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花ざかりの理樹たちへ その49 ~学校・午後編~(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。



――佳奈多さんは空き教室にいた。

肩を落とし、散らばったビー玉を片付けている。

……その瞳は悲しさを湛(たた)えていた。

「――佳奈多さん」

「!?」

呼びかけると、佳奈多さんはビクリと反応しこちらを向く。

「あ、あなたは……!?」

「一体こんなところで何をしているの!?」

その口調は狼狽を含んでいる。

「うん…ちょっと」

「ちょっと、じゃないわよ!! 今は授業中でしょう!?」

戸惑う佳奈多さんに近づく。

「はい…佳奈多さんの髪飾り」

「………………え?」

目を丸くしている佳奈多さんに手渡そうとする。

「………………………………」

しかし、佳奈多さんは受け取ろうとしなかった。

「1階の階段の脇にあったよ」

「たぶん髪から外れて落ちたときに…階段の隅から下に落ちていったんだと思う」

「………………」

佳奈多さんは俯き、肩を震わせている。

「……どうして……」

「……どうして、あなたは……」

そうつぶやくと、キッと僕のことを睨み――



――バシィッ!



「…!?」

頬を平手打ちされる。

「手伝わなくていいって言ったでしょ!? 聞いていなかったの!」

「一体あなたは何を考えてるの!? 何なのよ!」

「まだ正義の味方気取りをしているつもり!?」

「さっきから何度も何度も何度も何度もっ!!」

「見ていてイライラするのよ!!」

「はっきり言って余計なお世話!!」

「人に優しくしたら何かもらえるとでも思ってるの!?」

「こんなことをして何のメリットがあると言うの!?」

「どうしてこんな一銭にもならないことをするの!?」

「お礼でもしてもらいたいわけ!?」

「はい、ありがと!」

「これで満足!?」

「私には全く理解できない!!」

「あなたは馬鹿よ!!」

「大が付くほどの馬鹿だわ!!」

佳奈多さんは、肩を怒らせて必死にまくし立てる。

何かを隠すように、必死にまくし立てる。

――その口調は、狼狽していた。

「…………うん、しってる」

「自分でも馬鹿だと思う」

「あらそう、自覚はあったのね」

「ただ――」



「佳奈多さんが……とても悲しい顔をしてたから」



「…っ!?」

佳奈多さんの瞳が収縮する。

「佳奈多さんがそんな顔をするのを見たくなかったから」

「………………」

「――困っている人に手を差し出すのに理由はいらない」

「――困っている人に手を差し出すのにお礼もいらない」

「それで……その人が笑顔になれたら……それだけでいいんだと思う」

恭介たちが僕に笑顔をくれたように。

僕の手では心もとないかもしれないけど。

それでも…この手が届く人には笑顔をあげたい。

「これで…佳奈多さんが笑顔に戻ってくれる――それだけでいいんだ」

僕は、微笑みかける。



……………………………………――

教室が沈黙に包まれた。

――………………。



「…………」

「……私は……」

佳奈多さんが口を開く。

「私はさっきから…あなたにひどいことしか言っていないのに!」

「私はひどい女なのに!」

僕の襟元をギュッと掴む。

「なんで!? どうして!?」

「他の人はこんな私と距離を置くのにっ!」

「こんな私と係わり合いになるのを避けるのにっ!」

「それなのにっ!」

「どうしてあなたは……っ」

「さっきから…そんなにっ……そんなに……っ」

「……私なんかに優しくしてくれるのよっ」

佳奈多さんの瞳から雫が溢れる。

「今まで……」

「……あなたのように私に接してくれる人はいなかった……っ」

「……あなたのように私を助けてくれる人はいなかった……っ」

襟元を掴む手に力が入れられる。

「今まで……」

「……あなたほどに…私に優しくしてくれる人はいなかったの…よ……っ」

一度溢れてしまった雫は、堰(せき)を切ったように溢れ出す。

「だから……こんな時、どうすればいいのかわかんないのよ……っ」

「どうすればいいのよ……っ」

佳奈多さんは…僕の襟を掴み、僕を大きな瞳で見つめて、ぽろぽろと涙をこぼしている。

行き場を失ってしまった迷子の少女のように。





――佳奈多さんたちの生い立ちは知っている。

ずっと、ただ家名のための『道具』として扱われていた。

佳奈多さんがどんなにがんばっても、それは道具として当たり前のこと。

佳奈多さんが失態を犯したときは、それは道具として決して許されないこと。

そこには、ちょっとした思いやりも、ちょっとした優しさも、ちょっとした心さえもなかったのかもしれない。

だから佳奈多さんは待ったんだ。

――正義の味方を。

自分に…佳奈多さんに血の通った優しさをくれる、そんなささやかな正義の味方。

ずっと待って。

けど、不器用で、人を遠ざけて。

ずっとずっとずっと待って。

けど、素直になれなくて。

長い間、ただひたすらに待ち続けて。





「……本当は、優しくしてほしかったかったんだね」

僕を見つめ、こくっこくっと頷く佳奈多さん。

佳奈多さんの頭を優しく撫でる。

