Shall we ダンス? 序 「想いが叶った世界2」(2話) (リトルバスターズ)作者:m
紹介メッセージ:
※『リトルバスターズ!』の大きなネタバレが含まれます。ゲームをクリアしてから読むことをお勧めします
――明かりのない夜の校舎は、昼間のそれとは全くの別物だった。
別の空間に来てしまった気さえする。
廊下の端は闇に飲み込まれてしまったのではないか。
教室は地の果てまで無限に続いているのではないか。
そんな疑問さえ首をもたげてしまう。
「いやぁ、ナンですナ…」
「なによ葉留佳?」
「夜の学校はすごい不気味なんだけど…」
「さすがにこの人数だと怖くないですナ」
「それはそうでしょ」
歩みをとめずに二木さんが話す。
「11人で団体行動していればね」
暗い廊下を歩く僕たちの先頭は二木さん。
その後ろに電車ゴッコのように歩いているのが腰が引けたクド(シチュー鍋は二木さんに没収された)と葉留佳さん(豆は二木さんに没収された)。
次に僕と恭介。
さらに後ろでは鈴と小毬さん、西園さんと来ヶ谷さん。
しんがりを務めるのが真人と謙吾だ。
「二木よぉ、学校の電気とかつけたほうが早いんじゃねぇのか?」
「は? そんなことしたら犯人にバレるのがわからない?」
それ以前に、この人数で歩いていたら出るものも出なそうな気がするのは僕だけかな…。
「みんなでいると全然怖くないね~」
「小毬さんも怖がりだけど、この人数ならさすがに大丈夫なんだね」
そう言って振り返ると。
「う、うみゅ…こ、こまりちゃん、そこまでくっつかれると困る」
「……わ、わたしも怖いですがそんなに腕を抱きしめられると……」
「ふぇええぇん、だって怖いんだもんっ」
鈴と小毬さん、西園さんはギュウギュウと身体を密着させて、言うなれば押しくらまんじゅう状態だ。
「……3人ともくっつきすぎで歩きにくくない?」
「理樹、そうは言うけどなっ」
「だって離れると怖いんだもん…」
「……わ、わたしも今はこの状態の方が……」
「おねーさんもこの中央で、鈴君や西園女史のぺたんこおっぱいやら小毬君の安産型のお尻を是非押し付けられまくりたい」
「来ヶ谷さんは鼻血出てるよ…」
「おっと、鼻から心の汗が」
なんて嫌な心の汗なんだろう。
1階をしばらく歩き、特別教室棟に差し掛かったときだ。
「――ストップ」
恭介の声に、今までワイワイガヤガヤと歩いていたみんなが一斉に立ち止まった。
「どうしたの、恭介?」
「シッ!」
合図でみんなに緊張が走る。
…………。
……。
「そこの理科室から物音が聞こえなかったか?」
「お、音、ですか……?」
生唾を飲み込むクド。
「理樹は聞こえなかったか?」
「いや、僕には何も」
耳を澄ますけど、それといった音は聞こえてこない。
「…そういえば、前にこんなことを聞いたことがあるわ」
先頭に立つ二木さんが静かな口調で話し始めた。
「――以前、この学校に田中君(仮名)という生真面目な子がいたの」
「何をするにも真面目。まさに優等生の鏡だったそうよ」
「けど、どういうわけか彼は常に左半身に包帯を巻いていた。腕も脚も、そして顔までも」
「あるとき、一人の男子がふざけて田中君(仮名)の包帯をとってしまった」
「すると……」
「す、すると……?」
先を促す鈴。
「『ミタナぁアぁッ!!』」
「振り向いた彼の顔には皮膚という皮膚がなかった。むき出しの肉のまま」
「彼はそう、人体模型だったのよ」
「姿を消した彼だけど、今も夜な夜な動いては勉強をしているそうよ」
「――こんな話。非科学的な上にありきたりだけど」
「う…」
「どうしたの、直枝?」
「こういう所でそういう話を聞いちゃうとね…」
ありきたりではあるけど。
さすがに夜の学校の、しかも理科室の前で聞かされると怖い。
「がたがたがたがたっ」
「うわっ、こまりちゃんが震度6くらいでふるえてるぞっ!?」
「…む。西園女史は立ったまま失神か」
「わわわわ怖いですっ、怖すぎですっ!」
「うおっ、クー公、オレに登るなって」
「お、お姉ちゃん、さすがにここでそういう話はどーなのさーっ」
「そう?」
二木さんはどことなく楽しそうだし!
