Shall we ダンス?急 「想いを叶えるべき世界2」(最終話) (リトルバスターズ)作者:m
紹介メッセージ:
※『リトルバスターズ!』の大きなネタバレが含まれます。ゲームをクリアしてから読むことをお勧めします
だが、僕たちが2階まで来たときにそれは起こった。
――……ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
遠くから地鳴りと共に何かが崩れる音。
「わ、わふーっ!? な、なんですかーっ!?」
みんなで急いで窓辺に駆け寄り外を見る。
「ふ、ふえぇぇぇぇっ!? 学食のところの棟が崩れてるーっ!」
「え、ウソウソ!? ひやーっ!?」
「カツ食えなくなるじゃねぇかっ!?」
唖然としたみんなの前で、校舎端の学生食堂が入っている一角が地鳴りと共に土埃を巻き上げながら地へと飲まれていった。
辺りの電柱も電線を引きちぎり火花を上げながら、連鎖的にその姿を道路に叩きつけてゆく。
前までとは全く違う崩壊の仕方だ。
「ヤベェんじゃねぇか、これよぉ!?」
さらに地響きが校舎を揺さぶり始めた。
女性陣から悲鳴が漏れる。
「チッ…もう始まりやがったか!」
「始まったとは何のことだ恭介!? ここにいると俺たちもマズいのではないのか!?」
「あ! あそこに!」
二木さんが指差した先。
「……え……あれ、お姉ちゃん? へ……お姉ちゃんが二人?」
「ふえ、ふえぇえぇっ!?」
僕たちから離れたところに現れた少女は…もう一人の二木さんだった。
前とは違い、その姿がはっきりと映し出されていた。
悲しげに佇んでいた。まるで僕たちに別れの言葉を告げるかのように。
地響きが近づき、確かな振動として僕たちを揺すぶる。
「あの子を……捕まえて!」
地鳴りの中、壁に手を付きながらも僕たちと一緒にいる二木さんが声を振り絞っていた。
「うんっ――うわっ!?」
「キミは何をふざけたことをしている! 向こうへ行くな! 逃げないと崩壊に巻き込まれるぞ!」
「そうだよ、理樹君っ! 怪我しちゃうよっ! は、早く逃げようよっ」
「それだと……それだとダメなんだっ!!」
自分でも驚いてしまうほどの強い言葉。
今捕まえないと――。
ここで捕まえないと――。
この世界の理由も二木さんの想いも、わからなくなってしまう!
「今、捕まえないといけないんだ! 絶対に捕まえないとダメなんだっ――――!」
………………。
…………。
少し離れたところでゴォン…と校舎の一部が墜ちる音が聞こえてきた。
「……理樹がそーいうならそうなんだろ。あたしは手伝うぞ」
「鈴…」
「状況がわかんないけど、理樹君がそんなに言うなんてきっと大事なことなんだよね。ちょっと怖いけど、私もてつだうよ」
「小毬さん…」
「……そこまで言うからにはそれほどの覚悟があるのでしょう。怖いと言っている場合でもなさそうです」
「キミたちだけでは不安だ。おねーさんも同行せねばな」
「理樹が行くならオレたちはどこだってついてくぜ! な、謙吾!」
「おうとも!」
「リキがお一人で行くとおっしゃってもついていきますっ!」
「みんな…」
二木さんに目を移す。
「…フン」
ズズズズズーン……ッ。
窓から見える体育館の崩落を合図に、遠くにいた謎の少女――もう一人の二木さんが踵を返し走り始めた。
「みんな…行くよ!」
「恭介と真人、二木さんは僕と一緒に来て! 謙吾と他のみんなは逆から周りこんで! 挟み撃ちにするっ!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
僕の号でリトルバスターズが一斉に動き出した。
もう一人の二木さんの背を追う僕たち。
僕らの背後からは窓ガラスと柱の断末魔が迫ってくる。
「くそっ、急がねぇと本気で間に合わねぇぞ!!」
「差が詰まってきてるわ!」
「理樹、見ろ! あいつ廊下を曲がったぞ!」
前はどこまでもどこまでも一直線に逃げていた。
けど今回はきちんと廊下に果てがある!
「捕まえられそうだね、恭介!」
「ああ!」
角を曲がったところで、廊下の反対側から謙吾たちの声も聞こえてきた。
逃げるもう一人の二木さんが速度を緩め、僕たちの方へ振り返った。
「追いつい――」
と思ったのもつかの間だ。
ピシィッ!!!
