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――カラカラカラカラ……
理科室のドアを開けた。
「杉並さ~ん」
理科室を覗くと、既に杉並さんが来ていた。
杉並さんは少し縮こまりながら、黒板の方を向いている。
「あの、杉並さん?」
僕に気付かないのか、杉並さんはまだ黒板の方を向いて――
「…ぶつぶつ……ごめん待った、いえ全然待ってません……ぶつぶつ……直枝くん、私と……」
「……ダメ、言える自信ない……」
と、何やらつぶやいている。
「あのー、杉並さん?」
「……私だって、私だって……勇気出して頑張れば……」
僕に背を向けたまま、まだ黒板に向かって何かを語っている。
うーん。
僕の声が聞えないのかな?
杉並さんの後ろまで近づく。
「…ぶつぶつ…ぶつぶつ…」
「杉並さん?」
ちょん、と杉並さんの肩に触れる。
「――ッッッッキャャァァァーーーッ!?」
「うわわわわわわわわわーーーっ!?」
杉並さんは跳ね上がるんじゃないかと思うほど、ビクリと反応した!
僕も杉並さんの驚き具合に驚いて飛び上がってしまった!!
「……!」
髪の毛が逆立ちそうな程、驚き顔の杉並さん。
しかも、ちょっぴり目に涙が溜まってる!
「い、いや…ご、ごめんっ」
「わ、私、そっそっ」
何かを喋ろうとしているのだろうが、言葉にならないようだ。
ま、まさかこんなにビックリするとは思っても見なかった!
「驚かせるつもりはなかったんだけど…ホントごめんっ」
「あ、あのっそのっ…い、いえ、私、全然待ってませんっ!」
「……え?」
杉並さんがちぐはぐな回答を返す。
「…………」
「…………」
「…え? あ、あぁ……っ!?」
――ボンッ!
瞬く間に杉並さんの顔が色づいた!!
「い、い、今のはち、ちが、違うのっ! そ、その…あの……!」
両手をブンブンと振って、あたふたしまくっている!
めちゃくちゃ…鈴の言葉を借りるとくちゃくちゃ錯乱中だ!
恥かしさのあまり今にも走ってどこかへ行っちゃいそうだ!!
「杉並さん、少し、落ち着いて」
「あの…え、う…うん! 落ち着くように…私頑張るから!」
「いや…落ち着くのに頑張りはいらないから…」
杉並さんが錯乱し過ぎていて会話が成り立たないっ!
「――あ、そうだ!」
「ほら、深呼吸、深呼吸」
大きく息を吸ったり吐いたりを繰り返す。
「杉並さんも」
「う、うん……――すーーーっ、はーーーっ、すーーーっ……」
杉並さんが胸に手を置いて、深呼吸を始める。
「すーーーっ、はーーーっ、すーーーっ、はーーーっ……」
…………。
……。
よかった…杉並さんの顔の赤みも引いてきた。
「どう?」
「あ、なんだか……気分が落ち着いてきた……」
「ふぅ…よかった」
僕も胸を撫で下ろす。
「――えっと……」
杉並さんはうつむきながら申し訳無さそうにしている。
「変なところ見せちゃって……ごめん」
「ううん、こっちこそ驚かせちゃって……ごめん」
二人でペコペコッと謝る。
「あの…私…緊張しいで、ずっと緊張してて…」
ふぅ、と大きく息を吐き出す杉並さん。
「――けど、よかった」
うつむき加減で、足先で床にのの字を書いている。
「手紙、見てくれたんだ…」
「うん」
「見てくれなかったらどうしよう、って心配で」
恥かしいのか、目線を斜め下に外して話している。
「ドキドキしっぱなしだったんだ…この4日間」
「そっか、4日も…」
…………。
……。
「4日間っ!?」
ええぇー!?
そ、それって一体!?
「あ、けど私、ぜんぜんそんな待った、って気はしてないし――」
4日…!
って、もしかして!!
「あの手紙、まさか4日前に僕の机に入れた……?」
「う、うん」
ぜ、全然気付かなかった…。
「…じゃ、じゃあ、この4日間、毎日3時半からここに……?」
「うん、いつも3時半から5時までここにいて、その後直枝くんたちの野球の練習を少し覗いて帰ってた…」
杉並さんが恥かしそうにうつむき、「来てくれて嬉しいんです」と胸に軽く握った手を当てる。
「いやいやいや……」
うぅ、4日も待たせていたなんて…すごい罪悪感がっ!
