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花ざかりの理樹たちへ その19.5 ~学校・午前中編~(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。





■■■ ――エピソード・恭介―― ■■■ (『その19』と併せてお楽しみください)





「はっはっは、私を捕まえてごらん」

――ズダダダダダダダダダダアアァァァァーーーッ!!

突然来ヶ谷が現れ、俺のマンガ本を奪っていきやがった!



「クソッ、待てっ!!」

――ズダダダダダダダダダダアアァァァァーーーッ!!

俺も全力疾走で追いかける!



クソッ!

さすが来ヶ谷だ…いい足を持っている。

……俺が全力を出しているのに差が縮まる気がしない。

だが、追いつかなければ。

ちょうど最終巻のいいシーンだってのによ!



そんな来ヶ谷しか見えてない状況がマズかった。

角から少女が出てきたのを見落としていた。



「おわっ!?」

「ひゃっ……!?」



チッ! 避けきれない!

スピードを殺そうにもこの速度じゃ……。



バチコーーーンッ!!



ぶつかる際に咄嗟に体を捻り、骨の部分が少女に当たらないようにしたが…あまりの衝撃に双方が吹き飛んだ。



――ダッシュ、曲がり角、少女、トースト、衝突……。

このままラブコメ突入だろ、これ!?

吹き飛びながらもそんなことが頭を過(よ)ぎる。

そんなことを考えている場合じゃないだろ!

少女が床に激突するのは避けねばならない。

――俺は咄嗟に吹き飛んでいる少女を、しっかりと抱え込んだ。



――ズザザザザザザザーーーッ!



フゥ~。

間一髪、間に合ったようだな……。

「――いたたたた……」

「大丈夫か?」

少女が目を開けた。

「うっ、うわっ!?」

「人の顔を見るなり、『うわっ』はないだろ?」

まあ、いきなり男に抱きかかえられているんだ…無理もない反応だろうな。



――がばっ!



顔を真っ赤にして跳ね起きる少女……純情の塊みたいな反応に、ついつい可笑しくなってしまう。

どうやらこの様子なら、怪我をしたところはなさそうだ。

「その勢いがあるなら…怪我はなさそうだな」

これで強気に言い返してきたなら…ベタなラブストーリーの完成だったんだけどな。

少女は言葉を返さず、代わりに顔を真っ赤にして俯(うつむ)いている。

体までカチカチになっちまってるし。

――こりゃ、相当な恥かしがり屋とぶつかっちまったようだ。

こんな恥かしがり屋なら…一日中、今のことを引きずっちまうだろうな……。

…そうだな。

気を紛らわせてやったほうが良さそうだ。

「ぷっ…はははっ」

「……?」

「いや、悪い悪い。まるでベタなラブストーリーの展開を見てるみたいでな」

「てっきり君が、強気に言い返してくるんじゃないか…なんて期待しちまってさ」

「俺もマンガの読み過ぎだな」

少女はポケッとした顔で俺を見ている。

すまん、少し強引だったな。

まあ、顔の赤みがさっきよりは幾分マシにはなったか。

「そうだな…ベタな流れなら君は転校生、だったりしてな」

興味本位の質問をしてみる。



――コクッ



まだ顔は少し赤いが、一生懸命返事を返してきた。

「マジかよっ!?」

「……どうりで見ない顔だと思ったぜ」

少女は小首を傾げ、優しげな瞳でこちらを見返してくる。

間違いなくこの少女は、可愛いの分類に入るだろう。

だが、この子の魅力は外見というより、むしろ雰囲気だ。

無邪気さが全体から溢れている。

転校生だからだろうか……強い心でありたい…そんな芯の通った雰囲気も伺える。

どこかの誰かさんにそっくりだ。

「――もう友達は出来たのか?」

老婆心でそんなことを聞いてしまう。



――ふるっふるっ



「そうか……」

まだ転校して来て間もないのか……。

ったく、そんな顔でこっち見るなよ。

ウチの誰かさんを見ているみたいで、世話を焼きたくなっちまうじゃないか。

「なら、リトルバスターズのメンバーにならないか?」

一人でいるより、絶対に楽しい。それは保障できる。

「リトルバスターズってのは、まあ今は野球チームだ」

と言っても、楽しそうなことなら何でもやってるけどな。

「個性的な奴らばっかで、絶対に面白いぜ」

この子がメンバーに入ったら…そうだな。

今の鈴と理樹なら…すぐ仲良くなりそうだ。

真人と謙吾は、大騒ぎしそうだな…明らかにあいつらのストライクゾーンだろ、この子は。

小毬と能美に捕まれば、すっかりお菓子漬けにされちまうな。

西園なんかは、この子の雰囲気に弱そうだ。

三枝は…あれで結構人に気を使う奴だからな。最初は取り持ってやるか。

来ヶ谷からは……守ってやらねぇと……。

何であれ、楽しくなることは間違いなしだ!



