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ビューティフル・ドリーマー(沙耶アナザーストーリー) 1話(リトルバスターズ)
作者:m

紹介メッセージ:
 ※沙耶を知らない方でも楽しめる構成にしたため、沙耶の設定を拝借したオリジナルストーリーなっております。

8月13日
「迎え火」








 最初に感じたのは、そう……焦げ臭い匂い。

 木か何かを燃やしたような匂い。

 そこへ向かって進まなければならない気がした。

 続けてひぐらしの鳴声。

 ああ、日本の夏なんだ。

 それがあたしが一番最初に思ったことだった。





「……え?」



――気付くと辺りは一面の夕焼け色に支配されていた。

 近くからは目印にするかのように煙が上がっていた。



「ええ?」



 あたしは墓地の真ん中に立っていた。

 たぶんどこか田舎の墓地だ。

 まわりに生い茂る木々からはひぐらしの合唱が聞える。

 そこにあたしは立っていた。



 なんで…こんなところにいるんだっけ?

「えっと……?」



 ……。

 …………。

 ………………?



「はぁ、なんで!?」

 一向に思い出せない。

 何もかも。



 なんでここにいるのか。

 どこから来たのか。



「お、落ち着かないといけないようね…」

 自分に言い聞かせる。



 すーーーっ……はぁーーーっ……すーーーっ……はぁーーーっ。



 深呼吸してみた。



 ……。

 …………??

 ………………???



「うがああぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 ダメだった!!

「なんで!? なにこれ!? まさかあれ!? き、記憶喪失ーっ!?」

 自分に起きた不思議現象についつい声を上げてしまった。

「あ、うぐ……っ」

 慌てて口をつぐむ。

 なに一人で大声なんてあげてるのよっ! これじゃあ変な子丸出しじゃないっ。

 だ、誰にも聞かれてないわよね……?

 見回すと墓参りに来ていた人が2人ほどいて、それを見て赤面する。

「はぁ……」

 なんなのよ…。

 あたしは小さく溜息を吐き出した。

 なんでテレビドラマみたいなことになってるんだろ、あたし…。

 名前だって……。

「――沙耶」

「え?」

 自分で言っておいて驚いた。

「沙耶……朱鷺戸沙耶(ときどさや)」

「そうよ、あたしの名前は朱鷺戸沙耶よ!」

 名前だけははっきりと思い出せた。

「あははは…なんだ、結構いい名前してるじゃない」

「名前さえ思い出せたならもう何も悲観することはないわね」

「後はちょっと警察にでも行って家を探してもらって……」

 その時。



――カキィーーーン。



 遠くから乾いた金属音がした。

 何気なく音がしたほうに目を向ける。

 ……小さな何かが飛んできていた。

「ん?」

 目を凝らす。

 それはドンドン近づいてくる。

「あ、ボール」

 何が飛んできたかはっきりと捉えたときだ。



――ゴゥン。



 ……ボールがあたしのおでこにクリーンヒットした……。









「――……かっ!?」

 ん…?

「……大丈夫かっ!?」

 ペチペチ!

 ほっぺを叩かれる感触。

 痛いわね…。



「大丈夫かっ!? 理樹、水を持ってきてくれ!」

「う、うん!」

「これは少しまずくはないか……?」

「真人があんな特大ホームランを飛ばすのがわるい」

「まさか筋肉が裏目に出ちまうなんて……チクショオッ」



 あたしは大丈夫だってば…。



「おい、しっかりしろっ!」

 ペチペチペチペチペチペチペチ!

 大丈夫、大丈夫だから…。

 ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ!

 だから…。

 ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ!



「大丈夫だって言ってるでしょうがぁぁぁっ!!」



 ゴィィィ~~~ンっ!!

 飛び起きた瞬間あたしの頭が目の前にいた人の頭と衝突した!



「ぐはぁんっっ!!」

「うんぎゃぁっ!!」

「今すげぇ音したぞ……」

「じょやの鐘みたいだったな」

 頭も痛いけど、叩かれていたであろうほっぺもジンジンする。

「いたたたた……」

「いててて…大丈夫か…?」

「……」

 目を開けると、見栄えがそこそこいいけど半分涙目の男がいた。

「……」

「大丈夫か? 俺の声が聞えてるか?」

 えーっと…?

