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TJ部 (オリジナル)
作者:m (http://milk0824.sakura.ne.jp/doukana)

紹介メッセージ:
 短編オリジナル小説です。今晩のメニューをツイッターで話していたときに突如生まれた「ナポリたん」というキャラを中心とした、不思議な部活「TJ部」のお話です。ホームページはこちら

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――土曜日の午後。午前中の授業が終了してからブラブラしていたらあっと言う間に1時過ぎだ。
俺は学校の北側、特別教室棟の4階の角の教室の前で立ち止まった。
毎日見ちゃいるが、ドアに張られた女の子字の「TJ部♪」だけは未だに慣れない。変えて欲しい。
部室の中ではテレビをつけているのだろう。ドア越しに「どこかの国の王女が逃げた」とかいうニュースが漏れ聞こえている。
いや、そんなことはどうでもいい。
説明はしにくいが……今はいつもと全く違う状況にある。
俺の手に握られている小さな手からは心許ない温もりが伝わってきていた。


「ちーっす」
「――わぁ、ナハトさん。いらっしゃい」
ドアを開けるといつものようにえみる、通称えむの一声。
部室には既にいつもの顔が並んでいた。
いつもの顔と言うのは、ノートパソコンとにらめっこしながらカチャカチャと小説を書いているロリっ娘ゆり、そのゆりに後ろからちょっかいを出そうとしている相坂に、それを叩いている常識人ユリア、その傍らにはなぜか綺麗なアーチを描いてブリッジをしている魔人たいら、そして微笑を浮かべ優雅に紅茶を飲んでいる部長えみる……ブリッジしているたいらを椅子代わりにしてなかったら優雅なんだろうけどな……。
見てもらえばわかるとおり変な奴らの集まりだ。
ちなみに全員に本当の名前があるのだが、ここではニックネームで呼び合うことが暗黙の了解になっていた。
あの時……あの不思議な交通渋滞が縁となってできた部なわけだが、そんな過去のことは今はどうでもいい。

「あー……えむ」
「はい?」
まるで春風のような笑み。色々間違ってなかったらいい笑顔だ。たぶん。
「たいらからどいてやれよ……」
「うん? けれどイスが壊れちゃいまして。困っていたところにたいらさんが丁度綺麗なブリッジしていたので、つい」
「ついじゃないだろ!? それだけの理由でたいらに座ってるのかよ!?」
「ナハトよ、ブリッジはいいぞッ! おまえもやるか、イスをッ!」
「やらねぇよ!」
「そうね……次はたいらをWiiフィットのボード代わりにして、誰が一番たいらの上でバランスを取れるか競争しましょ」
「相坂はもっと鬼だな!」
「ゆりもやりたい~っ! ユリアお姉ちゃん、競争だよ」
「……ゆりちゃんが言うなら仕方ありません」
「仕方あるよ! ゆりが言ったからってユリアも言うこと聞かない!!」
「ふふっ、負けません」
「えむは靴脱ぐなよ! 上がるなよ! バランスいいなオイ!!」
「ナハトよ、ブリッジはいいぞッ! ここからだとパンツ見放題だッ!」
「おまえ案外下心いっぱいだな!?」
くっ……いつものことだがツッコミが間に合わない!
そんなときだ。

