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「理姫」 第4話 「遠くて近い、距離」(前編) (リトルバスターズ)
作者:m (http://milk0824.sakura.ne.jp/doukana)

紹介メッセージ:
 近くて遠い。 遠くて近い。 それが兄妹の、距離。 兄妹の絆を紡ぐストーリー

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「――樹」

「――おい」



「理樹、おまえ聞いてんのかよ?」

「――……え?」



 真人の声で、ループしていた思考が現実へと向き合う。

 耳には休み時間の喧騒。

 僕の机の前には謙吾が立ち、横の席の真人は僕を呆れたような顔で見つめていた。



「えっと……ごめん」

「だからよ――…………ハア」

 溜息をつかれた。

「おまえ、どんだけ心配性なんだよ」

「ただの盲腸の手術だろ。んなもん誰だってやってんだ」

「オメェが心配しまくったからって、どうこうなるもんでもねぇだろ」

「そんなんじゃ逆に理姫が心配しちまうだろうが」

「うん……」

「心配するよか、もっとしてやれることあんだろ」

「うん……」

 浮かない返事しか出来ない…。

「理樹、おまえ……」

 謙吾が僕の顔を覗き込んできて、眉をひそめた。

「きちんと寝てるのか?」

「寝てる…よ」





――ウソだった。

 昨日から一睡もしていない。



 『随分と“転移”した“胃ガン”だな』

 『“予後”は“悪い”だろうよ』

 ……そんなの、ウソだ。



 言葉が、吐きそうになるくらい頭の中でループを繰り返す。



 恭介の部屋を出た僕は……まるで悪夢の中を彷徨(さまよ)っているようだった。

 いや……悪夢だと思いたかったんだ。



 現実から逃げるように布団に潜り込んだ後も、ずっと頭の中では否定を繰り返した。

 冗談だったんだ。

 タチの悪い冗談。

 けど……。

 肯定しそうな考えが首をもたげるたびに、強い否定で上書きを繰り返す。

 僕の聞き間違いかもしれない。

 たぶんそうだ。

 難しい言葉だ。絶対僕が間違って聞いたんだ。



 否定を繰り返せば繰り返すほど、苦しさが胸を伝う。





「理樹」

 謙吾の声で、再び現実に引き戻される。

「兄が妹のことを心配する。それは当然のことだ」

「だがな」

「おまえのそんな浮かない顔を見たら、理姫は何と言うだろうな?」

「……」

 謙吾の両の手が肩に乗せられる。



「おまえは堂々としていろ。妹の不安を吹き飛ばすほどに」







 チャイムが鳴り、また授業が始まる。

 そうしてまた思考がグルグルと回り始める。



 ようやく幸せがはじまった理姫が…。

 そんなの…信じられない。

 信じたくない。

 ただただ取り留めのない否定を繰り返すだけの思考。



 『オメェが心配しまくったからって、どうこうなるもんでもねぇだろ』

 ……そんなこと言ったって、仕方ないじゃないか。



 『そんなんじゃ逆に理姫が心配しちまうだろうが』

 ……今の僕を見たら……自分のこと以上に心配すると思う。



 『おまえのそんな浮かない顔を見たら、理姫は何と言うだろうな?』

 ……「心配かけちゃって本当にごめんね…」きっとそう言う。

 ……誰よりも人のことを気にかけている理姫のことだ。

 ……心配をかけてしまった自分を責めると思う。

 ……僕が落ち込んでいるのを見て、落ち込むと思う。

 ……。

 ……僕が狼狽(ろうばい)しているせいで、理姫が余計に気を使うと思う。









 ……僕は。

 ……なにをやってるんだろう。









 『心配するよか、もっとしてやれることあんだろ』

 『おまえは堂々としていろ。妹の不安を吹き飛ばすほどに』





 ……。

 ……そうだ。

 ……そうだよね。

 二人の言う通りだ。

 僕がどんなに、心配して、狼狽して、取り乱して、落ち込んだからといって……理姫が置かれた状況が変わることは、ないんだ。

 僕がこんな様子でいたのでは、余計に理姫に負担をかけてしまうだけだ。

 …治るものだって治らなくなってしまう。

 うん……。

 そうなんだ。

 そうだよ。

 僕にだって、できることがあるじゃないか。

 僕には医者みたいに病気を治すことはできない。

 けど。

 治す手伝いをすることは、できるんだ。



 きっと理姫を元気にしてあげることはできる。

 理姫と…一緒にいることはできる。



 ――僕は理姫の、お兄ちゃんなんだから。



 僕の中には、まだ拭えそうもない重々しい塊が鎮座している。

 けど……これからどうするべきかが、はっきりと見えてきた。





「…お、少しは元気が出てきたんじゃねぇか」

 隣の真人が小声で話しかけてきた。

「うん…………僕がしっかりとしないとね」

「…だな」

「真人」

「ん?」

「…ありがとね」

「おう」









――僕は学校を出ると、まっすぐには病院に行かずに商店街に寄った。

「あの、これください。あと…ラッピングをお願いします」

 …安直だと思ったけどプレゼントを買っていくことにした。



 病院に着いたあとは、ひとまずトイレに。

「…うん」

 鏡に映る僕の顔は、上手く笑えていた。

 理姫が見たら、安心できるような笑顔だ。





――コン、コン

 『はい』

 ノックをすると、いつもの、理姫の声が聞えてきた。

 たったそれだけで…嬉しさが込み上げてくる。



「――入るよ」

「お兄ちゃん、いらっしゃい」

 髪を下ろしている理姫がベッドに上体を起こしていた。

 いつもの、優しそうで春風のような微笑みは…そのままだ。

 あまりにいつも通りで…ついつい、立ち止まってしまった。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「あ…いや、なんでもないよ」

