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――少し経って、女子の体育の先生が職員玄関から現れた。
「喜べおまえらーっ!!」
先生が声を張り上げる。
「今日は男と合同体育だーっ!!」
「っつても……」
恭介たちを引っ張って前に出す先生。
「この3人しかいないけどねーっ!」
「「「「「「キャァァァァーーーーーーーーーッ♪」」」」」」
辺りが震えるのではないかと思うほどの黄色い歓声が、クラスの女子から発せられた!
「棗せんぱぁ~~~いっ! こっち向いてぇ~~~っ」
「あ!! 今、棗先輩が間違いなく私を見ていたわっ!! とろけるほどの熱い視線、そう熱視線でぇーーーっ!!」
「棗先輩と体育……ダメ、ダメよそんなことを考えちゃ! あ、けど……んきゃーーーーっ♪」
「今日は直枝君、休みなのかな……?」
「宮沢きゅぅ~~~~~~~~~~ん!!」
「宮沢クンのあの凛々しいお姿、剣道で鍛え抜かれたその精神力……全てにおいて理想としか言いようがないわっ!!」
「はッ!? 宮沢!? 棗様の足元地下5000mにも及ばないわ!!」
「っざけんじゃないわよ!! 宮沢サマと棗なんか比較しないでくんない? レベルが違いすぎて失笑だし!!」
クラスの女子たちは、恭介派と謙吾派に分かれて大騒ぎになっていた。
「――馬鹿兄貴たち、すごい人気だな」
鈴は目を丸くしている。
「恭介も謙吾もモテるからね」
「だが、本人たちはさほど気にしてないようだ」
来ヶ谷さんが言うように、こんなに歓声を浴びても恭介はすまし顔だし、謙吾は…無視を決め込んでいるようだ。
「……そのようなところがさらに女心をくすぐるのです」
「逃げられれば追いたくなる心理なのですねっ!」
「ふえぇ…大人のテクニックだねー」
いやまあ、恭介たちは興味がないだけだと思うけど。
「――じゃあ、棗君が準備体操を仕切ってちょうだい」
恭介は先生の言葉に頷くと、こちらを向いた。
「みんな、聞いての通りだ。準備体操をやるぞ!」
「「「「はぁ~~~~~~~~いっ!!」」」」
恭介がこちらを向いて話しただけで、半分くらいの女子のテンションがあがった。
「あー指導力があるヤツいると仕事ラクだわ~」
「んじゃ、あとはヨロシク頼むわ」
うわ…体育の先生は仕事をサボる気マンマンだ!
「謙吾と真人も前に出て、俺と一緒にやってくれ」
「気乗りはしないが…いいだろう」
「おう! 全力でやってやるぜ!!」
謙吾、恭介、真人と3人が前に並んだ。
さらに残りの半分くらいの女子も色めき立つ。
「あーチェック、チェック。マイクテスト、マイクテスト」
恭介がマイクもないのに、持っているフリをしてマイクテストをしている。
みんなの注目が恭介に集まる。
辺りが静まったとき。
「おまえらァッ!! ノッてるかあああァァァーーーッ!!」
恭介が全力で叫んだっ!
「「「「ノッてるぅーーーっ!」」」」
目を輝かせた女子が飛び跳ねる!
「そんなノリじゃ俺を満足させられないぜェェェェェェーーーッ!!」
「「「「「ノッッッてるぅーーーーーーーっっ!!!」」」」」
「もっともっとォォォォーーーーーーッ!!」
「「「「「ノーーーッッッてるぅぅぅーーーーーーーーーーーーっっ!!!」」」」」
さらに他の女子も水を得た魚のようにはしゃぎだす!
「今日は俺たちの準備体操で大いに盛り上がってくれェェェェェェーーーーッ!!」
「「「「「キャァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」」
「エェェェェッッッッブリバァァーーーーディィーーーーッッ!!」
「「「「「棗最高ぉぉぉぉぉーーーッッッ!!」」」」」
「イィィャァァァァァーーーッハァァァーーーーーッ!!」
「「「「「愛してるっっっっーーーーーーーーーーっっっ!!!」」」」
「LOOOOOOOOVEEEEEEE & PEEEEEEEEACEEEE!!!」
「「「「「キャァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」」
「ヒザの屈伸からいくぜェェェェェェェェェェェェェーーーーーーッ!!」
「「「「「いっちゃってぇぇぇーーーーーーーーーーーっっ!!」」」」」
す、すごい……!!!
クラスが一つになり大気を揺るがして――いや、焦がしているっ!!
人気アーティストのライブに負けず劣らずの熱狂が辺りを支配している!!
