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花ざかりの理樹たちへ その82 ~買い物編~(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。





歩くたびに踊るように翻(ひるがえ)るスカート。



  「――おいおい、あの娘、めっちゃカワイくね?」

  「――え、どれど……うおっ!? 脚細~っ! 白ぇ~っ! 紺のハイソもたまんね~っ!!」

  「――た、頼むから鼻血出すなよ…逮捕されるだろーが」

  「なんかあたしたち、見られまくってないか?」



胸元を彩る桃色のリボンが振れる様は、まるで楽しげに遊んでるかのよう。



  「――きゃ~っ、見て見てあそこ歩いてる女の子!」

  「――うっそ…ス、スタイル抜群じゃん!?」

  「――まさに女の理想系ってヤツ!? 羨ましい飛び越してソンケーなんですけど!」

  「やはは、注目の的ってヤツですナ」

  

赤と黄色のチェックのリボンで結われた両サイドの髪は風と共に揺れる。



  「――み、見てよっ! あそこにヴィーナスがおわせられるよ! 歩いていらっしゃるよ!」

  「――うっっっひょーーーっ!!! 俺的ランク、AAAランクプラスα、だな!!」

  「どうやらこの視線は誰かさん一人に向けられてるようだぜ?」

  「なっ、理樹?」

  「……え?」



――直枝理樹、女装、してます――



…………。

「……」

「う、うわぁぁーっ!!」

「どうしたの理樹ちゃん、頭なんて抱えちゃって」

絶望した!

女装しながら平然と道を歩けるようになっている自分に絶望した!

「はっはっは、頭を抱える美少女というのもまた乙だな」

「……やはり美少女はどんな行動をとっても美少女なのですね」

「美少女特権かコノーっ! 美少女のくせに生意気だぞーっ」

「だから、僕男だからっ!!」



「「「「「「「「「「「…………?…………」」」」」」」」」」」



「なんでそこでみんな首を傾(かし)げるのさっ!?」

「その顔で男だって言い張られても困る…」

「困るのですー…」

「困っちゃう…よね」

「鈴もクドも杉並さんも本気で困らないでよ…」



――ボン!



突然真人に背中を叩かれた。

「理樹っち、男だとか女だとか、んな小っちぇこと気にするって!」

「いやいやいや! そこ大きいでしょっ!」

「――違うぞ、理樹」

謙吾の大きな手が僕の頭に乗せられる。

「これだけは言っておく」

「周りが何と言おうが、お前はお前であり、お前以外の何者でもない」

「違うか?」

「謙吾…」

「だから」

謙吾がフッといつものクールな笑みを浮かべる。



「俺は理樹ならどっちでも構わん!」



「構おうよっ!?」

言い切ったよ、この人!!