 理姫は……病気のことを……。

 いや、考えるのはよそう。

 今、僕に出来ることは理姫を元気にすることだ。

「今日もプレゼントを持ってきたんだ」

 プレゼント、と聞いて理姫が照れくさそうな顔を向ける。

「昨日もツルのプレゼントもらっちゃったのに、今日もなんて…いいのかな?」

「…こんなときくらい、いいと思うよ」

 努めて明るく…話しているつもりだ。

「ふふっ、なら、お言葉に甘えて」

「――はい、プレゼント」

 ラッピングされたプレゼントを、誕生日プレゼントのように手渡した。

「わあ…ありがと……なんかすごいね」

「包みばっかり見てないで開けてほしいな」

「嬉しくて。ふふっ、なんだろ…」

 ゆっくりとした手つきで丁寧にラッピングのリボンを外し、袋を開けていく。

「これ……」

 ほころぶ理姫の顔。

「これ………………トトロ?」

 嬉しそうに、手のひらサイズより少し大きめなぬいぐるみを抱える。

「えーっと、ドルジっていうネコのぬいぐるみだよ」

「あの学校にいる?」

「うん、町中の人気者みたい」

「ホント、この眠そうな顔……ドルジだね」

 ぬいぐるみの顔を覗き込んだり抱いたりしている姿が微笑ましい。

「リトルバスターズのトレードマークがネコだからさ、どうかなって思って」

「みんなが一緒にいれないときでも、これを見たら元気がでるんじゃないかな……って」

「お兄ちゃん……」

 理姫がはにかみながら、ギュッとぬいぐるみを抱きしめた。

「うん、この子がいれば寂しくない」

「――本当にありがとう……すごく嬉しい」



 妹の心からの笑顔が、本当に嬉しかった





「――ねえ、お兄ちゃん」

 しばらく病室で他愛もない会話をしていると。

「また散歩、したいな」

 理姫がいつものように胸の前でポンと手を合わせた。

「……それはダメだよ」

 体のことを考えると、それは…。

「ほら、明日手術でしょ? 寝てないと」

「だから、かな」

「?」

「だって明日手術をしたら…何日かは外に出られないよね」

「その前に、外の空気を吸っておきたくて」

 ベッドの上に上体を起こし、夕暮れが迫る空を見ている理姫。

「それに…手術前の心の準備」

 一瞬、不安そうな声色が混じる。

「どうかな?」

 僕の方を向いた理姫は…いつもの微笑を称えていた。

「……」

「……」

「…………わかったよ」

「けど、ちょっとだけだからね?」

「ありがと、お兄ちゃん」

「……」

「……」

 ……理姫が僕の顔を見たまま動かない。

「あ、そっか」

「ふふふっ、そう」

「廊下で待ってるね」

「うん」

 廊下に出る前に、チラリと理姫の方を振り返る。

 ドルジぬいぐるみをそっとベッドサイドに置いて、僕と一緒に選んだリボンを幸せそうに手荷物から取り出す理姫の姿が…まぶたに残った。





――夕暮れの病院。

 人気が引いた病院の周りを、二人で肩を並べてのんびりと歩む。

 夕日が作った二人の長い影がすぐそこで交わっていた。



