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花ざかりの理樹たちへ その31 ~学校・午後編~(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。



――笹瀬川さんと二人で廊下を歩く。

…………。



――ちらっ



さっきから笹瀬川さんは僕のほうを見ては、もじもじとしている。

時たま何かを話そうとしてパクパクしては、口をつぐんでいる。

そんなに意識されると…僕まで緊張してくるよっ!



――じーっ

今度は見つめられている!

……う。

恥かしいので、あえて目を合わせないようにする。

――じーっ

視線が刺さってくるっ。

「あ、あのっ」

突然話しかけられた!

「はイっ!?」

緊張しているところに話しかけられ、思わず声が上ずってしまった!

「ご、ご、ごめんなさい……」

僕の返事に驚いたのか、笹瀬川さんもそそくさと顔を背ける。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

二人の間には緊張が張り詰めている!

笹瀬川さんを横目で見る。

頬が上気しているようだ……。

いくら鈍い僕でも…笹瀬川さんが好いてくれているのがわかる。

ま、まさか…このまま告白とかされてしまったらどうしよう!?

そんなことを考えたら、酷くドキドキとしてきた!



「……すーーっはーーっ」

隣で深呼吸をしている音が聞える。

笹瀬川さんは落ち着こうとしてるんだ…。

……。

もしかして、本当に告白とか!?

ど、どうしよう!

「あ、ああああのっ!」

一生懸命さが伝わってくる表情で、笹瀬川さんが口を開いた。

ま、まさか本当にっ!?

「お、お名前をもう一度伺ってもよろしいですのっ!?」

「いやっ僕はそのっまだ誰かとそのっ……って……え?」

「今朝お名前をお聞きしたんですけど、その…わたくし気を失ってしまって」

……。

僕のただの早とちりだった!

「はぁあぁ~……」

一気に気が抜けて、さっきまでの緊張が消えてしまったようだ。

「名前だね」

「ええ。一度お伺いしておいて、非常に無礼だとわかっているのですが……」

「僕の名前は――」

名前を言おうとして気付いた。

笹瀬川さんは僕が直枝理樹だと言うことを知らないんだ…。

「……えと……」

だからと言って、好いてくれている人を騙すのも…。

――うん。

僕は意を決して、本名を名乗ることにした。

「直枝――」

いや、名乗ろうとしたんだけど。

「“江戸(えと)ナオエ”さん、とおっしゃるのですわねっ!」

「……………………へ?」

「とっっっても素敵なお名前ですわっ!!」

さり気にガッツポーズを決めながら、そんなことを言う笹瀬川さん。

「えええええええええっっ!?」

むちゃくちゃ勘違いされていた!!

「下のお名前の“ナオエ”さんでお呼びしてもよろしいかしらっ?」

「あ、いや…」

キラキラとした笹瀬川さんの瞳が僕を捕らえている。

なんか…訂正しづらい。

「う、うん。そっちのほうが嬉しいな」

たぶん今の僕は苦笑いだ。

「よっっっしゃ……――――あ、あ…ではなくてでしてね」

サッカーでゴールを決めた選手のような喜び方を一瞬したが、すぐさま体裁を直したようだ。

「――よよよよよかったですわ」

顔がすごく緩んでいる。

うれしさを堪えきれない、そういった感じだ。

「――コホンっ……ナオエさん」

うれしそうに僕の名前を呼ぶ笹瀬川さん。

「な、何?」

「いえ…なんでもございませんわ」

「ナオエさん……うふふ」

笹瀬川さんは、すっかり舞い上がっている様子。

こ、これは……。

もはや訂正しようにも、完全にムリそうだ……。



話をして慣れてきたのか、硬くなっていた笹瀬川さんも少しづつだが、柔らかさを帯びてきた。

――ぽわーっ

笹瀬川さんが恍惚(こうこつ)とした表情でこちらを見ている。

「本当に……お可愛らしい顔立ちをしていらっしゃいますわね……」

「いーやいやいやいやっ、そそそんなことはないからっ!」

しれっとそんなことを言われても困るっ!

「さぞかし殿方に人気があるのではなくて?」

「あ……いや……そ、それは」

午前中からの真人、謙吾、恭介の様子を思い出すと…はっきりと否定できなかった!

「あら、図星だったようですわね」

クスクスと笑う。

「――お好きな方はいらっしゃいますの……?」

先程よりも真剣な口調な気がする。

「う、うーん」

改めて聞かれると、思い悩む。

僕には好きな人はいるのかな?

「も、も、もしかして剣道部の宮沢様とか……!」

不安そうになる笹瀬川さん。

「いやいや、それはないよ」

「……それは、いろいろ良かったですわ……」

「さすがに男に迫られても、そんな感情は湧かないよ」

謙吾も真人も恭介も僕を好いてくれているし、僕もみんなが大好きだけど、それは友達としてだ。

「……そ、それは女性のほうがお好き、ということですの?」

「うん、やっぱり女性しか恋愛対象にはならないかな」

今でこそ好きな女の子はいないけど……僕はノーマルだ。

こんな格好をしているけど。

「…………」

「……ぁ……ぅ……」

笹瀬川さんは頬に両手を当て、顔を朱に染め、はわはわとしだした。

今度は一体どうしたのだろう?

…………。

さっき思ったことを思い出す。

――こんな格好をしているけど――。

…………。

……あ。

ええええええええええっ!?

し、しまったーーーっ!



僕は、今――女の子だったんだっ!!



