#『恭介がハグとキッスの挨拶に目覚めたようです』
#シチュ:恭介が洋風の挨拶をしたいがためにウソをつくようです。
※多少のネタバレを含みます。リトルバスターズをクリアした人のみお楽しみください。
時は4月1日、エイプリルフール。
場所は恭介の部屋。
ここに男子3人――棗恭介、宮沢謙吾、井ノ原真人――が集結していた。
「恭介よぉ。なんでカーテン締め切った部屋で裸電気一個に照らされて話をしにゃなんねぇんだよ?」
「このほうが雰囲気出るだろ?」
「悪巧みでもしようとでも言うのか? 用があるのなら早く言え。ないのなら帰るぞ」
「まぁそう急ぐなよ、謙吾。まずはこのビデオを見てくれ」
「これは……ヨーロッパの映像か? これがどうかしたのか?」
「ここに俺がやりたいことが映し出されている。具体的には…そうだな、日本の文化との違いはわかるか?」
「ふむ、強いて言えば誰でも挨拶代わりに抱き合って頬に口付けをするシーンではないのか?」
「ご明察」
「オレはご明察してねぇんだけどよ…」
「俺は思ったんだ。日本人に決定的に足りないのはこれじゃないか、他国に比べて圧倒的にスキンシップが足りないんじゃないかってな」
「んなのなくたって支障ないだろうがよ」
「否、ある」
「こいつ、言い切りやがった…」
「スキンシップに慣れてないからこそ…………理樹みたいな恥ずかしがり屋が日本には多いんじゃないか。そうは思わないか?」
「くっ…言われてみれば理樹はあまり触らせてもくれないな…」
「だろ、謙吾!」
「そこでだ。今日はくしくも4月1日、エイプリルフールだ」
「理樹には悪いとは思うが、ひとつ嘘をついて今日一日はこの挨拶をしてもらおう――俺たちだけに」
「…恭介よ」
「なんだ?」
「ナイス提案だ!」
「へっ、そういうことならオレも手伝わせてもらうぜ」
「オーケー! おまえらなら絶対そう言ってくれると思ったぜ! 早速理樹を迎えに行くぞ!」
「「うおぉおおおおおおっ、萌えてきたあぁぁぁっ!!」」
「はぁ…またパジャマパーティーに呼ばれちゃったよ…準備して行かないと…はぁ」
僕がとぼとぼと男子寮の廊下を歩いていた時だ。
「うぃす、理樹」
「あ、恭介。真人と謙吾は一緒じゃないんだ」
「ああ。あいつらは用があるとか言ってな」
と、言いながら近づいてきて…。
――だきっ!
「へ…?」
「きょっ……きょ、きょ、きょ、恭介っ!?」
「な、な、なんで僕、い、いきなり恭介に抱きつかれてるのっ!?!?」
「なんでってそりゃ当たり前だろ」
「あっ……あ、当たり前のわけないでしょっ!? いやっ、ま、まぁ、その、けどっ、そのっ、い、いきなりだとっ」
「お前、変だぞ?」
「変なのは恭介でしょーーーっ! は、はやく離してよっ! だ、だ、誰かに見られたら……は、恥ずかしい…から……っ」
僕から離れた恭介は、いやに真剣な目を僕に向けていた。
「理樹、まさかおまえ……」
「な、なにさ?」
「この世界の秘密に気付いていないのか…?」
「え……?」
「…本当にわかってないみたいだな」
「何の話…?」
「いいか、良く聞け」
「ここは、現実世界じゃない」
「ええっ!?」
「ここは言うなれば『誰かが見ている夢』が形になったような世界だ」
「それ、本当…?」
「ああ。ほとんど現実世界とは変わらない空間なんだが一つだけ違うことがある」
「それが挨拶だ」
「日本の挨拶も西欧のそれと一緒になっちまってんだ…挨拶はハグとほっぺにキッスってな」
「ええええぇぇぇっ!?」
「シッ! 声が大きいっ」
「ご、ごめん…」
「しかもな、この世界では挨拶がよほど大切らしい。しないと十中八九相手がキレる」
「う、うそっ!?」
「なんだ、信じてないのか?」
「いや…そういうわけじゃないけど…」
「おっと、ちょうどいいところに謙吾が来たな。様子を見てみよう」
「う、うん…」
謙吾が僕のところに近づいてきた。
「理樹ではないか」
「け、謙吾」
……。
け、謙吾が両手を広げて何かを待っている。ってまさか本当に…!
「……理樹、どうして挨拶をしてくれないんだ?」
「え、あ…」
「親しき仲にも礼儀ありだぞ?」
ええええええぇぇぇぇーーーっ!?
こ、これ、ほ、本当にしなきゃならないのっ!?
けど謙吾が両手を広げたまま待ってるし…。
「理樹よ…まさか、俺のことが大嫌いに……」
「ち、違うよ、謙吾っ!」
ああっ!
もうこうなったらヤケだっ!
――ぽふーんっ
「け、謙吾~っ」
思いっきり謙吾の胸に飛び込んだ。
「おおっ、理樹よっ!!」
「……」
「……」
「理樹よ」
「な、なに?」
「頬に口付けはどうした?」
「え、えええっ!?」
「何を驚いているのだ? それがなければ挨拶をしたとは言えないだろ?」
「うっ…」
「……」
「……」
「…まさか、俺のことが大嫌いに……」
「ち、ち、違うよ謙吾っ! だ、大好きだからっ!!」
ええいっ、もうヤケクソなんだからぁーっ!
