花ざかりの理樹たちへ その74 ~放課後編~(リトルバスターズ)作者:m
紹介メッセージ:
恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。
「そんなことしてみろっ、明日からどんな顔して歩けばいいんだっ」
「普通にしてたらいいと思うよ」
「なんだ鈴、可愛らしい服が選び放題のチャンスなんて滅多にないぞ」
「んなチャンスいるかっ」
「お兄ちゃんに見せてくれないか、おまえが可愛らしい服を着ている姿を」
「う、うわっ、見ろ! おまえが変なこと言うから鳥肌たっちゃっただろっ!」
「……」
「わ、わふーっ、恭介さんが目に涙を溜めてプルプルしていますっ!?」
「ふむ、小学校のとき一人はいたな、こういう泣き方をする奴が」
――案の定というか、コスプレをすることになった鈴は思いっきり嫌がっていた。
「しまった、しょうゆを忘れてきてしまった」
「これはコスプレは中止する他ないな」
「じゃあ」
スタスタと去ろうとする。
「うむ、キャッチだ」
「ふかーーーっ、はなせーっ!」
「鈴君、醤油とコスプレは何も関係がないぞ」
「いや、あるっ」
「うおっ!? ねぇのにこいつ断言しやがった…」
こういうところが恭介と兄妹なんだな、と感じさせられる。
「醤油なら…」
佳奈多さんがごそごそとポケットを漁っている。
「ほら、ここに」
佳奈多さんの手には、お弁当についてくる魚の入れ物に入った醤油。
「なにぃ!?」
「さすがおねえちゃんですネ」
「お弁当のが余っただけ」
「いやいやいや、余ったからって醤油持ち歩かないでよ…」
「あと、七味が一袋に紅しょうががふたっつ」
「わあ、佳奈多さんのポケットって魔法のポケットみたいですっ。何でも出てくるのですーっ」
「いやいやいや……」
まるで会社帰りに牛丼屋に寄った独身OLの鞄みたいだ、なんて口が裂けても言えない…。
「ううぅ……」
「いやだっ、ころされるっ」
「あまり暴れないでくれ」
ついに鈴が来ヶ谷さんの腕の中で暴れだした!
「…わかった」
恭介が一歩前に出る。
「もう一回選び直そう」
「うん、そうだね」
やっぱり無理矢理というのは良くないと思う。
まわりを見渡すと、みんなも同じ考えに至ったのだろう。コクリと頷いている。
けど。
「……うーみゅ……」
鈴だけ複雑な表情だ。
「……こまりちゃん」
「ふえ? どうしたの、りんちゃん?」
「……えっとだな」
「こまりちゃんはあたしのコスプレ見たいか?」
「あ、うーん……――」
困ったように考え込む小毬さん。
「かわいいお洋服を着たりんちゃんも見てみたいかな、なんて」
「そうか………………」
鈴は腕組みをして難しい顔をしている。
しばらくして。
「わかった」
「やってやらないこともない」
「え、いいの、りんちゃん?」
ちりん、とスズを鳴らし頷く。
心の中でどんな葛藤があったのかはわからないけど、壁を乗り越えたかのような堂々とした表情だ。
「こまりちゃんが着替え手伝ってくれ」
「もちろんだよーっ」
無理してる、というわけじゃなさそうだけど…大丈夫かなあ?
「安心しろ、理樹。あたしに任せろ」
「う、うん」
なんで僕が励まされてるんだろう。
「行くぞ、こまりちゃん」
「あ、待ってよ、りんちゃんーっ」
――バタンっ
二人は更衣室の中に吸い込まれていった。
「ほう、前の鈴ならば何が何でもやらなかっただろうな」
「……もしかしたら鈴さんも可愛らしく着飾ってみたかったのかもしれません」
謙吾と西園さんが巣立つ小鳥を見守るように更衣室の方を見つめている。
横の方に目を移すと…。
「俺だって見たいって言ったのによ…」
「なんでだよ! なんで小毬が良くて俺はダメなんだよっ!」
そこにはジェラシー100%のお兄ちゃんがいた。
「やはは、やっぱりアレじゃないかな」
「えーっと信頼度?」
「ぐはっ!?」
今、間違いなく見えない矢が恭介の胸を射抜いた!