「――楽しそうだな」

俺の横――正確には俺と手を繋いだ物体から声が響いた。
みんな俺のほうを見て……絶句した。

「ナハトナハト、あれ楽しそうだ。わたしもまぜてほしい」
その声を発した女の子――年の頃は10歳ころ。
ふわふわの白の帽子と赤いコート。どっちもお高いブランドだった気がする。
何よりも目を引くのが綺麗な金髪とブルーの瞳だ。
そいつが俺の服の袖をくいくいっと引いて、キラッキラとした目で俺を見つめている。
「わたしもやりたいぞ。バランスには自信がある。ブーツは脱いだ方がいいか?」
流暢な日本語。
いきなり悪影響をモロに受けてんぞ。どうしてくれるんだお前ら。
俺から手を離し、んしょ、んしょと早速ブーツを脱ごうとさえしている。
「ゃっ」
あ、コケた。
片足を持ち上げたままコケたので、コートもその下のスカートもすっかり捲くれている。
しかも脱げたブーツが頭にぶつかるオマケつきだ。
「!?」
トマトみたいな赤い顔で慌ててコートとスカートの裾を隠したが完全に後の祭り。
えみるが微笑みを湛えたまま「あらまぁ」と鼻血をジェット噴射している。
「レっ、レ、レレレレディとしてあるまじき姿を見られてしまっただろっ! ばかナハトっ」
「俺のせいじゃぁない。見られてもどうってことないだろ」
「あるのだーっ! おたんこばかーっ」
どうやら幼女にも乙女心は備わっているらしい。

「……ナハトさん、お話があります」
メンバーの中で一番の常識人ユリアが最初に口を開いた。
正直話が通じるならユリアだと最初から踏んでいた。
「警察は113でしたっけ? 119でしたっけ? あ、(21)でしたっけ」
違う! 思考回路はショート寸前だ!
「ま、待て! せっ、せ、説明をさせてくれ!!」

*;*;*;

「――というわけだ」
「なるほど……」
ユリアが口を開いた。
「学校が終わった後に外でパンを買って、戻ってきたらいつの間にかこの子がナハトさんの後ろをついて来ていて、ここまで来たと」
「その通りだ」
「ロリコン視点の話はわかりました。私が知りたいのは事実です」
「事実だよ!? それと俺はロリじゃない!」
「彼の言うことは事実だ。たしかにわたしがついてきた。それだけだ。それよりこの両脇の者たちを…むぎゅん…」
「この子がいうなら確かです、ふふっ。こんなお姫様みたいな子に抱きつけるなんて一生に一度あるかないかです」
「はい~、こんなに可愛い女の子が言うなら間違いないです~。ふわふわしてます~」
「……この、むぎゅ、両脇の、むぎゅ、女たちを、むぎゅぎゅ、どうにかしてくれ……頬をつつくなっ!」
長いすに座る金髪幼女の両脇にはえみるとゆり。
もはやぽわぽわとお星様のシャボン玉を飛ばしてるじゃないか。
こうなった二人は雷でも鳴らないと離れないのは実証済みだ。
「あぁ、幼女と戯れるえみるとゆり……可愛い……」
相坂は相坂でトリップ中のようだ。
「……トリップ中の皆さんはおいておいて、ナハトさん」
「ん?」
「その子のお名前は?」
「あ」
そういえばそんな重要なことを聞くのを忘れていた。
「俺しか名乗ってなかったな。お前は名前なんて言うんだ?」
「名前?」
困ったような顔が覗いた……ような気がした。
「わたしの名前は……ナポリだ」
「ナポリッ! ナポリたんだなッ! ナポリたんハァハァと言っているぞ、ナハトが」
「言ってない!」
「ハァハァってなんだ? ナハトはわたしにハァハァ言うのか?」
「気にするな!」
たいらはこんなときだけ食いつきがいいなオイ。それとブリッジしながら言うな。怖いだろ。
「じゃあ」
ユリアがため息をついた。
「ナポリちゃんを親御さんのところに送りに行きま――」
「イヤっ!!」
ナポリから一際大きな声。
水を打ったかのように部室が静まり返った。
「……帰りたくない……」
どこか切実な声だった。
子どものただの癇癪(かんしゃく)とは違う、もっと重みを持った否定。