「音が聞こえた、というからには理科室を調査する必要があるわね」
ヘッドランプの位置を正すと、理科室のドアに手をかけた。
「……」
「……」
「……」
「……」
あれ、こっちに振り返った。
「井ノ原、確認してきて。命令よ」
「ちょっ!? オレかよっ!!」
……自分で話しておいて怖くなったんだ。
なんて言ったら後からどういう目に遭うかわからない。
「ほう、真人は怖いのか。ならばこの百戦練磨の俺が行かせてもらおう」
「んなわけあるかよっ! オレが見てくるぜっ」
「ひゅーひゅー、真人君かっくいーっ」
真人はクドを降ろして二木さんに預けると、理科室のドアに手をかけた。
――ガラガラガラ。
ドアの奥には月明かりに照らされた理科室が広がっていた。
「別に異常はねぇように見えっけどよ…」
つぶやきながら理科室の奥へと入っていく。
僕たちは、その様子をドアの外から固唾を飲んで見守ることしかできない。
その時。
――ガタタンッ!!
天井が外れ真人めがけて人が降ってきた!
「ぬおっ!?」
その声に反応して鈴たちからも阿鼻叫喚の絶叫が響く!
「うおおおおっ!?」
さらにその声に驚く真人!
その手が降って来た人の腰へ回され――
「くっ、ぬおおおおおおおぉぉぉぉーーーーーっ!!」
それを持った真人がエビ反りに反り返る!
――ドガッチャァァァァンッッッ!!
バックドロップ炸裂!
月明かりに映える真人の筋肉アーチ。
ある種の芸術にさえ見えるから不思議だ。
「って、えええええーーーっ!?」
良く分からないうちに、良く分からない人型の物体が粉砕していた。
カランカランと僕の足元に何かが。
「これ……肝臓?」
更に辺りにはプラスチック製の臓器。
「わふーっ!? こ、これはもしや……べ、勉強好きの田中君ですっ!?」
「勉強好きの田中君がこっぱみじんだっ!」
「マジかよ!? うおっ!?」
起き上がる真人の手には下半身だけになってしまった田中君(人体模型)が抱えられている!
「オレの筋肉のせいで勉強好きの田中君の人生を……ちくしょうっ」
「いやいやいや、それはあくまで作り話だからね」
さらに。
「む。今ので小毬君と西園女史が完全に失神した」
メンバーの被害は甚大だ…。
「西園女史のパンツを見たいんだが異論はないな」
「スカートに顔突っ込もうとしないでよっ!!」
色々な意味で被害が増えそうだ!
