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「――おまえら次、体育だろ?」
笹瀬川さんとのデートも終わり、教室へ戻ってくると…恭介がそんなことを聞いてきた。
「うん、そうだけど」
『体育』という言葉を聞いて、女性陣のテンションが下がる。
「ちょっと憂鬱だよ~…」
「体力がついたとはいえ、さすがにマラソンは辛いのです…」
「……私もちょっと……」
小毬さん、クド、西園さんからため息が漏れる。
今日の体育は、マラソンコースと呼ばれる学外の道路をひたすら走る授業だ。
往復で授業時間のほとんどを費やすほどの距離がある。
「謙吾、どっちが早くゴールするか勝負しようぜ!」
「ふっ…受けて立とう」
「負けたら、勝った方に1億円だかんな!」
「なにぃっ! 1億円だとぅ!? うわぁあぁあぁ、燃えてきた!」
ここにデカい小学生が二人いるし。
「はぁ~……」
僕も正直言って憂鬱だ。
体力には自信がない。
「どうしたんだ理樹、顔が暗いぞ」
「なんだよ、一緒に走ろうぜ」
謙吾と真人が僕を覗き込んできた。
「野球を始めたとはいえ…体力が持つかどうか…」
野球で今までよりは鍛えられたけど、あのマラソンコースを走りきれる自信はなかった。
「それなら安心しろって。オレに策があるぜ」
「え、何?」
「オレがおんぶして走ってやるよっ」
親指をピッと立て、白い歯を覗かせる真人。
「え、遠慮しておくよ……」
「遠慮するなって」
「はっはっはっ、真人は強引だな。少しは理樹の気持ちも考えろ」
至極真っ当な謙吾の意見。
「――理樹は俺が…だっこして走る」
って、もっと強引だった!!
「だったらオレはお姫様だっこで走ってやるぜ! な、理樹」
「いやいやいや!」
「ならば俺は肩車をしてやろう。どうだ、理樹」
「いやいやいやいや!」
「くそっ! だったらオレは上腕二等筋まくらだ! な、理樹」
「もうそれ走ってないし、何を問いかけてるかすらわかんないからっ!」
「やるな…だが俺は膝まくら、加えて耳掃除もつけるぞ! どうだ、理樹」
「どうだってどうなのさっ!」
――ばきぃっ! げしぃっ!
「おまえらうっさい!! 理樹が困ってるだろっ」
「「ゴメンナサイ」」
真人と謙吾の顔にはくっきりと鈴の足跡がついてるし。
「――はっ! そんな体育なら悪くない……そう思ってしまいました……」
……西園さんは、不純な動機で体育が好きになりそうになっていた。
「そんな体育がやりたくない奴らに、体育がやりたくてうずうずしてくるようなアイテムを用意してきたぜ」
恭介がバッグを机の上に置いた。
「ふえぇ…もしかして早く走れちゃう道具?」
「も、もしやそれはろけっとえんじんの類ですかーっ!?」
「ですかーっ!?」
「いや…違うが…」
目を真ん丸にして驚いているクドと小毬さん、そして珍回答に汗を垂らす恭介。
「取りあえずこっちに注目だ」
バッグをボフボフと叩く。
「さあ、これはなんでしょう」
「ちゃーんちゃちゃーんちゃちゃちゃちゃちゃ~」
恭介が鼻歌を歌いながら、バッグから何かを取り出した。
「ぶっ!!」
思わず吹いてしまった!
「ふえぇ……体操服(ブルマタイプ)だね」
「わふー……体操服(ブルマタイプ)なのですっ」
「そ、それは体操服(ブルマタイプ)ーっ!!」
「体操服(ぶるまたいぷ)だな」
「……体操服(ブルマタイプ)とは、またマニアックです」
…………。
とても嫌な予感がする。
「その体操服(ブルマタイプ)ってまさか……」
「ご明察」
「理樹、おまえが着るんだ」
「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!?」
「「「「きゃぁぁーーーっ!!」」」」
周りから黄色い歓声が響く!!
「いやいやいや!」
「そんなこと言ったって理樹、おまえ今日体操着忘れてきただろ?」
「う…」
……朝は準備をする間もなくみんなに連れ出されたから、持ってくるのを忘れていた。
他のみんなは僕が着替えしている間や、葉留佳さんに化粧をしてもらっている間に準備をしていたのだろう。
つかつかと来ヶ谷さんが恭介の元に歩み寄る。
「恭介氏」
「来ヶ谷」
――ガシッ!
凶悪コンビが手を組んでいた!!
「理樹ちゃんのお着替え、手伝ってあげるねー」
「手伝うのですーっ」
悪気ゼロの小毬さんもクドも、今はオニに見える……。
「理樹の体操服か。少し見たい」
鈴はちょっと照れ気味だし!
