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「――女装?」
「うん」
僕は、今朝恭介が王様ゲームを始めたこと、僕が敗者となって女装させられたことを簡単に説明した。
「そうだったんだ…」
「さっきから女装していることを忘れて大変な目にあってるけどね……」
「……直枝くん」
「なに?」
「あ、あの、そ、その……」
また目をそらしてモジモジとしている。
「か……か、か……」
「か?」
「可愛い…よ」
そこでカーッと赤くなる杉並さん。
「……あはは……ありがと」
なんとも嬉しくない褒め言葉だった!
「…………」
「…おっきい…」
「だから、胸もパッドだからっ!」
本当にわかってるのか心配になってきた…。
「ところで――僕に用って?」
「え……?」
「あ、そ、それは……」
またオドオドとしたけど――
「……私だって頑張れば……」
うつむき加減の杉並さんから、そんなつぶやきが聞えた気がする。
ゴクリと生唾を飲み込んだ後。
杉並さんが意を決したように顔を上げた。
真剣な眼差しが僕に向けられる。
「私……」
「いつも直枝くんたちを遠くから見てました…」
「みんな、とても楽しそうで…」
「直枝くんはそんなみんなの中心で、いつもとっても輝いてて…」
「それで…わ、私…」
「そ、それで……」
口元に軽く握った手を当てて、オドオドとし始めた。
「だ、だから…………」
「………………」
朱に染まった顔を下に向ける。
「………………」
「や……っ」
「やっぱり…無理っ」
「……え?」
「やっぱり無理……っ」
どうしたんだろう?
「ご、ごめんなさいっ! 今日のことは……今日のことは…忘れてくださいっ!」
――ダッ!
突然、そんなことをまくし立てて言うと、杉並さんは一目散にドアに向かって駆け出した!
「あ、ちょっと、杉並さんっ」
僕の制止も聞かず、そのままドアを開けて飛び出そうとしたが…。
――ドッスン!
「キャッ!?」
「おっと」
杉並さんが誰かとぶつかって、抱きかかえられていた。
「いくら人気のない場所でも、突然飛び出すのは怪我の元となるぞ」
「く……来ヶ谷さん!?」
来ヶ谷さんが杉並さんをしっかりとキャッチしていた。
「は、放してくださいっ!!」
来ヶ谷さんを振り切ろうともがく杉並さん。
「放してもいいが……」
「いいのか? このまま行ってしまっても」
「――!?」
動きが止まった。
「――悪いが、先ほどから話が聞こえてしまってな」
「!!」
杉並さんの顔が一気に赤くなる。
「ちょっといいか」
来ヶ谷さんが杉並さんの耳元に口を近づける。
「え、い、嫌っ! や、やめてください来ヶ谷さん!!」
「おかしなことはしない」
問答無用の来ヶ谷さん。
「け、けどっ」
「……ボソボソ……ボソボソ……」
来ヶ谷さんが何かをつぶやいている。
「あの! ちょっと――……え?」
あ、杉並さんが急に大人しくなった。
「……ボソボソ……理樹君に……ボソボソ……上手く……手を貸す……」
いったい何を話してるんだろう?
来ヶ谷さんが顔を上げる。
「――どうだ? キミには悪くない話だと思うが」
「は、はい…けど、本当にいいんですか…?」
「ああ、もちろんだ」
「え、じゃあ――」
表情がパッと明るくなる杉並さん。
「だが」
そこで言葉を切った。
「もちろんそれ相応のリスクを負ってもらうが」
「リ、リスク……?」
すぐに困惑の表情になった。
「虎穴にいらずんば虎児を得ず、と言うだろう?」
「なあ、理樹君」
「え?」
――まるで獲物を見つけたオオカミのような来ヶ谷さんの目が、杉並さんと、そして僕を捕らえていた。
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