 なんでこんな奴に抱きかかえられてるんだっけ?

「キョトンとしているな。恭介、もしやショック状態かもしれないぞ」

「あるな。試しに頬ををつねってみよう」

――うにうにうにうに。

 ヒリヒリしているほっぺたをさらにいじられている。

「しっかりするんだ。気をしっかりと持て」

――うにーん、うにーんっ。

「すげぇ顔になってんぞ…」

「これだけやって反応がないとはな……ヤバイかもしれない」

――うに~ん、ぷにぷにぷに。

「――……~~~~~~~~~~~~~~っ」

「おっ、反応が」

――ぷよぷよぷよぷよ、ぷよんぷよ。



「っっっあんたねぇぇぇーーーっ!!」



 地面に腰を下ろしたまま、あたしは思いっきりそいつの胸倉を掴んだ!

「いきなり何かましてくれるのよっ!?」

「気付いたか」

「気付いたか、じゃないわよっ!!」

「なに、まさかあんたほっぺたフェチ!? ほっぺた専門の痴漢!?」

「待て待て待て、そんなんじゃない」

「そんなんじゃなかったら、どんなんなのよっ!?」

「いきなり女の子にビンタしてホッペフニフニかますなんて、どんなアブノーマルプレイよっ」

「……少し落ち着いたほうがいい」

 誰かがあたしの肩をスッと引いた。

「なにするのよっ!」

「これだけ元気が有り余っているなら大丈夫そうだな」

 そちらへ目を向けると、剣道着を着込んだ男子が呆れ顔で立っていた。

「ふゅぅ~、大丈夫なら良かったぜ。これもオレの筋肉の絶妙な加減のおかげじゃね?」

「そもそもこーなったのがおまえの筋肉のせいだろ」

 さらに後ろにはやたらデカイ男子と、猫っぽい女の子が立っていた。

 そして。

「水もってきたよーっ」

 ミネラルウォーターのペットボトルを持って走ってくる女の子。あれ、男の子?