まさに…最初からクライマックスだっ!!!
僕の隣でも、
「きょーすっけさんっ! きょーすっけさんっ!」
「血湧き肉踊る恭介さんなのですっ!!」
小毬さんとクドがすっかり乗せられて、恭介コールを送りながら一生懸命屈伸を続けている。
恭介たちの準備体操はさらに熱を帯びていく!!
「続いてジャンプいくぞォォォーーーーッ!!」
「アイキャンフラァァァァァーーーーーーーーイッ!!」
「「「「「HEYッ!!!」」」」」
「ユーキャンフラァァァァァーーーーーーーーイッ!!」
「「「「「HEYッ!!!」」」」」
「ウィィキャンフラァァァァァァァァーーーーーーーーイッッ!!」
「「「「「HEYッ!!!」」」」」
「もっともっとぉぉぉーーーーーっ!!」
「「「「「もっともっとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!」」」」」
「もっともっとぉぉぉーーーーーっ!!」
「「「「「もっともっとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!」」」」」
「今こそ前後屈だァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッッ!!!」
「「「「キャァァァァーーーーーーッ!! 前後屈たまんないぃぃぃーーーーーーっ!!」」」」
「はぁ~っ……パタッ」
恭介たちの準備体操が続くうちにクラスの人数が減っていく。
クライマックスを超えてしまった人からバタバタと倒れているのだ!
こんな準備体操は今まで見たことがないよっ!?
「……さすがにここまで行くとわたしはついていけません」
「あはは…そうだね」
西園さんはマイペースに体をほぐしている。
「なんかくちゃくちゃ恥かしい……」
顔を真っ赤にしている鈴。
きっと兄が前に出てあんなことをしている恥かしさと、棗コールのせいだろう。
「あれが理樹君だったなら、私も他の連中と同じになっていただろうな」
うわっ、熱狂的な来ヶ谷さんなんて見たくないかも…。
――そして準備体操も最後に差し掛かった。
「……みんな聞いてくれ」
「おまえらと一体になれたこの時間も…次で終わりだ」
周りからは「まだ終わらないで」や「もっとずっと準備体操をしていたい」と聞えてくるが、大半は泣いていて声になっていない。
「最後のアキレス腱……おまえらも一緒に伸ばしてくれッ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「謙吾、真人」
恭介が二人を見つめる。
「ああ…やるか」
クールな笑顔を見せる謙吾。
「おう…決めようぜ」
白い歯を見せ、親指を立てる真人。
「よし、行くぞ!!」
「「「いっち!! にっ!! さんっ!! しーーーっ!!!」」」
三人が一列に並んでアキレス腱を伸ばす。
「「「「「ご、ろく、しち、はちっ!」」」」」
クラスの残った女子は涙を堪えながら、恭介たちのコールに続く。
なんだかよくわからないけど、とても感動的だ!
――アキレス腱が終わり、準備体操はグランドフィナーレを迎えた……。
「俺たちの準備体操はこれで終わりだ……」
すすり泣く声が辺りから響く。
「これだけは覚えておいてくれ」
「時間を止めることは出来ないが、楽しかった時間はおまえらの心の中に大事な宝物として残る、絶対にだ」
「だから俺たちはさよならとは言わない」
「――またな」
クラスの残った女子たちは、感動の言葉を口にしハンカチで涙を拭っている。
恭介たちはこちらを振り返らずに去ってゆく……。
「って、ちょっと待て男子共ーっ!!」
すぐに先生に止められた。
恭介たちがすごすごと戻ってくる。
「準備体操終わったんなら、次は校外のマラソンコース走るぞーっ」
…………。
あ。
そう言えばそうだった。
今のは準備体操で、これからが体育だ…。
「マラソンコースを走ってもらうけど……」
先生が周りを見回す。
興奮しすぎて倒れている者、全力で準備体操をして動けなくなっている者、すっかり泣いてしまっている者……。
すっかりクラスのみんなは力を出し切ってしまったようだ。
「はぁ……」
「こいつらは先生が面倒見なきゃいけなさそうだから…」
「棗君、動けるヤツだけ集めて適当にマラソンコース走らせて! 任せたわよ」
また丸投げだった!
