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花ざかりの理樹たちへ その32 ~学校・午後編~(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。





■■■ ――エピソード・佐々美―― ■■■ (『その31』と併せてお楽しみください)





「――……様っ!」

「佐々美様っ!」

後輩の呼び声で、意識が現実へと戻る。

「あの方が、学食にいらっしゃりましたっ!」

“あの方”というのは、今朝会った…とても可愛らしい女の子のことだ。

「あれほど可愛らしい子――じゃなくて素敵な方ですと、どこにいらしても一瞬でわかりますね! 私もそれは飛びつきたく――いえ、見惚れてしまいました!」

「そ、そうですわね……」

あの子のことを考えると、鼓動が早くなるのがわかる。

ここまで準備はしたものの、いざ渡すとなると……。

「どうなさったのですか佐々美様っ! ご自分のお気持ちを、そのクッキーであの方に伝えるのではないのですかっ!?」

「ちちちちっ違いますわよっ!」

「こっ、これは…その…あの方にしてしまった非礼のお詫びのためのクッキーですわ!」

ちょうど良いことに、前の時間に家庭科のお菓子実習があった。

本来は別のお菓子実習だったが、バターと卵・薄力粉を拝借して…こっそりとバタークッキーを作ったのだ。

出来は上出来。

しっとりとした食感の美味しいバタークッキーが出来上がった。

――これでしたら、あの子もきっと喜んでくれるはずですわ!

そんなことを思っていると、後輩3人が身を寄せてきた。

「でしたら僭越(せんえつ)ながら、私、加藤多香子もお手伝い致します!」

「…………手伝う気、まんまん」

「ダイスキな佐々美お姉さまのお役に立ちたいのっ」

着いてくる気マンマンの後輩3人組。

「わ、わたくし一人で行きますわ」

「「「ええ~~~っ」」」

第一、自分を敬愛してくれている後輩たちに…緊張している自分を見せたくない。

駄々をこねる後輩を置いて、颯爽と学食へと向かった。





――学食に行って、あの子にクッキーを渡して帰るつもりだった。

遠くから見つめているだけで満足だと思った。

けれど……。



3年生の棗さんが、あの子をこちらに押し出した。

「笹瀬川はこいつに用があったんだろ?」

「え、ええ…そうですけど」

「――なら残りの昼休み、こいつとデートをしないか?」

言葉の意味がよく飲み込めなかった。

ええと……棗さんは今、何とおっしゃったの?

突然の幸運に頭がついて行かない。

デート……?

この女の子とわたくしがデート?

…………。

デ、デートって…デートっ!!?

「んんんんななななななななななななぁんですってぇぇぇぇぇーーーーーっ!?」

きっと金魚のように口をぱくつかせていると思う。

向こう側からは――

「納得いくかっ、ぼけーーーっ!」

とジタバタする棗鈴。

「学校から帰ってきてから食べようと楽しみにしていたプリンが、冷蔵庫を開けると「あれ? ないや」「プリンならお客様に出しちゃったわよ」――」

「というこのやるせない気持ちをどうしろってんだよっ!」

「真人、例えが長いよっ」

「文句言いっこなしだ」

「ほらほら、たまには俺たち以外とも遊んでこいって」

「きょ、恭介っ」

あの子を押し出す棗さん。

「笹瀬川、こいつをよろしくな」

ぽん、と背を叩かれ頭の硬直が解けた。

「わ、わかりましたわ」

「えぇっと……じゃ、じゃあ行こうか、笹瀬川さん」

「え、えぇ」





――あの子と二人で廊下を歩く。

そう、二人っきり。

二人だけの時が流れている。

憧れが、手の届く存在まで近づいた……そういった感じ。

こ、これは一世一代のチャンスではなくて!?

このチャンスを活かして、この子と一気に仲良くなるのよ佐々美!

洪水のような妄想が頭を過ぎる。

――「待ちまして?」「ううん、今来たとこだよ」と一緒に登校するわたくしとこの子。

――お弁当を一緒の机で仲良く食べて、「佐々美ちゃんホッペにご飯粒」「あ、あら」「取ってあげるね」とかとか!!

――休日はご一緒して、「佐々美ちゃんにこの服は似合うんじゃないかな?」「あなたにはこれかしらね?」とショッピングですわ!!

チラリとあの子を見て、妄想と重ね合わせてみる。

もうわたくし、堪りません……!

ぜっっったいに仲良くなってみせますわ!!

