今日は部室ではなく、俺の部屋にSOS団のメンバーが全員集合している。
と、いうのも今日が日曜であり、我らが団長様が『キョンの家で勉強会を開くわよ!』と俺の家の都合も聞かずに電話で全員を集めたせいである。
両親が出かけてるから良かったものの、居てもやっぱり押しかけてきたのか、こいつは?
「――あっついわねぇ」
行儀悪く胸元をパタパタと仰ぐハルヒ。
「仕方ないだろ、クーラー壊れちまってるんだから」
「それならそうとあたしたちが来る前にいいなさいよね」
「言う前におまえが押しかけてきたんだろ」
「お二人とも、ケンカはやめてくださひぃ~っ」
「しかしながら涼宮さんがおっしゃることもわかります」
「おい古泉、胸元がはだけてるぞ」
「おや、お恥かしい」
なんでウインクするんだ。気持ち悪い。
「えへへ、ユキちゃん上り~」
「こら、おまえは長門から降りなさい。長門もしゃべらんといるかいないかわからんだろ」
「……問題ない」
こんな具合で、いつもは静かな俺の部屋の平穏は粉みじんに砕けていた。
「――仕方ないわね」
ハルヒが何やらごそごそとした後、俺らの前に手を突き出した。
手には爪楊枝が握られている。
「ふぇ? いつものグループ分けのクジですか?」
「そうよ」
「グループ分けして、キョンと同じグループになった人は留守番、違うグループはアイスの買出し班よ」
「キョンはとりあえずここの家主だし、家を空ける訳にはいかないでしょ?」
こいつにしては珍しくそんなことまで考えてくれているのか。
「――では、僕と朝比奈さん、そして涼宮さんが買出し班ですね」
班決めの結果はこの通りだ。つまり留守番は俺と長門ということか。
「……」
「なんで俺を睨みつけるんだよ」
「なんでもないわよ」
言いだしっぺは往々にして損な役割になるのだが、ハルヒとて例外ではなかったようだ。
だからと言って俺に不満たらたらな顔を向けるのもお門違いだと思うんだが。
「キョンくんは何のアイスがいいですか?」
「じゃあ俺はミントのカップアイスをお願いします」
「ミントのですね。長門さんは?」
「……モナ王」
また長門は微妙なラインをついて来るな。
「じゃあ、あたしたちは行くけど」
しかめっ面をグイと俺に近づけるハルヒ。
「…有希と二人っきりだからって、変な気を起こすんじゃないわよ」
「もしも何かあったら市中引き回しの上に打ち首獄門プラスアルファだから」
プラスアルファってなんだ。
「有希もキョンに変なことされたら言いなさいね」
「……わかった」
「じゃあ、行ってくるわ」
3人が買出しに出て俺と長門が二人きりになった。
妹はというと何を思いついたのかいそいそと部屋から飛び出していった。
数分後。
『キョンくん、開けて~』
ドアの外から妹の声。
「どうしたんだ?」
『両手が塞がってて開けれないの~』
ドアを開けてやると、お盆にケーキ1つとジュース3つを乗せた妹が立っていた。
「ユキちゃん一緒にケーキ食べよ~」
「……わかった」
「おまえ、ケーキが一つしかなかったから、ハルヒたちがいるときに出さなかったな」
「てへっ」
我が妹ながら先が思いやられるな、こりゃ。
妹がお盆を持って嬉しそうに長門の方へ向かっていく。
が、妹が足を出した先にはハルヒが放り出したノートが。
「足元に気をつけろよ」
「なに、キョンく――きゃっ!?」
注意空しく、妹が引っくり返え…
「ユキちゃん、ありがと~」
「……」
…らずに、長門にしっかりとキャッチされていた。
「長門、サンキューな」
コクリと頷き、妹を立たせる。
が。
「悪い、制服汚しちまったな」
「ごめんね、ユキちゃん…」
長門の制服には、ケーキ1個プラスジュース3つがぶちまけられてしまっていた。
「……問題ない」
そう言うと、そのままさっきの位置に座った。
「待て待て、さすがにその汚れっぷりは問題ありだ」
「うん、風邪ひいちゃうよ~」
ジュースを3杯まともに被っただけあって、まるでジュース漬けだ。
着替えをしたほうがいいんだが…。
妹と長門を見比べる。
「なに、キョンくん?」
こいつの服はいくら小柄な長門でも入らないな。
仕方ない。
「長門、制服を貸してくれ。俺が責任をもってクリーニングに出しておく」
「だから着替えてくれ」
「着替えは、悪いがその辺にある俺の服を使ってくれ」
「……わかった」
「じゃあ、俺は出てるから着替え終わったら教えてくれ」
「あ! わたし、服選んであげるねー」
「ああ、頼んだ」
部屋から出て5分。
「遅い」
中からは妹のキャッキャした声が聞えてくる。
十中八九、長門は妹に色々着させられてるな。スマン長門。
――ガチャリ。
「キョンくん、終わったよー」
さらに5分経ったところでようやくドアが開いた。
「ユキちゃん、すごいかわいいよー。あ、はい。ユキちゃんの制服」
「サンキュー。それで何を着せたんだ?」
「えへへ~」
俺の服を着て可愛いというのはおかしな話だろ。
少なくとも俺は女物の服なんて持っていないぞ。
そんなことを考えながら部屋に入って……驚いた。
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「……どう?」
長門の服装はというと。
オーバーオールだ。もちろん俺のだからダボダボで、胸元も背中も大きくはだけ、足の裾は折られている。
ショートカットの髪型も相まってか、ボーイッシュな少女っぽくもありそこがまた新鮮だ。
じゃないだろ、俺!