「三枝さん、それはちょっと言いすぎですっ」
「ただ鈴さんは、ちょーっと恭介さんより小毬さんの方が好きなだけなのですっ」
「うわっクド、それフォローっていうよりトドメの一撃だからっ!」
「そんなこと言うなぁあぁあぁあぁあぁーーーっ!!」
「ああぁー恭介っ、泣きながら床でのた打ち回らないでよーっ」
「まるで陸に打ち上げられたエビね」
娘が嫁に行くのを猛反対している父親の心境…みたいなものだと思う、たぶん。
――更衣室から声が聞えてくる。
『りんちゃんはどんな服が着たい?』
『これなんてどうだ?』
『うーん、ガチャピンさん?』
『コレの中の人はすごい』
『けど、それ着ちゃったらりんちゃんなのかわかんないよ』
『しまった、盲点だった…』
『これなんてこまりちゃんに似合いそうじゃないか?』
『わぁ着物なんて着たことないよ~』
『ちょっとだけ羽織ってみよっか』
『……』
『どうかな?』
『うん、くちゃくちゃかわいいぞ。時代劇のお姫様みたいだ』
『えへへ、鏡どこかな――ほわっ!?』
ずべん!
『『あ』』
『……』
『どどどど、どうしようっ!?』
『かせ、こまりちゃんっ』
『これくらいなら…こっち向きに掛けて、隣の服と重ねてだな…』
『あ、わかんないね』
『ふう、実に危ないところだった』
『――うわぁ…りんちゃん、こっちこっち』
『なんだ?』
『このリボン、すんごいかわいいよ』
『あ、あたしにはこういうの似合わないぞっ』
『そんなことないよ~』
『はい、鏡の前に座ってください』
『…………』
『うわぁぁぁ、りんちゃんかわいい~っ』
『そ、そうか?』
『……もう一つあるから、こまりちゃんにもつける』
『着けて~』
『…………』
『できたぞ』
『えへへ』
『りんちゃんとおそろい』
『おそろいだな』
『…なんかうれしいな』
『うんっ』
更衣室の中からは、二人の楽しそうな話し声が漏れてきていた。
「鈴さんたち、とても楽しそうなのですー」
「ずいぶんと仲がいいようね」
「そうだねー、鈴ちゃんとこまりんは親友ってヤツですヨ」
親友、か…。
昔の僕たちとしか遊べなかったころの鈴が頭を過ぎる。
それが今や、一緒に笑い合えるたくさんの友達が出来た。
小毬さんという親友も出来た。
みんなと出会えて、鈴はこんなにも大きく成長出来たんだ。
……。
ふと恭介の顔を窺う。
「…………」
恭介のその横顔は…。
温かく妹を見守る優しいお兄さんの顔になっていた。
きっと恭介も僕と同じ気持ちなんだろう。
「ふふふっ」
ついつい笑みが零れてしまった。
「――どうした理樹君?」
来ヶ谷さんが優しい表情でこちらを見つめていた。
「あ…なんでもないよ」
「そうか…」
「てっきり、『わたしのほうが鈴に相応しいに決まってるわアッハーン』と考えてると思ったんだが」
「いやいやいや!? どうしてそうなるかわからないし、なんで女の子言葉なのさっ!?」
「ものは試しだ、女の子言葉で話してみてくれ」
「なにぃ!? ついに理樹が女の子言葉で語りかけてくれるのか!?」
「マジかよ!? やべぇ、オレの筋肉がオギオギと唸りを上げているぜっ!」
「って、謙吾と真人までノッてこないでよーっ!!」
「あ、そろそろ二人とも出てくるみたい」
杉並さんの言葉で、更衣室の扉の方へと目を向ける。
『りんちゃん、はやくみんなにも見せてあげよう』
『…………』
『どうしたの?』
『や、やっぱりはずかしい…』
『うーん……あ、そうだっ! ちょっと待ってて』
『……』
『はい、りんちゃん』
『ん?』
『――やあ、りんちゃん、ボクねこさん』
『――ボクは可愛いりんちゃんを守るナイトのねこさんなんだ』
『――だからね、ボクを一緒に連れて行って』
『りんちゃん、このねこさんを一緒に連れて行ってあげて?』
『……』
ちりん。
『こいつとなら大丈夫な気がしてきた』
