<Shall we ダンス?リスト>次回
いつだって彼らのことを見ていました。
何にも束縛されることなく自由奔放に遊びまわる彼らを。
楽しそうでした。
心から楽しそうでした。
それ故に。
あまりにも眩しすぎました。
彼らに近づけたら、と何度も思いました。
そうしたらどうなるかくらいわかっていました。
きっと私は――
太陽に近づき過ぎたイカロスのようにおちてしまうでしょう。
「「「 怪奇現象? 」」」
「そう」
いつもはクドや僕たちがお茶に使うくらいの家庭科部の部室。
今日はそこにリトルバスターズのメンバーともう一人が入っていた。
さすがにこの人数だとギュウギュウだ。
僕の横を見る。
「うぉっ!? 謙吾、くっつくんじゃねぇよっ!」
「くっ…俺とて貴様に好きでくっついているのではない」
「んだとテメェ、隣の筋肉が凄すぎて堪りません、一緒にいるだけで僕の筋肉も吸われていますどうにかしてくださいってかぁぁぁっ! それ褒め言葉じゃね?」
「こいつバカだっ」
……まぁ、狭苦しいのは主に大きい友人二人のせいだ。
「二木さん、詳しく教えてくれない?」
「今から話そうと思っていたところ。話の腰を折らないでくれない?」
「う…っ」
さすが二木さん…。
言葉の鋭さが違うよね…。
――今日は二木さんに呼ばれてリトルバスターズ全員がここ家庭科部部室に集まっていた。
こんなことは初めてだ。
そもそも僕たちリトルバスターズと、風紀を守る風紀委員…しかも風紀委員長の二木さんは対立関係にあると言ってもいいくらいだったりする。
何かにつけて注意してくる相手とでも言えるかもしれない。
こうして同じ空間で注意以外の話をするというシチュエーションでさえ珍しい。
その二木さんが一体なんの用なんだろう?
何か頼みごとがあるらしいけど…。
「風紀委員によせられた報告だけど」
畳に座っている僕らの前で、仁王立ちをして威圧的に僕らを見下ろしている(ように見える)二木さんが、手に持っている報告書らしきものを指でパンパンと叩いた。
「数日前から、夜の校舎で『奇妙な現象』が続発、だそうよ」
「夜の校舎に行くこと自体が私からすれば大問題なんだけど」
二木さんが大きく溜息を吐く。
「して二木女史、具体的にはどういった現象が起きているのだ?」
ムッとした二木さんが書類をパラパラとめくる。
「ありきたりのものから見逃せないものまであるわ」
「『音楽室らへんからピアノの音が聞こえた』……ありきたり」
「『ノートを取りに行こうとしたら何か(たぶんテケテケ系)に追い掛け回されて逃げ帰った』……なによその系統は?」
「『学校がデカくなってた』……見間違いじゃない?」
「『恐怖! 夜に鳴り響く鐘! その時俺は…!?』……知らないわよ」
読みながら書類にツッコミを入れている。器用だ。
「……ありきたりのものばかりですね」
「なんてことはない、よくある七不思議だろ」
「そうね」
西園さんと恭介の言葉を受け、二木さんが胸の前で腕を組む。
「この程度の報告なら昔から必ずあるもの。問題なのはここから」
みんなの目が自然と二木さんに注目する。
「ここ数日突然降って湧いたように急増した報告」
「――夜の校舎を女子生徒が宛ても無く歩き回っている――」
家庭部の部室が水を打ったように静まり返った。
「――全部校舎の外から見た報告よ」
「『学校の前を通りかかったとき、学校の中を女子生徒が歩いているのが見えた。何かを探すかのようにうろうろしていた』だとか」
「『寂しそうに窓辺からグラウンドを見下ろしていた』だとか」
「『最上階まで行くとフッ…と消える』だとか」
「目撃報告は1件2件じゃないわ。計6件。何かあると思って間違いないでしょう」
「そ、それは…っ」
大きな瞳をさらに大きく見開いているクドが声を上げた。
「ごっ、ごーすとなのですーっ!」
「なにぃ、ほっ、本物の幽霊なのかっ!?」
「ふえぇぇーっ!? どどどどどどうしようっ!? お、お祓いしな――ほわっ、ずべんっ」
