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花ざかりの理樹たちへ その44 ~学校・午後編~(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。


「……お、重いっ」

「それを退(ど)けたら次はそっちをやって」

――今は空き教室の掃除の真っ最中だ。

空き教室に放置された壊れた机や椅子、それに何かよくわからない物などを片付けて体育館裏に処分する、そういった作業をしている。



「うーん、うーん、届かないのーっ」

一番背の低い女の子が、掲示物をはがそうとして背伸びしているが…上の画鋲(がびょう)まで手が届かないようだ。

「誰か手伝って欲しいのーっ」

精一杯背伸びをしながらあたふたしている。

「あ、わりぃ。コレ片付けちまいたいから、他のヤツらに助けてもらえ」

「う~~っ」

「――私はこの『マツイ棒』で手が塞がってしまっているわ」

「う~~~っ」

「申し訳ございません、わたくしも今ここから離れられないのです」

「う~~~~っ、いいんちょーっ」

困り果てて、佳奈多さんに潤んだ瞳を向ける。

「何?」

佳奈多さんの目は、そんなことくらい自分でどうにかしなさい、と語っている。

「ぷ~~~っ」

女の子はほっぺを膨らませて、拗ねてしまった。

「もう……仕方ないわね――」

子どものわがままを聞くお母さんのような佳奈多さん。

「僕でよければ手伝うよ」

「あ、ちょっ――」

佳奈多さんも忙しそうだし、ここは僕が手伝わなきゃ。

「この画鋲だね」

こくっ、こくっと女の子が頷いた。

――くいくいっ

「はい、取れたよ」

「あ、ありがとうなの……わぷっ」

上の画鋲を外した掲示物を押さえていなかったので、その女の子の頭に覆いかぶさってしまった。

「ああ、もう…。ほら」

下の画鋲も外し、覆いかぶさっている掲示物を外す。

「わぁぁぁ……」

…掲示物の下からは、目をキラキラと輝かせた女の子が。

「とっても素敵なのっ、やさしいのーっ!」

「?」

「あのねっ、あのねっ!」

「これから『おねえさま』って呼ばせてほしいのっ」

僕の服の袖を引きながら、僕に尊敬の眼差しを向ける女の子。

「え、えぇーっ!?」

『お兄ちゃんと呼んでくれ』はあったけど、『おねえさまと呼ばせて』はさすがに初めてだ!