「――夕焼けってね」

 言葉を紡ぐ理姫。

「みんなは寂しい、って言うけど私はそうは思わない」

「どうして?」

「夕焼けまでは、友達との時間」

「夕焼けからは、家族との時間」

「そんな風に思うの」

「だから、寂しい、じゃなくて、温かい」

 優しい笑みを僕に向ける。

「……理姫らしいね」

「そうかな?」

「……」

「お兄ちゃん」

 僕の横顔に視線を投げかける理姫。

「ん?」

「――手、つなぐ?」

「え?」

 笑顔の中に浮かぶ、理姫の真っ直ぐな瞳。

「…ふふふっ、冗談だよ」

 僕から目を逸らしクスクスと笑い出す。

「理姫」

「ごめんね、ふふふっ」

「……手、つなごっか」

「……………………………………え?」

 キョトン、そんな表現がぴったりとあてはまる顔だ。

「手を、つなごう」

「………………いいの?」

「いいよ」

「……本当に?」

「本当に」

 理姫の顔に桜の花のような笑顔が咲く。

「ほら」

 手を理姫のほうに差し出す。

「……」

 頬を桜色に染め、恐る恐る手を伸ばす理姫。

 一瞬指先が触れ合い、ピクリとしてすぐさま手を遠ざけようとする。

 僕は。

 その手をしっかりと掴んだ。





――二人で手をつないで、夕焼けの道を歩み始める。

 夕日が作った二人の長い影が重なっていた。





「――笑わないで聞いてね」

「うん」

「私…夕焼けの道をね、お兄ちゃんと手をつないで歩くのが…ずっと夢だったの」

「ほら、テレビとかでよく見るよね」

「いっぱい遊んで友達とお別れしたあと、お兄ちゃんと妹が手をつないで…おうちに帰るの」

「いい歳して、恥かしいよね」

「そんなことないよ」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 くすぐったそうな顔。

「また一つ、夢を叶えてもらっちゃったね」

「……」

「一緒に夢を叶えていこう」

 僕は言葉を区切った。

「……これからもさ」

「……うん」



「あ……」

 理姫が足を止めた。

「どうしたの?」

「お兄ちゃん、向こう」

 指を差すほうに目を向ける。

 病院の裏。

 少し奥に入ったところ。

 周りの木で見えづらかったけど…隙間から桜色が顔を覗かせている。

「行こうよ、お兄ちゃん」

「わっ、手を引っぱらないでよ」





――そこには、夕日に映える小さな桜の木があった。

 幾許(いくばく)かのつぼみが

 ひとつ、ひとつ、香り始めていた。



「もう咲き始めてる」

 理姫が嬉しそうに見上げる。



 僕たちは言葉もなく、咲き始めている桜を見上げていた。



「お兄ちゃん」

「うん?」



 桜を見上げたまま。



「――私が退院するころには、ちょうど満開だね」



 春色の声。



「……………………………………うん、きっとそうだよ」



 僕は……。

 上手く笑えているだろうか?