このような有事の事態のために、日々本を読んで情報収集をしている。

まずは……





――必勝テクニック1――

相手の名前を呼びましょう。

名前を呼んであげることで、相手との心理的距離が大きく縮まります。

ファーストネームでは更なる効果が期待されます。





本に書いてあった第一項目だ。

こ、これはいきなり難関ですわね。

朝に一度聞いたのだが…卒倒してしまって聞き逃してしまったのだ。

同じことを聞いたら嫌われてしまうかもしれない…。

けれど、名前を聞かなければ進展は望めませんわ!



「……ぁ……ぇ……」



……。

いざ本人を前に聞こうとしたら、声にならなかった!

ああっ、もうっ!

自分がじれったいっ!!

相手にも聞えるのではないかというほど、胸が高鳴っている。

だ、大丈夫ですわ。

きっとこの子は、それくらいのことで嫌ったりしませんわっ!

だから勇気を持つのよ佐々美!

そう自分を奮い立たせる。

大きく息を吸い込む。



「あ、あのっ」

やった、ようやく話し掛けられましたわっ!!

そう思ったのも束の間。

「はイっ!?」

裏返った返事が返された。

「ご、ご、ごめんなさい……」

相手の返事に驚いて、思わず謝ってしまった!



――どっきどっきどっきどっき!



逃げ帰ってしまいたいほど、緊張している自分がいる。

ど、どどど、どうしましょう!?

せっかく話しかけられたというのに、わたくしのバカバカバカーっ!

――いいえ!

まだチャンスが逃げてしまったわけではありませんわ!

そう自分に言い聞かし、再度自分を奮い立たせる。



――すーーっはーーっ

思いっきり深呼吸。

そして、一呼吸置いて――

「あ、ああああのっ!」

「お、お名前をもう一度伺ってもよろしいですのっ!?」

い、言えましたわーっ!!

心の中でガッツポーズを決める。

「今朝お名前をお聞きしたんですけど、その…わたくし気を失ってしまって」

一度でも言えてしまうと、結構すんなりと言葉が出るものだ。

「はぁあぁ~……名前だね」

「ええ。一度お伺いしておいて、非常に無礼だとわかっているのですが……」

とってもいい感じ。

相手の言葉からも、名前を教えてくれそうな雰囲気。

まずはアプローチ成功っ!

ですけど…名前を聞いた後が重要ですわね……。

『必勝テクニック1』を思い出す。

――ファーストネームでは更なる効果が期待されます――

名前を聞いた直後なら、スムースに「~と呼んでよろしいかしら?」と持っていけるはず。

ダメでもともと…イエスにせよノーにせよ名前を聞く目的の達成には変わりませんわ。

苗字ではなく名前で呼ぶことを認めてくれたなら…少なくともわたくしは嫌われていない…という確認も出来ますわね。

一瞬のうちに頭の中に計画が構築される。



「僕の名前は――」

あの子が口を開く。

い、いよいよですわ!

「……えと、ナオエ――」

や、やったっ!

「“江戸(えと)ナオエ”さん、とおっしゃるのですわねっ!」

「……………………へ?」

「とっっっても素敵なお名前ですわっ!!」

うんっ!

第一関門クリアーーーっ!!

「えええええええええっっ!?」

少々浮かれすぎたせいで相手も驚いているが、今はそれを気にしている場合じゃない!

このタイミングでなければ、先程の計画が実行できませんわ!

「下のお名前の“ナオエ”さんでお呼びしてもよろしいかしらっ?」

すかさず計画を実行に移す!

――オッケーしてオッケーしてオッケーしてオッケーしてオッケーしてオッケーしてっ!

心の中で必死に祈る。

「あ、いや……う、うん。そっちのほうが嬉しいな」

横にいる……ナオエさん……は、優しげな瞳をわたくしに向け微笑み…了承した。

やった…。

やりましたわ…。

――計画通り!!!

喜びが全身を駆け巡る!

「よっっっしゃ……――――あ、あ…ではなくてでしてね」

あまりの嬉しさに、体が自然に反応してしまう!!

「――よよよよよかったですわ」

落ち着いたフリをして、自然体を装う。

妄想が頭を支配する。

――『ナオエさん』『……名前、で呼んでくれるんだね…うれしい』『ナオエさん』『うふふ、何、佐々美ちゃん』なんて!!

で、では僭越ながら早速。

「――コホンっ……ナオエさん」

「な、何?」

「いえ…なんでもございませんわ」

い……

今の見ましてっ!?

