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「――念のため説明しておくぞ」
「そのカップル用のストローを見てくれ」
目の前に置いてあるメロンソーダから伸びた、二股に分かれたストローを見る。
「くちゃくちゃ飲みにくそうだな」
「ストローの間は120°くらいかな?」
普通なら向かい合って飲めるようになってるはずだけど、これだと向かい合って飲めそうにない。
「……なるほど、この角度ですと隣り合って飲むタイプですね」
「正解だ、西園」
そっか。
だからさっき席替えしたんだ。
僕はソファタイプの席に座っていて、鈴は僕の右隣…少し離れて座っている。
「今回のミッションは、理樹と鈴、二人で仲良くメロンソーダを空にすることだ」
「いいか?」
「りょーかいだ」
力強く頷く鈴。
「理樹もわかったか?」
「うん」
ミッションというほどのものでもないと思うけど。
「理樹、作戦タイムだっ」
鈴はミッションという言葉に反応したのかノリがいい。
「作戦って…飲むだけでしょ?」
「なにぃ!?」
顔をしかめられた。
「そんな安易な考えで飲もうとしたら、あたしたちが逆に飲まれるぞっ」
「わふー、鈴さん、ナイスじょ~くなのですーっ」
クドの言葉に鈴はえっへんと胸を反らす。
「えーっと、ならどんな作戦でいこう?」
「1、2の3で一気に飲む」
「名づけて『きょーこーとっぱ作戦』だっ」
やっぱりただ飲むだけだった!
「――よよよよよよし、りりり理樹」
「いいいいくぞっ」
「う、うん」
「1、2の――」
鈴が異様にぎこちなくコールを開始したが、
「りんちゃん待って~」
「う、うわっ!? なっ、なんだこまりちゃんっ!?」
「ほわぁっ!?」
鈴が突然の呼びかけにびっくりし、さらに小毬さんがびっくりした鈴にびっくりした!
「……鈴さん、直枝さんとの間が空きすぎだと思うのですが」
「うん、私もそれを言おうと思ったんだよ~」
「それだと鈴が思いっきり体を伸ばさないとストローに口が届かないぞ?」
西園さんや謙吾が言うように、僕と鈴の間には人一人が座れるくらいの隙間が空いている。
「そ、それは誤算だった…」
「よし理樹、ち、近づくぞっ」
「え、あ、うん」
「ち、近づくからなっ」
「……」
――ずり、ずり
「……」
――ずり、ずり
ソファ型の席を、鈴がじりじりとオシリをずらしながら僕ににじり寄って来る。
なぜか目線は僕と逆の方向。
「……」
「……」
僕と10センチくらい空間を空けて止まった。
「ふぅ…実に長い長旅だった」
「こっ、これで文句あるまい」
「うん、おっけー、だよ」
横に来た鈴を見る。
「「あ…」」
目と目が合った。
途端。
「うわぁっ!?」
――そそくささーっ!
すごい勢いで顔ごと逸らされた!
「どうしたの鈴?」
「な、なんでもないっ」
「は、はやくミッションクリアするぞっ」
「う、うん」
鈴がカチカチのせいか……。
僕まで緊張したきた!
「理樹、じゅっ、じゅっ、準備はいいかっ?」
「だ、大丈夫だよ」
「いくぞっ!」
「「1、2の――」」
「「 3! 」」
僕は勢いよくストローの飲み口に手を伸ばした。
鈴もストローの飲み口に手を伸ばし、その指先が僕の指先と…。
――ぴっ。
「――――ッッ!?」
バネでも仕込まれているかのように、鈴が一気に飛び退いたっ!
「い、いいいいいい、今、あたしのゆ、ゆ、指と、り、理樹の指がチョンってしたぞっ!? チョンって!」
僕と触れた指先をもう一方の手でキュッと握りしめながら、むちゃくちゃ慌てている。
「ど、どどど、どうしてくれるんだっ!?」
「どうてくれるって言われても」
「えっと、ごめん」
「ふみゃーっ、ゴメンで済むかーっ!」
「ええーっ!?」
「もう手を使うのは無しだっ!」
「ええーっ!?」
周りはと言うと。
「な、なんか妙に緊張感あふれてねぇか?」
「ああ、こいつはまさしくミッションだぜ…」
異様な緊張感に包まれていた!