――手術当日。

 朝の学校。

「理樹、理姫についていなくてもいいのか?」

 横を歩く恭介が、僕を見つめている。

「理姫がさ」

「ちゃんと学校で授業受けて、だって」

「そうか…」



 本当は不安で仕様がない。

 本当は今すぐにでも飛んで行きたい。

 理姫と一緒にいてあげたい。

 けど……理姫との約束を、些細な約束だけど……守りたかった。





 不安との戦い。

 理姫のことばかり思い浮かび、授業内容は…正直、あまり残っていない。

 最後の授業時間。

 僕の意識はまた暗転した。





 いつもは見ることがない夢を見た。





 小さいころの夢。

 幸せな夢。

 誰かが思い描いた夢。



 彼女はみんなと遊んでいる。とても楽しく遊んでいる。

 やがて夕焼けがやってきた。

 みんなとお別れしなければいけない。

 けれど彼女は寂しくはなかった。

 夕焼けの道をお兄ちゃんと一緒に手をつないで、おうちに帰る。





 それは。

 とてもとても温かい光景。









 …………ヴー――ヴー――



「……ん……」



 しだいに意識が現実味を帯びてくる。

 ポケットで携帯が振動している感覚。

 自分の頬が少し濡れている感触。

 背中が寒い。



 たしかさっきまで授業をしていて……。

 そっか…。

 僕、また寝ちゃったんだ。



 まどろんだ目をゆっくりと開く。

 辺りは夕日に照らされ、赤く色づいていた。

 顔の下には白紙のノート。

 その片隅に目を落とすけど、白紙。

 体を起こす。



 夕焼けの教室には……誰もいない。





 ……ヴー――ヴー――

 震える携帯を開いた。

 恭介からのメールだった。



 『理樹、おまえには悪いと思ったが、一足先に病院に来ている。

  おまえのことを負ぶっていこうかと思ったが、さすがにやめておいた。

  理姫の手術は、つつがなく終了したそうだ。

  今はまだ麻酔で眠っている状態らしい。

  俺たちは術後の面会はしていない。この人数だと会えそうにないからな。



  理樹

  おまえが行ってやれ』



 僕は携帯を閉じると、イスから立ち上がった。











「――恭介」

 病院に着くと、恭介が一人待合室で待っていた。

「来たか」

「理姫は?」

「病室だ。行ってやれ」

「うん」





 僕は、いつもの通路を通り、いつもの階段を登り、いつもの病室の、いつものドアの前に立った。

「――入るよ」

 いつものように声をかけて病室に入る。

 今日は……ノックなしだ。



 そこにはいつもの病室が広がっている。

 窓からは沈みかけた夕日が差し込んでいる。

 理姫の片側の枕元には、みんなからもらったツルが羽を広げている。

 もう片側の枕元には、僕があげたドルジのぬいぐるみがのほほんと腰を下ろしている。



 いつもと違うのは……理姫だけだった。



 理姫はベッドに横たわっていた。

 体からは、何本もチューブが出ている。

 チューブの先につながった点滴や薬ビンから、液体が流れ込んでいる。

 まるで…機械みたいだ。

 そして何よりも違うのは…。



「初めて見たよ…」

「理姫が、笑ってないところ…」





 …いつものようにベッドの横のイスに腰掛けた。

「…………ぅ…………」

 ほぼ同時に横たわる理姫から、声。

「理姫…」

「…………ぅ……ん…………」

 理姫の目が、ゆっくりと開けられる。

「理姫……起きたんだ」

 僕は今、笑顔でいられている。

「…………」

「……お…に……いちゃん……」

「うん、ここにいるよ」

「…………」

 僕の方に顔を向ける理姫。

 何かを話そうと、口を動かしている。

「どうしたの?」

「…………がっこう、は……?」

 もう…。

 こんな状態でもそんなことを言うなんて……。

「ちゃんと最後まで授業を受けてきたよ、理姫に言われたとおり」

「…………」

「……よかった……」

 理姫が笑顔を浮かべた。

 ……気がした。

 それがわからないほど、今の理姫は……弱々しい。

