――がやがや、がやがや
「ふえぇ……人がいっぱいいるねー」
――今、僕たちは近くの神社に初詣に来ている。
「では早速、おみくじを引きましょうっ!」
おみくじへと一目散に走ろうとするクド。
「こらーミニ子っ、拝むのが先ーっ」
「わ、わふーっ!」
葉留佳さんはクドを後ろから捕まえ、わふわふとしている。
「――にしてもよ」
真人が辺りを見回す。
「どうした、真人?」
「日本人ってのは、どうしてこういう時だけ盛り上がるんだろうな」
真人が言いたいことは何となくわかる。
「まあ、仕方ないさ」
恭介も同じようなことを考えていたのか、その言葉に同意する。
「オレなんてランニング帰りに毎日のように初詣してるってのによ」
「……真人、それは初詣と言わないからな」
真人は僕たちと違う次元で物事を捉えていた……。
「こいつバカだっ!」
鈴も目をまん丸にして呆れ返っている。
「……スッキリしますよ」
「おう、ありがとよ」
西園さんは熱さまシートを真人にあげてるし。
「――ところでさっ!」
「どうしたんだ、理樹君」
「どうしたもこうしたもないよっ!」
「何をそんなに怒っているんだ、理樹」
謙吾が僕の肩に手をポンとおく。
「だって、だってさ……」
「なんで僕だけ……」
「振袖なのさっ!!」
――そうなのだ。
僕だけ、人目を惹くような…鮮やかな薫梅の振袖を着ている。
もちろん化粧もバッチリとさせられ、髪はアップに結っている。
「ふむ、私はその一着しか持っていないからな」
そういう問題じゃない。
周りにいるおばさんたちが「んまぁ、キレイな娘さんねぇ」「あらヤダ! あたしの若い頃にクリソツだわっ」などと言いながら通り過ぎていく。
「理樹ちゃん、すんごくキレイだよー」
「日本を代表する女性といった感じなのですっ」
「……スカートの直枝さんも可愛いですが、和服を着こなす直枝さんはまた一味違いますね」
「全体からオトナの女性ーってオーラがにじみ出てますヨ」
「うむ、さすがのおねーさんも今のキミの魅力には敵う気がしないな」
……もはや、男としての認識はゼロのようだ……。
「理樹」
鈴に袖を引っ張られる。
「……くちゃくちゃみりょくてきだ」
「あ、あ、ありがとう」
真っ赤な顔で、そんなセリフを言われても困るっ!
「理樹」
今度は謙吾が僕の頭に手を置いた。
「今のおまえは……」
「巫女さんが霞んで見えるほど最高だ!」
最高の笑みで最高にアホなことを言う謙吾。
本人的には最高の褒め言葉なんだろうけど……ちっとも嬉しくない。
「なあ、理樹」
「何、恭介?」
――ガバッ!
「うわわわっ!?」
いきなり恭介が僕の肩に手を回してきた!
「な、な、なななっ!?」
「理樹、ちょっと向こうを見てみろ」
「え?」
恭介が指差した先を見てみる。
――パシャッ!
フラッシュが光る。
「ほれ恭介、撮れたぜ」
どうやら恭介が真人に写真を頼んだみたいだ。
「あーーーっ!! 恭介君だけズルイーっ」
「理樹ちゃん、私たちとも写真とろー」
「とるのですーっ」
「あたしもっ」
「待て待て」
恭介が腕組をする。
「仕方ないな…」
「みんなそこに並べ、もちろん理樹が真ん中な」
「みんなで集合写真だ!」
……この後、しばらくの間は写真撮影大会となっていた。
――参拝が終わり、みんなで集まる。
「私は、みんなの健康をお願いしてきたよー」
「私も無病息災、除災招福をお祈りしてきたのですっ」
「僕も、みんなとこれからもずっと仲良くいられますように、って祈ってきたよ」
みんなそれぞれ、これから1年の幸せをお願いしたようだ。
「あれ?」
小毬さんが辺りをキョロキョロしている。
「どうしたの、小毬さん?」
「うーん…鈴ちゃんはどこに行っちゃったんだろ?」
「あれ?」
そういえば、さっきから鈴の姿が見えない。
「ま、まさか迷子になってしまわれたのでしょうかっ!?」
鈴のことだ…それもなくはない!
もしかしたら……。
今頃どこかで泣いているかもしれない。
「……携帯がつながらない」
恭介が携帯を降ろす。
「これはマズイかもしれないな」
謙吾も真剣な表情だ。
「僕、ちょっと探してくるよっ」
「よし、みんなで手分けして鈴を探すぞ」
「鈴が見つかっても、見つからなくても15分後には一旦ここに集合だ」
恭介の指示の元、僕は境内の方へと鈴を探しに行くこととなった。
「鈴ーっ!」
人目を気にせず、名前を呼びながら探す。
今も鈴はどこかで泣いているかもしれない。
「……早く見つけてあげなきゃ」
そうは言ったものの、後少しで境内についてしまう。
「――あれは……!」
境内に長髪の女の子が座っている。
そちらを目を凝らしてみると……。
「あ、鈴っ!」
あれはたしかに鈴だ!