「理樹止まれッ!!」
僕たちともう一人の二木さんの間に一直線の亀裂が走った!
「わっ!?」
刹那、爆撃を受けたような爆音と振動と共に目の前の廊下が崩れ去った。
うわわわ、危なかった…陥落した箇所ギリギリ。
パラパラと足元のコンクリートが下の暗闇へと吸い込まれていく。
「あと少しだってのにな。向こう岸までは3メートルってとこか…」
「大丈夫だよ、向こうからは謙吾たちが来るし――」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゥンッッッッッ!!
謙吾たちが迫るほうの廊下も、断末魔を上げ崩れ去った。
対岸でブレーキをかける謙吾たちが見える。
「うそっ!?」
「チッ、やられた!」
僕たちを阻む断崖絶壁。
もう一人の二木さんが佇む場所…そこは完全に孤島になっていた。
けど、僕たちも向こうのメンバーも道を絶たれ近づくことさえできない。
どうすればいいんだ…っ。
「んだよこれっ!」
真人が悪態をつく間にも、さらに地鳴りが強くなってゆく。
僕たちと一緒にいる二木さんに目を向けた。
「……っ」
――そんな顔しないでよ。
後は、僕に任せて。
「真人っ!」
酷い地鳴りの中、真人の腕を引いた。
「力を貸して!」
「僕を向こうまで放り投げて!」
「バッ――」
一瞬眉をしかめ何かを言おうとしたが…。
僕の目を見て、意を決したようにニカッと僕に笑顔を見せてくれた。
「へっ、任せな!! 筋肉0%セーブで放り投げてやるぜ!!」
言うや否や、僕を両手で抱えそのまま下がり助走!
「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」
唸りを上げる筋肉!
「いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!!!」
体の中身が全て引っ張られるような勢いで僕の体が宙へと押し出された!
一瞬の無重力。
いける……ッ!
ギリギリのところで対岸に体ごと転がり込んだ。
両方の廊下から「おおおおおーーーっ!!」と歓声が響き渡った。
「……っ!」
体を起すと目前にはもう一人の二木さん。驚いたような、ほっとしたような不思議な表情だ。
それも束の間、踵を返すとそこに取り残された唯一の教室に体を滑り込ませた。
「待って!」
僕も追いかけ教室へと入っていった。
教室の中は予想外に静かだった。
まるで別の空間だ。
明かりだって明々と灯っている。
見渡すと、並ぶ机の一つに二木さんが腰掛けていた。
脚を組み、うっすらと笑みなんて浮かべている。
「よく追いついたわね」
まるで悪役みたいだ。
――恭介曰く、この世界のキーになっている存在。
――二木さんの心の深いところの形。
二木さんなんだけど、どこか違う二木さんというのが印象だ。
「来て早々で悪いけど、もうすぐここも崩れるから」
「崩れたらそれでお終い。あなたたちもこの世界から出られるわ。もう私とも関わらずに済む。よかったじゃない」
「あーあ、まさか最後の最後で捕まるなんてね。ついてないわ」
大仰な溜息をついて、足をぶらつかせている。
僕にはわかっている。それは本心じゃないって。
「……」
「何よ?」
「……本当はさ」
「捕まえてほしかったんじゃないの?」
「……――」
動きがとまった。どうやら当たりだ。
「もうこの夢の世界がなくなるっていうのにわざわざ出てきてさ。僕たちを見送りしてるみたいだった」
「……」
「そもそも、この夢のはじめで二木さんからお願いされていたからね」
「キミを捕まえてって」
「……」
「きっと二木さんは自分の口で言えない想いを…キミに託したんじゃないかと思ったんだ」
「想いに気付いてほしいけど気付いてもらいたくない。そんな気持ちがキミの行動の現われじゃない?」
「……くだらない」
脚を組み直しそっぽを向く。半分は当てずっぽうだったけど、的を射ていたんだ。
「教えてほしいんだ」
「どうしてこの世界を創ったのか、二木さんの想いは何か」
「どうして僕たちを引き止めたのかも教えてほしい」
「……」
「……そんなの決まってるじゃない」
目線を外し、指で髪をいじり始めた。
「あなたたちを怖がらせて遊んでただけ。散々怖い思いをすれば現実の世界に戻ったって学校が怖くなって遊べなくなるでしょ?」
「あ、それと、ここでならあなたたちが悪行をしても他人に迷惑をかけないじゃない。夢の中でも私は仕事をしていたわけ。お疲れ様っていったところね」
「これでいいでしょ?」
これが真相と言わんばかりにフンと小鼻を鳴らしている。
だから。
僕は静かに言ってやった。
「……違うよ。全然違う」
「…っ」
「本当のことを聞かせてほしいんだ」
「大切な想いがあったはずだよ」
「自分の想いを――誤魔化したままでいいの?」