ポン、とえみるがナポリの頭に手を置いた。
「それなら仕方ないですね」

「今日はみんなで一緒に遊びましょうか、ふふっ」


***


今年はいつになく大雪だ。
学校のグランドもすっかりと厚めの雪に覆われている。

――ズドドドドドドドドド!!
「ふのおおおおおおーーーっ!!」
グラウンドのトラックをぐるぐると全力疾走で走り回っているたいら。
雪道であの速度ってどんな体力をしてやがんだ。
ただ走ってるだけではない。その腰には縄がくくりつけられていてソリへとつながっている。
ソリには。
「ナハト~っ!」
満面の笑顔のナポリ。俺に向かって手をぶんぶんと振り切れんばかりに振っている。
あれだ。子犬っぽい。
ドドドドド…………。
ナポリを引っ張ったたいらはそのままの勢いで俺の前を通過。
「………………」
トラックを一周して……。

――……ズドドドドドドッ!!
「……ぅぉぉぉおおおおおおおーーーっ!!」
「ナハト~っ! 見てる~っ!」
「ナポリ~っ! 見てるぞ~っ」
ドドドドド…………。

「………………」

――……ズドドドドドドッ!!
「……ぅぉぉぉおおおおおおおーーーっ!!」
「ナハト~っ!」
「ナポリ~っ!」
ドドドドド…………。

「………………」

――……ズドドドドドド!!
「……ぅぉぉぉおおおおおおおーーーっ!!」
「ナハト~っ!」
「ナポリ~っ!」

「……」
女ってもんは何歳でもめんどくさいぞ……。
……。
走り回る二人を見つめていて気付いたんだが、今日は道路にやたらと赤い光を見る。
「なんだろうな、今日はサイレンが多くないか」
俺と一緒にナポリ達を見ていたえみるは、
「なんでもどこかの王女様が明日の式典を控えて逃げたらしくて」
「ふーん」
「もしかしたらその方は息抜きをしたかったのかもしれませんね、ふふっ」
「そんなもんかね。なに不自由ない暮らしをしてそうだけどな」
ま、俺とは世界も違えば関係もない話だ。
……嫌な予感が過(よ)ぎったが、考えすぎだろう。

「はいはい~」
えみるがパンパンと手を叩いた。
「みなさーん、集まってーっ」
さっきまで走り回っていたたいらもナポリも集まってきた。
「コホン。では某ゲーム風にいきましょうか。ゆりちゃん、ちょっとそっち持って」
「巻物……ですか? はい、持ちました~」
「では」
それをだーっと広げる。
「これより、第一回死力を尽くせ!?雪合戦陣地取り大会を開始します!」
ぱちぱちぱちぱち。
まばらに拍手が鳴る。
「わぁ~っ♪」
ナポリだけはよっぽど珍しいのか、うっすら頬を染めて律儀にぽんぽんっと大きな手袋に包まれた手を打ち鳴らしている。
さっきまで大人っぽいかと思ったが、こうして遊んでみるとやっぱり子どもだ。
可愛ら……って、何を俺は考えているんだ! 決して俺はロリではないぞ!
「ナポリちゃんありがと。ルールは簡単。まずは……」
えみるが足でズズズズーと一本の線を引いた。
「この線から右側がAチームの陣地、左側がBチームの陣地です。ユリアさん例の物を」
「もう人使いが荒いのですから」
ユリアが陣地の一番後ろに徒競走でつかう旗を刺した。
どっから出した……大方体育館倉庫だろうな。よくやるよ。
「敵の陣地にある旗までたどり着けた人がいるチームが勝ち。ただし雪玉をぶつけられた人は自分の陣地にちゃんと戻ってくださいね」
「へぇ、面白そうね。陣地内に玉よけの壁を作ってもいいかしら?」
「相坂さんの意見採用っ。自分の陣地内でしたら玉よけの壁を作って良しです。ナポリちゃん、こんな感じだけどどう?」
「わかったぞ。言っておくが、わたしはすごいんだぞ」
早速しゃがみこんで雪玉をぽんぽんと作っているナポリ。やる気は満々みたいだ。
「ではっ」
えみるがポンと手を鳴らした。
「組決めしましょ」