「うわっ、こまりちゃんが転んだっ!? これは…呪いだっ」
「呪いかかっちゃったの、わたしっ!?」
「もうお終いですナ」
「ほえぇえぇえぇえぇーーーっ!? どどどどうしよう、理樹君っ!? もうお婿に行けないかもーっ」
「大丈夫だから小毬さん、とりあえず落ち着こうよ。お婿は最初から行けないからさ…」
「理樹、こまりちゃんが呪われたんだぞっ! お前がこまりちゃんをお婿にもらってやるくらいの覚悟を持てっ」
「えっ!? そんな覚悟をするようなところだったの、今!?」
「そもそも理樹はお婿はもらえねぇだろ…」
みんな幽霊話に怯えまくってしまったり、真人が冷静に見えたりと家庭科部の部室内は大混乱だ。
けど、このシンプルさが本物っぽい気もする。
もしかしたら本当に幽霊かも……いやいやいや、そんなことがあるわけがない。
「――二木、ひとついいか?」
混乱の中、謙吾が手を上げた。
「なに?」
「それは単に夜の校舎に忍び込んだ女生徒なのではないか?」
…あ。
大騒ぎしていたみんなもピタリと止まった。
「まー普通に考えるとそうなるよね」
やはは、つまらないですナと葉留佳さん。
「そ、そうだよね」
冷静になるとその通りだ。幽霊よりもそっちの線が断然強い。
と言うか当たり前だ。
二木さんを見上げると。
「ハァ…」
呆れたように大きく溜息をついていた。
「どしたの、お姉ちゃん?」
「その程度で解決するならわざわざ『怪奇現象』なんて言わないから」
「?」
みんなの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「ま、その線は薄い…いや、ない。だろ、二木?」
恭介と二木さんが目でアイコンタクト。
「いい? ここの学校は少し前から――」
髪をふぁさ、と払う。
「夜間は全て機械警備を導入しているの」
「きかいけーび?」
鈴がチリンと首をかしげた。
「赤外線といったセンサーを使って侵入者がいないか監視するシステムのことだ、鈴君」
壁際で怯えている小毬さんを抱きしめながら説明する来ヶ谷さん。
「少しでも異常――例えば黒板消しが落ちた程度――なんということがあれば警備会社が飛んでくる、という仕組みだ」
「そう」
ひとつ頷いて、二木さんが鋭い目を僕たちに向けた。
「些細な異常でも、何かあったら警備会社に必ず記録が残るはず」
「けど」
ちゃぶ台にビシリと書類が置かれた。
「報告があったその日、その時間の記録」
「警備会社の記録は全て――『異常なし』」
「この意味…」
「わかる?」
今度こそ。
部屋中が液体窒素に入れられたように静まり返った。
誰かの生唾を飲み込む音が響く。
もしかするとこれは本物なのかもしれない…。
僕の背筋に冷たいものが走る。
クドも小毬さんも鈴も西園さんも、そして葉留佳さんも顔が青い。
「――なるほどな」
恭介の言葉が静寂を破った。
「どうして二木が俺たちを集めたのかが不思議だったんだが……そういうことか」
「理解が早くて助かります」
「えーっと、どういうことなんだ? ちっともわかんねぇぞ?」
眉をひそめる真人。
ま、まさか…。
「二木のことだ。学校側にも警備会社にもすでに異常の確認を依頼したはずだ」
「だが警備会社からは『異常はなかった』の一言で片付けられた。違うか?」
「その通りです」
「そこで白羽の矢が立ったのが――俺たち、正義の味方リトルバスターズということさ」
恭介が少年のように笑顔を浮かべた。
嫌な予感がする!
しかもたぶん当たってる!
「二木、もう夜になるが……機械警備は切ってくれているのか?」
「棗先輩なら了承してくれると思ってすでに手配済みです」
「二木は?」
「さすがに悪名高いあなたたちだけには任せられません。同行します」
二人の会話でさらに僕の中の警笛が強くなる!
やばいやばいっ!
「オーケー!」
心から楽しそうに恭介が立ち上がった!
「これより――」
大きく息を吸い込む!