ちゅっ♪
「……こ、これでいいよね?」
「……」
コクコク、と謙吾が頷く。
「ほらよ、謙吾。ティッシュを鼻に詰めておけ」
「……す、すまぬ、恭介」
うああああああ…。
な、なんで友達に抱きついた上に、き、き、キスまでしなきゃならないのさぁーっ!
「――お、理樹っちじゃねぇかっ」
「うあ!」
ま、真人っ!?
なんか走ってこっちに来てる! ま、まさか……!
「理樹~っ」
「ひぃっ!?」
――ぎゅぎゅぎゅ~~~っ!!
「ま、真人、く、くるじぃ…」
「んだよっ、いつもの挨拶だろっ! それとよっブチュ! ブチュ!」
「おわああああああぁっ! ま、真人っ!! ほ、ホッペに、ちゅ、チューしないでよぉーっ!!」
「んだよっ、毎朝やってる挨拶じゃねぇかっ! 今更嫌がるなってのっ」
「毎朝これやってるの!? う、うあっ!? ほっぺに吸い付かないでっ!! ひ、ひゃぁあぁあぁあぁ~~っ!」
と、通りがかった二人がこれなんて……っ!
「きょ、恭介が言ってたこと、ほ、本当だったんだね…」
真人から解放されて、ぐったりしながら恭介に話しかけた。
「わかってくれたか。よし、理樹はまだ慣れてないだろうからな」
キラリーンと恭介の目が輝いた。
「俺が練習台になってやるぜ! 特訓だ!」
「そうだね、慣れないと持ちそうにないや……うん、わかったよ」
「そうと決まればオレの特訓は厳しくいくぜ!」
「抱きつき、ほっぺにチューのセット10回だ!!」
「わかったよ、恭介!」
だきっ、ちゅっ♪
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ~~~っ!」
「恭介、なんでそんなに悶えてるの?」
「気にするな」
だきっ、ちゅっ♪
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~っ!」
「恭介、なんで鼻血出てるの?」
「気にするな」
だきっ、ちゅっ♪
「なはぁぁぁぁぁぁぁ~~~っ!」
「恭介、なんで前屈みなの?」
「…気にするな」
「うおおおおおーーーっ!! 恭介、貴様俺と代われぇぇぇぇーーーっ!!」
「んだと謙吾テメェ!! 次はオレだぁぁぁぁーーーっ!!」
厳しい特訓は1時間にも及び、すっかり僕も西洋風の挨拶に抵抗がなくなってきた。
はぁ、よかった。
この特訓がなかったら、出かけても恥ずかしくて何もできなかったかもしれない。
「恭介も謙吾も真人もどうしたのさ?」
「「「…………」」」
「ああもう、こんなに鼻血を出したら健康に悪いよ?」
「「「…………」」」
「これでよしと。拭き終ったよ。服は後でクリーニングに出したほうがいいかも」
「「「…………」」」
「じゃあ、僕ちょっと女子にパジャマパーティーに呼ばれてるからさ。行ってくるね」
「「「…………」」」
僕はパジャマパーティーの会場、今回は小毬さんと笹瀬川さんの部屋に向かった。
――コン、コン。
『はーい』
ガチャッ。
「あら、直枝さん遅いですわよ。皆さんもう中でお待ちですわ」
現れたのは笹瀬川さんだ。
「どうなさいましたの?」
「え、い、いや」
笹瀬川さんが小首を傾げていた。
……さ、さすがに女の子の前だと緊張するっ。
け、けど、恭介たちとあんなに練習をしたんだ!
それに、こ、ここではあの挨拶をしない方が無礼にあたるんだ…っ!
が、頑張れ、僕っ!
僕は意を決して笹瀬川さんに一歩近づいた。
「直枝さ――」
だき…っ
「な…………――――――っ!?」
ピクンッと反応して、カチコチになっていた。
「…んなっ!?」
「な、なななななんですのっ!? わ、わわわ、わたくし、あの、そんな急に……あの、まだ心の準備というものが……」
なんでシドロモドロなんだろう?
「遅れてごめんね。これを練習してたんだ」
ちゅっ♪
僕は練習した通りに、そのほっぺたに口づけをした。
「――――ッ!?!?」
その瞬間に笹瀬川さんの両手両足がピィーーーンと伸びた。
「おい、さしすせささみー、理樹が来たん……――――」
「……笹瀬川さん、早く直枝さんに中に……――」
「あ、みんな。遅くなっちゃってごめんね」
僕が顔を上げた瞬間。
「「「「「きゃぁぁぁぁーーーっっっ!?!?」」」」」」」」
黄色い声とも絶叫とも思える叫びが部屋中を揺るがしたっ!!!
「ふみゃぁあぁあぁあぁーーーっ!! り、り、理樹と、さ、さ、さ、さ、さ、さささささ」
もう鈴は何も言えてない!
「……ま、まさかこの組み合わせは…い、いえ、も、盲点でしたっ!」
西園さんなんて顔を真っ赤にしてイヤイヤしてるっ!
「どうしたの……ふえええええええっ!? なななななんでぇっ!?」
小毬さんはホームアローンもびっくりのような驚き方だ!
「え、ど、どうしたのみんな!?」
ぼ、僕なにか変なことしたっ!?
そして腕の中の笹瀬川さんは。
「ふ、ふみゃぁ~~~~~~~~~~――――――…………」
ばたんっ!
「え!? 笹瀬川さん? 笹瀬川さんっ!?」
「理樹君もなかなかやるな…まさかみんなの前でこうも堂々と……」
「え、えっ!?」
「わふーーーっ、とても外国っぽいプロポーズですっ!」
「へっ!? な、な、なにがーーーっ!?」
……僕はこの後、女子の激しい尋問に遭うのだった……。