「くすくすっ」

そんなことを考えていたら、少女に笑われていた……。

――あいつらのことを考えて、ついつい顔が緩んでいたのかもしれない。

「おいおい、笑うなよ? これでも俺は本気なんだぜ?」

それでも少女は嬉しそうにくすくすと笑っている。

ったく。

……無邪気さが笑顔に出まくってるぜ。

そんな彼女の笑顔を見つめる。

どこまでも真っ白で屈託のない、笑顔。

見惚れてしまう。

か、か、可愛いじゃねぇか。

…………。

俺としたことが、ときめいちまってる……!

待て待て、落ち着こうぜ俺!

今から仲間にしようとする子にときめいてどうするんだよ!

まるで下心で誘ったみたいになっちまうじゃねぇか!

けど、少し……

抱き寄せてみたい。

って、何を考えているんだ俺はぁぁぁーーーっ!?

そんなことを考えていると――



――ボシュゥ!

そんな音が聞えそうな勢いで、彼女の顔が真っ赤になった!!

「お、おい? 急にどうしたんだ?」

あまりに突然の変化だ。

さっきまでの笑顔から一変、顔を赤くして慌てふためいている。

ま、まさか…さっきの俺の心が読まれた、なんてことはないよな……?



――すっ



彼女のしなやかな手が俺の首のあたりに掛けられる。



――くいっ

「お、おい?」



そのまま彼女は俺の上体を起こし上げた。

「…………」

俺の首に、彼女の柔らかな腕が絡んでいる……。

待て待て待て待てっ!?

い、いきなりどうしちまったんだ!?

――今、彼女は、俺にまたがりながら、首に手を回し……俺を抱き寄せている!

まさかこれが……以心伝心なのか。

さっき俺が考えたように、彼女も俺を抱き寄せたいと考えていたのか!?

だからって、実行に移す奴があるかよ!?

「い、いや……そのなんだ……せっ、積極的……だな」

緊張のあまり、デリカシーのない発言をしちまった!

「ご、ご、ご、ごめん……」

こんな体勢に持ち込んだ張本人は、トマトほどに顔を赤くして固まっている……。

「ろ、廊下でコレってのも……ま、マズくないか?」

そんなことは勿論わかっている。

彼女を押しのけて俺が動けばいい。

わかっているのだが…体が硬直しちまっている……。

「ご、ご、ご、ごめん……」

彼女は耳まで真っ赤だ。

…………。

もしかしたら、彼女は別なことをしようとして……結果としてこんなことになったんじゃないのか?

まずは落ち着くんだ……。



――スーッ……フーッ

深呼吸をする。

さっきまでのこの子の様子を見るかぎり、こんなことを積極的にやる子ではない。

アクシデントで今の状態になったと考えたほうが自然だ。

……彼女は困ったような、すがるような瞳で俺を見つめている。

事態が大よそ読めた。

こいつ、自分の天然な行動で…ヘマ踏んで、今の格好になっちまって…そして恥かし過ぎて動けなくなった、そういったところだ。

…………。

アホな子かよ……。

もう俺の体は動く。

ここで俺が「ははっ、びっくりだったぜ」と言って彼女を体から離すことは容易だ。

だが、それで彼女はどうなる?

前の様子から恥かしがり屋なのは間違いない。

それに加えて、さっきの俺の咄嗟のデリカシーがない発言だ。

離れて少ししたら、恥かしさで泣き出しちまうかもしれない。

うまくフォローしてやる必要があるな……。

目の前にある少女の顔を見つめる。

少女は顔を真っ赤にして、捨てられた子犬のような眼差しを返す。

――俺が何とかしてやるから、そんな顔するなって。

まったく。

何から何まで誰かさんを見ているみたいだぜ。



…………。

何かがひっかかる……。

目の前にいる女の子。さっきの来ヶ谷の不自然な行動。

まるでセッティングされたかのようなラブコメシチュエーション。

自分が朝言い出したことを思い出す。結果を思い出す。

全てが一瞬で組み合わさる。

この仮定――いや事実だろう。

それが正しいなら、目の前にいる少女は……。



「お、おまえまさか……」

「理樹……なのか?」



――びくんっ!