鈴が境内にちょこんと腰掛けていた。横には神主さんが座っている。
「……よ、よかったぁ」
僕はホッと胸を撫で下ろす。
――鈴のほうに寄るにつれて、鈴と神主さんが何か話しているのが聞えてきた。
「これはうまいな」
「――さすがはお嬢様、舌が肥えていらっしゃる」
「それは『北雪 大吟醸』」
「酒米として最適な山田錦を35%まで磨き上げ、昔ながらの手法で甑と麹ブタを使い、長期低温醗酵で生まれた手造りの大吟醸でございます」
「うーみゅ…マスター、お神酒、ロックで」
「お神酒、ロックでございますね」
シャーッと境内の廊下をおちょこが走り、鈴の手元に届く。
「ふみゃ…これもうまい」
鈴はおちょこでちびちびとやっていた。
「……………………」
えーっと。
鈴はまだ未成年だ。
もちろんお酒を飲んではいけない。
「ちょっと、鈴っ」
「あ、理樹ーっ」
鈴が火照った顔を僕に向ける。
「おそいぞっ」
うわっ、お酒くさいっ!
「こら鈴、何を飲んでるのかわかってるの!」
「これはかみさまの水だ」
そういいながらおちょこを傾けている。
「からだがほわほわする」
って、完全に酔っちゃってるし!
「神主さんっ、どうして未成年にお酒なんて勧めてるんですかっ!」
僕が神主さんの方を睨むと……。
「――うぷッ!」
……神主さん、戻してるし……。
どこからどう見ても泥酔状態だ……。
こんな状態だと、きっと自分が何をしてるかわかっていない。
恐らく、参拝客とお酒をずっと傾けていたのだろう。
「はぁぁ……」
「ほら、鈴。みんなが心配してるから帰るよ」
「マスター、ここにお代を置いておく」
鈴は戻しているマスター(神主さん)にそう声を掛けると、手に握っていた5円玉をちょこんと境内に置いた。
どうやらバーにいる気分らしい……。
「集合場所まで歩くよ、鈴」
「うん……うみゃっ!?」
鈴は境内から降りたけど…めちゃくちゃ千鳥足だ。
「まっすぐあるけない」
「わわわっ、大丈夫?」
急いで鈴の手を取る。
「ふみゃぁ……」
手を取ると、鈴がそのまま僕に体重をあずけてきた。
「りきー」
火照った顔を僕に向けている。
全然いつもの鈴と違う。
「はぁぁ……」
鈴にお酒を飲ませた神主さんを恨むが、後の祭りだ。
「りーきっ」
――ぎゅぅぅっ
僕の腕にしっかりとしがみつく鈴。
「りきの腕、ほわほわだな」
「ほわほわ~」
腕にうれしそうに頬ずりをする。
なんかネコみたいだ…。
「りき」
「どうしたの?」
「なんでもない」
「りき」
「何、鈴?」
「りきって、よびたかっただけだ」
火照った可愛らしい笑顔が僕に向けられる。
こんな嬉しそうな笑顔の鈴は滅多に見れない。
――ぎゅぅぅっ
「りきー、りきーっ、りきりきりきーっ」
鈴は僕の手に両手で抱きついて、楽しそうにパタパタとしはじめた!
「んー、りきぃ~」
いつもはあんなに恥かしがり屋の鈴が……こんなにも甘えてくるなんて!
「うわわわわ……」
こ、これはマズイ!
僕だって、今は振袖で女の子の格好をさせられてるとはいえ……中身は男だ。
ド、ドキドキしちゃうからっ!
「む、これはっ」
「ど、どうしたの?」
鈴は片方の手を僕の腕に絡ませながら、もう一方の手で僕の手に触れる。
「りきのゆびはすべすべ~」
指をさする。
「これでどうだっ」
自分の指と僕の指を絡める。
「ふみゃみゃみゃぁ……」
そして離す。
僕の手を弄り回して遊んでいる。
「ひやぁぁぁ…」
このままじゃ精神的に耐えれないよっ!
「ごごごごごごごごめん、鈴っ」
鈴を腕から引き剥がした。
「うみゃーっ」
名残惜しそうに僕から離れるが……。
「にゃっ!?」
離れた途端に、地面にへたり込んでしまった。
「ど、どうしたのっ?」
「……たてない」
どうやら、お酒が足にまで回ってしまったようだ。
「りき、たてないぞ」
鈴が女の子座りのまま、僕を上目づかいで見つめている。
「…………」
「……じーっ」
何かを期待するような鈴の目線。
「これはもう、あたしをだっこする他ないな」
「えっ…えええええーーーっ」
さすがにだっこはマズイ!
手をつなぐだけで、あんなにドキドキしちゃったんだから…だっこをしたら…。
「りきのだっこじゃなきゃ、ここをうごかないからな」
女の子座りで地面にへたり込んで、ワガママを言っている。
「……じゃ、じゃあ、おんぶで」
「うむ、しかたない。おんぶでだきょーしてやるか」
恐らく来ヶ谷さんのマネをしながら、無邪気に笑う鈴。
「はやくおんぶしてくれ、りき」
そんなに嬉しそうにされても……ドキドキしちゃうよっ!