「だ、誰、こんなイタズラをしたのはっ!?」
ようやく尻もちをついた体を起こしながら二木さん。
「たぶん…」
僕は隅に目をやった。
「……アレ、めちゃくちゃ高かったんだぜ……」
「わふー…恭介さんはどうして壁に話しかけているのでしょうか?」
「そっとしておいてあげてよ」
きっと恭介がみんなを驚かそうと仕込んでたんだろうなぁ…。
「――それにしてもお姉ちゃん」
落ち着きを取り戻した葉留佳さんがまた二木さんの後ろを陣取った。
イタズラな笑みを顔いっぱいに浮かべている。
「なによ?」
「『きゃーっ!?』だって!」
「ぐ…っ、う、うるさい」
「それで、こてーんって尻もちですヨ、見事な尻もち! 風紀委員長がきゃーって、こてーんってキャハハハっ」
「う、うるさい」
「そっ…それより出発よ出発! 今まさに怪奇現象が起こっているかもしれないわ!」
「おりょっ!? ま、待ってよ、お姉ちゃんーっ」
二木さんは先にズカズカと歩き出していった。
「……二木もあんな顔をするのだな」
貴重だ、と感想を漏らす謙吾。
「よっぽど恥ずかしかったんだから見なかったフリしておこうよ」
「それよりよ」
玉砕した人体模型に適当に臓器を詰め込んだ真人が戻ってきた。
「どうしたの?」
「来ヶ谷の姉御が小毬と西園を持って帰ろうとしてるけどいいのか?」
「バレたか」
「バレたかじゃないでしょぉぉぉーっ!!」
階段を登った。
またみんなで集まって、二木さんを先頭に足を進める。
さっきまで真人と謙吾に背負われていた小毬さんと西園さんも何とか復帰。(来ヶ谷さんが二人の耳にフーしていた)
「ん?」
小毬さんたちと抱き合いながら移動している鈴が声を漏らした。
「ところであたしたちは何を探してるんだ?」
「それはアレですよー」
「あれって何だ、こまりちゃん?」
「アレというのは……がたがたがたがたっ」
「うわっ、またこまりちゃんが震度6くらいで震えはじめたっ!」
「……アレというのはつまり……ふるふるふるっ、ふるふるふるっ」
「みおもしっかりしろっ、震えすぎだっ」
「どれ、私がとめてやる」
「くるがやは後ろから抱き着いてくるなーっ!!」
うーん、この二人はとことんこの手の話はダメみたいだ。
「探しているのはもちろん報告にあった女子生徒の姿よ」
二木さんがカチャリとヘッドランプを上げながら周りを見回した。
「ここまではまだいないみたい。少しでも怪しいと思ったらすぐに私にすること」
「ふたきに言えばいいんだな」
「そう」
……。
さっきの様子を思い出すと、少し心許(もと)ない。
音楽室の前まで来たときだ。
「あれ…?」
「小毬さん、どうかしたの?」
「うん…」
不思議そうにキョロキョロと見回している。
「音楽室ってここだっけ?」
「え?」
扉を見ると見慣れた防音用の扉。プレートには『音楽室』としっかり書いてある。
「そうだけど」
「ううん、そうじゃなくて…なんだろ、場所が違うような…ふえぇ?」
「……」
僕の隣にいる恭介を見ると、同じように眉をしかめていた。
そういわれてみれば…音楽室の位置はここだっけ?
「二木さん」
「何?」
「音楽室ってここで合ってたっけ?」
「はぁ?」
すごい顔をされた。
「ここが一般教室に見えるかしら? それとも美術室? プレートの字は読める?」
そしてめちゃめちゃ言われた。
一瞬の間。その間隙にそれは起こった。
――……ちゃらら~らら、ちゃららららら~♪
シンと静まり返った廊下に、音楽室から小さな音が漏れ聞こえてきた。
「――!?」
全員の身体が一瞬にして強張る!
「おまえら…」
「今のは聞こえたか?」
恭介の言葉に全員が声もなく頷く。
この曲…。
僕はどこかで聴いたことがある。
「チャルメラだな」
来ヶ谷さんの言葉に全員納得。
「…そういや、前にこんなことを聞いたことがあるぜ」
一番後ろにいる真人が、声を低くして語り始めた。
「――以前、この辺りをテリトリーにして屋台を押していたチャルメラのおじさんがいたそうだ…」
「ある雨の日のことだ…」
「チャルメラのおじさんは一本の出前をもらった。あまり売れてなかったから相当に喜んだそうだ」
「その届け先は……そうだ、音楽室だ」
「チャルメラのおじさんは、お客様のために、お客様のためにと気合いで音楽室まで屋台を引いてきた」
「そこで起こっちまったんだよ、事件が……」
「じ、事件……?」
先を促す鈴。
「『屋台がぁ、屋台が通らねぇっ!!』」
「音楽室のドアが小さすぎて屋台が通らなかった!」
「その無念でチャルメラのおじさんは亡霊に……」
「なるかあぁぁーーっ!!」
――ズゲシッ!!