二木さんがピクッと反応して組んだ脚を崩した。
膝に両手を乗せ、さながら叱られた子どものようだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ったから」
長い沈黙を超え、蚊の鳴くようなか細い声。
「え…?」
「……まだ一緒に遊んでいたかったから……」
静かな想いが静かな教室に流れていた。
「…?」
「……楽しかったから、この時間にいたかった……」
「じゃあ……」
思わずオウム返しの言葉が漏れてしまう。
「僕たちと一緒に遊んでいたかったから、同じ日を……繰り返したの?」
コクリ。
小さく、頷いた。
な…っ。
今の二木さんから零れた言葉は、一片の陰りもない本心からの言葉だった。
それって……。
まるで子どものような理由じゃないか。
ここでも僕たちリトルバスターズの日常が繰り広げられていた。
けど、そんなこと夢の世界じゃなくったっていつも……。
そんな理由で……。
二木さんに目を移すと、僕の言葉を待つかのように小さく俯いている。
……。
……っ!
記憶を遡っていくうちに気づいた。
そうだ。
どうして気付かなかったんだろう。
僕たちと二木さんがこんな風に遊ぶのは、ここが初めてじゃないか。
二木さんを混ぜての、リトルバスターズの日常がここでは起こっていたんだ。
僕だって思ってたっけ。
リトルバスターズと二木さんは関係上、相容れない関係だって。
ふと、夜の学校探索で楽しそうに教室を巡っている二木さんの顔が浮かんだ。
活き活きした顔でヘッドランプを動かしていた。
みんなとおしゃべりしたり、走って回っていた。
どこをとったって楽しそうだったじゃないか。
僕たちにとっては毎日繰り返している何気ない一日だったかもしれない。
それが二木さんにとっては特別な一日だったんだ。
「そう…だったんだ」
二木さんは僕を一瞥すると、音もなく机から降りた。
「――いつも」
「あなたたちのことを見てた」
話し出すのと同時に、教室の黒板が映画館のスクリーンのように映像を映し出し始めた。
古臭い映画のように映像が流れてゆく。
たぶん4階。窓辺からグラウンドを眺めている映像……きっと、これは二木さんの記憶だ。
『カキーーーンッ!』
『いいぞーっ、回れ回れーっ!』
『わふーっ!? 取り損ねてしまいましたーっ!?』
『はい、ごめんよー! 筋肉さんが通りまーすっ』
彼女が居る場所から遥か遠く。全く違う場所。
僕たちリトルバスターズが全力で遊んでいた。
全身を使って溢れる楽しさを表現していた。
『はぁ…』
溜息と共に窓が閉められ、その映像は途切れた。
また別の映像。
中庭だ。そこにズンズンと向かっている様子。
目線の先にはシートを広げてお昼を食べている僕たちがいた。
『そこ。そんなに大々的にシートを広げて食事をしない』
『ご、ごめんなさぁい…けど、今日は真人君が英語で40点とったお祝いだから…その…』
『そうだぜっ! オレのこの晴れ晴れしい点数に免じて許してくれよっ!』
『ハァ? その点数でそこまで喜ばれても困るわ』
『ぐァはっ!?』
『うわぁ、真人しっかりしてっ! すごいよ、真人はがんばったよ! とんでもないよっ!』
『あ、あぶねぇ…危うくこれほどまでに素晴らしい点数なのに自信をなくしちまうところだったぜ…』
『ではでは~、かなちゃんもポッキーいかが?』
『か、かなちゃん!? 物でなんてつられないから』
『ふえぇぇ…そういうのじゃなくて、お祝いだし……その……』
『…………わかったわよ。間違ってもゴミはその辺に捨てないこと。あと他の生徒の迷惑をかけないこと』
『やった~、ありがとう~っ』
『すまないな、二木。お礼ってわけじゃないが、お菓子ももらっといてやってくれ』
『フン』
ポッキーの箱を受け取っていた。
そのままそこを去り、風紀委員の教室へ戻る。
『……』
誰も居ない静かな教室。遠くから喧騒が聞こえるけど、それは彼女が居る場所から遥か遠く。彼女とは関係がないことだ。
箱を開け、一人でポッキーを口に運び、チャイムが鳴った。
彼女はいつも一人だ。
羨み、近づき、注意して、嫌味を言って、そしてまた一人に戻る。
繰り返していた。
何度も何度も。
「――どうかしら?」
二木さんが黒板に手を添えると映像は途絶え、元の黒板へと戻っていた。
「『あちら側の私』よ」
あちら側、つまり『現実』……か。
「堅苦しい女の一場面。改めて見ると滑稽ね。ひどく滑稽で無様」
「滑稽も過ぎると笑えないか。こんな出来損ないのストーリーのヒロインの気分ってどうなのかしらね?」
自嘲気味に肩をすくめていた。
「……僕たちと仲良くなりたかったの……?」
「…………」
答えはない。
けど、その沈黙が答えだ。
「だったら、どうして僕たちに声をかけ……」
バンッッッ!!