「私も見たい見たい見るーっ! こっちの授業に出るーっ」
我がままを言い出した葉留佳さん。
「うむ、やりたくてうずうずとしてきたな……体育を……ふふふ」
来ヶ谷さんからとってもアブナイオーラを感じる。
「……直枝さんのふとももが見れますよ」
「理樹の…ふとももだとぅ!?」
西園さんの言葉に、謙吾が僕の脚に注目する!
「ひゃっ!?」
思わず視線から逃れるようにスカートの裾を押さえ、ふとももを隠す!
「うぅ……」
「……その反応が堪りません……」
「……その反応が堪らん……」
悶絶する西園さんと来ヶ谷さん……。
こ、これはもう体操服(ブルマタイプ)から逃れることは出来ないみたいだ……。
そう思ったとき。
「恭介、ちょっと待て」
「ま、真人っ!」
あまり服装に興味がない真人なら、きっと反対してくれるはずだっ!
「どうした真人?」
「理樹が可哀想だろ!」
「オレの分はないのかよっ!」
「ぶっ!!」
予想の斜め上を走っていた!
「理樹とお揃いがいいんだよっ! そうだよな、理樹!」
こちらを向きウインクする真人。
何かを勘違いした上に、いらない気遣いだった!!
「……悪いな真人、体操服(ブルマタイプ)は一着しか持ってきていない」
「くそっ! すまねぇ理樹……」
「いや、いいよ…」
ちなみに周りからは安堵の息が漏れている。
「他に持ってきているのは…スクール水着だけだな」
「じゃあ、それでいいや」
「いやいやいやいやっ!!」
そこ妥協するポイントじゃないから!
……ついつい真人のスクール水着姿を想像してしまった!
――隆々とした筋肉に食い込む藍色の水着。はち切れんばかりだ。胸元には可愛らしい字で『まさと』……。
う、うわぁ!
周りも「うああああんっ! き、きしょいーっ!」「わふーっ!? 生変態さんを初めて見ましたっ!」「……あ、目眩が……」と混乱状態だ!
「時に恭介氏」
「どうした、来ヶ谷」
「なぜ、スクール水着なんぞ持っているのだ?」
来ヶ谷さんのその質問に、辺りの空気が凍りついた。
真人のインパクトで忘れていたが、確かにおかしい!
「本気にしちまったのか? ただの冗談だぜ」
「ほら」
恭介が爽やかに笑いながらバッグを見せた。
……確かにバッグの中は空だ。
ホッと胸を撫で下ろす。
「……みなさん、その笑顔に騙されてはいけません!」
「恭介さんはまだ凶器――いえ、スクール水着をどこかに隠し持っていると思います!」
そこで予想外の人――西園さんが食いついてきた!!
「ど、どうしたんだ西園?」
「……恐らく、直枝さんに体操服を着せることに成功した恭介さんは、次はスクール水着を着せようと画策したに違いありません」
名探偵のような口ぶりの西園さん。
「えええっ!?」
「いや…してないが…」
「――恭介さんは放課後、誰もいなくなった教室に直枝さんを呼び出します」
なんというか……西園さんの妄想スイッチが入ってしまったようだ。
「――理樹、今日ここに呼んだのは他でもない」
西園さんが恭介の真似をしている。
……地味に上手い。
「これを着てみてくれ」
「恭介さんは夕暮れの教室で、直枝さんにスクール水着を差し出します」
「こ、こんなの恥かしくて着れないよっ!」
西園さんが今度は立ち位置を変え、僕の真似をする。
これはちょっと恥かしい。
「いつの間にか直枝さんの後ろに回りこんでいる恭介さん」
「そして後ろから手を回し、直枝さんにスクール水着を宛がいます」
「これを身に着けたおまえが見たいんだ……」
「きょ、恭介……」
「恭介さんの手が、直枝さんのリボンを解(ほど)きにかかります」
「ダ、ダメだよ恭介……」
「言葉の割には嫌がってないように見えるのは、俺の気のせいかな」
「頬を染め閉口する直枝さん。恭介さんは直枝さんのボタンを一つ、また一つと、ゆっくりと外しています」
「ほら理樹、手を抜くんだ」
「うん…」
「よし、いい子だ」
「ブレザーを脱がせた恭介さんの手は、自然にスカートのホックに伸びます」
「そ、そこは恥かしいよっ」
「なんだよ、昔はよく一緒に風呂に入ったじゃないか」
「そうだけど……」
「なら問題ないな」
「スカートのホックを外そうとする恭介さん。けれどその手は直枝さんに止められます」
「脱がされるのは恥かしいから……僕が自分で脱ぐよ……」
「自分で脱ぎたいだなんて、大胆なんだな理樹は」
「蒸気が上がりそうなほどに、赤面する直枝さん。そこで恭介さんはこう言います」
「――その可愛らしい顔を、俺以外の奴に見せるなよ」
――どんどんばんばんっ!
西園さんは机にもたれ掛かり、興奮気味に机を叩きまくっていた!