「『怪奇現象の謎を解け!』ミッションを開始する!」
「やっぱりーっ!?」
周りを見ると。
「はっはっは、楽しそうじゃないか」
謙吾は豪快に笑っている!
「へっ…この筋肉が幽霊にも効くか試してやるぜっ」
真人は腹筋を始めた! 暑苦しい!
「……ふるふるふる……」
小毬さんは涙目で必死に何かを訴えている!
「……ふるふるふる……」
クドは二木さんの脚にしがみ付きブンブンと顔を振っている!
「……ふるふるふる……」
西園さんは来ヶ谷さんに抱きつかれているのに意識は他所のところに行っている!
「……ふるふるふる……」
鈴は部屋の隅で小さくなっている!
「…や、やはは…ま、まあ恭介さんと姉御がいるなら…」
葉留佳さんもこういうのは苦手みたいだ!
「暗がりの校舎……女史と理樹君を後ろから抱き放題じゃないか……マズイな……クフフ。おっとヨダレが」
来ヶ谷さんは絶対違うことを考えている!
「ちなみに欠席は認めないからな」
「「「「「えええええええええええええええぇぇぇぇーーーっ!?」」」」」
夜。
僕と真人で支度を終え(と言っても、ほとんど支度なんてなかった)、集合場所の校舎前へと足を進めていた。
僕と真人の足音。
それ以外は、無。
「…理樹よぉ」
「どうしたの、真人?」
「最近は寮の中で遊ぶことが多かったろ?」
「だからわかんねぇけど」
真人が不思議そうに辺りを見渡して、ボソリとつぶやいた。
「夜ってこんなにも静かだったか?」
「……」
「……」
「そうなんじゃない…かな?」
――僕も言われてから周りの様子に気を向けた。
犬の鳴き声もしない。
猫の鳴き声もしない。
人の声はもちろん、明かりもない。
時計は夜9時ちょうどを差していた。
……。
さっき聞いた怪奇現象の話で神経が過敏になりすぎているのかもしれない。
「もう集合時間だし、早く行かないと」
「そうだな」
「遅い!」
「うわっ!?」
僕らを出迎えたのは、腕組みをして仁王立ちの二木さんだ…。
「遅ぇって言うけどよ、集合時間からまだ2分しか…」
「言い訳は聞きたくないわ」
「おおぅ…」
聞く耳は皆無だ。
「あなたたちはいつもこうなの? 9時と言われたら9時。それなのに――」
……。
まだ僕と真人しか来ていなかった。
「えっと、他のみんなもまだなの?」
「フン」
二木さんがそっぽを向く。
見たまんまみたいだ。
「わふ~…どどどどどっからでもかかってこいですーっ…ですけど、なるべく出ないようにしてくだされば……」
あ。
二木さんの後ろから何か出てきた。
「なんだありゃ…シチュー鍋を被った妖怪が出てきやがったぞ…」
たぶんクドなんだけど…底が深いシチュー用の鍋を頭からすっぽり被っていた。
「クドリャフカ、そろそろ鍋は脱ぎなさい。歩けないでしょ?」
「そ、それでは、か、佳奈多さんをお守りできませんっ」
「……」
「……ばばばばばっちこーい、ですーっ……ですけど、なるべく出ないようにしてくだされば……」
前も見えていないし、腰が引けたクド。
もちろん二木さんの後ろに隠れ、その手を一時も離そうとはしない。
二木さんに目線を向ける。
「なに?」
「え、いや…」
二木さんはというと、頭に洞窟探検にでも使いそうなヘッドランプをつけていた。
「これ?」
そのヘッドランプを手でクイッと上げる。
「もし手にライトを持っていたら咄嗟に動けないかもしれないじゃない。だからコレにしたわ」
…気に入っているのか、ヘッドランプの向きやらをいじっている。
見た目はとても綺麗な二木さん。
ファンだっているくらいだ。
その二木さんがヘッドランプを乗っけている様子がアンバランスに見えるのは僕だけかなぁ。
「それにしてもみんな遅いわ」
二木さんは腕組をして待っている。
――チョイチョイ。
真人に肘で小突かれた。
「……なぁ、二木の奴、なんか嬉しそうじゃね?」
「……きっとこの手の話が好きなタイプなんだと思うよ」
女の子って怖いもの見たさというか、心霊系が好きな子も多いからなぁ。
「てっきり夜の学校まで取り締まれて気分いいのかと思ったぜ」
「どれだけ仕事熱心なのさ」
遅れること数分。
「すまんな。遅くなった」
「……お札の都合に時間がかかってしまいました。みなさんの分も用意してきました」
「鬼はーそとーっ!! これさえあればどんな鬼だって逃げますぜ! 福はうちーっ」
来ヶ谷さんと西園さん、そして葉留佳さんが到着。
「お姉ちゃん、はい豆」
葉留佳さんが二木さんに駆け寄り、持ってきたでん六豆と鬼の面を二木さんに手渡した。
「この豆をですね――おりゃーっ!!」
「こういう風に投げれば幽霊も瞬殺ですヨ」
「それを一体誰が片付けるのかしら?」
「……」
「い…今すぐ片付けます…ひやーっ」
「すげぇぜ、あの三枝が二木の睨み一発で片付け始めやがった」
「それよりほうき持参の葉留佳さんを褒めてあげようよ」
そこまでわかってるならやらなきゃいいのに。
続けて。
「みんな~っ」
「お待たせだっ」
小毬さんと鈴が到着した。
って、うわっ!