二木さんの手が黒板を叩きつけていた。
「それが言えたらこんなことしてない!!」
「!?」
睨みつけるその目は憤怒の色。憎しみの色。嫉みの色。
「…………ッ、……フン」
どうやら僕は今、心の一番の深くにある何かに触れたみたいだ。
「……」
二木さんの手は自分の髪に伸びていた。
「私は風紀を取り締まるべき風紀委員長。生徒の模範であるべき存在なの。それくらい知ってるでしょう?」
最初は力強かった声も、うつむき、髪を指でもてあそびつつ次第に小さくなっていった。
「だからあなたたちリトルバスターズのような、勝手気ままな人たちと交流するわけにはいかない。それが私の職責だし……」
最後は消え入りそうなほどだ。
「二木さん」
僕はゆっくりと首を振った。
今の言葉も取り繕っているに過ぎない。
それも理由の一つかもしれない。
でも本当のことはもっと別にあるんだ。
「良かったら、本当のことを話してよ」
「……」
「……」
「僕でよかったら力になるよ」
「……力になる……ね」
「うん」
佇む二木さんに手を差し伸べた。
その手は――。
「っ!!」
払い除けられた。僕の手を叩き払った音が静かな教室に虚しく響いていた。
「……みんなが……みんな……」
肩が……震えてる。
「…みんながみんな…あなたみたいに強いわけじゃない…」
「え?」
「あなたみたいに強くないの!!」
真剣な眼差しが僕を射抜いた。
「言いたいことを言えない私みたいな人間だっているの!! 気付いてよ!!」
「見てるだけしかできなくて、けど気付いてほしくて、気付かれもしないで、それでも話せなくて話せなくて話せなくて!!」
「気付いてよ!!」
「『どうして声をかけないの』!?」
「あなたなんかにこの気持ちがわかる!?」
本音だ。
本心が僕にぶつけられていた。
「だから……夢の中で……夢の世界でみんなと遊ぼうと思ったの?」
「夢の中だったら私だって仲良くやっていけるのっ!!」
「ここだったらあなたたちも仲良くしてくれた…っ!」
「こんな私でも…っ、友達として扱ってくれてた!」
そこににじむは怒り。悔しさ。隠し切れない哀しさ。
行き場を失ったやりきれない思いが僕に叩きつけられていた。
「……そっか。夢の中で、二木さんは想いを叶えたんだね……」
みんなと仲良くしたい。
世界の理由は――他人が聞けば笑うくらいシンプルすぎる理由だった。
けどそれは、これを日常だと思っているからだ。
僕たちにはとっては日常で気付かないこと。
けど二木さんにとっては……叶えたかった大切な想いだ。
夢。
なんて……なんて……儚いんだろう。
もう。
もう二木さんの想いが叶った世界は、消えてなくなる。
「私だって本当はあなたたちと仲良くしたかった…っ!」
「けどっ! 私なんかと仲良くしてくれるわけがないじゃない」
まるで喉の奥に詰まった物を吐き出すようだ。
「声なんて、かけれるわけがないじゃない…」
「いつもいつも見れば注意ばかりして、先生に報告して、口を開けば嫌味しか言わない」
「こんな女を嫌わない人なんている?」
「いるわけないでしょ?」
「そんな奴が友達になってください? 今までのことは水に流して仲良くしてください? 一緒に遊んでもいいですか?」
「お笑いぐさよ。絶対願い下げに決まってるじゃない」
「なに馬鹿なこと言ってるんだって笑われて一蹴されて、はいそれでお終い」
その手は震えていた。
「仲良くしてもらえるわけなんてないでしょ…っ」
「あなたたちみたいにまるで太陽みたいな、そんな明るい場所に私みたいなのは混じれるわけがないのよ…っ」
「こんな堅苦しい女と一緒にいたって楽しくないし邪魔なだけに決まってる…っ」
「わけわかんないよっ!!」
「な…っ」
気付いたときには叫んでいた。
もう黙っていられない。
いられるわけがないよ!