***


「みなさーん、準備はいいですかーっ」
「「はーいっ」」
「ではっ、試合開始っ!」
えみるの号令とともに俺たちAチームは作っておいた玉よけの壁の後ろに身を潜めた。
頼りの仲間は頭脳派ユリア、速攻派相坂、そしてロリ派ナポリだ。
対するBチームは、肉体派たいら、動じない派えみる、そしてロリ派ゆりだ。
パワーバランスはまずまずだろう。
「さて」
相坂が不適な笑みを浮かべた。
「ナハトを玉よけにしてどういう風に攻めるか作戦を組み立てましょ」
「俺は玉よけ前提かよ!」
……パワーバランスは良くても仲は良くなさそうだ。
「このようなゲームの場合、一人ひとりで攻めるのは分が悪いかと。相坂さんの言うとおり囮を走らせて、逆サイドから全員で攻めて攻撃を分散させる作戦はいかがでしょう?」
「さすがユリアだな。同じ囮作戦でも気分が全く違うぞ」
「わたしはすんごくいいことを考えたぞ」
ふふーんとない胸を張ってキメ顔をしているのはナポリ。
「いいことかどうかは俺たちが決めるから言ってみろ」
「む~ナハトのおたんこばかっ」
膨れるナポリだったが、
「……左翼からナハトとユリア、右翼からは足が速い相坂、そして真正面からはわたしが攻めるんだ」
「お前が囮ってことか? またどうしてそんな危ない役を」
ナポリが口元を歪めた。その笑い方は幼女っぽくないぞ。

「見よ、わたしはまだ子どもだ。いたいけな子どもに雪玉を当てるときは必ずためらう。もちろんわたしは足を止めない。
 一人がわたしに気をとられて向こうの戦力は2人になる。だが両翼からはナハト、ユリア、相坂の3人。
 足が速い相坂がいるから1人は相坂1人に集中しなければならない。残り1人が2人を相手をするのは不可能。
  わたしにも雪玉が当たってなかったら……」
ナポリが小さな手で自分の髪をふぁさ、と払った。
「チェックメイト。終わり」

「……幼女のクセにえげつないな……」
相坂の意見に同意だ。
「使えるものは使う、ですか。その考え方自体は好きですが」
ユリアも一瞬の間に勝算を計算して、いける作戦だと判断したようだ。
しかしなんだこいつは。どっかで戦術の勉強でもしてたのかよ。最近の小学校はそんなことまで教えるのかよ。
「じゃあ、早速それで――」
そこまで言ったときだった。

「Aチームのみなさん~、注目ー」
えみるの声でBチームの方を見ると、えみるとたいらが並んで立っていた。
たいらはどうやら雪玉を持っているようだ。
「構えっ」
ビシッとこちらに真っ直ぐ手を向けるえみる。
某宮崎アニメの金ピカの人みたいだ。
それに合わせるように、たいらがピッチングフォームに入った。

――みし、みしみきみしっ

え、ちょっ……筋肉がきしむ音が聞こえた気がするんだが。
「放てッ!」
その号と共に。
「うおおおおおおおおおおおおりゃぁぁぁあぁあああああああああ!!」
ゥゥウォンッッ!!

魔人の称号を持つたいらから最早雪玉なんて生易しいものではない剛速球が放たれた。
刹那の突風。

ドグゥオンッ!!

「………………」
俺たちの作った玉よけに……厚さ20センチ程度の雪の壁に真ん丸く風穴が開いていた。
「嘘だろ……か、貫通しやがった……」
もしもそこに人がいたならアバラの1本や2本くらいは覚悟しなければならないだろう。
「ふふっ、ご覧いただけましたか? 当たれば痛いで済まないかもしれませんね」
いつものような笑顔のえみるだが一層コワイぞ!
「囮の方には、そうですね、問答無用で今のをプレゼントです、ふふっ」
ナポリがビクッと反応した。
ヤバイ! えみるの奴、精神的に攻めてきやがった!
俺たちが攻撃に出ることさえ許さないつもりだ!!
「あ、それとナポリちゃん」
「!?」
「……ザクロの実って、あなた知ってる?」
「…………」
ナポリが無言のまま、後ろにきびすを返した。
くいっくいっと俺の袖が引かれた。
「なはと、やめよ…? ね、おとり、やめよ……?」
やばい、こっちはもう涙目になっちまってるじゃないか。トラウマ植えつけてどうするんだよっ!
が、それだけじゃなかった。