「…………」

ギギギ、と笹瀬川さんのほうを向く。

「――はっ!?」

こちらの世界に帰ってきたようだ。

「……そ」

「そのお気持ち、わかりますわっ!!」

「今のわたくしなら、ナオエさんのそのお気持ちがよぉぉぉぉーーーっっくわかりますわっ!!」

拳を振るい、熱弁を揮っている!

「い、いや……」

「わたくしの所属するソフトボール部の子たちはみんなそのような感じですわっ!!」

「よくわたくしも女の子から本気のラブレターやチョコレートをいただきますもの!!」

「その気持ちを恥じてはいけませんわっ!!」

「う……うん」

「ご自分に自信をお持ちになって!!」

「わ、わかったよ」

「――それでよろしいですわ」

…………。

笹瀬川さんの迫力にすっかり気圧(けお)されて、納得させられてしまった……。

「世間の風当たりはまだまだ強いと思いますわ」

「けれど――」

「強い気持ちを持って臨みなさい」

「どんな困難にも打ち勝つことができますわ!」

笹瀬川さんは、僕の手をギュッと握って励ましてくれている。

お姉さまと呼ばなくてはいけないのではないか…そんな気さえしてきた!

……もはや、正体を明かすなんて絶対に絶対に出来そうになかった……。





「――笹瀬川さんは僕に用があって学食に来たんだよね?」

先程から雰囲気は良くなり、今では笹瀬川さんと普通に会話をしていた。

「あ……ええ」

笹瀬川さんは、また急にそわそわとしだした。

「そう…でしたわね」

そう言いながら、右手に持っていたものを自分の後ろに隠す。

……そういえば、さっきから笹瀬川さんはプーさんが描かれた可愛らしい包みを手に持っていた。

「あ、あの」

「また急に改まって…どうしたの?」

「今日ナオエさんにご無礼を働いてしまったことを謝りたいと思いまして」

「無礼?」

笹瀬川さんは下を向いて照れている。

さっきから、様々な面を見せてくれる。

……信号機みたいな人だ。

「今日は、2度もナオエさんの前で倒れてしまって……」

「……」

笹瀬川さんの目が泳いでいる。

「こ、これなのですが……」

笹瀬川さんは、おずおずと自信なさそうに自分の胸元にプーさんの包みを持ってくる。

「お詫びと言っては何ですけど……」

すごく不安そうな笹瀬川さん。



――ばっ!

プーさんの包みを僕に差し出した。

「家庭科の時間にクッキーをお作りしましたのでお受け取りくださいませんかっ!」



笹瀬川さんは耳まで真っ赤だ。

差し出した包みを持っている手は小刻みに震えているのが見て取れる。



…………。

今までは、鈴とケンカをしている笹瀬川さんしか見たことがなかった。

負けん気が強くて、高飛車な笹瀬川さんだ。

それが今、目の前にいる笹瀬川さんは――

名前を聞くだけで恥じらいで、会話するだけで喜んで……。

子どもっぽいかと思えば、急にお姉さんのようになったり。

今は、自分で作ったクッキーを渡そうと一生懸命になっている。

今日だけで、様々な…素の笹瀬川佐々美という女の子を見た。



「……ダメ…でしょうか…?」

僕がなかなか受け取らなかったせいだろう。

笹瀬川さんは、今にも泣き出しそうな顔をしている。



「…………」

「ありがとう、とってもうれしいよ…笹瀬川さん」

僕は満面の笑みで包みを受け取った。

「………………」

「…………」

放心状態の笹瀬川さん。

「――はわっ!?」

「……んきゅぅぅ~」

緊張が一気に解けたせいか、またフラフラとし始め……

「うわわわっ、ちょっとっ」

咄嗟に倒れそうな笹瀬川さんを支える。



――すとっ

僕の腕の中にすっぽりと納まった。

「…………」

「ナオエさん……」

笹瀬川さんは、うっとりとした瞳でこちらを見つめている。

うわわ!? ぼ、僕たちを包む空気がピンク色な気がする…。

「――ひゃわっ!?」

そう思っていると、バネが入っているのではないかと思うほどの勢いで、笹瀬川さんが跳ね起きた。

前と違って、卒倒することはなかった。

顔は真っ赤だけど。

「ごごごごめんなさいっ、だだだだ大丈夫ですわ」

なんか…とことん乙女チックな人だなぁ。

「お、お口に合わなかったら、そっ、そんなもの捨ててしまっても構いませんから」

そそくさと僕から離れて、そっぽを向いてそんなことを言ってるし。

「せっかく作ってもらったんだから、全部いただくよ」

笹瀬川さんのこういう言葉は、照れ隠しなのかもしれないな。



「…………」

「あ…りがと……」

「その…うれしい……」

それが、初めて笹瀬川さんが素直に自分の気持ちを言った瞬間だった。



……本当に難儀な人だなあ。

けど今日のことで、笹瀬川さんの見方が変わった。

笹瀬川さんは、ただ恥かしがり屋で不器用なだけなんだ。

そのせいで素直な自分を表現できないのだろう。

きっと今まで、恥かしいことを高飛車な態度で誤魔化してきたのだと思う。

もしかしたら。

鈴が行くところによく笹瀬川さんがいるのも、ついついケンカ腰になってしまうのも、本当は仲良くなりたいだけなのかもしれない。



今度、笹瀬川さんがリトルバスターズに会いに来たら……僕がみんなとの仲を取り持ってあげなきゃ。

横で嬉しそうにしている笹瀬川さんを見て、そんなことを思った……。