アフェッツオーソ(けいおん!)作者:ユリア
紹介メッセージ:
以前ボツにしたままにしていた作品の微修正版です。ハーレム百合(大げさ)なので苦手な人は注意w なお、憂ちゃんはN女子大の設定です
「おまたせ、お姉ちゃん。・・・
って、皆さんすごい格好になっちゃってる。
ああもう、梓ちゃんまで」
「えへへ、あずにゃんかわいいよねー」
少しだけ顔色赤いけど、いつも通りにほんわか笑う、
わたしのお姉ちゃん、平沢唯。
おこたつに入ってくつろいでます。
今日はお姉ちゃんの誕生日。
わたしたちみんなは、
あることを祝うために今日は集まりました。
久しぶりの、お姉ちゃんとわたしの、平沢家に。
お姉ちゃんの21歳の誕生日。
少し遅れましたけど、梓ちゃんの20歳の誕生日。
つまり、梓ちゃんと、純ちゃんと、わたしが
お酒も飲める歳になったっていうことです。
厳密には、わたしはまだですけど。
でも、
「もうあと2ヶ月くらいいいじゃないか。
それよりも梓もやっと飲ませ・・・おっと、
飲めることになったんだから、
唯の誕生日にあわせてパーティしようぜぇ」という、
律さんの提案にみなさんが押し切ら・・・もとい賛成して。
きょうはN女子大の寮を離れて、
放課後ティータイム・わかばガールズに
属してるみなさんで集まったんです。
ただ、都合があって、純ちゃんだけは
今日はうんと遅くなることになってしまいました。
あとで淳司さん-純ちゃんのお兄さん-に
送ってきてもらうことになってます。
でも、もう結構遅くなってしまいましたが、
まだ連絡も来ないですね。
最初ですから、本当はもっとおとなしいお酒だけで終わるはずでした。
わたしはまだ誕生日過ぎていませんし。
でも、最初はビールとか、
和風な料理にあわせて用意した、発泡日本酒の「澪」さんとかだったのに、
律さんが買ってきたボジョレーヌーボーと、
なんと紬さんが用意していた
フォア・ローゼスとカミュ・ナポレオンが出てきたあたりで、
なぜかお話を聞きつけていたらしくて、
乱入・・・じゃなかった、
途中から登場されたさわ子先生を先頭に、
「自分では、お酒強いつもりだから困っちゃうんだよな」
と、澪さんがため息混じりに話されていた
律さん、さわ子先生が潰れてしまい。
そのあと間もなくして、澪さん、紬さんもダウン。
なんだか途中から少し様子がおかしかった、
・・・もしかしたら何か飲んじゃったのかも、
っていう状態だった直ちゃん、菫ちゃんも、
宵闇を超えたあたりでとうとう寝入っちゃって。
で、
その後も座った目をして、呑み続けていた梓ちゃんが。
とうとう、
「唯先輩はいつもそんなだから・・・そんなだから・・・」
ってお姉ちゃんを睨んだのち。
こたつ布団に潜り込んで。
向かい合わせにいた、お姉ちゃんの膝の上に顔をだして。
抱きしめる格好で眠っちゃったのが、15分前。
とうとう平沢姉妹だけになっちゃったので、
わたしはこたつの上を片付けてました。
そうでした、今日はこたつをふたつくっつけています。
片方はうちの、もう片方は紬さんの寮部屋で使ってたもの。
2つ同時につけると熱がこもって危ないので、
片方ずつタイマーで15分毎に交互につけて、
暖かさを確保しました。暖房も弱めにつけて、加湿器ももちろん。
お姉ちゃん、澪さん、紬さん、そして梓ちゃんの
喉の守りも万全です。
そんなこんなで。
いまはわたしとお姉ちゃんが向かい合わせです。
お姉ちゃんの隣には、澪さんと律さんが。
こてんと両手を開いて仰向けの律さんの隣で、
澪さんが、身体を寄せるようにして
律さんの右腕を膝枕にして眠っています。
わたしのいるがわには、紬さんと菫ちゃんが、
こちらも向き合って抱きあうように。
その菫ちゃんの手だけをとって、直ちゃんがそばに。
そして東側に、
さわ子先生が大の字になってひっくり返っていらっしゃいます。
・・・何かあったみたいですね。
今日もちょっとやけ酒に近い感じでした。
軽いいびきと、小さな寝息が。
さっきまでお酒が転がって、
おつまみもほとんど空になった皿が散らばっていた、
リビングの空気を満たしています。