「サンキュ、理樹」

 名前からすると男の子か。

「その子大丈夫だったんだね。安心したよ」

「ああ――ほら、水でも飲んでくれ」

「……もらっておくわ」

 水を受け取りゴキュゴキュと喉に通す。

「ぷはぁーっ!」

「どう、落ち着いた?」

「ええ、なんとか…」



 目を上げると、よくわからない5人組があたしを覗き込んでいた。

 あたしの知り合い、という訳ではなさそうね。

 さっきまでの反応を見ているとそんな感じだ。



「……あなたたち、なんなの?」

「あ、いやな……」



「「「「「ごめんなさい」」」」」



 5人が一斉に頭を下げた。

「は? なにが?」

「なにがって……それのことだよ」



――そこにはあたしの頭を直撃した野球のボールが転がっていた。









 あたしは彼らに記憶がないことを説明した。

 ……ボールが当たる前から記憶がなかった、なんてことは伏せて。

 彼らのせいにしておいたほうが色々と手伝ってくれそうだと踏んだからだ。

 正直言ってこの状況は一人だと手に負えそうもない。



 案の定、彼らは色々と手伝ってくれた。

 一番助かったのは寝床だ。

 病院、警察と行った後、「行く当てがないならウチに来ないか」と誘ってもらったのだ。

 もちろんあたしは二つ返事で了解した。

 野宿をするより断然マシだ。



 向かった宿泊先は日本風の平屋建てだった。

 なんでも彼らはお盆期間中だけ、この自然以外何も無さそうな田舎に遊びに来ているらしい。

 親戚がその期間だけ家を空けるから留守番ついでに遊びに来たそうだ。



 ちなみに彼らというのは、棗恭介くん、棗鈴ちゃん、宮沢謙吾くん、井ノ原真人くん、そして直枝理樹くん。

 5人揃って正義の味方『リトルバスターズ』……らしい。

 正義の味方が人にボールをぶつけていたら世話ない。





――その夜。



 15畳ほどのお座敷の真ん中を大きなテーブルが占拠している。

 あたしたちはそのテーブルを囲んでるわけだけど。



「うおぉぉぉ……マジですまねぇ……」

 真人くんが激しくヘコんでいた。

 なんでも、夕方あたしに直撃したのは彼の超特大ホームランボールだったらしい。

 彼には悪いとは思ったけど……記憶喪失は全部そのせいにしておいた。

「もういいわ」

「済んだことは仕方ないし、やることはやってもらったし」

「うおぉぉぉ……マジですまねぇ……」

 真人くんはマッチョで強そうだけど、メンタルはナイーブなようだ。

「ああ、ほら真人、ハンカチ。そんなにヘコんでると余計に沙耶さんに迷惑だから」

「理樹、ありがとな……ブゥーーーッ」

「うわわっ!? 僕のハンカチで鼻かまないでよっ!?」

「…何一つ思い出せないのか?」

 恭介くんが心配そうな顔を向ける。

「名前が朱鷺戸沙耶だっていうのは覚えてるけど…それ以外は全然」

「その名前は確かか?」

「ええ、それだけはハッキリと覚えてるわ」

「そうか…」

 彼はこのメンバーのリーダーだ。

 頼りになりそうには見えるけど少し不安だ。

「うおぉぉぉ……沙耶、マジですまねぇ……」

「そろそろこいつウザいな」

 女の子の鈴ちゃんは容赦ない子のようだ。

 そんなことを思っていると鈴ちゃんと目があった。

「わっ!? う、うみゅ……」

 身を縮めていた。

 人見知りをする子っぽい。

「――しかし、まさか病院で診察拒否とはな」

「はぁ…驚きよ」

 寡黙な剣道着の彼は謙吾くん。このメンバーに不釣合いと思えるほど冷静だ。

「まぁ、それも仕方ないんじゃない」

「保険証もない。身元もわからない。おまけに記憶もない。こんな患者なんて診たくないでしょ、向こうも」



 あれからすぐに病院へと向かった。

 そこで恭介くんが

 『あの、そこで記憶喪失の少女を拾ったのですが……』

 とあたしを診てもらおうとしたのだけれど

 『はい、それでしたらゲームを1日1時間にすればきっと症状は快方に向かいますよ』

 と、やんわりと追い返されてしまったのだ。



「あれはきょーすけの言い方がわるい」

「そんなことはないと思うんだが…」

 タラリと汗を流している。

「ま、沙耶も怪我どころかコブすらなかったんだ。病院はもういいだろ」

「それに警察にも行ってきたしな。もう安心していい」

「そうだな。朱鷺戸なんて苗字は聞いたことがない。すぐにでも家が見つかるのではないか」

「そうあって欲しいわね」

「けどさ、恭介……」

「なんだよ、理樹」

「わざわざモンタージュ(似顔絵)を描く必要なんてゼロだよね……」

「いいだろ、あれ一回やってみたかったんだ」

 指名手配の犯人みたいな扱いをしないで欲しい。

「沙耶さん、今は焦っても仕方ないよ。後でまたみんなで考えようよ」

 あたしに微笑みかけて来ている可愛い男の子は直枝理樹くんだ。

 彼には失礼だけど…男の子だと言われても今ひとつピンと来ないほど可愛い。



「焦っても仕方ない…か」

 あたしは呟いた。

 そう…ね。

「理樹くんの言うとおり。焦っても仕方ないわね」

「悪いとは思うけど…」

 座っているみんなへと目を向ける。

「記憶が戻るまではここに厄介になるつもり」

「それでもいいかしら?」

 みんなのあたしを見る目はどこか温かい。

「な、なによ」

「最初から俺たちはそのつもりだったからな。な、おまえら?」

「まぁ、元はと言えばオレの筋肉のせいだしな」

 ニカッと白い歯を見せる真人くん。

「い、行くところがないならしかたない。めんどーみてやらなくもない…きょーすけが」

 ちょっとだけ困り顔の鈴ちゃん。

「いいんじゃないか、旅先で友を作るのも悪くない」

 謙吾くんはクールな笑みを浮かべている。

「沙耶さん」

「今日からよろしくね」

 人懐っこい笑顔をあたしに向けてくれる理樹くん。

 あたしは記憶喪失を彼らのせいにしたのに、彼ら…リトルバスターズはあたしを優しく迎え入れてくれている。

「あ、あなたたち……」

 温かい言葉につい嬉しくて涙が込み上げてくる。

「……あぐっ……」

 やばっ!