一瞬少女の身体が飛び上がり、一気に熱を帯びる。



「理樹…なんだな」

「…………」

少女――いや、理樹が……まるで額で湯を沸かせそうなほど真っ赤になって、俯いている。

…………。

こいつが…理樹かよ!?

変わり過ぎだろ……。

ウチの女性陣がよっぽど気合いを入れたようだ。

前々から理樹が可愛いのはわかっていたが…まさか女装でここまで変貌するとはな。

危うく……惚れちまうところだった……。

これは明らかに来ヶ谷の作戦だ。

俺を落とせ、といった類のミッションで間違いない。

あいつの作戦は強引なところがあるからな。

恐らく来ヶ谷が指揮したのは最初だけで、あとは理樹のアドリブ……いやドジか。

…………。

理樹のことだ。下敷きにした俺を起こそうとして、今の状態になっちまったんだな……。

はあぁぁ…。

どこまでも可愛らしい奴め。

目の前にいる理樹を見る。

さっきまでのポーズの恥かしさに加え、そこで正体がバレた恥かしさが重なったのだろう。

真っ赤になってぷるぷると震えている。

今にも泣いてしまうのではないか、そんな様子だ。

しょうもないヤツだ……。

「ははははっ」

「なんだよ、理樹! 顔が真っ赤だぞ」

思いっきり笑い飛ばしてやった。

これは作戦でもあったし、実際どうしてこうなったかわかると笑えて仕方がなかった。

理樹が不思議そうに俺を見てくる。

「すっかり理樹に一杯食わされちまったな」

「危ねえ…あと一歩で理樹に心を盗まれるところだったぜ……」

作戦通り、いつも通りの態度の俺に感化され…理樹の硬直も、そして顔の赤みも見る見る引いていく。

理樹の頭をポンポンとたたいてやる。

さっきの状態がまるで嘘だったように、人懐っこい、居心地ちよさそうな笑顔を見せる理樹。

そんなんだから、来ヶ谷たちのおもちゃにされちまうんだ。





――理樹のぎこちなさもなくなり、いつものノリで会話が弾む。

さすがの俺も、今の理樹の「お兄ちゃん攻撃」には参った……。

危ない方向に走りそうになっちまったよ、おにーさん。

気付いていないのだろうが……会話をする度に理樹は嬉しそうに腕を引き寄せ、体を引っ付けてきている。

いつまでたっても天然気質の甘えん坊だな、おまえは。

まあ、それはそれで可愛くていいんだが。



「……よく僕だってわかったね?」

いきなりそんな質問をぶつけてきた。

「そりゃわかるさ。今まで俺たち、何年もずっと一緒だったじゃないか」

そう言ったものの、自分でも何でわかったのかがわからない。

確かに外見だと理樹とはわからない。

どうみても女の子だもんな。

ただ、いつも一緒にいるせいか……雰囲気でなんとなく、か。

第六感ってヤツかもしれない。

……俺の返事を聞いて、また理樹が赤くなってやがる。

「おいおい、どうしたんだ? また顔が赤いぜ?」

「な、なんでもないよっ!」

笑ったり、怒ったり、ふくれたり…見てて飽きない奴だぜ、ほんと。



さて、そろそろいいだろう。

「――そうだ理樹、おまえに一つ言っておかなきゃならないことがある」

恐らく、あいつらもそこら辺の影から今の様子を覗いているだろうし。

理樹に離れてもらわねぇと、何を言われるかわかったもんじゃない。

「え…何、恭介?」

「おまえ…まだ俺の首に腕を絡めたまんまだからな」

理樹の動きがストップする。

やっぱり今の自分の状態を忘れてたな……。

「うわわわわわわわーーーっ!?」

「まあ、これはこれで面白いよな」

俺としては、もうちょっとこのままでも良かったんだけどな。

「お、お、面白くないよっ!」

理樹は顔を赤くして、慌てふためきながら立ち上がった。

ばか…慌てすぎだろ。

そんな理樹の様子を見ていると――。

「わわっ!?」

突然、理樹のバランスが崩れた。

「お、おいっ!?」

俺は咄嗟に理樹の体を支えようとする。



――ばったんーっ!