一度思い切って窓を開けたこともあって、
お酒臭さはずいぶんなくなっています。
皆さんがいるぶん賑やかですけど、いつもの平沢家です。
いや、平沢家になっているはずです。
お父さんお母さんはあいかわらず、あんまり戻ってはきません。
わたしも昨年から家をでて寮住まいになったせいか、
この家にはもうある意味で、
「わたしの居場所じゃない」空気があるような気がします。
時々お掃除のために帰ってくると、よけいにそう感じられます。
見捨てたわけではないんだけど。
いまでも、この家が大好きなんですけれど。
でも、この家が、
もうわたしたちを受け入れがたくおもっているような。
今日もそんな気がしていました、最初のうち。
でもいまは。
みなさんがいるおかげでしょうか。
心なしか、家も喜んでいるような、部屋が嬉しがっているような。
そんな気がします。
何よりも。
今日はお姉ちゃんがいます。
お姉ちゃんは、わたし以上にこの家には戻ってきていません。
3年生になってから、
寮をでておふたりでルームシェアを始めた澪さん・律さんも。
2年生以降家に戻られることも多くなった紬さんも。
そんなわけで、大学の寮にいつもいるのは、
お姉ちゃん、梓ちゃん、わたしだけになってしまいました。
菫ちゃんは琴吹家から、直ちゃんは自宅からの通いです。
わたしたちも通えなくはないので、通いに戻そうという話もあるんですが、
いまのところ話はまとまりません。
お父さんなどは、お姉ちゃんとわたしのために部屋を借りようかとまで
言ってくれているんですが、これはこれでわたしにある思いがあって、
結論を先延ばしにしていました。
「あずにゃん、可愛いなぁ」
もう一度、お姉ちゃんが言いました。
可愛いです。
なんていうのかな。
わたしたちには高校3年の時に、小さな秘密を作っちゃいました。
純ちゃんとの間だけの、秘密。
梓ちゃんとわたしが、結ばれたこと。
お姉ちゃんを挟んで。
それで、わたしは、お姉ちゃんとの距離を。
梓ちゃん以上には縮められなくなってしまったんです。
わたしは複雑な笑顔を浮かべていたと思います。
それを見られたくなくて、お姉ちゃんには。
みかんとお茶を用意して、なるべくふたりを見ないことにしようと
していました。
「憂」
そのお姉ちゃんの声です。
「なぁに、お姉ちゃん」
なるべく声に動揺を入れたくなくて、すこし硬い声を出します。
「今日は、いっぱいありがとうね」
「ううん」
いつものことです。それに、わたしはそれが好きなんです。
「憂にはいつもいつもいろんなことをやってもらっちゃって、」
「いいんだよ、お姉ちゃん。
わたしが好きでやってることだもん。わたしがしたくてやってること。
だからいいの」
「それだけじゃないよ」
「え・・・?」
わたしは言葉を失いました、
「いまここで、あずにゃんを抱かせてくれて」
「・・・」
言葉がでません。
「あずにゃんはいつもはクールさんだから、
わたしにはほとんど気持ちを見せてくれない。
でも、きょうのあずにゃんは違った。
お酒のこともあるかもしれないけど、
あずにゃんが最後までお酒我慢できたのは、
憂がちょっとお手伝いしてくれたんだよね」
見透かされていました。
本当は、紬さんも共犯ですが。
なるべくお姉ちゃんと梓ちゃん、
それと口実があって、まだお酒は公然とは飲めないわたしには、
お酒を薄くしたり減らしたりする。
その一方で、直ちゃんと菫ちゃんにはちょっと仕掛けを用意して、
早めに脱落させてしまう。
そして、
お姉ちゃんと梓ちゃん、わたしだけの時間をつくる。
お姉ちゃんにはなにも話していなかったのに。
お姉ちゃんは気がついていたんです。
「憂」
もう一度、お姉ちゃんは言いました。
「憂がきっかけを作ってくれたから、さっきの、あずにゃんの言葉が聞けた。
憂、わたし、嬉しいよ」
そう。
「私と憂がどんな思いでいままで来たと思ってるんです。
全部、唯先輩のせいなんですよ。
・・・私と憂が、唯先輩を好きなのに。
いっつもいつも、せめて、選ぼうともしてくれなくて」
実はちょっとだけ、きつかったんです。