「棗×直枝……これはもう、堪りませんっ!!」
「……………………」
「…………」
「……すみません、少々取り乱しました」
少々どころじゃなかった気がする。
「………………」
みんなの視線が恭介に刺さる。
「いや、ちょっと待て! 今のは西園の妄想だからな!」
「エロいなぁー…恭介くんエロいなぁーっ」
「ふむ、恭介氏のことはこれからエロガッパと呼ぶとしよう」
「……可愛さあまってエロさ100倍……ぽ」
「…………」
「はっ、エロいさ!」
うわっ!! 爽やかに受け止めてみせた!
「じゃあ、今度の理樹へのプレゼントはスクール水着で決定だな! ははっ!」
「…………え?」
スクール水着云々(うんぬん)より、恭介が僕にプレゼントをくれるということを嬉しく思ってしまった。
「ぐはっ!? ここは『いやいやいや! それないから!』とツッコむところだぞ、理樹っ!」
うわっ!
……僕のツッコミがなかったせいで、恭介の発言がただのスクール水着を着せたいだけの変態お兄さんの発言になってしまっていた!
頭を抱えた恭介に、みんなの冷ややかな視線が注がれている!
「きょーすけ」
鈴が冷ややかな目で恭介を見ている。
「ど、どうした鈴?」
「ド変態」
「…………う」
「うああああああああああーーーーーーっ!!」
恭介の悲痛な絶叫が教室中に響き渡っていた……。
「今、大変なことに気が付いたんだが、『ID』って縦に潰し気味に書くと『エロ』に見えねぇか…?」
「真人、また何をふざけたことを…ん?」
「うああああぁぁぁ! 見えてきた!!」
「このままじゃカッコイイ会社に入って『IDカードを発行してください』って書くとき『エロカードを発行してください』になっちまう!!」
「わふーっ!? おちおちパソコンにもろぐいん出来ないのですっ!?」
……大変な目にあった恭介を余所に、真人たちはどうでもいいことに気を奪われていた……。
***
もう一つの終わり方(恭介絶叫・エディション)
「棗×直枝……これはもう堪りませんっ!!」
――どんどんばんばんっ!
西園さんは机にもたれ掛かり、興奮気味に机を叩きまくっていた!
「…………」
「……すみません、少々取り乱しました」
少々どころじゃなかった気がする。
「……………………」
みんなの視線が恭介に刺さっている!
「いや、ちょっと待ておまえら! 今のは西園の妄想だからな!」
「きょ、恭介…」
「り、理樹、そんな目で俺を見ないでくれっ」
「エロいなぁー…恭介くんエロいなぁーっ」
葉留佳さんがニヤニヤと恭介に詰め寄る。
「エロくねぇよ!」
「ふむ、恭介氏のことはこれからエロガッパと呼ぶとしよう」
「待て来ヶ谷、ただの濡れ衣だからな!」
「……私はそんな恭介さんが好きですよ……ぽ」
「それ、ちっとも嬉しくねぇからな!」
「恭介はエロくないとしても、スクール水着は好きなんだろ?」
「あぁ、好きだ……って何言わせるんだよっ!?」
真人のさり気ない質問に、余裕ゼロの恭介がまんまと引っかかった!
「い、いや、ま、マジで違うからな! 謙吾、おまえなら信じてくれるよな!?」
「なるほど…エロい上にロリか。もはや俺の手に負えんな」
「ち、ち、違うんだっ! 誰か信じてくれっ」
恭介の目がクドのほうへ向いた。
「わ、わふーっ!?」
身の危険を感じたのか、クドはそそくさと真人の影に隠れた!
「ぐはぁーーーっ!?」
「こ、小毬は俺のこと信じてくれるよな…?」
「うんっ、だいじょーぶっ! 恭介さんはとってもいい人です」
いつもの優しい表情の小毬さん。
「こ、小毬……」
「どんなに変態さんでも、私は信じてるよー」
「ぐはあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁーーー……っ」
恭介が…崩れ落ちた。
「ち、違うんだ……スクール水着なんて持ってきてないし、エロでもロリでもねぇ……」
僕は恭介に手を伸ばす。
「恭介…僕は恭介を信じてる」
「り、理樹……」
僕の手を掴んで立ち上がる恭介。
「理樹、おまえって奴は……」
――がしっ!
「わわっ、恭介苦しいよっ」
恭介が僕にハグしてきた!
「理樹…ありがとな」
…恭介はただのお礼のつもりだったのだろうけど。
「きょ、きょーすけはやっぱり…理樹とそういう関係なのか?」
鈴が呆然と立ち尽くしていた!
「り、鈴ちょっと待て…これはただの愛情表現みたいなものでだな――」
「理樹に愛情があるのかっ!?」
「だぁぁぁぁぁーーーっ! そういう意味じゃないっ」
「エ……」
「エロでロリでホモな兄貴なんてやじゃーーーっ!!」
鈴が駆け出した!
「ま、待ってくれ鈴!! お兄ちゃんをそんな最低扱いしないでくれーっ」
「最低未満じゃ、ぼけーーーっ!!」
二人は、兄妹間に深い溝を作りながら突っ走っていった……。
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