「……で、動けるヤツはこのメンバーだけか?」
恭介が、周りに集まったみんなを見つめる。
ちなみに恭介の声はすっかり枯れている。
「オレの筋肉さんたちはいつでも準備オッケーだぜ」
「フッ…俺のハートはいつでも真っ赤に燃えている!」
「ちょっと疲れたけど、まだまだがんばれるよー」
「れっつ・まらそんたーいむ!」
「馬鹿兄貴のせいで恥をかいたじゃないかっ」
「おねーさんは理樹君の面倒を見なければならないからな」
「わわっ、来ヶ谷さんっ! そんなところ触らないでよっ」
「……わたしは先程、あまり動いていませんので」
結局いつものメンバーだった。
「まあ、このメンバーなら俺もやりやすいな」
恭介がゴソゴソと巻物のような布を出す。
「理樹、ちょっとそっち持って」
「え? うん」
…それをだー、と走って広げる。
「第一回、ドキッ!! オニさんだらけの鬼ゴッコ大会~」
「はい拍手~」
…ぱらぱらと拍手が上がる。
「いよっしゃぁぁぁぁーーーっ!!」
飛び上がるほどテンションが高いのが約一名。
「では、このゲームのやり方を説明する」
「簡単に言うと、鬼ゴッコをしながらマラソンコースを走破するゲームだ」
「ただし、通常の鬼ゴッコと違って…逃げる“子”が一人で残り全員が鬼だ」
「逃げる子はゴールを目指して走り、鬼は子を追う」
「わふーっ! それはとても厳しいゲームなのですっ!!」
たしかにクドが言うとおり、子が大変なゲームだ…。
「そこでだ、子の役を……」
ポムと恭介の手が僕の肩に置かれる。
「理樹にやってもらう」
「えええええええぇぇぇぇーっ!?」
「僕で決定なのっ!?」
「子の役はある程度体力がないと無理だからな…西園やクドや小毬はもちろん、鈴も来ヶ谷もキツイだろう」
「だからと言って、真人や謙吾が子の役をやってみろ」
「二人とも簡単に追っ手を撒けるだろうし、何より追いかける対象としては魅力的じゃない」
「う…」
たしかに僕なら、みんなの中間くらいの体力だから丁度いいのかもしれないけど…!
「ふむ、真人少年や謙吾少年なんて追いかけてまで捕まえたくはないな」
「……直枝さんが逃げる対象なら捕まえられる可能性もありますし、捕まえたらてご……」
「て、てご!? てごってなんですかっ!?」
「……ぽ」
熱くなった頬に両手を当てる西園さん。
「てごってなんですかーっ!?」
西園さんはどうやら良からぬ想像を働かせているようだ!
「きょ、恭介、僕が鬼に捕まったときはどうなるの?」
「そのときは理樹を捕まえた鬼が理樹と……」
「ぼ、僕と……?」
「手を繋いでゴールまで来てもらう」
「早く捕まえられたら、それだけ長く一緒に手を繋ぐことになる」
「え? それだけ…?」
と、僕は思ったんだけど…。
「「「「「きゃーーーーーーーーーーーーっ!!(一部、うおおおおおおーーーーっ!!)」」」」」
みんなから黄色い声と野太い声が発せられる!
「えええっ!?」
みんなから「やべぇ、オギオギしてきた!!」とか「理樹ちゃんと一緒なら走りきれそうだよー」とか聞えてくる。
「つまり理樹君と手を繋ぐ、という報酬は私たちにとって十分に魅力的ということだ」
「理樹君はもっと自分の魅力を自覚したほうが良いな」
来ヶ谷さんもやる気を燃やしているようだ。
「――じゃあ、僕が捕まらないでゴールしたときは?」
「そのときは、全員が理樹のお願いをなんでも聞く」
「うーん、わかったよ」
「よし、理樹も快諾してくれたところで…さらに追加ルールだ」
「まず…理樹を捕まえるときは、理樹を笑わせてから捕まえること」
「理樹が笑わなかったらノーカウントだ」
「その時点で立ち止まり、30秒数えてから再度やり直し」
なるほど、僕が笑わなかったらタッチしたことにはならないんだ。
「なんだよ、理樹を笑わすなんて楽勝じゃねぇか」
既に勝った気になっている真人。
「そんなことはないぞ真人。理樹の笑いのツボは意外と難しい」
「ぐ……言われてみれば笑うよりツッコミだもんな」
「わふー、私の秘伝の必殺技でリキはイチコロなのですっ!!」
「ちなみに直接体をこちょがすのも無しな」
恭介がクドに釘を刺す。
「がーんっ!」
「それと、スタートは時間差スタートとする」
「理樹が走り出してから1分後に小毬、クド、西園がスタート」
「5分後に鈴と来ヶ谷がスタート」
「そして10分後に俺、謙吾、真人といった具合だ」
「――みんなルールはわかったか?」
全員がコクリと頷く。
「よし、理樹、早速準備だ!」
……うわぁ、僕は本当にみんなから逃げ切れるかなぁ……。
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