ナオエさんがこちらを振り向いてくれましたわっ!!

「ナオエさん……うふふ」

すっかり浮かれポンチと化した自分がいた。





――必勝テクニック2――

お互いの距離を縮めましょう。

人と人の距離は、心理的距離と比例します。距離は、お互いの人間関係、お互いの意識に強く作用するのです。

友人で1m、恋人で50cm程が一般的です。





名前を聞いてからというもの、彼女との仲が進んだ気がする。

けれど、まだ体の距離は遠い。

目測およそ1m…。

ここは…さり気なく、普通の会話をしながら……。

そんな策略を立てる。



――ナオエさんの顔を改めて見つめる。

何でも包んでくれそうな優しそうな雰囲気。

幼さを残し、とても可愛いらしい。

それなのに。

守ってあげたい……と思う反面、どこか凛然としていて…女心をくすぐる部分も持ち合わせている。

とても不思議な雰囲気な方ですわ……。

「本当に……お可愛らしい顔立ちをしていらっしゃいますわね……」

そんな話題を振りながら、彼女との距離を足幅ほど縮める。

「いーやいやいやいやっ、そそそんなことはないからっ!」

手をブンブンと振りながら否定するナオエさん。

――その謙虚な姿勢もとっっっても素敵ですわっ!

「さぞかし殿方に人気があるのではなくて?」

いじわるな質問をする。

「あ……いや……そ、それは」

質問に、困ったように眉をひそめるナオエさん。

その間にナオエさん側に体をずらす。

もう、手を軽く伸ばすだけでナオエさんに届く距離。

…体のナオエさん側が暖かい。

「あら、図星だったようですわね」

ほんと、可愛くて、謙虚で…それでいて正直な方ですわ!

「――お好きな方はいらっしゃいますの……?」

……ふと気になった。

こんな…素敵な女の子が一体どんな方が好きなのか。

けれど、この子に…そんな人がいて欲しくない。

「う、うーん」

「も、も、もしかして剣道部の宮沢様とか……!」

なんとなく宮沢様と、謙虚で正直なナオエさんは似合ってしまいそうな気がする。

宮沢様は……こんな女性が好きだと思う……。

「いやいや、それはないよ」

あっさりと否定。

「……それは、いろいろ良かったですわ……」

「さすがに男に迫られても、そんな感情は湧かないよ」

微笑みながらそんな事を言う。

でも…今の言葉に違和感を感じた。

男に迫られてもそんな感情は湧かない……?

不思議なことを言うナオエさん。

男性には恋心を抱かない、ということですの……?

「……そ、それは女性のほうがお好き、ということですの?」

思わず、そんな言葉が口をついて出てしまう。

そんなわたくしの野暮な質問に…。

「うん、やっぱり女性しか恋愛対象にはならないかな」

ナオエさんは、わたくしに熱い眼差しを向けて……暴露した!



――やっぱり女性しか恋愛対象にはならないかな……かな……かな――



ナオエさんの言葉が頭の中に木霊する。

そのような…大事な秘密をわたくしにお話するだなんて!

……ンハァッ!

本の最終章を思い出す。





――必勝テクニック・最後に――

友人から親友へ、また友人から恋人になるときには、何らかの大きな『自己開示』があります。

相手から大きな自己開示があった場合、それは貴女との関係の進展を望むものです。

そのサインを見逃さないようにしましょう。





今のは…ナオエさんからわたくしへのサイン!?

このサインが意味することは――。

断片的な情報を整理する。



……ナオエさんと二人きりの今の状態。

……ナオエさんからわたくしへの大きな自己開示。

……自己開示は関係の進展を望むもの。

……自己開示の内容は『女性しか恋愛対象にならない』。

……わたくしに潤んだ眼差しを向け、微笑みかけた。

……ナオエさんの性格は正直で謙虚。

……謙虚ということは、サインは遠回しな言い方となっているはず。



全てのピースが綺麗につながり、形を成していく!

ナオエさんが示したサインが姿を現す!

つまり、ナオエさんの言ったことをわかりやすく解すると……。



ナオエさんは――

わたくしのことが――

好き!!



…………。

……き、き、き、き

きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!

わたくし、たった今、告白をされてしまいましたのねっ!!

あまりの衝撃にまた倒れそうになる!

こ、こんな可愛らしい方が……わたくしのことを愛してくださっているだなんて!

全身が歓喜に震える!

脳内を嵐のような妄想が駆け巡った!