「なんでさっ!」
「なんで頭の中だけで考えて!」
「聞いてもみないで!」
「やってもみないで!」
「何もしないで勝手に結果だしちゃうのさっ!!」
「そんなこと…そんなこと聞かなくたって…っ」
「僕たちがいつ二木さんのことを堅苦しいって言ったのさ!?」
「僕たちがいつ二木さんと一緒にいたって楽しくないなんて言った!?」
「僕たちがいつ二木さんのことを嫌いだって言ったのさっっっ!!!」
力を込め僕は言い放った。
二木さんの心に巣食う怯えも弱気も不安も全部吹っ飛ばす勢いで。
「やってみないことには全てはわからないんだ!」
「それなのに、なんで何もしないで勝手に結果を決めつけて勝手に諦めちゃってるのさ!」
「そんなのただ傷付きたくないから逃げてるだけだよっ!」
「不安は誰だってあるし、挙げれば切りもない!」
「けどそれと向き合わないと、何も変わらないし伝わらないんだっ!」
「自分からは怖くて何もできないけど相手には気持ちに気付いてほしいなんて、自分勝手すぎるよっ! 甘えてるだけだっ!」
「二木さんだってわかってるはずだ! 思うばっかりじゃ想いなんて伝わらないって!」
「不器用でも格好悪くてもいいじゃないか!」
「言葉で伝えなきゃわからないこともあるんだっっっ!!」
静かな教室に僕の声が反響していた。
「け、けど私は……っ」
二木さんが発した声は震えていた。
「そんなこと言われても…無理なものは無理に決まってる…だって…っ」
「さっきも言ったわ…っ! 言いたくても言えないの! 言葉が出ないのよ! 自分の気持ちを伝えようとすると声が出ないの!!」
「そういう人間なの、私は!」
飛び出したいくせに自分の殻に閉じこもろうとしている。
100の言い訳を考えて、自分の殻に100の鍵をかけている。
僕にできることなんてほとんどない。
できるとしたら。
「言えない、じゃない。言わないだけだよ」
――その100の鍵を全部壊して外に連れ出すくらいだ。
「今、言えてたよ、二木さんは」
「ここで『友達になりたい、仲良くしたい』って自分の想いを口にできてた」
「それも、こんなに大きく声を張り上げてさ」
「…っ!」
矢で体を貫かれたように手を縮め、その瞳が収縮した。
「ここでできたんだから、他でできないはずがないよ」
「その想いを伝えようよ」
「現実で、さ」
時間が止まったのではないかと勘違いするほどの長い、長い沈黙。
「直枝……」
僕たちがいる教室もカタカタと音を立てて揺れ始めた。
「……言ってくれるじゃない……」
二木さんの肩からゆっくりと力が抜けていった。
「……そうね……あなたの言う通りみたい……」
「返す言葉……ない」
肩をすくめ深々と溜息をついた。
「あなたって……」
「……本当にお節介ね」
「よく言われるよ」
振動が強くなってきた。
「もうこの世界の役割も終わりね…」
そう言う顔からは、怯えも不安も消えていた。
見上げると、空間の隙間から光。
同時に僕たち二人の体からも淡い光が幾つも上りはじめた。
「……あなたたちと過ごしたこの時間だけど」
「……楽しかったわよ。ずっといたいと思うほど楽しかった」
「……それこそクセになるような感じ」
「だから……」
「だから……これで終わりなんかにしたくない」
「向こうでもまたこの時間を…作りたい」
その目は夢ではなく現実を見ている。
これから起こるであろうことだ。
「その想いがあればできるよ」
「もっともっとたくさん楽しいことができるよ、絶対に。僕が保障するよ」
二木さんが笑顔をこぼした。
「……それは楽しみね。そのまえに私にとっては大仕事をしなきゃならないけど」
僕は静かに頷いた。
その大仕事は二木さん自身が頑張らなきゃ意味がないんだ。
体を浮遊感が包み込み、世界が白で包まれた。
ああ、僕は目を覚ますんだ。
「――これからよろしく――」
どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。
「ん…」
目が覚めた。
ベットから体を起し「んん~っ」と大きく伸び。
なんだか長い長い夢を見ていた気がする。
けど、なんの夢を見ていたのかはよく思い出せない。
「おう理樹っち、おはようさん」
「おはよ、真人」
「ん?」
真人が不思議そうに僕の顔を覗き込んできた。
「おめぇ…いい夢でもみたのか? 顔が緩んでんぞ」
「え…そう?」
なんだろう…?
