「佳奈多さん、いいかな?」
「ふーん。ま、いいわ」
「んじゃ、そのメンバーな」
「うん」
「じゃあ、俺ゴールで待ってっから」
「ああ、うん」
…というわけで、探索開始。
真っ暗な校舎内に侵入する。
「うわあ…」
足元が心許ないほどの暗闇。
「なんで私がこんなことしなきゃならないのよ……」
佳奈多さんが恭介の用意した懐中電灯を持ちスイッチを入れた。
「きも試し? 幽霊?」
「そんな非科学的なものがいるわけないのに」
「ただ学校を歩き回るなんて、昼にいつでもやってることじゃない」
「茶番ね」
いつものことだけど、佳奈多さん乗り気じゃないなぁ。
「恭介が準備したんだからお化け屋敷なみに楽しめると思うよ?」
「興味なし」
全否定だった!
「早く帰って寝たいわ」
「ま、まあもう入っちゃったんだし、早く終わらせるためにも進もう」
「そうね」
ここは納涼大会に参加してくれただけ良かったと思おう…。
「直枝、そこのドア」
「あ、うん」
がらがら。
ドアを開ける。
「――異常なし、と」
「次は隣」
「早く、こっち」
「…」
がらがら。
「――異常なし、と」
……まるで風紀委員会の校内巡回に付き合ってるみたいだ。
特別教室棟につくと、僕の携帯に恭介からメールが。
『一個目は理科室。後は札にヒントが書いてある』
「定番中の定番ね」
「けど、理科室っていかにもお化けとかいそうだよね」
「……」
可哀想な人を見るような目で見られた!
「あなたいったい何歳?」
「幽霊なんているわけがないでしょう?」
「一時的な虚血でダメージを受けた海馬が起こす短期記憶の混乱に過ぎないわ」
「寝ぼけた人が見間違えたのさ、ってヤツ」
今日の佳奈多さん、いつになく饒舌(じょうぜつ)な気がする。
話しているうちに理科室に着いた。
「ここね」
「うん」
「……」
「入らないの?」
佳奈多さんが懐中電灯を持っているので、先に入ってくれないと周りが見えない。
「今、入ろうとしてた」
佳奈多さんが一歩踏み出すと。
がたぁぁぁ!!
突然ロッカーからガイコツが飛び出してきた!
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
大声を上げた佳奈多さんが僕の胸に飛び込んできた!
「か、佳奈多さん!?」
目をギュッとつぶり、小刻みに震えている。
「お、おばけ…?」
しぼりだすような声。
……
…そっか。
どうやらさっきまでのは強がりだったんだ。
本当は佳奈多さん、この手のことに弱いみたいだ。
「あ…いや、大丈夫だよ。ただの標本のガイコツだから」
「…ほんと?」
「うん、目を開けても大丈夫」
ゆっくりと顔をあげた佳奈多さんがそちらを確認した後、僕を見る。
「……」
「……」
「……」
――ドグゥ!
「いたたた、なんで蹴るのさっ!?」
「記憶から抹消しないと、処刑するから」
か、佳奈多さん…。
それ本気の目…。
「えーっと次は…」
取った札の裏を見る。
音楽室、という字を上から何かで斜線が引いてあり、下にいかにも怖そうな字。
「2階女子トイレ一番奥、だって」
「な、なんでそんなところに置くのよ!?」
「いや僕に言われても」
そしてトイレへと着く。
「ここは女子トイレだし…」
佳奈多さんへと目を向けると。
「絶対嫌」
本気で嫌がっていた!
「じゃあ、僕が行くからここで――」
「ひ、ひとりで待つの!?」
それも嫌みたいだ。
「い、いっしょが…………いい」
「じゃあ、一緒に行こう」
小さく頷く佳奈多さんを連れ、一緒にトイレに入る。
そして、どうやら懐中電灯係りも僕に託されたようだ。
「……どこにあるんだろ?」
パッと見ではそれらしきものがない。
「そうね、動かせるとしたらそのゴミ箱くらいかしら?」
「そうだね」
「……」
「……」
「佳奈多さん、手離してくれないと」
「ぅ…」
ゴミ箱を動かすと、壁際にさっきよりふた周りは小さなお札。
それを剥がし、裏を見る。
「最後は…恭介の教室だね」
「そう、ならさっさとここを出ましょう」
「ほら、早く」
佳奈多さんが一秒たりともここに居たくない、という様子で出口へと向かう。
「佳奈多さん待ってよ」
先にドアから出た佳奈多さんに続き、僕もドアを開け廊下へ出る。
そのとき後ろからカタリと音がした気もするけど…気のせいかな。
廊下へ出ると、懐中電灯が消えた。
「うわ…」
「消えたわね」
さすが恭介だ…演出に抜かりないようだ。
「たぶん恭介の机だと思う」
懐中電灯なしでも、恭介の机の位置は覚えているから大丈夫だ。
「あった?」
「あ、うん」
恭介の机の中から出てきたのは…プリント?