――二人で歩いているうちに二人の間の距離は縮まり、手と手がぶつかる。

そこでナオエさんは、恥じらいながらもこう言いますの。

『佐々美ちゃん…手、つないでもいい…?』

『ええ、よろしくてよ』

わたくしは、ちょっと意地悪をして普通に手を重ねるだけ。

『そ、そうじゃなくて…もっと…』

『あら? もっと…何かしら?』

『…………』

うつむき、口を開こうとしては閉じてしまうナオエさんにわたくしは

『はっきり言ってくださらないとわかりませんわ。放してしまおうかしら』

もちろんナオエさんは、焦りますわね。

『そ、それは……』

『……』

『……もっと……』

『……指と…指を絡めて、つなぎたい……』

ナオエさんはそんなことを言って、顔を真っ赤にしながらわたくしから目を背け…そして手にきゅっと力を入れてきますの!



と・き・め・き・ますわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!

「――はっ!?」

妄想から解き放たれ、現実世界へと戻ってくる。

ナオエさんが不安そうな顔でこちらを見ている。

あ…失念していましたわっ!

ナオエさんが必死の思いで自分の大事な事を言ってくださったというのに、わたくしとしたことが返事の一つも返していなかった!

「……そ」

「そのお気持ち、わかりますわっ!!」

「今のわたくしなら、ナオエさんのそのお気持ちがよぉぉぉぉーーーっっくわかりますわっ!!」

きっとナオエさんは、自分のその社会的に認められていない性癖を不安に思っているに違いありませんわ!

ここはわたくしが後押しをしてあげなければ!

わたくしたちの今後のために!!

「わたくしの所属するソフトボール部の子たちはみんなそのような感じですわっ!!」

「よくわたくしも女の子から本気のラブレターやチョコレートをいただきますもの!!」

「その気持ちを恥じてはいけませんわっ!!」

「う……うん」

「ご自分に自信をお持ちになって!!」

「わ、わかったよ」

「――それでよろしいですわ」

そうですわ…わたくしたちの愛は、禁断の愛。

ナオエさんの手をギュッと握る。

そして、自分にも言い聞かせるように話す。

「世間の風当たりはまだまだ強いと思いますわ」

「けれど――」

「強い気持ちを持って臨みなさい」

「どんな困難にも打ち勝つことができますわ!」

いつの間にか…気にせずとも二人の距離は、体が触れてしまうほどに近くなっていた。





――ナオエさんと二人、仲良く並んで歩く。

最初に比べ、面白いようにお話も弾む。

「――笹瀬川さんは僕に用があって学食に来たんだよね?」

その言葉で思い出す。

「あ……ええ」

「そう…でしたわね」

そうだった。

彼女にあげるためのプレゼントを用意してきていたのだった。

いきなりプレゼントなんか渡すなんて…図々しいと思われてしまうかしら…。

…いえ、名目はわたくしが倒れてご迷惑をかけてしまったお詫びの品…。

けれど、こんなに仲良くなったというのにプレゼントがクッキーだけだなんて愛情が足りない気もする…。

とてもとても不安になる。

それでも……。

やっぱり彼女に受け取ってもらいたい。

「あ、あの」

「また急に改まって…どうしたの?」

不思議そうな顔をする彼女。

「今日ナオエさんにご無礼を働いてしまったことを謝りたいと思いまして」

「無礼?」

「今日は、2度もナオエさんの前で倒れてしまって……」

そう…。

こんな言葉は名目に過ぎない。

自分の本当の気持ちを素直に伝えられないから、こんな言葉に頼っているのだ。

「こ、これなのですが……」

本当は彼女に、わたくしの気持ちを受け取ってもらいたい。

けれど口で気持ちを表現するのはあまりに苦手だから……気持ちをプレゼントに籠めて表現するのだ。

そのプレゼントを渡すのにも、自分の素直な気持ちで渡すことがどうしても出来ない。

ストレートに「好き…わたくしの気持ちを受け取ってください」と言えたらどんなにいいだろう。

でも、もし……もしも、正直にぶつかって受け取ってもらえなかったときは……今築いたこの関係がまた振り出し、いや、それ以下になってしまう。

「お詫びと言っては何ですけど……」



――ばっ!