「――試合はもう始まってるですっ!!」

「ゆりちゃんっ!?」
ユリアの横を雪しぶきを上げながら駆け抜けるゆり!
「しまった、二段構えだ!」
俺たちの目を引き付けておいて伏兵を走らせる。くそっ、常套手段だ!
「ちょっと雪玉の用意がないわよっ! 間に合わないじゃないっ!」
「あ、悪いっ!」
雪玉を溜めておくのも忘れていた! 相坂の手にも雪玉がないっ!
「俺がっ」
「遅すぎですっ!」
ゆりのジグザグ走法!
俺が投げた雪玉はいとも簡単によけられた!
マズイマズイマズイ!!
「――覚悟ーっ!」
ゆりが腕を伸ばす!

「ナポリちゃ~んっ」
スリスリスリ~っ
「うみゃーっ! 抱きつくなっ、わっ、わっ、わたしはレディなんだぞっ、レディがレディと、そんな、ふみゅんっ……ゃぁ……」

ゆりは。
がっしりとナポリに抱きついていた。ゆりゆりしていた。

「って、それ旗じゃねーからっ!!」
「はいはい、仕方ない子ですね」
困った顔のユリアが、パフンとゆりに雪玉をぶつけた。

***

「今のでわかりました。えむさんは正面からは攻めてきません。勝つために手段も選んできません」
「まぁ、あの部長ならそうでしょうね」
「もっと恐ろしいこと考えてきそうだよな……」
「長期戦になれば負けは必至、今の攻めで決める他ありません」
ユリアの意見に大いに賛成だ。
「何かいい戦略があるか……?」
ナポリが不安そうに見上げてくる。
「思いついたんだが」
「なによ、ナハトか」
「なんだよ相坂、その明らかに嫌そうな顔は」
「いいから言ってみなさいよ。聞くだけ聞いてあげるわ」
「くそ……成功したら奢ってもらうからな。俺にアニメから得た作戦があるんだが……」

***

「3」
ユリアのカウント。
「2」
相坂の目配せ。
「1っ」
ナポリの合図。

「行くぞ!!」

俺たちは一斉に玉よけの壁から飛び出した。
右に相坂、左にユリアが飛び出す。
俺は……正面だ!
「やっぱりその戦法できましたねっ」
主砲たいらが発射体制に入った!
チッ! やっぱさっきのはマジか! 当ててくる気だ!
「ゆりちゃん!」
「はいっ!」
ゆりが爆走してくる相坂に向かって雪玉を放った! サイドスローだ!
獣のような感覚で見向きもせずに反応する相坂。前傾姿勢のまま小さく雪を蹴った。
浮き上がる体。
だがゆりの雪玉は確実に直撃コースだ。
「甘いわ……チョコレートパフェに蜂蜜かけたよりも甘いわね」
前傾姿勢で体を浮かしたままプロペラのように体が捻られ、その間を雪玉がすり抜けて行く!
どんな運動神経してやがるんだよ!!
が。
「それも甘いです。ジャンプ中の人は回転を変えられても方向を変えれないんです」
続けて相坂に襲い掛かるえみるの雪玉! しかも芯を狙った玉だ!
「くっ!」

――ぱふんっ!

さすがに相坂も2発ほぼ同時攻撃はよけられなかった!
だが!
「ユリア!」
「言われなくてもわかっていますから!」
左翼、ユリアが完全にフリーだ!
たいらは完全に俺狙い。
これは――勝った!