こちらに向かってくる二人は制服ではない……もっとすごい格好だ。
「……これはまた奇抜なスタイルですね」
「さすがのおねーさんもビックリだ…」
「うあ……」
みんなも小毬さんたちを見て、一瞬声を失った。
こちらに向かって走ってくる小毬さんと鈴の格好は…。
まずはネックレス。
……にんにくをヒモで数珠繋ぎしたものが胸の前で揺れている。
絶対ドラキュラか何かとバトルすると勘違いしている。
それと服。
白のトレーナーなんだけど、全面に「なむあみだぶつ」とか「エロエロメガッサイル」とか「アーメン」とか「おーめん」とか書いてある。
たぶん小毬さんと鈴の手書きだ。
「ふぅ、どうしたんだ?」
僕の前に来た鈴が小首を傾げる。
「……」
きっとツッコミしても無意味だ。
僕は即座にそう感じ取った。
その後ろからすぐに。
「すまんな、良い竹刀を持ってこようと思い遅くなってしまった」
いつもの剣道着姿で竹刀を脇に差した謙吾が颯爽と現れた。
「あ…謙吾」
「どうしたんだ、理樹?」
普段のフッとした余裕の笑みをこぼす。
「俺が居れば問題は起こらない。安心しろ」
なんだろう。さすが謙吾というべきかな。
すごい安心感だ。
「あとは棗先輩だけね」
校舎正面玄関前に仁王立ちしている二木さんが言ったときだ。
――ギギギギー…。
突然、正面玄関が開いた!
「…っ!?」
二木さんが飛びのき、みんなに緊張が走る!
そこから……。
影が……現れた。
「――お、全員そろったみたいだな」
「なっ、棗先輩っ!」
「…んだよ、恭介かよ…」
「ハァハァハァ…びび、ビビらすなっ、ボケーっ!」
この瞬間で女性陣数人がひっくり返っている。
小毬さんなんてまるでボールみたいに丸まっちゃったくらいだ。
「悪い悪い、驚かすつもりはなかったんだ」
たぶんウソだ。
「棗先輩、どうして中に?」
「少しばかり先に調査をしてみたくてな」
意味ありげな笑みを浮かべる恭介。
「本来ならグループを分けて進むのが面白いんだが…」
恭介が二木さんの顔色を伺う。
「その案は却下です」
「相手、もとい現象が不明。どんなことが起こるかわかりませんから、まとまって行動したほうが良いでしょう」
「だ、そうだ」
「僕もそっちのほうがいいと思うよ」
恭介がドアを開けただけで、みんなのダメージは相当なものだったし。(今もまだ「みお、しっかりしろっ死ぬなっ」という声が響いている)
このメンバーを分けたら帰って来れないメンバーがでそうだ。
「異論がないなら」
二木さんがカチリとヘッドランプの明かりを強めた。
「――作戦開始よ」
二木さんを先頭に、僕たちは正面玄関から夜の校舎へと侵入した。
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