「さすが謙吾だな、おまえこそ真の漢(オトコ)だ!」

「ありがとう!」

スポーツ大会で優勝したかのような爽やかな笑顔で恭介と握手を交わす。

「いやいやいや…」

「はっはっは、理樹君はどっちにしろ可愛いことには変わりないからな」

来ヶ谷さんの手が僕の肩に回る。

「かわいいは正義なのだよ、理樹君」

「いやっ、僕は全然……」

「――理樹ちゃん」

小毬さんの手が僕の胸元のリボンに掛かる。

「理樹ちゃんに足りないのは自信だよ」

「こーんなにかわいいんだから、もっと自分のかわいさに胸を張りましょう」

「こ、小毬さん……」

リボンを直しながら、ね?と優しく微笑む。

「そのとおりですっ、リキはもっと自分の溢れんばかりの魅力に気づくべきなのですっ」

「理樹はかわいい。もっと自信もて」

腕組みをした鈴が自信満々に断言した。



……。

ごめんみんな……。

そこに自信を持ったら、僕はもう男に戻れないと思う……。



――僕たちが今どこにいるかと言うと、街のデパートだ。

デパートと言っても都会の大きなデパートとは違う。

3階建ての大型ショッピングセンターと言ったほうが正しい。

1階にはショッピングモールと食料品売り場、2階から上は専門店街となっている。

まぁ、恭介が欲しいものがあるらしくて寄ったんだけど…。



「クドリャフカ、何か足りないのあったっけ?」

「そうですね、そろそろシャンプーが切れそうです。あとはお茶葉でしょうか」

「私の部屋は…そうだっ、ちょうどカントリーマアムが切れてるんだった」

「……わたしはジャンプコミックの新刊が欲しいですね」

「えーっと、オレたちの部屋にはアブシリーズの不足を感じないか?」

「仰山あるよね…」

「ねーねー、恭介くん」

葉留佳さんが恭介の袖を引く。

「ん、どうした三枝?」

「アクセサリー見に行きたいんだけど、いいかな?」

「あの…私、だがし屋さん…っ」

杉並さんも一生懸命自分が寄りたいところを主張している。

「――OK、わかった」

「この人数でぞろぞろ歩くのも他のお客さんに迷惑がかかるしな」

恭介が僕たちの方を向く。

「ここからは自由行動にしよう」

「そうだな……」

チラリと腕時計に目をやる。

「1階に中央広場があるだろ? そこに5時半集合でいいか?」

「……それだけ時間があれば色々見て回れますね」

「俺は時間を余してしまいそうだ」

今からだと結構時間がある。

僕も買い物もないし、時間を余しちゃいそうだ。

誰かと一緒に見て回ろうかな。

「よし、解散!」



恭介の声と共に、

「ダンベル、オレだ! 今から迎えに行く!」

一直線にスポーツ用品店に駆け出す真人。

「あいつは一体何と交信してるんだ……俺はリトルバスターズグッズ用の刺繍(ししゅう)糸でも見に行くとするか」

「りんちゃん、クーちゃん、一緒にお菓子売り場に行こー」

「ついでにモンペチのコーナーも寄ってくれ」

「佳奈多さんもご一緒にどうですか?」

「わ、私は別の用があるから」

「おねーさんは写真屋に行かなければ」

「……それでしたらわたしもご一緒します」

みんな思い思いの方へと歩いていった。



後に残ったのは僕と恭介だ。

「どうした、理樹は行かないのか?」

「うーん、欲しいものもないしどうしようかと思って」

恭介をチラリと見る。

「そうか」



――ぽんっ、わしゃわしゃ。



「わっ」

頭を撫でつけられた。

「俺はちょっと買い物があるから行くな」

「え? 恭――」

呼び止めようとしたが、片手を上げた恭介の背中はどんどん遠ざかって行った。

「あっちゃぁ…」

久しぶりに恭介と見て歩こうとしたんだけどなあ。





僕はどうしよう?

そんなに欲しいものもないし…。

靴…靴かぁ。スニーカーで十分かな。

服は…うーん、この前買ったばっかりだし。



そんなことを考えながら専門店が並ぶ通りを歩いていると。

「…あ」

前に見知った後姿を見つけた。

腰まである長い髪、ピンク色のボンボンのアクセサリーに結われた一本のおさげ。

「佳奈多さんだ……ん?」

あれ?

様子がおかしい気がする。

「……どうしたんだろ?」

歩くのがゆっくりなのだ。

別に専門店のショーウインドウを見ている様子もないのに。

前にテレビで見たASIMOとかいうロボット並みだ。

…………。

……。

さっきまでかなり前方にいた佳奈多さんだけど、歩くのが遅いからどんどん差が詰まってくる。

…………。

……あ。

佳奈多さんがしゃがみ込んで靴下の位置を直し始めた。

もちろんその間にも距離は縮まり、ついには追いついた。

「佳奈多さん」

「……」

あれ?

気付かないのかな?