よくわからない。
けど、なんとなく…。
「今日は特別なことが起きそうな気がするんだ」
昼休みだ。
学食にリトルバスターズみんなで来て食事。
「なんかね、すんごい長い夢を見た気がするんだ~」
「こまりちゃんもかっ! あたしもだ」
「……もしかしたらみなさんで同じ夢を見ていたのかもしれませんね」
「やははー、まっさかーっ」
そんなことを話しながらみんなで席に着く。
僕の横。
そこはなんとなく空席。
なんでだっけ…と思って目を上げると。
「……っ」
「二木さん?」
少し離れて、なぜか二木さんがお盆を持って立っていた。
その顔はきょどきょどと落ち着かない。
「…っ」
目が合ってちょっとした沈黙。
僕が首をかしげたときだった。
まるで重大決心をしたかのような様子で僕らに一歩近づき、言葉を振り絞った。
「いっ……一緒にその、食べて……いいかしら?」
僕たちの返事はこうだ。
「もちろん」
最高の笑顔で、二木さんを迎えていた。
僕たちにとっては日常の一コマの、ただの一歩かもしれない。
けど二木さんにとってそれは、ありったけの勇気を振り絞った、想いに近づくための大切な、大切な一歩だった。
いつだって彼らのことを見ていました。
何にも束縛されることなく自由奔放に遊びまわる彼らを。
楽しそうでした。
心から楽しそうでした。
それ故に。
あまりにも眩しすぎました。
彼らに近づけたら、と何度も思いました。
そうしたらどうなるかくらいわかっていました。
きっと私は――
太陽に近づき過ぎたイカロスのようにおちてしまうでしょう。
――彼らの元へと。
■あとがき
みなさん、こんにちは。作者のmです。
『Shall we ダンス?』を読んで下さり本当にありがとうございます。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
このSSのメインテーマは『小さな勇気』です。
今、このあとがきを書いているのは5月。
新生活をスタートした方はようやく生活に慣れ始めた頃かと思います。
学校では仲の良いグループも出来ている頃でしょう。
ですが中には孤立してしまう方がいます。
その方は誰とも仲良くしたくないと思っているのでしょうか?
答えはノーです。
本当なら仲良くしたい、楽しみたいと思っています。
そう思ってはいるのですが、すでにグループに自分が入る余地がないように見えてしまいます。
自分に自信が持てない方は最初から無理だと思い込み、一人でいることを選んでしまいます。
のけ者にされるくらいなら、最初から一人がいいと思いこんでしまいます。
大丈夫な人にはどうってことのない小さな『壁』。
ですが、人によってはその『壁』は挑戦することも躊躇するほど高い壁なのです。
ありったけの勇気を振り絞って、頑張らないと超えられない壁なのです。
今回のSSは作者の経験も含めています。
佳奈多にその胸の内を代弁してもらったSSといえます。
少し私の話をしましょう。
私は喘息持ちで小さい頃から体が弱く、都会の空気に馴染めませんでした。
そのようなこともあり、小学校の時に青森の片田舎に引っ越すことになりました。
街灯すらないような所です。
2学期から転入し新しい学校で学ぶことになりました。
もちろんですが、そこではみんなグループが出来ています。
私はというと『都会っこ』という理由で疎まれてしまいました。
話しかけること。
当時内気な私にとってはとても難しいことでした。疎まれているからなおさらです。
今回のSSに書いた佳奈多の気持ちは、当時の私のものです。
結局のところ嫌われたくない、避けられたらどうしようという気持ちで、何一つ行動を起さなかっただけでした。
その後の話です。
班で昼食を食べることになって、その時に『あなたの知らない世界(当時の怖い話の番組)』の話になりました。
そういった話が好きな私はおしゃべりに参加できました。
その後どうなったのか…きっとわかるかと思います(笑)