「……私って両利きだったんですよ、実は」
不敵な笑みを浮かべるえみる。
「なっ!?」

さっき雪玉を放った右手とクロスするように、左手からもう一つの雪玉が放たれていた!

「よ、よけれるっ」
ユリアがサイドステップ!
えみるから放たれた雪玉が……。

――スカッ!

外れた!!
「やったっ! 行け、ユリアっ」
これで正真正銘完全フリーだ!
カバーが入らない雪原をユリアが駆ける!
旗が目の前に迫る!
「えむさん、ごめんなさい。これで私達の勝……!?」
ユリアが足を踏み出したその先。
その先が。
なくなった。穴だった。
「きゃっ、きゃーーーっ!」
穴に足をはめたユリアが盛大にコケた。
「って、落とし穴ぁぁぁーっ!?」
「ゆりちゃんが一分でやってくれました」
「いぇい♪」
「いぇい、じゃねーよっ!?」
さすがえみる、勝ったと思った瞬間負けに叩き落すえげつない罠を最後の最後まで仕込んでやがる。
と、そんなことを考えている間に俺は真正面を突っ切っていた。
発射体制に入っているたいらとの距離はもう間近だ。
クソッ、このまま押し切る!!
「ふのりゃぁぁぁぁーっ!!」
ブゥオンッ!!
うお、マジであの雪玉を放ってきた!!
「がふっ!?」
腹に直撃!
さすがに……きく……ッ!
が、俺は倒れるわけにはいかない。こうなることは作戦に織り込まれてるんだ。
なんせ……俺も、ユリアも、相坂も囮だからな。

「ナポリ、いけぇぇぇーっ!!」
「まかせてーっ!!」

俺の背に負ぶっていたナポリが俺の肩を蹴って飛び出した!
そのまま正面にいたたいらの肩に脚を掛け、
「オレを踏み台にしたーっ!?」
さらに華麗に宙を舞う!
「こっちはもう体制を立て直してますよ! 甘甘ですっ!」
「甘いのはえむ、おまえだよ」
俺は、勝ちを確信した。
「ナポリ、そのままえむを飛び越えろーっ!!」
「いっけぇぇーっ」
時をかける少女よろしく、金髪幼女が風を切りえみるの上を飛び越える!
「このまま狙い打ちで……」

そうだ。
えみるがナポリに雪玉を当てるためには上を向かなければならない。
ナポリはコートの下はスカートだ。
それを見上げれば自然に……。

「しましまパンツ………ブハンッ!!」

幸せ顔のえむが雪に伏すのと、ナポリが旗をゲットするのはほぼ同時だった。


***


「「「「おめでと~~~っ」」」」」
「わぁ、ありがとうっ」
夕暮れの雪景色。
ナポリの頭に100均で買ってきたプリンセスクラウンが乗せられた。
えみるが勝者の証だからと用意したものだ。
安っぽいが。
「わぁ~っ、みてみてナハトっ、どう?」
「まぁ……似合ってるんじゃないか?」
「そうっ? そうっ? ふふーん」
もらった本人がこんなに喜んでるんだから良しか。
「明日もさ、明日もみんなで遊ぼうっ! ね! いい!」
ナポリはよっぽど今日のことが楽しかったのか、えみるの手をひっぱったり、ゆりに抱きついたり、ユリアの帽子を取ってみたり(ユリアが涙目になっていた)、相坂の髪を引っ張って怒らせて見たり、たいらクライミングを会得したりとテンション上がりっぱなしだ。
「ね、ナハトナハト」
「なんだよ」
「明日も遊ぶぞ」
「仕方ないな」
俺の手を引いて満面の笑みの100均プリンセス。
俺はロリじゃないが……ま、素直な子どもは可愛いと思うさ。

