花ざかりの理樹たちへ その88 ~買い物編~(リトルバスターズ)作者:m
紹介メッセージ:
恭介の思いつきで始まった王様ゲームにより、理樹は……。各編はほぼ独立していますので、途中からでもお楽しみ頂けます。
クドが持ってきた下着を棚に戻していると。
――スタタタタタ!
走る音。続けて。
「理樹ちゃんーっ! いいの見つけたよーっ」
僕の目の前で葉留佳さんが急ブレーキをかけた車のように止まった。
「あぁもう理樹ちゃんにはこれだっ! これを穿(は)いちまえーっ」
僕の前にババーンとパンツを突きつけてきた。
葉留佳さんが持ってきたパンツはと言うと。
パンツ全面に猛々(たけだけ)しい武将の『ねぶた』が描かれている!
「こ、こんなのどこで見つけてきたのさ…」
黒とオレンジのコントラストがきつすぎて、一言で言うとド派手だ…。
そして真人並みの肉体のオジサンが3mはあろうかという大太鼓を叩き。
その周りで荒々しく踊りまくる人々が臨場感たっぷりにプリントされている。
「わふー……凄みのあるエレクトリカルパレードなのです…」
「クドリャフカ、これは青森の真夏の祭典『ねぶた』よ」
「はぁ、これがかの有名なねぶたなのですか。初めて見ましたがド迫力なのです~」
うーん、初見がパンツなのはどうなんだろう。
「見ようによってはアップテンポなエレクトリカルパレードなのだろうな」
「ミッキーがオッサンになっただけの些細な違いだろうよ」
「そこ、一番大きな違いだよね……」
「で、理樹ちゃん、どうかな?」
妙に期待のこもったクリクリとした瞳が向けられている。
「どうかなって言われても…」
もし仮に、僕が女の子だとしたら……。
いや、女の子じゃなくても絶対に穿きたくない。
「――ちょっと待て」
来ヶ谷さんが、ふむ、と頷く。
「理樹君がこれを穿いた様子を想像してみようではないか」
「――陽気な春の日差しが降り注ぐ朝の通学路」
「桜が咲き誇り、小鳥は綺麗な歌声を響かせている」
「そこに一人の少女が歩いてきた」
「まさにその少女は春の妖精。行き交う人々が振り返り賞賛の声を上げるほどの美しさ」
「スカートのプリーツは乱さぬよう、黒のセーラーカラーは翻さないようゆっくりと歩く姿がこれほど様になっている女性はそういるまい」
「だがその容姿端麗、優美高妙(ゆうびこうみょう)な姿に春の女神が嫉妬してしまったのだろう」
「一陣の風が吹き抜け、あろうことか優美に歩く彼女のスカートが捲くれる!」
「恥じらいの声を上げ慌ててスカートを押さえるが、時すでに遅し」
「眩しすぎるほどの白く透明感に溢れた太ももがスカートから露(あらわ)になる」
「そして目をさらに上に移すと…」
『日 本 の 火 祭 り』
「と、パンツにデカデカと書いてあるのだぞ」
「――どうだ?」
うわっ!
想像する以前の問題だったけど、改めて思い浮かべると最悪だっ!