『よぅし、じゃあ行こうっ』
――ぱたんっ。
「ふえぇ」
扉が開けられ、小毬さんがひょっこりと顔を出した。
まだ出てこないで扉から顔だけ出している。
「みんなー、準備はいいですかー」
「「「「「おーーーっ」」」」」
「よぅしっ」
小毬さんが、ゆっくりと鈴の手を引いて現れた。
「…………」
鈴が恥かしそうに目線をワザと僕たちから外してチョコチョコと扉の影から出てくる。
片手は小毬さんの手、もう片方の手にはしっかりとネコのぬいぐるみを抱えている。
「わふー……」
「うわぁぁぁ……」
「……ほう、これはまた……」
「うう…やっぱりもどる」
顔を真っ赤にして、また戻ろうとする。
「ほわわっ、りんちゃん」
「ご、ごめん」
けど小毬さんに手を引かれているせいか、戻るに戻れないようだ。
「…あううぅ…」
――ぺたんっ
ついには恥かしさでぬいぐるみを抱きかかえたままペタリと床に座り込んでしまったが…。
「「「「「「 きゃあああああああぁぁぁぁ~~~~~~~~~~っ 」」」」」」
「あっ、あんまり、みっ、見るなぁーっ!」
その様子が服装とマッチしていて、より一層会場を盛り上げる結果となった!
鈴のコスプレは、きっとロリータファッションというものだ。
これは小毬さんが選んだんじゃないかな。
色は赤と白のチェック柄。
下は、スカートを3重に履くことでボリュームアップをしている。
そのスカートを膨らませて座る様子は……。
ちょっと言うのが恥かしいけど、まるで妖精みたいだ。
頭には大きめのリボン。もちろんリボンにもフリル満載だ。
そして髪の毛は服装に合うように、毛先がクルクルと巻かれている。
「わふーっ、鈴さんの出身地はズバリお花畑でしょうかっ!?」
「うん、お花の妖精みたい……」
「……なるほど、いつもは尖がっている鈴さんをほんわりキュートにまとめる…これはときめきます!」
「いやー、鈴ちゃんまるでお人形さんみたいですヨ」
「やばい…ハァハァ…思いっきり抱きしめてホッペにすりすりとしたい……」
「来ヶ谷さん、それいつも鈴にやってるでしょ…」
みんな、思い思いのことを口にしながらポヤヤ~っと鈴の様子を見ている。
いつもは少し男っぽい鈴だけど…。
「鈴、とっても似合ってるよ」
「ふっ、ふかーーーーーーっ!!!」
ギュギューっとぬいぐるみを抱きしめてこっちを威嚇する鈴だけど、それすら愛くるしい様子になってしまっている。
「ほら、恭介もなんか言ってあげてよ」
「あ、ああ」
恭介も可愛らしく着飾った鈴を見て、動揺しているようだ。
「――鈴」
「なっ、なななななななんだ馬鹿兄貴っ!」
「……えーっとだな……」
ポリポリと頬をかく。
「ん、なんだよ恭介、おまえ照れてんのか?」
「てっ、照れてなんかねぇよっ」
うわ、珍しい。
本当に恭介は照れてるっぽい。
「――兄妹を面と向かってほめるって、結構勇気がいると思うわ」
「ほめられるほうだって結構恥かしいんですヨ?」
佳奈多さんと葉留佳さんがそんなことを口にする。
そっか…。
僕にはよく分からないけど、そういうものかもしれない。
「……あ、あー鈴」
「なっ、なんだっ! さっきからきしょいぞっ」
「そうだ、きしょい、ちょーきしょいぞっ! きしょいきしょいきしょいっ!」
顔を真っ赤にしながら、恭介に何も言わせまいときしょいを連呼する鈴。
「きしょ――」
恭介が、ぽん、と座っている鈴の頭に手を乗せる。
「――今日のおまえ」
「めちゃくちゃ可愛いぜ」
「なっ…ななななな、何を言い出すんだおまえはーっ!!」
「何って、可愛い」
「ばっ、ばっ、ばかっ! ばかっ! くちゃくちゃばかばかばかばか兄貴ーーーっ!! このばかーっ!」
嫌そうに装っているが、言葉の端々に嬉しさがこもっている。
やっぱり色々言っても、恭介に褒められるのは嬉しいんだ。
その鈴の様子を見て恭介も頬を緩める。