…鈴のハイキックが真人の即頭部に炸裂。
「何はともあれ」
二木さんが音楽室のドアに手をかけた。
「異常は確認する必要があるわ」
「二木が行くのか?」
恭介の質問に手が止まる。
「…もちろんです」
一瞬だけこちらを見て、すぐにドアに力を込めた。
もしかしたらさっきの様子を払拭(ふっしょく)したいのかもしれない。
そのままドアを――
「……」
「……」
「……」
「……」
あれ、こっちに振り返った。
「……直枝。ついてきなさい。命令」
「えええーっ、僕ーっ!?」
「なに? まさか怖いの? あなたもとりあえず男でしょ?」
とりあえず、は付けてほしくなかったよ……。
「リキ、どうか佳奈多さんを守ってあげてください」
「わ、わかったよ」
僕も佳奈多さんの横に並んで立つ。
「直枝、心の準備はいい?」
「うん」
「じゃ、開けて」
「は?」
「開けて」
僕より半歩下がってるし。
「……いくよ」
みんなが見つめる中、僕は音楽室の防音扉を開け放った。
――ちゃらら~らら、ちゃららららら~♪
途端に、さっきよりもはっきりとしたピアノの音。
「無人ね…」
「二木さん、入るよ」
「……」
二木さんが音楽室を覗き込みながら無言で頷く。
僕たちが数歩ほど中に入ったときだ。
――ギギギ、バタン。
「え、うそ!?」
突然入ってきたドアが閉まった!
「ちょっと!」
二木さんがドアに駆け寄り手を伸ばすが、ビクともしない。
「直枝、あなたも手伝いなさい!」
と、二木さんは言うけど…。
「大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのよ!?」
「たぶん恭介の仕掛けだろうし」
「……」
あ、動きが止まった。
「……」
カチャリとヘッドランプの位置を指で直し、スタスタと僕の方へ戻ってきた。
「わかってたわ、それくらい」
自分の髪を人差し指で弄りながら「単純にあなたを試しただけ」とか「棗先輩の行動を把握できないようでは風紀委員は務まらないし」と話しまくっている。
強がりと言うかなんていうか…。
「おそらくピアノのところに仕掛けをしてあるはずだから行ってみよう」
「そうね」
二人でピアノへと近寄り、正面に立った瞬間だ。
――ピロっ、ペタンッ!
今度は何かが落ちてきて二木さんの頭に乗ったっ!
「きゃぁっ!」
「な、直枝っ! と、とって! はっ、早く!!」
「う、うんっ、今取るからっ! 今取るからそんな動かないでっ」
慌てふためく二木さんの頭からくっついているものを取った!
それは…。
「……こんにゃくだ」
「こんにゃく?」
「うん、ほら。こんにゃく」
「……」
「……」
――ポカッ!
