前回<「理姫」リスト>次回
――次の日。放課後のグラウンド。
「全員、集合ー!」
恭介の呼び声に、みんなが練習(ほとんど遊んでいるだけだけど)を中断して集合する。
さっきまで西園さんとお茶をしていた理姫が、僕の横に並んで立つ。
「よし、みんな集まったな」
「これから重大発表を行なう」
「なんだ、ようやく試合相手でも出来たのか?」
「ついに俺たちリトルバスターズの出番というわけか」
力を持て余している、といったようにニカッと笑う真人とニヒルな笑みを浮かべる謙吾。
「いや、違う」
「試合じゃないの、恭介?」
「ああ」
そうなると、いったい何の発表なんだろう?
「新年度も始まり、さらに理姫がメンバーに加わって俺たちは新生リトルバスターズとなった」
「そこでだ」
恭介の眼差しが僕たちを射抜く。
あの目…いつもの何か考えている目だ。
重大発表というくらいだから、恐らく相当なことだろう。
みんなも同じようなことを考えているのか、恭介の言葉に集中している。
「――花見をしよう」
「は?」
真人が声を上げる。
「だから、花見をしよう」
まったく野球とは関係ない提案だった!
「また随分と唐突だな…」
「そうか?」
まあ、恭介にしては普通の提案だし、時期的にもはずれていないと思う。
「私はいいと思うよ~」
「私も賛成なのですー」
小毬さんとクドが嬉しそうに目を輝かせる。
「去年の花見は僕と恭介と鈴、真人、謙吾の5人だったもんね」
「そうだったな」
懐かしむように目を閉じる謙吾。
「ふむ…このメンバーとはずいぶんと長い付き合いだと思ったが、まだ1年も経っていないのだな」
「おりょ? 言われてみればそうですナ」
「……密度が濃い一年でしたから」
それぞれ今までのことを思い出しているんだろう。
みんな、遠い目をしている。
「そういうことだ」
「今まで合宿や文化祭にクリスマス、正月などなど色々な行事をしてきた」
「だが、押さえておくべき国民的行事の基本中の基本…そう、花見だけはしてない」
「そんな様で、リトルバスターズを名乗ることができるか?」
「できないだろ?」
いや…なんかもうリトルバスターズがお祭り集団と化しているような言い方だ。(実際、そう外れてもいないけど)
「だから、花見をする」
「――いや」
手が勢いよく僕らに向けられた。
「俺たちは花見をしなければならない!」
パチパチパチパチ~!
よくわからない理論に、なぜか拍手が巻き起こっていた。
「なぜかはよくわからねぇが、花見をしないことには始まらねぇ気さえしてきたぜ…」
「はいっ、私もなぜかはよくわかりませんがメラメラとお花見ぱわーが湧き上がってきたのですっ」
みんなも妙に乗り気だ。
「理姫もいいか?」
恭介が理姫に話を振る。
横にいる理姫の顔を見ると…。
「はいっ、もちろん」
胸の前で指を組み、大きな瞳をさらに輝かせている理姫がいた。
「私…一度もお花見に行ったことありませんから」
「なんだ、一回もないのか?」
首をかしげる鈴に、理姫がコクリと頷く。
「なら――」
「人生初めての花見を、俺たちや理樹との最高の思い出にしないとな」
「はいっ」
幸せいっぱいを表現しているほどの理姫の嬉しそうな横顔を見つめる。
恭介の言葉は…わざわざ僕の名前を強調していた。
「――花見開催日は満開の日とする。運がいいことに桜情報によると、満開は学校が休みの日、そして快晴だ」
「よかったね~」
「……満開日が平日の中日では、授業を抜け出すことになりますからね」
西園さんの言うとおり、恭介なら平日でも決行すると思う。
前にも平日にそういうことがあったけど、なぜかその時の授業のノートやプリントは全員分揃えられていたっけ…。
「よし、係分担も決めておくぞ」
「まずは…小毬、能美、西園」
「おまえらは当日の弁当係を頼む。バーベキューもする予定だからおにぎりとサイドメニュー的なものがいい」
なにを作りますかっ、とすでに計画モードに入っている3人。
「あ、恭介さん、ひとつ質問がありますっ」
律儀に手を上げる小毬さん。
「はい、小毬」
「お菓子はいくらまでですか?」
「そうだな……」
少し考える素振りを見せて、恭介が指三本を立てた。
「300円?」
「いや、諭吉3人分までOKだ」
桁が2桁違った!