わたしは梓ちゃんが好きだから。
だから、やっぱり。
「梓ちゃんだけを選ぶ」選択はお姉ちゃんにしてほしくなかった。
でも、
あの一言に。
私だけを選んでほしい、というニュアンスを、
取りかけてしまったことに。
実はそれは、わたしの中のどこかにある、
「お姉ちゃんはわたしだけの宝物だ」
という意識を呼び出されたように思えて。
梓ちゃんのことが大好きなのに。
梓ちゃんとふたりで朝を迎えたことだってあるのに。
わたしの中で、まだ収まりがついてなかった感情が。
不意に溢れ出しそうになって。
「憂」
もう一度、お姉ちゃんは言いました。
「でも、だからこそ。
わたしはあずにゃんも憂も選べない。
そしてもうひとり。
わたしの事を好きだって言ってくれた人の、
気持ちにも背を向けたくないんだ」
「・・・」
お姉ちゃん。
「どうしてこんなわたしに、
あずにゃんや、憂や、ムギちゃんが心を向けてくれるのか、
わたしも、ずっと考えてたんだ。
きっと高校生の頃からだったんだね。
でも、わたしがはっきりと意識したのは。
大学生になって、あずにゃんと憂と一度離れたあの頃。
あずにゃんはそれより少し先に、告白みたいなことを言ってくれた。
でもあの頃のわたしには、まだそれを受け止められる力がなかった。
きっと、友だちとしての、先輩後輩という気持ちの先にあるものだと、
わたしは思ってた。
でもそれは間違いだった。
憂とあずにゃんが、そのあと恋人同士になったことは聞いてた。
純ちゃんからね。
そのときに、純ちゃんの表情をみて、やっとわかったんだ。
そして、憂があずにゃんを選んだことが、嬉しかったのに、
わたしはふたりがいなくなる、
わたしから離れちゃうんじゃないかって、
それがとても怖かった。
純ちゃんは何も言わなかったけど、
わたしはそのときやっと、あずにゃんが大好きな自分に気がついた。
ずっと後輩だと思ってた。優しくて、しっかりさんで、
ダメなわたしをずっと見守ってくれてる。
でもそれだけじゃなかったんだ。
そんなあずにゃんを、わたしは好きになっていたんだ。
それから・・・。
そうだってわかっていたのに。
憂を、少しも恨んだり憎んだりする気持ちはわかなかった。
憂の笑顔が、すこしも変わらなかったから。
憂を好きなわたしも、なにも変わらなかったから。
だから、わたしは一度距離をもたないとダメだと思ったんだ。
わかばガールズの演奏は聞きに行ったんだ、本当は。
でもそれを話さなかったのは・・・嘘ついてごめんね、
でも、あのときのわたしに、
まだ憂とあずにゃんを受け止められる力がなかったから。
決心ができなかったから。
なによりも、本当に楽しそうなみんなが、憂とあずにゃんが羨ましくて、
そこにいられないのが、いられない理由があることが、
ううん、理由を作ってしまったわたしが、
哀しくてもどかしかったから」
不意に、お酒が呑みたくなってしまいました。
そばにまだ残っていた、「澪」に視線が向きます。
そして、残しておいたグラスに手をかけると、
お姉ちゃんが机に移った、「澪」の瓶を開けていました。
「まあ呑みんしゃい、憂」
透明な、ビールより心持ち優しく感じた、
淡くゆるやかな泡がおちついたところで。
わたしはグラスを傾けました。
ソーダなどより、ほんの少しだけ刺激のある、でも丸い味わいが、
喉から体に広がっていきます。
「・・・おいしい」
はじめて、本当に美味しいと思ったかも知れません。
本当のところを言えば、高校生の頃から、
料理酒の類、もちろんビールもふくめて、を
ちょこっと舐めたりしたことはあります。
大学に入って、新歓やクラブ勧誘の時にお酒を押し付けられたり、
ゼミなどでも、なんだかんだでお酒は薦められてきました。
でもそれらを、美味しいと思ったことはなかったです。
でも。
いまはそうではなかった。
きっと、わたしだけに向いた、お姉ちゃんの笑顔があるから。
「やっと、憂と、あずにゃんと、お酒も呑めるようになった。
すごくうれしいよ」
瓶に半分残っていた澪を、お姉ちゃんが自分のグラスに注ぎます。