「…………けど…………」

 目がゆっくり閉じられる。

「……こんな……私……おにいちゃんに……見られたく……なかったな……」

「……だって……心配……かけちゃう……」

「大丈夫だよ」



 僕は、理姫の氷のように冷たくなった手を握って、青を通り越して白くなってしまっている顔を見つめた。

「…理姫、とっても元気そうだ」



「…………ありがとう…………」

 きっと、今も理姫は、笑った。

「心配かけたっていいよ。だって僕たち――」



 兄妹なんだから、と言う前に、

 理姫はまた眠りに落ちた。









――次の日もまた、理姫の部屋を訪れた。



 コン、コン。

 …………。



 ノックをしたが中から返事はなかった。

「――入るよ」

 中を覗くように、静かにドアを開けて部屋に入った。



 理姫は、眠っていた。



「理姫…」

 理姫の体から伸びていたチューブは、1本だけになっていた。

 いつものようにベッドの横のイスに腰を下ろして、理姫に掛かっている布団をかけ直す。



 横になっている理姫の顔に目を向ける。



 『予後は悪いだろう』……先生が言っていた言葉。僕の心に重く重く圧し掛かっている言葉。

 けど。

 …理姫の顔色は、昨日に比べて格段に良くなっていた。



 きっと元気になってきたんだ……。

 顔に掛かっている前髪を指先で払った。

 ……指先に熱が伝わってくる。

 たぶん、熱が出てる…。

 けど。



「――……すぅ……すぅ……すぅ……――」



 寝顔はとても安らかだ。

 少しだけ口元が上がっている気がする。

 もしかしたら夢の中でみんなと遊んでいるのかもしれない。



「あ…」

 何事もなくすやすやと眠っている理姫を見ていたら…涙が出てきていた。

「…………」

 手でゴシゴシと擦る。

「…………」

 まだ視界が霞んでいる。

 こんな泣きそうな顔、理姫には見せられないよ…。



 僕は、枕元の落ちそうになっていたツルとドルジのぬいぐるみを元の位置に戻して病室を後にした。









――翌日。

 病室に行く前にトイレに寄ることが、もう僕の日課になっている。

「…うん」

 鏡に映る僕の顔は、上手く笑えていた。

 押し殺している不安な気持ちは……顔からは、きっと悟られない。





 病室の手前には、一足先に恭介がいた。

 ……。

 どうしてだろう?

 ただ病室の手前で佇(たたず)んでいた。



「恭介…行かないの?」

「理樹か」

 僕に向けられた恭介の表情は、まるで数学の珍問に当たってしまったような表情だった。

「…………何かあったの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが…」

 煮え切らない返事。

 首をかしげながら、僕が病室へと行こうとすると。

「理樹」

「?」

「今日は、理姫と会えないそうだ」

「……え?」

「さっき行こうとしたら看護師に止められちまってな」

「本人たっての希望だそうだ」

「理姫の希望……? 会わないことが?」

「ああ」

 ……理姫が人と会いたくない、なんて……。

「……僕――」

「ちょっと顔出してくるね」

 不安を見せないように、恭介の横を通り過ぎようとした。

「待て、理樹」

 恭介の強い語調に足が止まる。

「あいつが会いたくないなんて言うからには、それ相応の理由があるんだろ」

「術後の自分の姿を見せて、みんなを心配させたくない……とかな」

「けど……」

「大丈夫だから心配しないで、とも看護師から言付かっている」

「理姫が大丈夫って言うなら、大丈夫なんだろ」

「……」

「理姫は、気丈だ。だろ?」

「うん……」

「なら、察してやれ」



 ……理姫は、恭介が言うとおり気丈な妹だ。

 手術後で弱々しい自分を人に見せたくない、心配させたくない……きっとそういう理由なんだと思う。



「明日にでも体力が回復して、いつもの笑顔を見せてくれるさ」

「……そうだね」



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