「おねえさまっ、おねえさまぁーっ」

「うわわっ、そんなにくっついちゃダメだよっ」

「――あなたたち、口ばかり動かしてないで手を動かしなさい!」

佳奈多さんの檄が飛んだ。

「「ご、ごめんなさぁい」」

自分の持ち場に戻って、仕事を再開する。



「も、申し訳ございませんがそちらにある――それ、を取っていただけませんか、委員長」

脚立に乗ったおかっぱの女の子が僕と佳奈多さんのいるほうを指差す。

「それ、だけだと何を指しているのかわからないわ」

「あ、あのっ、それ――ええーっと何でしたっけ……」

ド忘れしてしまったようだ。

「物事をはっきりと言わなければ、人に考えは伝えられないわ」

「それでございますっ、その紙を切る……ええーっと」

身振り手振りで一生懸命がんばっている彼女。

恐らく彼女が欲しいのは……。

「もう……仕方な――」

「このカッターでいいのかな?」

僕は、佳奈多さんの近くにあったカッターをその女の子に見せた。

「あ、ちょっ――」

「あっ、はい! そうでした、カッターですっ」

「はい、どうぞ」

彼女の元まで行って、カッターを手渡す。

「あ、ありがとうございますっ!」

ペコリペコリと何度も頭を下げる女の子。

「いや、そんなに頭を下げられるほどのことをしたわけじゃないよ」

「いいえ! わたくしの言いたかったことを理解していただけたのがとても嬉しくて……」

頬を染め喜んでいる。

「うん、また何かあったら言って」

「はいっ、ありがとうございますっ」

……なんだか佳奈多さんがムスッとしてる気がするけど…気のせいかな。



しばらくして――。

「これをそこに上げるの手伝ってくれーっ! なかなか重くてよ」

彼女の足元には重そうな荷物が鎮座している。

「――私は無理よ……だって今……マツイ棒を握っているんだもの」

「ハナからおまえに期待してねぇよ…」

「じゃあね、じゃあね、わたしが手伝うのーっ」

「おまえじゃ役不足」

「ぷ~~~っ」

「おーい、委員長ーっ」

佳奈多さんを手招きしている。

「もう……仕方ないわね――」

「いいよ、佳奈多さんは仕事を続けてて。僕が手伝うから」

「あ、ちょっ――」

佳奈多さんも忙しそうなので、僕がその女の子のところへ向かう。

「なんだ? そんな華奢(きゃしゃ)な腕で持てんのかよ?」

彼女は僕をニヤニヤと見つめている。

「大丈夫、こう見えても力には自信があるんだ」

そう、こう見えても僕は男だ。

女の子よりは力がある…たぶん。

「――よいしょっと」

かなりの重さだ。

けど、これならなんとか…。



――どすんっ



「これでよし、っと」

手をパンパンとはたく。

……みんなが口をあんぐりと開けていた。

「おおおっ!? おまえスゲェなっ! よく一人でそんなもん持てるな!」

さらに他の人も集まってきた。

「きゃぁぁぁーっ、おねえさまっ、すごいのっかっこいいのーっ」

「――まあ…私の乙女心に火が灯るわ」

「あなた様のどこからそのようなお力が……?」

「いやまあ…」

ど、どうしよう。

男だから、なんてことは言えない。

「……うん、みんなの力になれて…うれしいよ」

そんな言葉でお茶を濁す。

「顔良し、スタイル良し、加えて器量良しってか! こりゃその辺の男共は放っておけないよな!」

「――あら、女だって落ちるときは――落ちるものよ」

「もしや、あなた様はどこかの由緒正しき良家のお嬢様でございますかっ?」

「きゃぁぁーっ、おねえさまはお姫様なのーっ」

「そ、そんなんじゃないからっ」

みんなから輝く瞳が僕に向けられる。

これはなんとも恥かしいっ!

「おねえさまは、ホントにカワイイしカッコイイし頼りがいがあるのーっ」

「――ええ、そうね……あなたみたいな頼れる方が風紀委員になってくれれば……私の仕事が減って嬉しいわ」

「だな。力仕事は大体あたしだから、あんたが入ってくれれば頼れるぜ」

「あなた様ほど頼りになるお方が、ここに入ってくだされば…わたくしめはあなたにお尽くししますっ」

みんなにぎゅーぎゅーと引っ張られる。

「ちょっとちょっと、そういうことは――」



――ドンッ!



何かを床に叩きつける音で、みんなが一斉にそちらに振り返る。

「――……あなたたち」

佳奈多さんが、静かに、けれど触れば火傷しそうなほどに怒っている!

「少しは真面目に仕事をしたらどう?」

「お、おう…悪かったな」

「ご、ごめんなさいなのー…」

「――触らぬ神になんとやらだわ」

「わ、わたくしとしたことが…も、申し訳ございませんっ」

みんなそそくさと持ち場に戻る。

「それにあなた」

僕をキッと睨みつける。

「さっきから風紀委員のご機嫌取りに必死なようだけど、はっきり言って見苦しいわ」

佳奈多さんから、毛虫を見るような目が向けられる。

「そ、そんなことしてる訳じゃないよっ」

そんなことを考えて手伝ったわけじゃないっ!

「私たちを上手く丸め込めれば、好き勝手な学園生活を送りやすくなるものね」

「おい委員長、それは言いすぎ――」

「あなたは黙りなさい!」

「おぉコワっ」

僕の肩を持とうとした子が、肩をすくめて退散する。

「いやっ、僕はただ……」

「また言い訳?」

佳奈多さんは全く聞く耳を持ってくれない。

「ホントあなたみたいな人――」

「嫌いだわ」

そう言い残して、佳奈多さんは廃材を持って教室を出て行った。



「嫌いって……」

ただの誤解なのに…そんなことを言われるなんてショックだよ……。

「おねえさま、そんなに落ち込まないの…」

服の袖を引かれる。

「にしても…さっきの委員長はやけに機嫌悪かったな」

「もしかすると……今日はわたくしたちが委員長ではなく、あなた様にばかりお願いを頼んでしまったから……?」

「――嫉妬、ね」

「委員長はホントはすごく優しいの」

「だから、嫌いにならないでほしいの」

女の子が僕に訴えかける。

僕も、佳奈多さんは優しい女の子だってことをよく知っている。

「うん、大丈夫だよ」

「よかったのーっ!」

とても嬉しそうに喜ぶ女の子。

「ま、委員長は堅ブツだけどさ、根はいいヤツなんだ。仲良くしてやってくれ」

「――そうね、今はちょっとヤキモチを妬いてしまって、あんな言葉が口を突いて出てしまっただけ」

「委員長は面倒見も良く、尊敬できるお方です! ですので…どうか好いてあげて下さいまし」

「…うん」

――佳奈多さんも僕同様、自分のことを思いやってくれる仲間たちに囲まれているようだ。

「ようしっ」

まずは佳奈多さんの誤解を解かなきゃ。

僕も廃材を持って体育館裏へと向かった。