――とある日の放課後。
「やっほー、初春っ! 今日も遊びに来たよーっ」
風紀委員(ジャッジメント)第177支部のドアが勢いよく開かれた。
「あ、佐天さん」
黒のロングヘアをなびかせ元気よく入ってきたのは佐天涙子。天真爛漫を絵に描いたような女の子だ。
「お、初春の頭は今日も今日とて満開だね」
「そういう風に言われると、私の頭がちょっとおかしいみたいじゃないですか」
パソコンデスクの前で頬を膨らませているのは初春飾利。佐天とは同い年だが背が低いせいか、丸っこい肩のラインのせいか、年下にも見える。頭の上に大げさな花飾りをつけているので、遠目から見ると花瓶が歩いているようだ。そのせいで『歩く花瓶』なんという二つ名を持っているほどだ。
そんな初春であるが、彼女は学園都市を守る風紀委員(ジャッジメント)の一員である。
「あれ? 今日は初春だけ? 他の人たちは?」
佐天が支部に入り辺りを見渡すが、いるのは初春だけ。
「はい、白井さんも固法(このり)さんも今は外出中です。今日は戻らないで直帰するかも、と言っていました。――佐天さん、コーヒーでいいですか?」
「あ、うん。砂糖1個とミルクつきでお願い。それと…」
そう言いながら、佐天が台所へ立った初春の背後へと近づく。
その手が初春のスカートに掛けられ…
「コーヒー前のデザートをいただきっ!」
――ばふぁっ…
膝丈より長いスカートがフワリと上へと舞う。
「…!?」
「へぇーっ、白のレースかあ。大人になったじゃん」
慌ててスカートを押さえるが時すでに遅しだ。
「さっ、佐天さんっ!? いきなり何するんですかーっ!」
「なんかさ、制服で台所に立ってた初春を見たらムラムラしちゃってさ」
「そんなオジサンみたいなことを言わないでくださいっ! もう、佐天さんはっ」
「いやぁ、ごめんごめん」
「それ、全然気持ちがこもってないです。…はい、コーヒーができましたよ」
入れたてのコーヒーとお菓子を二人で運び、ソファへと並んで腰を下ろした。
「あぁ、美味しいっ」
「やっぱり初春の淹れたコーヒは最高だね。淹れ方の研究とかしてたりする?」
「はい、美味しいコーヒーで先輩達の疲れをとってあげるのも私の仕事ですから」
褒められたのが嬉しかったのか、はにかみながら初春はコーヒーをすすった。
「ところでさ、初春…」
「はい?」
佐天がジリジリと体を初春に寄せ、その腕に手を回した。
「あたしも今日はなんか疲れちゃってさ。初春にこの疲れをとってほしいなぁ…」
回された手が初春の手を取り、指と指を絡ませる。
「佐天さん、どうしちゃったんですか?」
「だってさ…」
初春の腕に頬ずりを始めた。
「今日は初春忙しくて、一緒にお昼食べれなかったしさ…。それに帰りも白井さんに呼ばれてすぐ帰っちゃったじゃん…」
絡んだ指が艶かしく動かされる。
「あたし、すごい寂しかったんだよ…?」
「佐天さん…」
「ねえ、初春……」
佐天が顔を上げ、さらに初春に体を密着させた。
甘い吐息と鼻に掛かったような声が初春をくすぐる。
「こんなに我慢したんだからさ、ちょっとくらいご褒美くれたっていいんじゃないかな…?」
人差し指が愛おしそうに初春の唇を撫でた。
「もう…佐天さんは寂しがり屋さんなんだから」
クス、と初春が笑い、その手を佐天の首へと回した。
「こんな溶けちゃいそうな佐天さんがとっても愛おしいです」
初春の空いている方の手が、佐天の頬を陶器を触るように撫でる。
「ういはるぅ…」
そのまま二人の少女の唇と唇が近づき…。
――ちゅっ
重なった。
そして余韻を残すようにゆっくりと離された。
「……今日いっぱい我慢したご褒美です」
「……頭、真っ白になるほど気持ちい……」
溶けてしまいそうなほどの佐天の顔が初春の心を刺激する。
「まだ、たりないよ…」
「もう一回……しますか?」
何も言わずに佐天が唇を寄せてきた。
「もう、佐天さんは我がままですね。あと一回だけですからね」
――ちゅっ。
先程よりも強く抱き寄せ、先程よりも長く長く唇を重ね合わせた。
だが、そのとき予想外のことが起きた。
――バタン!
突然177支部のドアが開け放たれた!
「はぁーっ! 誤報ですわ、誤報! もうわたくし、くったくたですわっ!! 初春ーっ、悪いですけど美味しいコーヒーをわたくしに……へ?」
――ちゅぷっ
「…んっ……え?」
重なるように抱き合い、唇をようやく離した初春と、何も知らずにズカズカとソファへ寄ってきた白井の目が合った。
それはもうバッチリと。
「……」
「……」
「……う、う、うい、うい…」
金魚のごとく口をパクパクしている白井。声も出ないとはこのことだ。
「……あ、し、しし、白井…さん?」
初春は初春で、あまりの驚きで佐天を抱き寄せたままだ。
「だ、だだだ…っ」
白井の髪の毛が徐々に逆立ち、ついに爆発した!
「だはああああああああああぁぁぁぁーーーっ!? なななななななななな何を、な、何をやってますのぉぉぉぉぉーーーっ!?」
「ししっしし白井さん!? きょっ、今日は帰ってこないんじゃなかったのですかーーーっ!?」
「帰ってきましたわ!! めちゃくちゃ帰ってきてますわっ!! それがなななな、あなたは何を…じゃなくて、それ以前に女性同士で何してやがりますのーーーっ!?」
「こ、これはそのっ」
「その前に人が話してるんだから離れなさいなぁぁーーーっ!! キィィィーーーーっ!!」
「ひやあああぁぁぁーーー!? 白井さんっ、そんなテレビとか本棚とか飛ばさないで下さいーーーっ! ひぃっやっ!? さ、佐天さんもクッタリしてると死んじゃいますよーっ!」
「…はあぁあぁ、あたし…もう気持ちよすぎてどうでもいい…」
「佐天さんーっ!?」
「ムキィィィィーーーーっ!! どんだけテクニシャンなのですのっ!? 腹が立ちますわっ! ここで死になさいなぁぁぁーーーっ!!」
「ひやぁぁぁぁーーーっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいーーーっ!」