「いたたっ、なんで僕叩かれたの!?」
「うるさい!」
自分の髪を人差し指で弄りながら「普通音楽室でこんにゃくが降ってくるなんて思わないじゃない」とか弁解に一生懸命だ。
髪をいじるのは二木さんのごまかすときの癖なのかもしれない。
二木さんが落ち着いてから、僕がピアノを覗き込んだ。
「…あ」
「どう? 何かあった?」
「うん」
……音はラジカセから流れてきていた。
「わふーっ、佳奈多さんが無事戻ってきましたっ!」
「当たり前でしょ」
「すごいな、ふたきはすごい」
「当然よ」
「かなちゃん、怖くなかったの~?」
「ちっとも」
「……わたしには到底マネできそうにありません」
「お姉ちゃん、すごいじゃん」
「フン」
戻った二木さんは女性陣の勇者になっていた。
…中でのことは言わないでおいてあげよう。
「けど、恭介」
「ん?」
「さすがにドアが閉まったときは僕もどっきりしたよ」
「あれはおまえたちが閉めたんだろ?」
「またまた…」
「ん? 本当だぞ。そんなウソついて何の意味もないだろ?」
「え…?」
一瞬、僕の中で不安感が顔をもたげた
「――あなたたち。先に進むわよ」
「あ、うん」
「理樹君、浮かない顔をしているが中で二木女史と二人きりのラブロマンスに失敗でもしたのか?」
「理樹はああいうキツそうなのが好みなのかよ!?」
「むぅ…ではこれから俺もツンデレ系とやらを目指すとしよう。どうだ?」
「どうだって何が!? ねぇ謙吾っ!?」
いつものメンバーに囲まれ、僕の不安感はすぐに消え去ったのだった。
階段を登り、上の階へ。
「うわぁぁぁぁぁ~~~っ!?」
――ゴロゴロゴロゴロ~っ!!
僕たちは大玉ころがしの玉に追われていた。
「恭介っ、テメェだろアレ仕込んだの!? とめろよっ!!」
「中に業務用の強力モーターを突っ込んだまではいいんだが…」
「ふえぇぇーっ、説明はいいから早くとめてーっ」
「いや、転がす仕組みを考えるのに夢中になっちまってな……ブレーキをつけるのをすっかり失念していた」
「失念していた、じゃないでしょう棗先輩っ!?」
「バカだっ! あたしの兄貴はくちゃくちゃバカだぁーっ」
「ひやーっ、なんとかしてぇぇぇーっ」
「わわわっと――わふんっ!?」
クドが脚をもつれさせて転んだ!
「クドリャフカ!?」
「か、佳奈多さん、私のことはいいので早く逃げてくださいっ!」
「ダメよクドリャフカ、今助けに行くわっ」
――ゴロゴロゴロゴロ、ぷにんっ
「わっふんっ!」
「ほわっ、クーちゃんが轢かれたっ!?」
続けて。
「きゃぁっっっ!?」
――ゴロゴロゴロ~、ぷにんっ
「二木さぁーんっ!」
恭介のうっかりで尊い犠牲が二人もっ!
「恭介、どうするのさっ!!」
「どうするって言われてもな。あいつらの犠牲を無駄にするな。生きろ!」
「そういうシーンでもないよね!?」
「仕方あるまい、ここはおねーさんの出番か」
スッ、と来ヶ谷さんが僕たちから離れ大玉に立ち向かった。
――ゴロゴロゴロ~っ
大玉が来ヶ谷さんに突進してくる!
玉との距離がどんどん短くなってゆく!
「来ヶ谷さんっ!」
「安心しろ、理樹君……――ふんっ!」
――ズドンッ!!
キック一閃。
…………。
……。
「…と、止まった」
「ざっとこんなものだ」
「さっすが姉御っすネ!」
「はっはっはっ、伊達におねーさんと名乗っておらんよ」
「……ひとつよろしいでしょうか?」
西園さんが口を開いた。
「……そこの角を曲がれば止まっていたのではないでしょうか?」
「甘いな、西園女史。相手は恭介氏だぞ?」
「そうだな。その辺は抜かりはない。曲がり角では曲がるように設計してあるからな」
「こだわりすぎじゃ、ぼけーっ!!」
――ずげしっ!!