その潤んだ瞳から涙が止め処なく溢れる。

「こういうときは――自分に素直になればいいよ」

そのまま佳奈多さんを抱き寄せる。

「……うぐっ…う…うあああああぁぁぁぁぁーっ」

僕の胸に顔を埋め、今まで溜まっていたものを吐き出すかのように…佳奈多さんは泣き崩れた。

「みんなは…私のことを強いと思ってる…っ」

「私は…なんでもできて当然だと思ってる…っ」

「私だって……っ」

「がんばったときは、褒めてもらいたかった!」

「つらい時は励ましてもらいたかった!」

「がんばったねって言ってもらいたかった!」

「誰かに優しくしてもらいたかった!」

「私だって……誰かの優しさに甘えたかったのっ」

「誰かに……受け止めてもらいたかったのっ」

抱きついて泣きじゃくっている佳奈多さんの頭を撫でる。

「――佳奈多さん」

「……よく、がんばったね」

「…!」

体に回され手にキュッと力が入れられる。

「たまには…力を抜いてもいいんじゃないかな」

「………………」

「……その言葉が……欲しかった」

「…………ありがとう」

「……とっても、うれしい……」

その顔は――

迷子が親とようやく会えたときのような……安堵した微笑みだった。





――少しして、佳奈多さんも落ち着き始めた。

佳奈多さんは座り込んで、僕の胸に顔を埋め、抱きついたままだ。

今までをぶつけるように、甘えている。

「佳奈多さん、ちょっと後ろ向いて」

「――髪飾り、着けてあげるよ」

「ううん、もう少し…このままがいい…」

「じゃあ、このまま着けるよ」

「うん」

僕は佳奈多さんの頭に手を回して、髪飾りを着け始めた。

ふわり、とミントのいい香りがする。

「くすぐったい」

「あ、動かないで」

いつも肩を張っている佳奈多さんだけど……。

今は、そんな力を抜いて僕に身を委ねている。



……いつも一人で責任を背負い込んで、それでもこなし続ける佳奈多さん。

そんな佳奈多さんを見て、みんなは「二木さんは強い」「二木さんは一人で何でもできる」「二木さんは完璧だ」と言う。

けど、違ったんだ。

佳奈多さんは、そんな声に応えようとがんばったんだ。

がんばって、努力して……無理してたんだ。

――期待に応えるうちに、「完璧な二木さん」の偶像が実像に近づく。

佳奈多さんはさらに期待に応えようと努力する。

「完璧な二木さん」が実像になると……佳奈多さんは悩みも弱音も本音も、人に頼ることさえ…出来なくなってしまったんだ。

だって、完璧なのだから。



本当は…もう、疲れてたんだ。

もう……自分をさらけだして、誰かに支えてもらいたかったのだろう。

佳奈多さんには、葉留佳さんがいる。

風紀委員の子たちだって、佳奈多さんのことを慕っている。

きっと、みんな佳奈多さんを受け止めてくれる。

けど…「きっかけ」がなかっただけだったんだと思う。

――たまたま、その「きっかけ」を僕が作っただっただけなのかもしれない。

けど……。



「ほら、出来たよ、佳奈多さん」

「……ありがとう」

今まで見たことがない、安らいだ笑顔が向けられる。

こんな笑顔を見ていると――

佳奈多さんの力になれて……本当によかった……。





「……もう一つ、お願いしてもいい?」

「うん、何?」

「もう一回……」

「………………………………」

「どうしたの?」

「…………もう一回…………」

「うん」

「……あたま、撫でて……」










■ あとがき

みなさん、こんにちは! mです。
「花ざかりの理樹たちへ」も連載開始から半年経とうとしています。
こんなにも長期連載をしていられるのも、支えて下さるみなさんのおかげです!
本当にありがとうございます!
いつもWEB拍手、コメント、掲示板を楽しく読ませてもらっています。
このような繋がりができる、というのは嬉しいものですよね(笑)


さて、佳奈多編の本編はここで終了です。
楽しんで頂けたのなら幸いです。
次回は「その50・エピソード佳奈多」となります。

この佳奈多編では、「優しさ」と「不器用な女の子」をテーマとして書いてみました。
佳奈多編を通して佳奈多は、
「自分に構ってほしい」
「優しくしてほしい」
という気持ちを押し殺して行動しています。
構ってほしいのに、佳奈多は素直になることが出来ません。
構ってほしいのにみんなの目が理樹ちゃんに集まってしまい、大人気なく理樹ちゃんに嫉妬してしまいます。
それに本当は優しくしてほしいのに、いざ優しくされると受け入れることが出来ません。

また、人には優しく接してあげたいのに、それも上手に出来ません。
頼まれごとをされても、真っ直ぐに表現しようとしません。

最後に、佳奈多は優しさが身近にあることに気付いていません。
風紀委員の子たちも葉留佳も、佳奈多がいないところで理樹ちゃんに佳奈多への思いを語っています。
けれど佳奈多は、みんなのその「暗の優しさ」に気付かず、一人でがんばり続けています。

これらのことを頭に入れながら、もう一度佳奈多編(その43~)を通して読むと…
伏線回収+ぶきっちょだけど一生懸命な佳奈多を楽しめると思います(笑)
微妙に細かい細工があったりします。


髪飾りについてはちょっとした設定を設けています。
それは次回のエピソード佳奈多にて(笑)


……結局は、佳奈多編で甘えんぼう佳奈多を書きたかっただけだったり(笑)