 なんでこの程度のことで泣きそうになってるのよ、あたしっ!

「……っ」

 堪らえろっ。

「沙耶さん?」

 心配そうに理樹くんが声をかけてくる。

 ご、誤魔化さないとっ。

「なっ、なんでもないっ! だっ、大丈夫だから! それはそれはもうぜんぜんっ! ただちょっと」



 ぎゅるぐるぐるぐぅぐぅ~~~~っ。

 ……。

 涙を堪えたら、代わりに豪快にお腹が鳴った。



「あの、沙耶さん?」

 きゅる?ぐるぐるぐぅぅぅ~~~~っ。

「……」

「……」

 あたしの代わりにお腹が返事をしていた。

「あはは、腹ペコだったんだね」

「ぶるとーざーみたいだったな」

 あたしのお腹は全く空気が読めていなかった!

「……っ」

「あーそうよっ、お腹ペッコペコよっ! そりゃもう今日初めて会った人たちの前で爆音鳴らすほど腹ペコよっ、腹ペコ大臣よっ! 悪いっ!? 女の子がブルトーザーなみの爆音鳴らして何か悪いっ!?」

「うおっ!? 思わず謝りたくなるほど見事な逆ギレっぷりだぜ…」

「感動して腹を鳴らすってどんな奴よ……ブツブツブツ……」

「今度はヘコみ始めたぞ…」

「ま、見ていて飽きない奴ってことは確かだな」



 ポムポム。



 理樹くんがヘコんでいるあたしの背中をタッピングした。

「もう少しだけ待っててよ、沙耶さん」

「え?」

「下ごしらえはしてあるんだ――恭介、今日僕たちが料理当番でしょ。手伝ってよ」

「そうだったな」

 よいしょ、と立ち上がる恭介くん。

「とびきりうまいヤツを用意してやるか」

 二人が連れ立って、居間から出て行こうと襖(ふすま)に手を掛けた。

「え、ちょっ…ちょっと」

「今のはただ、その…鳴っちゃっただけで…ご飯の面倒まで見てもらう必要は…」

 居間から出て行こうとする理樹くんが振り返った。

「ダメだよ、沙耶さん」

「?」

「遠慮なんてしないものだよ――友達ってさ」

 笑顔を残し、彼らは台所へと姿を消した。



「……」

「どうかしたのか?」

 謙吾くんが不思議そうな顔であたしを見ていた。

「な、なんでもないわよっ」

 友達。

 たった一言。

 たった一言で、まるで干からびた砂漠で水を飲んだときのような幸福感があたしの心を満たしていく。

「友達…か」

 思わず笑みが零れる。

 なんともくすぐったい響きだ。

 彼らと出会えたことを神様に感謝しないといけないのかもしれない。

「おめぇ…変な顔になってんぞ?」

「変顔で悪かったわねっ!!」

 前言撤回!!









「みんな、並べるの手伝ってーっ」

「そらよっ、焼きソバお待ちっ」

「きょーすけ、刺身はどこに置けばいい?」

「そりゃ真ん中だろ、なんせ舟盛りだからな」

「ふ、舟盛り!? これ本物!? うっっわぁぁぁ~~~~……つ、摘まんでいいかしら?」

「だーめ」

「おら沙耶、んなとこに突っ立ってんじゃねぇよっ! 天下のカツのお通りだっ」

「真人よ…カツの真ん中はどこへ行ったんだ?」

「へ? さっきお隣さんが持ってった」



 うっっっわぁ~~~~っ!

 ホカホカの焼きソバ!

 見るからにサクサクしてそうなカツ!

 温かそうなロールキャベツ!

 フレッシュなサラダ!

 豪華絢爛(のツーランク下くらい)の舟盛り(特価1980円)!

 ピザは出前だけどそんなの関係ない!

 お座敷のテーブルの上にどんどんと美味しそうな料理が並べられていく!

 よ、よだれが出そう……!