「ふえぇえぇえぇえぇえぇぇーーーっ!! だ、大丈夫かなあ」
おなかを摘まむ小毬さん……って、そっちの心配なんだ!?
もしかして上限一杯まで買うつもりじゃないよね…。
「ちなみに、バナナに関しては一切の質問を受け付けないからな」
「マジかよ……」
うなだれる真人。
するつもりだったようだ。
「次は、来ヶ谷、三枝、鈴、謙吾」
「花見前日の買出し係だ。俺も加わる」
「いやー、買い物ならこのはるちんにおまかせですヨ」
イタズラきつねのように葉留佳さんの口元が歪む。
「はるか、へんなの買うな」
「買ったら支払いはキミ持ちだ」
「安心しろ、三枝は俺が食いとめる」
「まあ、俺もついていくしその辺は問題ないだろ」
「って、誰も私のこと信用してねぇーーーっ」
「日頃の行いだろうね」
「理樹くんまで何気にヒドイっすネ…」
「おい、恭介」
「ん、なんだ真人?」
「俺は何をしたらいい? このたくましい筋肉を存分に活かせるヤツで頼むぜ!」
「おまえは、場所取り」
「うおおおぉぉぉーっ、筋肉を活かせない上に一番めんどくせぇ仕事じゃねぇかよぉーーーっ!!」
あー…。
たしかに誰かがやらないといけない係だけど、一番億劫(おっくう)な係でもある。
「おまえのその鍛え抜かれた筋肉をフルに活かして、ブルーシートに寝転んでいてくれ」
「おまえはそう、ブルーシートを拠点にしているスフィンクス――つまりブルーシート・スフィンクスだ」
「ブルーシート・スフィンクスだと…!」
「ああ、そうだ」
「俺たちが駆けつけるまでの間でいい」
恭介の手が真人の肩にかけられる。
「――場所を守りぬいてくれ」
「OK…」
腕を組んだ真人の目がカッと見開かれた!
「おまえたちが来るまで場所は死守するぜ……スフィンクスのポーズでなっ!!」
なんかすごく嫌だった。
「あれ、僕たちは?」
僕たちというのは、もちろん僕と理姫のことだ。
「おまえたちにも買出しを頼む。と、言っても雑貨の類のほうだ」
そっか。
雑貨類を揃えるならスーパーとは逆方向にあるホームセンターなどが並ぶ場所の方がよい。
「これ、メモな」
理姫がメモを受け取る。
「ほら、理樹くん」
僕にも見えるように、理姫がメモの片側を持ってこちらにメモを寄せる。
二人の間にはちょっとした空間。
肩を寄せれば見やすいけど…みんなの前でそうするのはどうにも気恥ずかしい。
「ま、食料品じゃないから、おまえたちが都合のいい日にでも買いに行ってくれ」
都合がいい日かあ…。
「ねえ、理樹くん」
「明日。学校が終わったら」
ね、と理姫が笑顔を見せる。
「あー…うん」
「そういえば理姫さ」
「なに?」
「まだ、街を見て回ってなかったよね」
「うん」
「いい機会だし、見て回ろっか」
理姫の顔がひまわりのように明るくなる。
「ありがと、理樹くん」
顔をあげると、恭介は静かに笑顔を浮かべていた。
――次の日の放課後。校門で理姫を待つ。
一旦寮に鞄を置いて待ち合わせ、ということにしたんだけど…。
「まだかな…」
あれから15分。
なにしてるんだろう、と思い始めたころ。
「――ハァ、ハァ…待たせてごめんね」
息を切らせた理姫が僕の元に駆け寄ってきた。
「そんなに待ってたわけじゃないから、別に走らなくても」
「先生がなかなか見つからなくて」
「先生?」
「うん。はい、これ」
一枚の紙切れを差し出される。
「これは?」
「校外活動申請書だよ」
「生徒手帳に書いてあったから。『校外活動をする際は、担当顧問または担任教師の許可を得ること』って」
「うわ…こんなの初めて見た」
それに生徒手帳にまで目を通すなんて……律儀だ。
「……もしかしていらなかった?」
「……うん」
「ふふっ、私また余計なことしちゃったね」
照れくさそうに、自分の校外活動申請書を四つ折りにしてポケットへしまい込んでいる。
「いやまあ、いいんじゃないかな――じゃあ、行こっか」
理姫に背を向け、足を進める。
「あ、待って」
理姫が僕の横に並ぶ。
「……」
並んで歩くのがどうにも照れくさくて、早足になってしまう。
「理樹くん、はやいよ」
「そう?」
理姫が横に追いつく。
僕は足を進め、また少しずつ距離が開く。