「だはぁぁぁっ!?」
…恭介の顔に鈴の足跡がくっきりとついていた。
まぁ自業自得かな。
階段を登り、上の階へ。
床にブーブークッションが仕込んであったり、ロッカーから市松人形がミサイルのように飛んできたり、来ヶ谷さんが暗がりで僕を押し倒そうとしたり。
様々なトラブルを乗り越えてきた。(ちなみに小毬さん、西園さん失神2回、二木さん悲鳴2回、クド、葉留佳さん逃走3回だ)
けど……。
「次は何が来るのかしら?」
「か、佳奈多さん、わ、私の手を離さないで下さいー…さいー…いー…」
「ミニ子恥ずかしーっ、手をつなぐなんて小学生までだよねー」
「なら葉留佳は私の肩から手をどかしてくれない?」
「いやー、それはそれ、これはこれですヨ」
「あなたたち着いてきてる? 次は噂の東校舎のトイレ、右から4番目の扉を探索よ」
「ほわぁーっ! そ、そこは無理だよ~っ」
足取りが軽い二木さんを先頭に、いつ出るかわからない恭介の仕掛けにドキドキしながら前進している。
「――出ねぇな」
そこに溜息交じりの真人の声。
「そうだな。俺たちの目的は恭介主催の肝試しではなく、謎の女子生徒探索だったはずだが?」
「…そ、そうね」
二木さんが気を入れ直すようにヘッドランプの位置を直した。
恭介のトラップの数々のせいで本来の目的を見失ってたようだ…。
「楽しんでくれて俺は大満足だが」
「棗先輩、目的を忘れないで下さい!」
「悪いの俺かよ!?」
「いやまあ、恭介も悪い気がするけど」
「理樹まで二木派かよ!?」
二木さんはというと髪を指で弄りながら
「私はどれも謎の女子生徒の痕跡かと思い調査していただけです」
「異常があれば調べる、これが本来の目的です」
とか、誰も聞いていないのに弁解中だ…。
「もう出そうにねぇよ。腹も減ってきたし、そろそろ戻らねぇか?」
「真人の案に賛成だ。風呂にも浸かりたいしな」
「何? まだ目的は達成していないのよ? それに――」
二木さんのヘッドランプが動く。
そこには登り階段がランプの明かりにぼんやりと、不気味に口を開けていた。
「――最上階まで行かないとわからないでしょう?」
「へいへい、わかりましたよ」
僕たちは階段を登ってゆく。
最上階に到着し、いつもの教室が並ぶ廊下に足を運ぶ。
僕たちの足音。
僕たちの息遣い。
暗闇の世界にはその音しかないとでも主張するかのように、どこまでもそれが反響していた。
「……恭介氏」
あれ?
珍しいことに、来ヶ谷さんが恭介の横に立ち囁いた。真剣な表情で。
「どうしたんだ、来ヶ谷?」
「気付いていないのか…?」
「ん?」
「どうして――ここに教室が並んでいるんだ…?」
来ヶ谷さんの横顔には……冷や汗。
「――ッ!?」
何かに気付いたのか、恭介がビタリと足を止めた。
「恭介?」
「おかしいぞ…おかしい!」
周りを見渡す恭介にいつもの余裕はない。
「理樹、いいか?」
「ど、どうしたのさ、一体?」
「俺たちは何回階段を上った…?」
「えーっと…」
理科室の後に、1回
音楽室の後で、2回
大玉の後で、3回
真人が文句をいった後。
「4回階段を上ったよ」
「そうだ。4回階段を登ったんだ」
「つまり――」
一息ついて、思い切ったように声を上げた。
「ここは5階だ」
「――4階建て校舎の、5階だ」
聞いた瞬間、背中にツララを突き刺されたような冷たさが走る。
月明かりが陰り、辺りが闇に覆われた。
「ヤバイ…こいつはヤバいぞ! おまえら固まれ! 今すぐにだ!」
みんなが即座に恭介の周りに固まる!