「じゃあ、ナポリちゃん」
えみるがナポリの手を取って歩き出した。
「帰りましょうか」
「え……?」
えみるが足を向けた先。
その先には……テレビでしか見たことがないような黒服の奴らが並んでいた。
まるで俺たちが遊び終わるのを待っていたかのように。
「えむ、なんだよあいつら……?」
「ナハトさんは気付いていないんですか? それとも気付かないフリをしているのですか?」
こちらを見ずに答えるえみる。
「ナポリちゃんは今日ニュースで話題になっている『逃げたお姫様』です」
「んっ! んっ!」
逃げようとするナポリの手をえむはしっかりと捕まえている。
「私が連絡を入れました」
「!? さっき明日も遊ぼうっていったぞ! なんでっ! なんでっ!」
「なんでもかんでもありません」
「オイえむ、こんなに嫌がってんぞ。それを……こんな風に無理やり返すのかよ!? お前らもなんか言ってやってくれ!」
TJ部のメンバーは……目を伏せた。
そっか、俺以外はもう説得済みかよ。
「小さい女の子が困ってるのに放り出す奴とは思ってもなかったよ」
「ナハトさん、あなたはナポリちゃんのことを明日も面倒見るのですか?」
「ああ」
「明後日は?」
「ああ…」
「1週間後は? 1ヶ月後は?」
「……」
「ごめんなさい、いじわる言いましたね。けど、帰るべき場所がある人を感情だけで引きとめ続けることはできないんです」
「わ、わたしは帰りたくないっ! 明日の式典に出たくないっ! 遊んでいたいっ!」
えみるがしゃがみこんでナポリと目線を合わせた。
「ナポリちゃん、あなたはとっても頭がいい子です。あなたを待っている人がたくさんいることもわかっているのでしょう? 明日の式典に出ないと困る人がたくさんいることも知っているのでしょう?」
「そんなことわかってる……わかってるけど……わたしは遊びたいんだ……」
「ナポリちゃんは私たちのいる場所を知っていますね?」
「ここ、か?」
「そうです。そうなんです」
えむがナポリの頭を撫でた。
「それなら遊びに来ればいいんです。場所がわかれば遊びに来れるでしょう?」
「うん……」
「やることをやって、気持ちいい気分でここに遊びに来ればいいんです。遊びたくなったら遊びに来ればいいんです」
「お仕事終わったら、遊びに来て……いいの?」
「もちろんっ」
えみるが笑顔でうなづいた。
「ナポリちゃんみたいな可愛い子ならいつでも大歓迎ですっ!」
ナポリの手に自分の手を乗せるゆり。
「私もそんな感じでいつの間にか入りびたりですから」
はにかむユリア。
「来ればいいじゃない。あなたいい女になりそうだし」
多少照れてるのか、そっぽを向いたままの相坂。
「またソリでも引っ張ってやろうではないかッ!」
力強く自分の胸を叩くたいら。

「ここはTJ部。いつでもあなたが遊びに来るのをお待ちしてます、ふふっ」



***


「みなさん、ナポリちゃんが出ましたよっ」
部室のテレビの前。
みんなが集まるものだから「たいら、押すなよっ」「押してない。体がでかいだけだ」「ゆりちゃ~んっ」「ひゃ~んっ、くっつきすぎです~っ」「相坂さん、セクハラはやめましょう。代わりに私が……」とおしくらまんじゅう状態だ。

『――国のアレッサンドラ王女が初めてお目見えしました。その姿は美しく――』

「本当にお姫様です~っ」
ゆりは目をキラキラさせている。お姫様は全女の子の憧れらしい。
「へぇ、こういうところに立つとあんなに凛々しい顔するのね」
舌なめずりをする相坂。やめとけ。国家犯罪になるぞ。

「……で、なんで式典で100均の王冠つけてるんだ? ったく、嬉しそうな顔してるよ、ホント」


***

今回のオチ。というかシメ。
「なあ、えむ」
「なんでしょう、ナハトさん」
「いつの間にその高そうな椅子を買ったんだ?」
「ああ、これですか?」
満面の笑みが光った。
「王女様の居場所を教えたからもらったんです、お金」
「うぉいっっっ!!」


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