クッキーを差し出す。

「家庭科の時間にクッキーをお作りしましたのでお受け取りくださいませんかっ!」

自分でも声が震えてしまっているのがわかる。

もしものことを考えると怖くて怖くて堪らない。

――彼女がこちらを見つめている。

……図々しい女だと思われて、彼女の気持ちが冷めてしまったらどうしよう。

……そもそも、彼女が自分を好いてくれているのが幻想であったならどうしよう。

彼女に見つめられている時間が永遠にも思えてくる。

その間、どんどんと心が不安に侵食されていく。

「……ダメ…でしょうか…?」

不安で押しつぶされそうになっていた。

走って逃げてしまいたい衝動に駆られる。



――彼女の手が伸び

――わたくしの手から、包みを受け取った。

「ありがとう、とってもうれしいよ…笹瀬川さん」

その顔は。

今までの不安を全て打ち消してもなお、お釣りが来るほどの最高の笑顔だった。

「…………」

頭の中が真っ白になる。

……わたくしの気持ちが受け取ってもらえた……?

わたくしの思いも彼女に通じた……?

これは。

もう完全に、一片の曇りもない相思相愛ではなくて!?

「――はわっ!?」

「……んきゅぅぅ~」

そんな事実に気付いてしまい、一気に体中の力が抜けていく。

「うわわわっ、ちょっとっ」



――すとっ

倒れそうになった体が、彼女のしなやかな腕に優しく包まれる。

――どっきどっきどっきどっきどっき!!

「ナオエさん……」

――どっきどっきどっきどっきどっき!!

彼女のわたくしを見つめる瞳が潤んでいる(気がする)

マンガなら、ここから顔と顔が…唇と唇が近づき……。

まさか、このまま!?

……だ、だめですわっ!!

いくら相思相愛でもこんな公共の場でそんなっ!!

彼女の腕から跳ね起きる。

「ごごごごめんなさいっ、だだだだ大丈夫ですわ」

彼女から離れ、再度彼女のほうを見る。



――彼女はわたくしのあげたクッキーを大事そうに抱えていた。

「お、お口に合わなかったら、そっ、そんなもの捨ててしまっても構いませんから」

嬉しいくせに。

嬉しいくせについつい、照れ隠しにそんなことを言ってしまう。

でも。

そんな気持ちを知ってか知らずか――

「せっかく作ってもらったんだから、全部いただくよ」

彼女の優しさがわたくしを包み込む。

こんなとき…こんなときどうすればいいんだっけ……?

…………。

ああ、それはとても簡単なことだ…



「…………」

「あ…りがと……」

「その…うれしい……」




***





「エピソード・佐々美」――あとがき

今回のテーマは「片思い」です。
片思いの相手といると、本当に些細なことが気になってしまうものです。
例えば距離。
数人で遊ぶときの座る位置や、歩いている時の位置に気を張ったり。
例えば言葉。
相手のちょっとした言葉に一喜一憂したり。
片思いをすると、ちょっとしたことが、ドラマチックな大事件の連続です。
プレゼントをしようものなら、それはもう人生の山場を迎えたと言って過言ではないほどの重大事件(笑)

ただ、片思いの最中は自分は大嵐の真っ只中ですが……相手はのん気なものです(笑)
こちらが場所取りに必死でも勿論気付くわけもなく。
その言葉って!と、こちらが思っても、相手はただ何気なく言っただけの言葉であって。

まあ、そのすれ違いこそが恋愛の醍醐味なのかもしれません(笑)








さて、蛇足ではありますが、日記のコメントに書いた文章(妄想)のウケが良かったので以下に掲載しておきます。

佐々美って…好きな人といるだけで舞い上がってそうな気がします。
二人で並んで歩いているだけなのに、笑顔満点!
普段は抑圧されている分(ツン状態)、全身を使って「あなたとご一緒できて嬉しいっ!」を表現しそうです。

以下、「もしもそんな佐々美とお付き合いしたら」です。




――今、僕の部屋で笹瀬川さんと二人で談笑をしている。

「あの……」

「うん?」

笹瀬川さんが僕のとなりに身を寄せてくる。

「あの…その…腕をお借りしても…よろしいかしら…?」

「ダメ」

「ぷーーーっ」

まるでハリセンボンのように膨れる笹瀬川さん。

「ごめんごめん、冗談だよ」

「……♪」

そういうとすぐに笹瀬川さんは、僕の腕にギュッとしがみついた。

「好き……すきすきすきっ、だーい好きっ」

本当に嬉しそうに、僕の二の腕に頬をすりすりとしてくる笹瀬川さん。

僕はそんな笹瀬川さんの頭をなでなでとしてあげた。

笹瀬川さんは気持ち良さそうに目を細めた。