「オーケー、準備完了だな」

「みんな席についてくれ」

 料理が並べ終わり、みんなが畳に腰を下ろす。

「おーい理樹、そろそろ始めるぞー」

「あ、待ってー」

 ピンクのエプロン姿の理樹くんが小走りで台所から戻ってきた。

「はい、ジュース」

 みんなの前に氷が入ったコップを置きジュースを注ぐ。

「最後は僕の、と……」

「よし、恭介いいよ」

 全員に注ぎ終わると、笑顔の理樹くんがあたしの隣にストンッと腰を下ろした。



「あー、コホン」

 恭介くんが立ち上がり、マイクを持つような格好で話し始めた。

「諸君、今日は我らリトルバスターズに新たなメンバーが加わった」

「もう知っていると思うが紹介しよう――沙耶、前に出て自己紹介してもらっていいか?」

「し、仕方ないわねっ」

 本当は嬉しいのについ悪態をついてしまう。



 座ってた場所から移動して上座へと立った。

 …嬉しいようなくすぐったいような、そんな気分。

 こうやって自己紹介だなんて…な、なんか転校生みたいでめちゃくちゃ照れくさいわね。

 少し緊張する胸を押さえ、あたしは思い切って口を開いた。

「さっきも言っちゃったけど、あたしの名前は朱鷺戸沙耶。呼ぶときは――」



「うおっ!? このカツめちゃくちゃサクサクしてんじゃねぇかっ! さすが理樹っちだぜっ!」

「それ揚げたの俺な」

「やはり白米にはこれだな。サラサラサラ」

「のりたまっ! 謙吾ばっかりずるいぞっ! あたしにもよこせっ」

「こっ、こら鈴っ! 俺の茶碗に箸を突っ込むな!」

「ああああっ、鈴ダメだよっ! 今台所から持ってきてあげるからっ」

「おっ、台所にいくのか? ついでに小皿6枚頼む」

「はーい」



 誰も聞いてちゃいないっ!!



「あんたたち、ちょっとはあたしの話を聞きなさいよっ!」

「よし、みんな沙耶に拍手を送ろう――お、さすが舟盛りだぜ! うめぇーっ!」

「沙耶、そこに立っててもいいが料理がなくなっても知らんぞ?」

「きょーすけ、サーモンは何枚までだ?」

「一人2枚まで」



 拍手の代わりに舌鼓(したづつみ)しか返ってこない!



「えーと、このカツいただいちまってもいいか?」

「って、あああぁぁぁーーーっ!? 真人くん、それあたしのカツーっ!!」

「んだよ、カツほっぽりだしてそっちに行ったじゃねぇかよ」

「早く戻らねぇと食っちまうからな」

「これは自己紹介しろって言われたから――ホントに食べんなぁぁぁーーーっ!!」

「おぅ、ほれはふまひっ(おー、これは美味い)」

 席には戻ったけど、あたしのカツは既に筋肉ダルマの口の中にインしていた。

「あぁあぁあぁ~……さっきから『美味しそう~早く食べたい~』って思ってたのにそれがなくなったこのやるせない気持ち! あんたにわかるっ!?」

「それならわかるぜ、あれだろ」

「後で食おうと楽しみにとっといたプリンが、冷蔵庫空けたら『あれ? ないや』って気分だろ」

「そうそう、それよそれ。真人くんもわかってるじゃない」

「ありがとよ」

「じゃあ、いっただっきまーす! もうお腹ペっコペコ!」

 …………。

「って、話そらすなぁぁぁーーーっ!!」

「こいつ、見ててあきないな」

 鈴ちゃんはあたしのことを珍獣を見ているような目だし!

「はっはっはっ、いつもに輪を掛けて賑やかでいいじゃないか」

 クールキャラの謙吾くんにまで笑われたっ!

「うおっ!? カツがもうねぇっ……ちょっこら理樹がいない間に……」

「ダメだって…………あたしも1切ればかし……サクッ」

「え…絶品じゃない、これ!」

「だろ?」

 恭介くんが焼きソバを頬張りながら、してやったり顔をこちらに向ける。

「このサクサク感とその後にくるジューシーな味わいっ!」

「ん~っ、このために生きてるって感じね!」

 ついついサクサクと口に運んでしまう。

「恭介、小皿もって――ああっ!? 沙耶さんそれっ、僕のーっ!」

「へ!? グフッ、げほっ、げほっ」

 もぐもぐしていると理樹くんがいた!