わたしが空けてしまったことに気がついて、
あらためてもう一本を、床からこたつに乗せます。
「お姉ちゃんは、もう当たり前に呑んでるの?」
「そうでもないなぁ。普段はそこまで美味しいとは思わないし、
付き合いで少しだけ、って感じだよ。
でも、憂とあずにゃん、そ
れに今日はまだだけど、純ちゃんとは
呑みたいと思ってたんだ。酔った人をみてるのは面白いし」
「わたしが酔っ払ったところもみたい?」
「わかんない」
お姉ちゃんが、ほにゃ、と笑います。
「りっちゃんは、弱いんだけど面白い。
澪ちゃんは、案外強くて、でも繊細。
さわちゃんは、弱くて絡むけど優しい。
ムギちゃんは強いし、変わらない。
みんなそれぞれで、面白い」
グラスをすこし、揺らすお姉ちゃん。
「もう、あずにゃんも憂も、わたしに完全に追いついちゃったね」
その言葉にはっと背筋が伸びます。
「今度は社会人だって、憂はいうかもしれない。
でもね、もう、これ以上差は開かないよ、きっと」
それがなんだかはわかりません。
お姉ちゃんも、それ以上は話さずに、
グラスの中身を空けてしまいます。
「・・・お姉ちゃん」
「わたしは、ふたりが、
そしてみんなが追いついてくれるのを待っていたと思う」
「お姉ちゃん」
「いつまででもいっしょにいたい、
この気持ちを伝えたいよ」
不意に、お姉ちゃんが歌いました。
「・・・お姉ちゃん」
U&I。
わたしにお姉ちゃんがくれた、最高のプレゼント。
そしてこの曲は。
お姉ちゃんと、紬さんと、
梓ちゃんの曲。
「きみがそばにいることを
当たり前に、思ってた」
「・・・」
「もう、いい加減一人を選べ?」
「・・・お姉ちゃん」
お姉ちゃんの表情が変わります。
「わたし、やだ。
わたしにはあずにゃんもムギちゃんも、憂も選べないよ。
わたしに放課後ティータイム以外のバンドがないみたいに、
澪ちゃんやりっちゃんと一緒にいたいように、
わたしには3人の誰も選べない。
子どもみたいな駄々だってわかってる。
でも、わたしに、
3人のうちで一人を選ぶことなんてできない。
純ちゃんがいうように、
ムギちゃんが言ってくれたように、
3人がみんな、「わたしだけ」って言わないから。
それを逃げと言われたら悔しいけれど、
でもわたしはそれに甘えていたい。
あずにゃんが、憂が、ムギちゃんが、
お互いを嫌っていないんだもん。
それどころか、好きあってさえもいる。
そうできるなら、わたしだって・・・そうしていたい。
そうだよ、4人で結婚式だってあげちゃって、
4人で暮らしたい、
生きていきたい」
すごく、嬉しくて。
でも、すごく重くて。
お姉ちゃんは、こんな気持ちの中で悩んでいたんだ。
わたしたちの思いのはざまで。
「付き合ってみよう、っていう考えなんか、もうない。
全部じゃないし、本当は少しずつやっぱり気になったり、
困ったところ、嫌なとこ、苦手なところだってある。
でもそれが欠点だとか、
一緒にいたくないっていう気持ちにはならない。
これから変わっていくところもあるかもしれないけど、
それを「お付き合い」っていう時間の中で、
見つけてみたって意味なんかない。
わたしはいまのみんなが好き。
憂も、ムギちゃんも、あずにゃんも。
眠っているわたしのそばにいてほしい。
わたしがぎゅっとしていたい。
いまあずにゃんにギュッとされているみたいに。
わたしも、そばにいて、安心していたい」
えへへ。
わたしの大好きな笑顔。
「ごめんね、ひとりにできなくて」
お姉ちゃんは、きっとわかっているんだ。
「でもね。
その代わりにっていうのもおかしいけど、
わたし、みんなに目一杯好きだっていうよ。
好きだってずっと思っていられる。
いつまでも、きっと」
そして、もう一度。
優しい笑顔が。
わたしのところへ。
「受け取ってくれるかな、憂?」
他にどんな答えがあるでしょうか。
「不束者ですが、よろしくお願いします、お姉ちゃん。
そして、梓ちゃんと、紬さんを大事にしてください」
「ね?」
「なぁに、お姉ちゃん」
「憂はずるい」
「え?」
「だって、あずにゃんともう、一緒に寝ちゃったんだよね?