「佳奈多さん?」

ようやく佳奈多さんが顔を上げる。

「あら、直枝じゃない。いたの? 全然気付かなかったわ」

「ここで会うなんて奇遇ね」

「みんなで一緒に来たんだから奇遇ってこともないと思うけど」

「ぅ……それもそうね」

佳奈多さんが立ち上がる。

「な、直枝は一人?」

「うん」

「そ、そう」

どこかホッとしたような顔がのぞく。

「佳奈多さんも一人で回ってるの?」

「なに?」

「私の隣に誰かいるように見える? それとも私が2人いるように見えるのかしら?」

「そうだとしたらあなたの目は節穴ね」

腕を組みながらそっぽを向く。

一人と言えばいいだけなのに、難儀な性格だ。

「……」

「……」

「……」

「……」

「よか………」

佳奈多さんが何か言いたげに口を開いたが…すぐにつぐむ。

「――じゃあ、私行くから」

プイと僕から目を離し、髪をなびかせ歩き去ろうとする。

その足並みはさっきより断然早い。

…もしかして。

「佳奈多さんっ」

歩き去ろうとする佳奈多さんの背に声をかける。

「なに?」

無視されるかと思ったけど、予想に反してすんなりこちらを向いた。

「よかったら僕と一緒に見て回らない?」

「……」

目が大きく開かれる。

「ダメかな?」

「――……フン」

いつものように鼻を鳴らす佳奈多さん。

「頼まれて断るほど私は鬼じゃないわ」

「いいわよ、行きましょう」

腕組みをして待っている佳奈多さんの横に並び、一緒に歩き出す。

「佳奈多さんは何見たい?」

「…………」

「……お財布見たい。新しいの」

「じゃあ、そっちから見に行こっか」

佳奈多さんがこくり、と頷いた。



きっと、さっき佳奈多さんは「一緒に見て回りたい」の一言が恥かしくて言えなかったんだ。







「――あーちゃん先輩ったら、そろそろ『かなたん』だけはやめて欲しいわ」

「あ、けど…」

「似合ってる、なんて言ったら一生口聞かないから」

足取りが軽い佳奈多さんと一緒に歩く。

「……」

佳奈多さんが突然立ち止まった。

「ちょっと待ってて、行ってくる」

横にはトイレの標識。

「トイレ?」

「そういうこと、女の子ならはっきり言わない」

…もうツッコミはよそうかと思う。

「持ってて」

鞄を僕に渡すと、佳奈多さんはトイレへと姿を消した。

「――ふぅ」

近くにあるイスに腰を下ろす。



……佳奈多さん「一生口聞かない」って。

たまに子どもっぽいところが見え隠れして、見ていて微笑ましい。



そんなことを考えていると。



――ぱさっ…。



誰かが僕の目の前を通り過ぎ、ハンカチが落ちた。

「あの、ハンカチ落とし――……」

…………。

そこまで口に出て止まった。

そのハンカチを落とした人の格好は、下は袴で派手なジャンパーに大きくネコの刺繍があしらわれている。

きっとこんな格好してこの辺を歩いてるのは(きっと全国的にも)一人しかいない。

「謙吾、ハンカチ落としたよ」

「おお親切な人よ、ありがとう――なんと、理樹じゃないか!? 全く気付かなかったぞ!?」

とても胡散臭い驚き方だ。

「こんなところで会うとは奇遇だナ!」

ちなみに語尾は声が引っくり返っている。

「……奇遇もなにも、僕たち一緒に来たんだから会うでしょ」

「ぐっ…それもそうだな」

謙吾がコホンと一つ咳払いをする。

「――理樹」

「どうしたの?」

「ハンカチを拾ってくれたお礼に、よかったらだがな…」

ポリポリと頭をかく。

「?」

「よかったら……」

「俺と一緒に買い物をしないかッ!?」

「いやいや、そんなに気合入れなくても…僕はOKだよ」

「ほ、本当かッ!? 本当なのだな!?」

目を爛々とさせ、ギュッと僕の両手を握り締める謙吾!

「ほ、本当だからっ、放してよっ」

後は佳奈多さんなんだけど…。

「よし! まずはどこに行く!? 理樹が行きたいところならば地の果てまで行くつもりだッ!」

「デパートの果てって案外近いからね…」



そこへ佳奈多さんが出てきた。

「お待たせ――あら、宮沢じゃない」

「なんだ二木か」

「どうしたの、ずいぶん暇そうね」

「いや、そうでもないが」

「あっそ」

うわ…まったく興味がないみたいだ。

「直枝、変なのに構ってないで行きましょ」

「あ、佳奈多さん、実は――」

謙吾も一緒に行くことになったんだけど…と言おうとしたんだけど。

「……待て、二木」

「なに?」

「今……何と言った?」

「直枝、変なのに構ってないで行きましょ」

さっきと一字一句、イントネーションまで同じく繰り返す。

「『行きましょ』だと…?」

謙吾の鋭い目が佳奈多さんに向けられる。

「そうだけど」

「おまえは何を言ってるんだ?」

「理樹は俺と一緒に行くことになっているんだが」

「…………ハァ?」

一瞬キョトンとしたが、途端に佳奈多さんからも威圧するかのようなオーラが発せられる!

「何を言ってるの?」

「直枝は、」

「私と、」

「一緒に、」

「行くんだけど」

わざと区切り区切り話す佳奈多さん!

「なにぃ…?」

途端に空気が張り詰める!

「ちょ、ちょっと2人とも聞いてよっ」

「理樹、おまえは何も言わなくてもいい」

「直枝は黙って」

「えええーっ!?」

「二木、おまえが何を勘違いしているのか知らんが、俺が、理樹と一緒に買い物をすることになっている」

「フン、直枝は私と買い物をするの。これが決定事項」

「寝言は寝てからにしてくれないかしら?」

「あ、もしかして寝てる?」

「なんだとぅ…フッ、立って目を開けて話をしている奴が寝てるように見えるとは、よほど目が悪いようだな」

「なによ」

「なんだ」

まるで2人の間に火花が散っているかのように見える!

じゃなくて!!

「ああもう、2人ともケンカしないでよっ」

睨み合っている2人の間に割って入った!

「だが理樹ッ!」

「宮沢がっ」

「だから僕の話を聞いてよっ」

「「?」」

ようやく僕の方を見てくれる2人。

「……佳奈多さんが出てきたときに言わなかった僕が悪いんだけど」

「3人で一緒に見て回ろうよ」

「「……ッ!!」」

3人と聞いた途端、また2人が睨み合う!

「もーっ! 2人ともケンカはダメだからねっ」

「謙吾もっ」

僕は膨れながら謙吾を睨んだ。

「む、むぅ…すまん」

「佳奈多さんもっ」

「わ、わかったわよ」 

「僕は3人で見て歩きたいなぁ…なんて」

「やっぱり1人より3人の方が楽しいと思うし」

「まあ、直枝がそう言うなら――」

謙吾を嫌そうにチラリと見る佳奈多さん。

「妥協してあげてもいいけど」

「ふん、それはこっちのセリフだ」

「……なによ」

「……なんだ」

「だからケンカしないでよーっ」





な、なんか……

大変なことになってしまった気がするっ!