「わ、もう半分ない…」

「いやっ、それはほとんど真人くんが……」

 そっちに目を向けると。

「ん~、ほうほう、これがロールキャベツね。次からはキャベツ抜きで頼む」

 何事もなかったかのように普通に食べていた!

「はぁ…言ってくれれば作ってあげるから、人のは食べちゃダメだよ」

「ぐ…わ、悪かったわ」

「あと、真人もね」

「お見通しかよっ!? いいだろ、理樹っちとオレの仲なんだしよっ」

「おまえらうっさーーいっ! 理樹をいじめるなぁーっ!」



――ぺちっ、ずぺちっッ!!



 鈴ちゃんの投げた海老の尻尾があたしと真人くんのおでこにヒットした。





 ………………。

 …………。

 ……。





「――夏の夜のシメはこうじゃないとな」

「へぇ…僕、縁側なんて初めて座ったよ」

「あたしも初めて……なのかしら?」



 賑やか過ぎる食事も終わり、あたしたちは揃って縁側に腰を下ろしていた。

 天上には満点の星空が広がっている。



「スイカを切ってきてやったぞ」

 謙吾くんがみんな分のスイカが乗ったお盆を持ってきた。

「謙吾っち、待ってたぜっ! 早くよこせよぉ」

「待て待て俺が一番年上だからなっ! 一番大きなヤツを頼むっ!」

「一番年上のくせに、さもしい奴だな。あたしには3番目のをくれ」

「心配するな、どれも均等に切ってきた」

 みんなにスイカが手渡される。

 あたしの手にもスイカが乗せられる。

「うわぁぁ……」

「あれ、沙耶さん?」

「ん、どうしたの理樹くん?」

「もしかして、スイカを食べるのは初めて?」

「どうして?」

「いや、目がキラキラしてたから」

 どうなんだろ?

 初めて食べるような…そんな気もしなくもない。

「理樹、俺の目も見てくれ」

「恭介の目は沙耶さん以上にキラッキラしてるね……」

「ホントね…少年の目ね」

「だろっ、なんせスイカだからなっ」

「こいつ馬鹿だっ」

 つまりあたしも馬鹿だったってわけね……。



「じゃあ、そこに置いた紙コップに種が入ったら10点、あっちの紙皿に乗れば50点だ。向こうのコーラのペットボトルに入ったら100点な」

――みんなでスイカを食べながら、種飛ばし大会が始まっていた。



「いくわよ……プッ!」

 カランカラン~。

「よし、はいっっったあああぁぁーーーーっ!!」

 思わずガッツポーズ!

「なにぃ、また沙耶が100点に入れたぞ!?」

 これで2位の恭介くんと230点差だ!

「すごいよ沙耶さんっ!」

「恭介を上回るなんて、どんな奴だよ…」

 理樹くんと真人くんが尊敬の眼差しをあたしに向けている。

「ようは距離感と絶妙な力加減ね。力みすぎてもダメ。かといって力を抜きすぎれば届かない。この二つをいかに調節できるかにかかってると思うの」

「スイカの種をとばさせたら右に出るものはいなそうだな」

「鈴ちゃんいいこと言うじゃない。そう、スイカの種を飛ばす才能に関してはあたしの隣に並べる奴なんていないに違いないわ!」

「負けを認めたくはないが……仕方ない」

 苦虫を噛み潰したような顔をした恭介くんが手を前にかざした。

「ここに新しいスイカの種クイーンが生まれた」

「あーっはっはっはっ! スイカの種を見るたびにあたしを思い出せばいいわっ!」

 ……。

「って、そんなんで喜べるかぁぁぁーーーっ!!」

「いや、すごい喜んでたよね……」

「マジで面白れぇ奴だな」

「真人に同感だ」

「やっぱりさやは見ててあきない」

「面白い奴って言われても嬉しかないわよ……ブツブツ……」

 綺麗な月夜にみんなの笑い声が響いた。





――今日、失った記憶の代わりに得たもの。

それは友達だった。