「そうだな、悪いがこれははっきりと言わないとな」
「――おまえは世界一可愛いぜ」
「ふ、ふ、ふみゃぁーーーーっ!!!!」
「ははははっ、顔真っ赤だぞ?」
「うみゃみゃーっ、ホッペひっぱるなぁーーーっ」
「恭介もいつもこれぐらいストレートに表現すりゃいいのによ」
「あいつはそういうところが不器用だからな」
やれやれ、といった様子で見守る幼なじみたち。
「世界一だなんて、棗先輩、兄バカ丸出しね」
言葉の割には佳奈多さんの表情はとても柔らかい。
「私もあんなお兄さんが欲しいのです~」
「……しかし、あのようなお兄さんですとブラコンになってしまいそうです」
「兄弟とはいいものだな」
「うん、そうだね」
僕は、カシャリとそんな幸せそうな兄妹のやり取りをカメラに収めた。
***
『ボツオチ』(恭介、絶賛大暴走エディション)
■鈴を見てのリアクションから。
「わふーっ、鈴さんの出身地はズバリお花畑でしょうかっ!?」
「うん、お花の妖精みたい……」
「……なるほど、いつもは尖がっている鈴さんをほんわりキュートにまとめる…これはイケます!」
「いやー、鈴ちゃんまるでお人形さんみたいですヨ」
「やばい…思いっきり抱きしめてホッペにすりすりとしたい……」
「来ヶ谷さん、それいつも鈴にやってるでしょ…」
みんな、思い思いのことを口にしながらポヤヤ~っと鈴の様子を見ている。
いつもは少し男っぽい鈴だけど…。
「鈴、とっても似合ってるよ」
「ふっ、ふかーーーーーーっ!!!」
ギュギューっとぬいぐるみを抱きしめてこっちを威嚇する鈴だけど、それすら愛くるしい様子になってしまっている。
「――その表情、いただきだっ!」
――パシャッ。
声のしたほうを見ると。
「こいつはいいアングルだぜっ!」
「ははははは!」
「俺のレンズが真っ赤に萌える! チャンスを逃すなと轟き叫ぶっ!!」
「棗フラーーーーッシュ!!」
恭介が喜々としてカメラのシャッターを押しまくっていた……。
「アホだな…」
「アホですネ…」
「……阿呆です」
「アホね」
「やべぇ、アホだ…」
「奇遇だな、俺も全く同じ感想だ…」
「はっ、アホで結構!」
レンズから離された恭介の顔は…ムダに輝きを放っていた!!
「なんと言われようが、俺はこの一瞬のきらめきを撮っておくぜ!」
「過去の賢人が言っていたじゃないか」
「モノより…思い出」
白い歯をキラリと光らせているけど。
「恭介が言うと、どんな言葉もくすんで聞えるな」
「なんでだよっ」
「そもそも、思い出を残すためにシャッターを切っているという表現すら違うだろ」
「……そうですね。思い出のためではなく下心のためかと」
「うぐっ…」
謙吾、来ヶ谷さん、西園さんからの厳しいツッコミが炸裂。
「いいじゃねぇかよっ!! 鈴がこんな萌え衣装に身を包むことなんか今後一生ないかもしれないんだぞっ!!」
「萌え萌えの鈴をとっておきたいじゃねぇかよっ!!」
「わふー、見事な開き直りなのですっ!?」
「妹が可愛らしい格好をしてお兄ちゃん萌え萌えなんて世間一般的な常識だろっ!」
「それ、どこのゲームの一般常識だよ…」
「下心丸出しね…」
「待て待て待て! こいつは下心なんかじゃない!!」
「じゃあ、なんだって言うのよ?」
「丸出しだから上心だっ!!!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「こんな馬鹿兄貴の妹なんてもうイヤじゃーーーーーーーーーーーっ!!!」
――ズダダダダダダダダダダダダダーーーッ!!
鈴、逃走!!
「あ、ちょっ、鈴っ!? ま、待ってくれ、鈴ーーーーーっ!!」
「来んな、変質者兄貴ーーーッ!!」
「今のは…ちょっと…」
もはや小毬さんですらフォロー出来ないようだ…。
ごめん恭介…。
今のは僕にもフォローしきれないよ…。