「どーした、りき?」
僕を見つめながら、火照った顔を傾ける。
「な、な、なんでもないよっ」
「じゃ、じゃあ背中に乗って」
「うん」
「――よいしょっと」
「あ」
「ど、どうしたの?」
「……今、りき、オシリさわった」
「ごっ、ごめんっ」
「もみもみするか?」
「いーやいやいやいやっ!!」
そ、そんなことを耳元でささやかないでよーーーっ!!
「りきの背中、あったかくてきもちーなっ」
「ちょ…ちょ、ちょっと鈴っ!」
鈴はおぶさると、ぎゅーぎゅーと体を押し付けてくる。
「うみゅーっ、りき~きもちーぞっ」
後ろで体をモジモジさせるもんだから、鈴のむ…胸がっ背中で「の」の字を描いちゃってる!!
「り、り、りり鈴ーーーっ、あっ…あんまり動かないでよーーーっ」
今、絶対僕の顔はゆでダコのように真っ赤だ。
「……ふみゃぁ……なんかからだがあついぞ」
もはや全く話がかみ合わないっ!
「りき、あついっ」
「そ、それはたぶんお酒飲んだからだと思うよ」
「うーみゅ、暑いけどりきからはなれたくない」
そう言いながら――
「……はぁ…んっ……ぁ……」
耳元に鈴の熱い吐息がかけられる。
「う、う、う、うわわわわわわわわーーーーっ!」
も、もう――
どうにかなっちゃいそうだっっ!!
「…………」
「…………」
しばらくして鈴が妙に静かになった。
不思議に思って後ろの鈴を見ようとすると…。
「理樹……」
耳元で、本当に耳の近くで名前をささやかれる。
鈴の唇が耳の近くで動かされたのがわかる。
「り、り、鈴、大丈夫?」
今の鈴の声は…
「理樹ぃ…………」
妙に艶めかしい。
その鈴の声色は、ため息まじりで…アンニュイで…女の子ではなく女性を意識させられる。
「――どーして……」
鈴が何かを喋ろうとしている。
「どーして理樹は……」
「う、うん…」
「どーしてあたしがこんなに、こんなに、こーんなに理樹が大好きなのに…理樹はあたしのこと見てくれないんだっ」
「……え?」
突然のことに、頭がよく回らない。
「あたしはいっつも理樹のことしか見てないのに……どーして理樹はあたしのこと見てくれないんだっ」
「え、えええっ!?」
鈴が僕のことを……好き……!?
「理樹はあたしのこと……好きか?」
「僕は…鈴のこと――」
僕が言い終わる前に、僕に回されている鈴の腕に力が篭められる。
「クドじゃなくて……」
「くるがやじゃなくて……」
「みおじゃなくて……」
「はるかじゃなくて……」
「こまりちゃんじゃなくて……」
「あたしだけを……見て」
きつく、きつく抱きしめられる。
鈴のしっかりと回された腕からは、鈴の想いが痛いほど伝わってくる。
「……僕も鈴のこと……好きだよ」
「理樹」
「……大好き」
その一言に、鈴の気持ちが凝縮されていた。
――みんなと合流する。
「鈴ちゃんっ!」
「よかったですーっ」
「さすがは理樹だな」
みんなが僕と鈴の元へ集まる。
「……鈴はどうしたんだ?」
謙吾が怪訝そうな顔で見つめる。
「うん…お酒飲んじゃったみたいでさ」
鈴は酔いが回ったのか…今では僕の背中でスヤスヤと寝息を立てている。
「うわぁ、鈴ちゃん、すごい幸せそうですナ」
「くそぅ、キミはこんな鈴君をおんぶできるとは羨ましすぎるぞ」
「……天使の寝顔ですね」
「こうしてりゃ、鈴も静かでいいんだけどな」
「ん?」
真人が不思議そうな顔で僕を覗き込む。
「おまえ、顔ニヤけてね?」
「え、い、いやいや、ニ、ニヤけてないからっ」
「鈴も寝ちまったし、今日はもう帰るか」
そんなことを話しながら、みんなで帰路につく。
――今日、鈴と思いを打ち明け合ったことは……もちろんみんなには内緒だ。
――次の日。
「うみゅぅ……昨日のことをちっとも覚えてない」
「ええええええっ!?」
「理樹っ、あんまり大きい声だすなっ! 頭にひびくっ」
鈴は、きれいさっぱり昨日の記憶がなくなっていた…。
いいのやら、悪いのやら……。
***
■あとがき
みなさん、明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いします!
さて、今回は突発的に短編アップです。
1月1日にお酒を飲みながら絵を描いていたところ、
「鈴って、お酒を飲んじゃったら開放的になりそう!」
と、妄想が暴走したので書き起こしてみました。
日記には時々、WEB拍手から思いついたネタで小話を書いていているのですが…今回は長くなったので特別SSということで。
脳内ではもうちょっと鈴が過激に暴走していたのですが、R指定になってしまいますので自重しました(笑)
……本当はこの話では理樹に女装させる必要もなかったのですが、mの好みで女装させました(笑)