「やっぱり、はやいよ」
「そんなことないと思うけど」
理姫が追いつき、そしてまた少しずつ距離が開いていく。
「お兄ちゃん」
「うわわっ、名前で呼んでよっ!」
思わず立ち止まり、その間に理姫が僕の横に追いついてきた。
「けど、ここは学校じゃないよ?」
これ、たぶん並んで歩かないとお兄ちゃんって呼ぶっていう脅しなんじゃないかな……。
「それでもダメ」
「本当に理樹くんは恥かしがり屋さんだね」
「放っておいて」
……肩を並べて歩き出す僕たち。
このやりとりも何度目かわからない。
けど……なんとなくだけど、このやりとりをした後は二人の距離が近くなっている気がする。
「――まずは何から買えばいいかな?」
リストをポケットから取り出す理姫。
「リストには?」
「木炭と串、紙皿と紙コップと割り箸だって。それとファブリーズとブレスケア」
「ファブリーズとブレスケア?」
「うん」
理姫がはにかむ。
「最後の二つは付け出しだよ。バーベキューなら服に匂いがついちゃうから」
うーん、僕たちリトルバスターズには理姫みたいに気が利くメンバーが必要だったんじゃないかと思えてきた。
「それと…これ持ってね」
理姫からまた何かを手渡される。
「エコバックだよ」
……地球にまで優しかった。
「これで全部かな」
理姫とリストをチェックして、手に持っている荷物を確認する。
木炭が少しかさばるだけで、荷物の量は大したことがなかった。
僕と理姫がそれぞれ手に持っているエコバックに収まっている。
「理樹くん、全部終わったよ」
わざわざ僕の前に回りこんで、ポンと手を合わせる理姫。
「そうだね」
「……」
「……」
……理姫が僕の顔を見たまま動かない。
「……」
「……」
「…どこか行きたい所ある?」
「よかった、忘れてなかったんだね」
胸に手を当て、ふふふっ、と笑う様が嬉しそうだ。
「まずはね……」
口元に手を当て5秒ほど悩んだあと。
「初めてのお花見だし、可愛い服が欲しいな」
――理姫と街中を見て歩き、一軒のファッションショップに入った。
「これなんてどうかな、理樹くん?」
体に服を当てて振り向く。
「う、うーん」
いまいちファッションに関してはよくわからない。
「こっちはどう?」
また別の春色のワンピースを体に当てて僕に見せる。
「う、うーん」
「ふふふっ、次はどれがいいかな」
理姫は、別に僕に選んでもらいたいわけではなく、この状況が嬉しいようだ。
……たぶん、兄妹で買い物に来れたことが。
「理樹くんはそこで待っててね」
僕にエコバックを預けて、数着の中から選んだ服から一着持って試着室に入っていった。
少しして背中側からカーテンが引かれる音。
「似合ってる…かな?」
振り返るとそこには、僕でも似合うとわかるほど春らしい服を着こなした理姫がいた。
上は白に少しオレンジを加えたような…表現するなら暖かな春の日差し色のチュニックシフォンワンピース。
下にはたぶんレースのワンピース。
そしてジーンズ。
ふんわりしたイメージの中に締まった雰囲気が混じり、理姫を引き立てていた。
「似合ってる…と思う」
「ありがと」
照れたような笑いを見せる。
「じゃあ、これにするね」
試着室から出てきた理姫と一緒に、今度はアクセサリーのコーナーへ。
「私、リボン着けてるでしょ」
「うん」
「替えたいと思ってるんだけど――」
二本のリボンを手に取る。
「どっちがいいと思う?」
薄桃色のリボンと青いリボン。
「さっきの服に合わせるなら……薄桃色のほうかな?」
「やっぱり理樹くんもそう思う?」
ニッコリと微笑む。
「私もこっちにしようと思ってたんだ」
僕まで笑顔にならずにいられないほど、嬉しそうだった。
――買い物も終わり、僕たちはサーティワンアイスクリームの軒をくぐった。
理姫のオススメ、らしい。
僕はミントアイス、理姫がストロベリーにチョコチップが入ったアイスを持って席に腰を下ろした。
「あとは何かしたいこととかある?」
「他には……」
口元に手を当て5秒ほど悩んだあと。
「ようやく会えたお兄ちゃんに甘えたい、かな」
「ぶはっ!」
思わずアイスを噴き出す。
「ふふふっ、冗談だよ」