「ふるふるふるふる…」
「ふるふるふるふる…」
克明に想像してしまったのか、クドと小毬さんも顔を左右に振りまくっているっ。
「……全くもって美しくありません」
プンスカと怒る西園さん。
「はぁ、葉留佳…あなたの趣味を疑うわ」
我が妹ながらね、と深い深い溜息を漏らす佳奈多さん。
「さすがに私も可愛い娘のスカートをめくってこんなのを穿いていたらドン引きだな」
来ヶ谷さんの表現はどこかおかしくないかな…。
「やはは、いざ想像してみるとなんて言うか……素敵デスネ」
「自分でも引いてるよね…」
そうしていた時だ。
「――お客様」
店員さんの一人が小毬さんのところへ寄って来た。
「あっ、もしかしてもうできたんですか?」
…目からキラキラとお星様が飛び散っている。
「はい♪」
「うわぁ~、ありがとうございますっ」
嬉しそうに小毬さんが、なぜか嬉しそうな店員さんに深々とお辞儀を返す。
「小毬さん、何か頼んでたの?」
「うん~」
「――あちらでございます」
店員さんが手を向けた方向を見ると…。
…………。
テナントの隅の一角が、保健室のベッドを仕切るカーテンで大きく仕切られていた。
嫌な汗が出てきた…。
「えへへ、みんなには内緒にしてたんだけど――」
小毬さんがニッコリと微笑む。
「じつはっ!」
「言う必要なし。わかったから」
「……はい、早速参りましょう」
さすが佳奈多さんと西園さんだ。
容赦がない。
「う、うわぁーん! 最後まで言わせて~っ」
やっぱり小毬さんにはこのメンツを仕切るのは難しいんだろうなあ…。
「小毬さん、私にはまったくわかりませんっ。最後まで聞かせてくださいっ」
「クーちゃん、ありがと~っ」
クドは気配り上手みたいだ…。
「――このお店、試着室がないよね」
「だから、ゆいちゃんと一緒に店員さんにお願いして試着するところを作ってもらいましたっ」
――ぱちぱちぱちぱちー!
「ええぇーっ」
僕の困惑とは裏腹に、みんなから熱のこもった拍手が巻き起こる。
「私も一肌脱いでしまったよ」
小毬さんと来ヶ谷さんが「ねー」「ああ」と頷きあっている。
「わ、わざわざ…作ってもらったの?」
「うん~」
試着室って!!
それって、やっぱり僕が……。
脳裏をこれから僕の身に降り注ぐであろう惨劇が通過していく。
いやいや、悲観的に考えすぎだよね。
きっとみんなが下着を合わせたいから作ってもらっただけかも。
そうしたら僕は外で待たせてもらって――
「理樹ちゃんは初めてだから、ちゃんと合わせてみて買いたいよね」
うん…。
そういうと思った…。
「こ、小毬さん、僕は――」
「理樹君」
遠慮しておくよ、と言う前に来ヶ谷さんの手が僕の頭に乗せられた。
「店員さんたちが、総出でわざわざ、他の作業がある中、忙しい時間を割いて、別の階から資材調達してまで作ってくれたコーナーだ」
「まさか『恥かしいからヤ』なんて理由で……」
突然言葉を切って僕からフッと目をそらす。
「おっと、すまない……なにを言っているんだろうな、私は。理樹君をそのように疑うなんてどうかしていた」
いやいやいやいやっ!
今のは明らかに計画された発言だっ!
来ヶ谷さんの一言で言い出しづらい雰囲気が出来上がりつつあるしっ!
「そ、そうだよっ」
続けて予想外の杉並さんの声が。
「えっ?」
「直枝くんは、直枝くんは…っ」
「嫌だからやめるってそんな人じゃないもんっ」
顔を赤くして、身振り手振りを加えた一生懸命な訴え!
しかも素で言ってくれているっ!
まさに…。
ダメ押しのダメ押しというヤツだっ!
もうこれじゃぁ「遠慮しておくよ」なんて絶対言えないっ!
「――店員さん、わざわざ忙しい中、私たちのために本当にありがとうございました」
改めて深々とお辞儀をする小毬さん。
「いえっ、顧客満足こそが我々のモットーであり、喜びですからっ!!」
営業とは思えないほどの笑顔が眩しい。
店員さん全員の胸ポケットから顔を覗かせている僕の写真は…ツッコまないほうがいいんだと思う。
「はあぁ~~~……」
深い溜息も漏れちゃうよ…。
「理樹ちゃん、どうしたの?」
「小毬さん…」
「そっかぁ、だいじょーぶっ」
「安心して」
小毬さんの温かな手が僕の手を包み込んだ。
「理樹ちゃん一人だと不安だと思って、ちゃんとみんなで一緒に入れるように大きめ作ってもらったから~」
ありがた迷惑だった!!