「あ、えーっとほら――」
「ぼ…僕に用がある、って書いてたけど…何?」
罪悪感を打ち消すように言葉を打ち出した。
「あ……」
杉並さんの動きが突然止まる。
「そ、そ、それは……っ」
うつむいた顔がまた色づき始める。
「私…その直枝くん…」
うわっ、またぎこちなくなった!
「杉並さん、深呼吸深呼吸」
「あ…う、うん ――すーーーっ、はーーーーっ……」
胸に手を当て、一生懸命息を吸ったり吐いたりする。
………………。
…………。
「どう、落ち着いた?」
「う、うん、落ち着いた気がする…」
なんと言うか…とても大変だ。
「…………」
「――…あの…」
平常心を取り戻した杉並さんが口を開く。
「私……」
「うん」
僕も杉並さんが話しやすいように相槌(あいづち)を打つ。
「私…」
「直枝くんとっ」
真剣な眼差しが、僕の顔をしっかりと捕らえた。
目が合ったのは今が初めてかもしれない。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
杉並さんがピタリと止まった。
「あ、あの…ひとつお伺いしても宜しいでしょうか?」
「あ、うん。どうしたの?」
「…………」
「どちら様でしょうか…?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「ええええええええええええええええええぇぇぇーーーっ!?」
「キャッ!?」
今まで気付いてなかったのーーーっ!?
あまりの衝撃に、ついつい大声を上げてしまった!!
「――ごっ…ごご」
「ごっ、ごごっ、ごめんなさいごめんなさいっ!」
杉並さんは両腕を胸元ですぼめ、何度も何度も謝っている!!
「声…声とか雰囲気とかが直枝くんにそっくりで……」
「…けど私、間違えたことなかったのに……!」
真っ赤な顔に手を当て、じりじりと後ずさり始めた!
「いや僕は――」
直枝理樹って言おうとしたんだけど――
「は……恥かしくて死んじゃう……っ!」
目には涙、顔は真っ赤だ!
「ご、ごめんなさいっ!」
そのままどこかへ行こうとしている!
「す、杉並さん待って!」
「け、けどっ」
「落ち着いて!」
――プルプルプルッ
小さく首を振る杉並さん。
「む、無理…っ」
「僕だよ! 僕は直枝理樹だよっ」
力いっぱい自分の名前を言う。
「うそっ」
うわわ!? 全然信じてもらえない!
「ぼ、僕は理樹だよっ、信じてよっ」
「だって、だって…直枝くんは男の子なんだから!」
「あ……」
そういえばそうだ…。
僕は今――
女装中だったんだ!
「直枝くんは可愛いけど、とりあえず男の子だもの!」
真っ赤な顔で僕に反論してきた!
……。
“とりあえず”って付けてもらいたくなかった!!
「いや、だから僕は直枝理樹だって!」
「うそっ」
「どうしてこうなったかは話せば長くなっちゃうけど……ほら、声だって同じでしょ?」
「あ……………――」
あ、杉並さんの動きが止まった。
「どう…かな?」
キョトンとした顔。
「……うん、同じ…」
何やら落ち着いてきたようだ。
「顔もよく見てみてよ」
「……う、うん」
不安そうに近づいてきて、僕の顔を覗きこむ。
「あ、ほんと…」
「優しそうな目……直枝くんの目…」
マジマジと僕の顔を見ている。
「口元もおんなじ…」
「…………」
「…………」
じっと見入ってしまっている杉並さん。
自分で言っておいて何だけど。
こ、これは……めちゃくちゃ恥かしいっ!
「す、杉並さん」
「鼻も直枝くんだ…」
「か、顔、近い……」
「……え?」
「も、もうちょっと離れて…」
「え? えっと…あ、あっ!?」
急いで距離を離す。
「ご、ごめんなさいっ!」
また顔を真っ赤にしてるし。
「――僕だって、信じてもらえた?」
「……うん」
コクリ、と頷く杉並さん。
「ふぅ…よかった…一時はどうなるかと思ったよ」
僕もほっと胸を撫で下ろす。
「――けど、知らなかった…」
「直枝くんが女の子だったなんて」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!!」
激しく誤解を生んでいた!!
「僕は男だからっ!!」
「え? え??」
頭にクエスチョンをいっぱいに浮かべている杉並さん。
その杉並さんが一生懸命頭を捻って出した答えは…。
「お…」
「お湯をかけたら男に戻りますか……?」
古いマンガのネタだった…。
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