僕から目を逸らし理姫がクスクスと笑い出す。
「もうっ」
「ごめんね、ふふふっ」
クスクス笑いながら謝られても。
みんなといるときはお姉さん風の理姫だけど、僕と二人になると……どこか子どもっぽい。
「――お花見、楽しみ」
アイスを食べながら、今から待ちきれないといった表情を浮かべる理姫。
「理姫は一回もお花見にいったことないんだ?」
「うん」
「ほら、前に体が弱いって話したよね」
「そういえば…」
言われて思い出す。
初めてあった日、レストランで僕の持病の話をしたときに言ってたっけ。
けど、理姫と会ってから今までを思い返しても、別にそんな様子はなかった。
「今はかなりいいんだけどね」
「病気がちで、学校を何日も休むなんて結構あったんだ」
「もしかしたら家にいた時間のほうが長いかも」
「だからね…」
寂しげな表情が差し込む。
「友だち、少なかったんだ」
「お花見って、やっぱり一人だとつまらないと思って……行ったことなくて」
「それにね」
理姫がアイスから口を離す。
「お母さん死んじゃってから、一人でいる時間の方が長くなって……」
……っ。
理姫が自分の姿とダブる。
一人でふさぎこんでいた日々。
あの一番辛かった日々。
僕はそんなときにリトルバスターズと出会った。
恭介と鈴、それに真人と謙吾が僕に手を差し伸べてくれた。
誰かが手を差し伸べてくれる……それはすごく幸運なことなんだと思う。
……。
じゃあ、理姫は?
……。
そのときの理姫の様子が、容易に想像できた。
――誰も迎えに来なかった僕を想像すればいいだけなのだから。
「あ、けどっ」
沈んだ空気を吹き飛ばすように、明るく振舞う理姫の声が響く。
「私、お兄ちゃんがいること知ってたから――」
「だから、頑張ってればいつか会えると思って……頑張れた」
「そしたら……ほらね」
悲しみの表情にいつもの優しさが戻ってくる。
「お兄ちゃんに、会えた」
「理姫…」
「それにね――」
「お兄ちゃんのおかげで、いっぱい友だちもできたんだ」
「その名も、リトルバスターズだって」
笑顔を取り戻す理姫。
「まるで正義のヒーローみたいな名前だよね」
「私にとっては本物のヒーローなんだけどね」
そう言う理姫の顔は、本当に幸せそうだ。
理姫には……遅刻をしたけど、ようやくヒーローが登場したんだ。
その遅刻したヒーローの中心は、僕。
「――お花見、楽しみ」
今の話を聞いた後の理姫のこの言葉は、深い意味を持っていた。
――二人で帰路につく。
夕焼けの河川敷を肩を並べて歩む。
夕日が作った二人の長い影が遠く先で交わっていた。
「楽しかったね」
「ちょっと疲れたけど…」
久しぶりに歩き通しで足が重い…。
途中から理姫の荷物も引き受けたけど……今さら体に響いてきた。
う、木炭が地味に重い…。
理姫はと言うと、逆に足取りが軽い。
「…荷物、持つよ?」
妹にそんな心配をされる。
「いやいや、心配しなくていいから」
「じゃあ」
僕の横顔に視線を投げかける。
「ん?」
「――手、つなぐ?」
「い…いやいやいやいや、そこまで疲れてないからっ」
「ふふふっ、冗談だよ」
僕から目を逸らしクスクスと笑い出す。
「もうっ」
僕は曲がった背を正し、ペースを上げて歩き出す。
「あ、理樹くん待ってよ」
「見ての通り大丈夫だから、心配無用だよ」
「理樹くん、はやいよ」
理姫に心配をかけまいと、追いつくのを待たずにスタスタと足早に帰路を進める。
「ほら、はやく、理姫」
「――理樹くん」
「――ねえ、理樹くんっ」
「あ…れ…」
後から、声。
「――お兄ちゃん……っ」
その言葉に思わず立ち止まる。
「だから、名前で…………」
振り返る。
一瞬、状況の理解が出来なかった。
「………ぅ………」
――理姫が
うずくまるように倒れていた。
「理……姫……?」
「理姫……?」
「理姫っ!?」
荷物を放りあわてて駆け寄り、抱き起こす。
「理姫っ! 理姫ッ!」
「……おにい……ちゃ……ん……」
うめく理姫の顔は――
完全に血の気を失っていた。
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