……。



「さっさとよその店に行きやがれええええええええええぇぇぇぇぇーーーっ!!!」

 ついに噴火した!



「うおっ、やべぇぞ、恭介!?」

「チッ…逃げるぞ、おまえらっ!!」

「金魚はどうする!?」

「可哀想だから置いていってやれ、謙吾っ!」

「ふみゃーっ!? 全部きょーすけのせいだからなっ!」

「あたしまだ金魚すくいしたいんだけど!?」

「沙耶さん、向こうにも別の店があるから今は逃げようっ!」

 逃げ出した背にからは「もう二度と来るんじゃねぇぇぇーーーっ!!」と大激怒の声が聞こえてくる!

「よし!」

 走りながら、無邪気な子どものような笑顔を見せる恭介くん。

「このままそこにある射的の店に突撃するぞっ!!」

「全くこりてないわね!?」

「いいじゃないか、お祭りなんだからなっ!」

 全部このセリフで済ませてしまいそうな勢いだ!

「おまえら、準備はいいかっ!」

「み、な、ぎ、っ、て、き、たぁぁぁーーーっ!!」

 テンション天元突破の恭介くんとお祭り男爵の後について走り抜け、そのままの勢いで射的の出店に滑り込んだ。



「沙耶、おまえに勝負を申し込む!」

 飛び入るなり、早々に謙吾くんに射的の鉄砲を渡された。

「この前のスイカの種撃ちは見事だった」

「お祭り男爵の異名を持つ俺としては、是非ともそのおまえを倒しておきたい」

「射的なんてやったことないのよね。だからいきなり勝負は…」

 腕を慣らした謙吾くんとは勝負になる気がしない。

「…逃げるのか?」

「…………はぁ? 今のはあたしの空耳かしら?」

「逃げるのか、と聞いたんだ」

 カチンときた!

「逃げる? ちゃんちゃら可笑しいわね。笑っちゃうわ! あーっはっはって笑っちゃうわね!」

「やってやろうじゃないの! お祭り男爵ごときヒィヒィ言わせてやるわっ!!」

「フン、面白い」

 なんか上手く焚き付けられた気もしないでもないけど、やってやろうじゃない。

「面白そうじゃないか。俺も一枚噛ませて…」

「きょーすけはあっちで騒ぎを起こしたから一回休みにきまってるだろ」

「マジかよっ!?」



 …………。

 ……。



「いよしゃ、きたああぁぁーーっ!!」

 面白いぐらいぬいぐるみが取れまくっていた!

「沙耶の奴すげぇ…もう9個目だぞっ!?」

「くちゃくちゃ上手いなっ」

「銃の扱いに関してはその辺の素人とは違うの。なんせこちとら本物で練習したことがあるんだから」

 言いながら謙吾くんを横目で眺める。

「くっ……!!」

 手元には6個のぬいぐるみ。

「あっら~ぁ?」

「お祭り男爵あろう人が6個? それじゃあせいぜい『お祭り村人その1』ってところじゃない?」

「言わせておけば…!」

「いいだろう、逆転してやろう!! そこのPS3を取ってな!!」

「ふのおおおおおぉぉぉぉーーーっ!! 落ちろ、カトンボーッ!!」



 ぺちこん、ぺちこん、ぺちこん、ぺちこん。



「なぜ動かんっ!?」

「いやいやいや…気合いじゃ不可能なことだってあるでしょ…」

 呆れ顔の理樹くん。

「ふん、せいぜいあがくがいいわ」

 話しながらも獲物のリラックマの額に標準を定め、トリガー。



――ぱこん。ゆらゆら……こてん。



「うっしゃぁぁぁーーーっ!! ゲットぉーーーっ!!」



「うわ…店の人の目が完全に点だね…」

「そりゃそうだろ、沙耶は見えていないんだ。宙に浮いた浴衣が銃を構えて勝手にぬいぐるみを弾いているようにしか見えないだろうからな」

「そりゃまた恐怖映像だな…」

「あーっはっはっはっ……はぁ…はぁ……次はどいつを頂こうかしら…」

「それに全く動じてない沙耶さんもまたすごいよね…」