わたしをさしおいて、ずるいぞ、もう」
「そうですよ、唯先輩」
「わ、あずにゃん!?」
「梓ちゃん!?」
いつのまにか、梓ちゃんがおとがいを持ち上げていました。
「ふっふーんだ。憂のはじめては私がもらっちゃったんですよーだ。
羨ましいですか、いいでしょー」
「あ、梓ちゃん!はじめてって言ってもあれは・・・」
「がーん、ふたりがわたしをおいて先に行ってしまってただなんて・・・」
お姉ちゃんが一転して、滝のような涙を流しています。
そして、これがよく言われるところの「ドヤ顔」でしょうか。
梓ちゃんは、お姉ちゃんを見上げて、ニヤニヤしてます。
「憂の寝顔は可愛かったですよ、唯先輩。
さんざん私たちをじらしてるから、こんなことになるんです」
「あ、あずにゃん、やっぱりイジワルだよ・・・」
そこまで言って、はっと気がついた表情をお姉ちゃんはします。
「い、いや、いまあずにゃんは寝顔っていった。
きっと枕を並べて一緒に寝ただけだ、そうなんだ・・・」
「ぶぶー。残念でーした」
追い打ちがかかります。
「じゃ、じゃあ、どんなことを・・・」
そういいつのるお姉ちゃんの顎を、下から手のひらで押し上げて。
フガフガ言ってるかわいそうなお姉ちゃんの前で。
「ま、そんなわけだから、このあとは、
この優柔不断な先輩は憂にあげるから」
「え、でも梓ちゃん・・・」
ま、そうだね。
不意に顎から手を外して。
「わ・・・」
本当にハートマークつけたくなるような、素早く、そして見事な。
「・・・」
梓ちゃんは、見事にお姉ちゃんの唇をもっていってしまいました。
「・・・ぷは」
魂ももっていかれちゃってる、お姉ちゃんの体から自分をずらして。
「憂は生まれてからずっと唯先輩のそばにいたんだもんね。
キスくらいは、私が先に持って行っていいよね?」
「・・・もう」
らしくないと思ってはいたんです。
梓ちゃんも、実は意外と無理してたっぽい笑いを浮かべました。
「話は聞いたから。
これからもよろしくね、マイ・ダーリン」
わたしはあの朝の、梓ちゃんを思い出しました。
指を絡めあい、お互いの体温を求め合ったあの夜から朝のこと。
少し寝不足っぽい笑顔で。
「憂と一緒に、朝を迎えちゃったね。
でもよかった。憂と一緒にいられるって本当に思えた。
これからも・・・よろしくね、憂」
そのときの、少しはにかんだ。
普段強気に、ちょっと内弁慶だけど、元気よく振る舞う姿の中にある。
梓ちゃんの本当の姿を。
そんなわけだから、今日はもう、このあとは憂にあげるね。
唯先輩より、ムギ先輩のほうが暖かいし。
ひどいことを言った梓ちゃんの、そしてわたしの目の前で。
紬さんが寝返りをうって、
菫ちゃんのほうから、仰向けに姿勢を変えました。
大学生になられてから、紬さんもますます女性らしさを増しました。
しなやかで華麗という単語そのままの澪さんと。
豊麗ともいうのでしょうか、あまりにも女性らしい柔らかさの紬さん。
その紬さんに。
あっさりとお姉ちゃんから離れた梓ちゃんは、そばに潜り込むと。
そのまま紬さんの体の上に、迷わずに乗ってしまいました。
目を点にして見守るお姉ちゃんとわたしの前で。
梓ちゃんはすぐに寝息をたてはじめて。
そしてなんともまあ、なんですけど、
その梓ちゃんを抱きしめるようにして、
すぐに寝息がもとにもどってしまう、紬さん。
「なんていうかまあ・・・
ムギちゃん、やっぱりすごいね」
「そうだよね、お姉ちゃん。
梓ちゃんにもびっくりさせられてばかりだけど」
「・・・ふふふ」
「ぷっ・・・あははははっ」
ふたりで、笑ってしまいます。
こんなのって、こんなことって。
やっぱりわたしたちらしいのかも。
「そんなわけで、憂もおいで」
お姉ちゃんが手を広げます。
「うん、お姉ちゃん」
わたしは不意にいたずらっぽい思いつきをしました。
さっきの梓ちゃんにならって、こたつの中から。
ひょこっとお姉ちゃんの腰に、抱きつきます。
ずっと抱きしめられていたお姉ちゃんの腰と脚から。
梓ちゃんの匂いがかすかに立ち上ります。
お姉ちゃんが、身体を倒しました。
わたしもそれに気がついて、そっと腰を起こして、
こたつに潜り込むお姉ちゃんの身体を通します。
お姉ちゃんが、わたしの両頬を押さえます。
「憂」
「お姉ちゃん」
そうささやきあった直後に。
わたしの携帯が鳴りました。
「・・・もう、カッコつかないなぁ」
思わず出たことばに、お姉ちゃんが笑います。
これからも時間はあるよ。
ずっと待たせちゃって、ごめんね。
すこしイジワルをするつもりで、
わたしが電話になかなか応答しない間に、
お姉ちゃんが、もう一度笑いました。
「大事にしてね、お姉ちゃん」