なんでオーバーオールの下が裸なんだ!?
裸にオーバーオール。
しかもダボダボだから…。
「……似合う?」
「ああ、似合ってるぞ……じゃなくてだな!!」
「……?」
首を3度ほど傾ける長門。
「しっ、下にも何か着てくれ」
「……現在室温が35度を超えている。これで十分」
「いや、そういう問題じゃなくてだな…」
「ねーねーキョンくん」
俺が湯だった頭を抱えていると、妹が俺の服の裾をひっぱってきた。
「なんだよ」
「ユキちゃんね、ブラジャーもつけてないんだよ~」
「ぶほぅーーーっ!?!?」
妹の言葉についつい長門の胸に目がいっちまった!
確かにこのサイズなら必要ないな。
じゃないだろ、俺っ!!
「長門、頼むから下に一枚着てくれ!」
「……なぜ?」
「なぜじゃなくてだなっ!」
タンスから適当にTシャツを取り出し、長門に渡そうと近づいた。
「これでいいから、オーバーオールの下に着てくれ」
「……わかった」
長門がTシャツを受け取ろうと手を伸ばしたのがまずかったんだと思う。
ダボダボのオーバーオールから一瞬だけチラリと…。
「…………ブ」
「あれ、キョンくん鼻血ーっ」
「う、うるさいっ! これはなんでも――」
悪いタイミングってのは重なるもんだ。
「たっだいまーっ!! アイス買ってき――……………………」
ドアを開いて大声を上げた後、長門と俺を見て笑顔のまま凍りついたハルヒ。
「……」
口をあんぐり開けて固まっている朝比奈さん。
「……」
胡散臭い笑顔に困り顔を浮かべる古泉。
……………………。
絶対零度に達したかと思うほどの静けさが部屋を包んでいた。
――ボト。
ハルヒの手からアイスが落ちた音で、静寂が破られた。
「きょきょきょきょ、キョンっ!? ななななななななななにやってんのよ、あんたっ!?」
「な、長門さん、どうしてそんな格好してるんですかぁ~っ!?」
「裸にオーバーオールですか。これはまた随分とマニアックなコスプレですね」
「キョ、キョン…あんたマニアックだとは思ってたけど、まさかこんなこと実際にさせるなんて……」
「お、おまえが思っていることは勘違いだからな、ハルヒ!」
「なにが勘違いよ!! 鼻血垂らして何言ってんのよっ!!」
「へ?」
鼻に手を当てるとドロリとした感触が。
「うおっ!? しまったっ!!」
これじゃあまるで俺が変態みたいじゃないかっ!
「しまった……ですって…!?」
ぐあっ! 焦りすぎて声に出ちまったっ!
「そうじゃなくてだな、ハルヒ、この鼻血は」
「キョンくんね、ユキちゃんがブラジャーしてないって言ったらね、ブーゥてしたんだよ~」
余計なことを言うなぁぁぁっ!
「きょ、キョンくん……そんなの、嘘ですよ…ね?」
「な、な、そりゃあの、いや、あの」
「……」
しまったぁぁぁっ!!
中途半端に事実なだけにドモっちまった!!
「きょ、キョンくん…」
朝比奈さんはすっかり目が潤んでしまっているっ!!
誤解を解かなければっ!
「朝比奈さん、ご、誤解なんです! そ、そうだろ、長門、な!」
「……着替えてくれと頼まれたので着替えた」
「そうなんです! 長門に着替えてぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇーーーっ!?」
「へぇ…頼んだんだ、裸にオーバーオール着てって」
うおっ!?
ハルヒの俺を見る目はまるで生ゴミを見るような目だっ!
落ち着け俺! 落ち着いてまずは説明だ!
「確かに俺は長門に着替えてくれと頼んだが、それには理由がある。聞いてくれ」
「長門、着替える前のことを教えてやってくれ」
「……わかった」
みんなが長門に注目する。
「……私の制服を貸してくれと言ったので渡した」
その一言で。
部屋の空気が死んだ。
「……」
「……」
「……」
「…あ、ああ……確かにそう言ったな…」
「……言った」
「……あんた」
「つまり目当ては有希の制服で、ついでに裸オーバーオールのコスプレをさせたってわけね」
「きょ、キョンくんがそんな人だったなんて……」
「まさに策士、といったところでしょうか」
「キョン……わかってるわよね」
「ハ、ハルヒ、落ち着け……目がマジだぞ……」
「そうね、いつだってあたしは本気よ」
「市中引き回しの上、打ち首獄門の刑プラスアルファ」
この後、一週間にも渡って俺が部室で裸オーバーオールを着させ続けられたのはあえて語るまい……。