肩を押さえられ、そのまま倒れこんでしまった。

――痛つつ~……。

受身を取れずに、しこたま後頭部を床にぶつけちまった…。

理樹は…大丈夫だったか…?

俺は目を開けた。



「――――――――ッ!?」

理樹が目の前にいる。

いや、これは目の前過ぎる!

俺の口に何かが触れている。

…………。

それは間違いなく、理樹の口だ……!



――俺は……。

――理樹とキスしちまったのかっ!!?



どっきどっきどっきどっき!!

いやでも胸が鳴る!



待て待て待て待て!?

俺は言わば、理樹の兄貴のようなものだろ……!?

その理樹に……俺がこんなことを!?

そりゃたしかに前々から可愛いとは思ってたけどよ!?

問題はそこじゃねぇだろ!?

そもそも理樹は男なんだぜ!?

けど理樹なら…なんかオッケーなんじゃないか!?

って、何考えてんだ俺!!

早く理樹を離してやらねぇと!

頭だけは高速で回転しているのに、体はちっとも言うことを聞かない!

息も出来ない、というのはこのことかっ!?



――ガッシャ、バターーーンッ!!



その音で、一瞬にして体の硬直が解けた!

来ヶ谷たちに見られているであろうことを思い出す!

「うわわわわわあああーーーっ!?」

「どわわわわわわあああぁあぁーーっ!?」

自分でもあり得ないと思うほどの慌てっぷりで、理樹から体を離す。

音がしたほうを見ると、案の定、リトルバスターズの面々が折り重なるように倒れていた!

「きょ、恭介っ! 俺の理樹にぃぃぃーーーっ!!」

「理樹ちゃーーーんっ!」

「お、お、おっ、おまえら!?」



俺たちの周りにいつもの面々が集まってきた。

みんな、頬を赤らめこっちを見ている。

そりゃそうだ。

あの位置からだと、理樹が俺を押し倒してキスしたようにしか見えないもんな…。

「わわわわわわーーーっ!? いいいいい今のはほ、ほ、ほ、ほらっ、じっ事故でその……ねっ、恭介?」

慌てすぎだ理樹、そんなんじゃ逆に疑われるだろ!

「そっ、そうだ。これはあれだ。不慮の事故ってヤツでだな……口はついてないような…ついちまったような……」

「二人ともグダグダだぞ」

来ヶ谷…誰のせいだと思ってんだよ!



たしかに口がくっついちまったけど…ここはなんとか誤魔化さないとな。

……理樹を見る。

顔を真っ赤にしてアタフタしている。

成長しても…おまえのその恥かしがり屋なのは相変わらずなのな。

まあ、今のことを全く気にされなくても寂しいが…。

さて、どう誤魔化そうか。

うまく誤魔化さないと…当分の間、全員から冷やかしの嵐だぜ…。

どいつもこいつも俺がまじめに言うと、逆に食い付いてくるからな。

悪ふざけでお茶を濁すとするか。

…………。

理樹は俺のことを一体どう思ってるのか。

そんなことが頭を過ぎる。

俺は――

俺は理樹が大好きだ。

いつまでも一緒にいてやれたら、そう思う。

恋愛……というわけじゃない。

友愛とも微妙に違うだろう。

あえて言葉にすれば、家族愛に近い。

――理樹も、こんな馬鹿ばっかりやっている俺を兄のように慕ってくれる。

きっと理樹も俺と同じなんだろうな。

なら……。

さっき感じちまった“ときめき”は胸の奥底に隠しておくとするか……。





「ち、ちっ違うからっ! 恭介も何か言ってやってよ!」

ほんと…いつまで経っても世話が焼けるな、おまえは。

「ああ、今日の理樹は驚くほど大胆だった……」

俺はいつものノリで、作戦通りお茶を濁しにかかった。




■エピソード恭介の話

「エピソード・恭介」では、恭介の理樹に対する「寵愛」をテーマとしてみました。
いつだって理樹のこと――さらには周りのことを気にかけている、見守っている……そんな恭介の優しさ。
真人や謙吾とはまた違った、恭介なりの…少し大人の愛の形を感じ取っていただければ幸いです。