けど、それらしいものはこれしかないし…たぶん合っているはずだ。
その時だった。
『……ジ……ジジ……ジ……』
突然教室のスピーカーから音が流れる。
『……あ……よ…………あつ……い……』
人の声だ。
ノイズに乗って、聞き取れるか聞き取れないかほどの。
恭介の仕掛けだとわかっていても、さすがにコレは怖いっ。
「だ、大丈夫だよ佳奈多さん」
「もう全部取ったし、戻ろう」
つながれていた佳奈多さんの手を引くが、佳奈多さんが座り込んだまま動かない。
「佳奈多さん?」
「……」
「どうしたの?」
「……」
「?」
「腰……ぬけちゃったみたい……」
「ええーっ」
佳奈多さんを背負いながら階段を下りる。
佳奈多さんってこんなに軽いんだ…。
僕は力がないほうだけど、この重さなら階段を下りてもそんなに疲れない。
1階の廊下を歩き出すと、佳奈多さんが口を開いた。
「……そういえば、こんな話知ってる?」
「昔、ここには木造の校舎が建ってたの」
「へぇ…」
僕は引越しをしてきたので、あまり昔のことは分からない。
「ある日の夜、その木造の校舎で大きな火事があったの」
「夜だったから被害は最小に抑えられたそうよ」
「校舎も半焼で済んだ」
「ただ、そのとき一人だけ不運な女の子がいたの」
「その子はたまたまその日、学校に宿題プリントを忘れてしまった」
「その課題を出した先生が厳しくてね、夜の学校までわざわざ取りに行ったのよ」
「三年生の教室からプリントを取って戻ろうとしたとき」
「たまたま火事に居合わせた」
「特別教室棟の一階、理科室が出火元だったらしいわね」
「女の子が二階に下りたときは、すでに火の手が回っていたわ」
「熱くて、熱くて、熱くて」
「女の子は水を求めて、蛇口があるところまで何とか移動したの」
「けど、火の回りが速くて…水を被ったのはいいけど、逃げ場がなくなっていた」
「火に押されて、そのままトイレに追いやられてそこで女の子は息絶えた」
「けど、おかしなことに消火の後、その子の遺体は見つからなかったそうよ」
「……」
佳奈多さんの語り口調は妙に生々しい。
「…この話、信じる?」
「うーん」
「もしもその話が本当だとしたら、その女の子は死んじゃったんだから…そんな詳しい話はわからないよね」
「だから、作り話かな」
「…そう」
そう言いながら足を進める。
…………。
……。
おかしい。
あれから何分歩き続けただろうか。
いつまで歩いても玄関が見えない。
それに、夏も終わりだというのに妙に蒸し暑い。
汗ばむほどだ。
首筋に佳奈多さんの熱い吐息がかけられる。
「……どうしたの?」
「あ、うん……それがね、玄関ってまだだっけ?」
「玄関?」
「何言ってるの?」
「ここは二階じゃない」
「えっ?」
慌てて窓の外を見ると、たしかに二階だ。
あ、あれ?
さっき確かに階段の一番下まで下りたはずだけど…。
ひとまず階段まで移動しよう。
…………。
……。
おかしい。
何かがおかしい。
階段が……ない。
何度も何度も、2回目にお札を取ったトイレの前に出る。
「はぁ……はぁ……」
いつの間にか駆け足になっていた。
息が上がってきている。
それに暑い…というより熱い。
汗が溢れ出てくる。
「ごめんね。もうちょっと待ってね」
背負っている佳奈多さんに話しかける。
「もういいわ、ここで、休みましょう?」
回されている手にキュッと力が入り、耳元に熱い吐息がかけられる。
それでも僕は廊下を移動し続ける。
1周。
2周。
「疲れたでしょう? 私をおろしたら?」
「そういうワケにもいかないよ」
3周。
4周。
5周。
「疲れたでしょう? もう私をおろしたら?」
「一緒に、ここに、いましょうよ」
「……」
佳奈多さんを下ろして階段を探したほうがいいのかもしれない、けど…。
「キミを置いていくわけにはいかないよ」
「もう少し頑張って。僕と一緒に出よう」
首に回されていた手をしっかりと握りしめた。
6周目。
「あ…」
下へと続く階段があっさりと見つかった。
「ふぅ…ようやく下にいけるよ」
「ようやく……そうね、ようやく……ね」
一階に下りるとすぐに玄関が現れた。
玄関を出るとみんな集まっていた。
どうやら僕たちのチームがビリだったようだ。
「理樹が成績ビリだぜ」
「そんなこと言ってもさ…」
「そういえば、俺たちがおまえを抜かしたはずなのに、まったく気配がなかったな」
…学校で道に迷ってたなんて言えない。
「直枝、どこに行ってたのよ!?」
「……え?」
僕の前には怒り心頭の佳奈多さんが立っていた。
「あ、あれ…?」
そういえば、いつの間にか首に回されていた手がない。
「理樹くん、ひどいよ! おねえちゃん一人置いてくなんてっ!」
「え、え?」
事態がうまく飲み込めない。
「おねえちゃん、廊下で座り込んで泣い――ふがふがっ」
「葉留佳…それ以上口を開いたら…」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさーいっ」
そんな喧騒も今の僕の耳には入ってこない。
佳奈多さんがここにいる。
校内は葉留佳さんと移動したようだ。
まるで背中にツララを突き刺されたかのような冷たさが走る。
なら…。
ドクッ! ドクッ! ドクッ!
今さらになって早鐘を鳴らす心臓。
僕と一緒に居た人は……?
「おい理樹?」
「っ!?」
真人の声で我に帰る。
「ど、どうしたの真人?」
「あ、いや、それを訊きたいのはオレのほうだぜ」
「?」
「おまえの背中、真っ黒じゃねぇか」
「えっ?」
「ふむ…キミは…」
「炭でも背負っていたのか?」