恐怖を失いつつあった闇が、胸を圧迫する重苦しい塊と化す。
「俺から一歩も離れるな! 何が起こるかわからん!」
「謙吾、真人! おまえらが頼りだ! みんなを死守してくれ!」
…………。
「恭介……け、謙吾と真人が……」
どこにもいなかった。
「な…!」
学校ではいつも、どこでも、どんなときでも僕たちの傍らにいる友人が、いなかった。
ドックッ! ドックッ! ドック!ドック!!
心臓が早鐘のように鳴る。
怖い。
一言だ。
怖い。
「あいつらなら自力で戻ってこられる。俺たちは来た道を戻るぞ。いいな?」
恭介が汗をぬぐい戻ろうとしたその時だ。
「あそこに!」
二木さんが指を向けた廊下の遥か遠く、その闇の中。
――女の子が立っていた。僕たちを見つめていた。
――ぼんやりとしていた。
――はっきりとしていた。
――影のようだった。
――光のようだった。
「出たか…!」
心臓を鷲掴みにされたように、僕らは凍りつくしかなかった。
数分にも感じられた時間。多分実際は10秒ほどだ。
「あの女の子……?」
小毬さんの蚊の鳴くような声。女の子…の後はなんと言ったのだろう。
その少女がスッと僕たちに背を向けた。
「待ちなさい!」
「あ、待って、二木さんっ!」
「バっ…離れるな!」
その声虚しく二木さんが少女へ向かって廊下を駆け抜ける!
二木さんを…
一人にはしてはおけない!
「僕も行くよ!」
僕も輪を抜け、二木さんの背を追い駆ける!
「二木さんっ!」
「直枝っ」
追いつき、二人で少女目指して走る。
「なんで距離が縮まらないの!?」
少女は時折、まるで僕たちが追いつくのを待つかのように振り返って止まる。
けれど僕たちとの距離は一向に縮まらない。
それに…。
「この廊下どこまで続いてるのさ!?」
「知らないわよ!」
全力で駆け抜けているのに廊下の端さえ見えない!
後ろからは
「おまえら、しっかり着いてきてるかっ! 後ろの来ヶ谷はフォローを頼む!」
「任せておけ」
リトルバスターズのメンバーの足音も近づいてきた。
――……ゴーン……
「か、鐘の音?」
頭上から大きな音が響いた。
――リンゴォーン…リンゴォーン……リンゴォーン……
重厚な鐘の音が辺りの空気を揺らす。
少なくともチャイムなんかではない。
――リンゴォゥン、リンゴォゥン!
「うあぁっ!? 音が大きくなってきてる!?」
「何よこれ!?」
耳を塞ぎ、前方を見る。
遠くにいる少女が口を動かした。
「た 」
た…?
少女が――消えた。
――リンゴォォン! ゴォゥンッ! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!
校舎が激しく揺れ始めた!
窓側の窓ガラスが少女のいた方向から特急列車の通過のごとく激しく砕け散る!
「危ないっ!」
「きゃっ!?」
二木さんを教室側へと押し飛ばす!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!! ピシッ…ミシッ…ミシミシメキメキメキャッ!
校舎全体に走る亀裂!
「な、なに!? きゃっ!?」
二木さんの足元に大きな亀裂が入り、尻もちをついてしまった!
「二木さんっ!」
手を伸ばした。
「なお――」
二木さんも僕に手を伸ばす。
ガオン。
二木さんの尻もちをついた床が、抜けた。
「え?」
二木さんはポカンとしていた。
突然絵本を取り上げられた子どものように。
その身体が宙に投げ出された。
「二木さぁぁぁんっ!!」
伸ばした手は空を掴み、二木さんは重力に抗うことなく漆黒の闇へと飲まれていった。
僕の後ろから声が響く。
「崩れるぞッ!! ――“世界”が!!」
ガラスを数百枚割ったような音と共に浮遊感。
僕たちの意識は
ホワイトアウトした。
―― 世界は廻る ――