――2度目のトライ。
「理樹、気を引きしめないとここで死ぬかもしれない」
「そこまで危ないことしてないからね」
「いいいい、い、いくぞっ」
「うん」
「「1、2の――」」
「「3っ!!」」
僕と鈴が同時にストローに近寄る!
二人の肩と肩が近づき――
――こつ。
「うわわぁーっ!?」
電気を浴びたように、鈴が一気に飛び退いたっ!
「い、いいいいいい、今、あたしの肩と、り、理樹の肩がっ、肩が優しく触れ合ったぞっ!?」
「くちゃくちゃビビビってきたっ!!」
目を僕と合わせないように泳がせながら、顔を真っ赤にしてむちゃくちゃ慌てている!
「こ、ここここここ、これはどう責任取るつもりだーっ」
「いやいやいや、肩がぶつかっただけだからっ!」
「いやー、なんて言うかすごいドキドキしますネ…」
「手に汗握るわね…」
「み、見てる私たちまでドキドキしてくるよ~…」
葉留佳さん、佳奈多さんと小毬さんなんて瞬きもしないでこっちを見つめてるし!
「こーなったら奥の手を使うしかあるまいっ」
「これだけは使いたくなかった…」
鈴は何かよい方法を隠し持っているようだ。
「奥の手って?」
――ぴんぽ~ん。
鈴の手がオーダーの呼び鈴を叩いていた。
「もう一つ、くれっ」
『は~い』
「って、ええええええええええぇぇぇーーーっ!?」
「あたしと理樹で一つずつ飲めば問題ない」
「いやいやいやいや…」
根本から間違っていた!
「鈴、ひとついいか」
「なんだ馬鹿兄貴」
「おまえ、同じの頼んだらまたカップル用が来るぞ。もう一回やるつもりか?」
「な、なにぃーっ!?」
自分で墓穴を掘っていた!
「――仕方ない。手伝うとするか」
鈴の横にすまし顔の来ヶ谷さんが腰を掛ける。
「手伝うって…どう手伝うの?」
「なに、安心しろ。ここに座ってるだけさ」
――3回目。
「理樹っ、もう失敗はゆるされないぞっ」
「わ、わかった!」
「鈴、いくよ!」
「こいっ!」
テンションが上がってきて、僕も鈴も気合いが篭っている。
「「1、2の――」」
「「 3っ!!! 」」
僕と鈴が同時にストローへ近づく!
奇跡的にどこも鈴と当たっていない!
――はむっ!
やった、ストローをくわえれたっ!
鈴の顔が近くにあるのがわかる。
僕のリボンで結った髪と鈴の長い髪が触れ合う微(かす)かで心地よい感触。
その瞬間。
「ふみゃーっ!?」
人が入っているお風呂に足を踏み入れてしまったときのように、鈴が一気に飛び退いたっ!
「い、いいいいいい、今、理樹からふわっといい匂いがしたーっ!?」
って、それはどうしようもないっ!
そして飛びのいた鈴は…。
ボフンっ。
「ふみゃっ!?」
「――キャッチだ」
見事、隣に座っていた来ヶ谷さんに飛び込んでいた!
「ああ…やはり鈴君はふかふかで抱き心地が最高だ」
鈴を背中からギュッと抱いている来ヶ谷さん。
「うわっ、く、くるがやっ!? やっ、やめろ~っ」
「ちなみに鈴君もとてもいい匂いだぞ」
「ふかーっ! 匂いかぐなーっ!」
ジタバタと暴れる鈴だが、来ヶ谷さんの手からは逃れられない!
「……なるほど、来ヶ谷さんはそれがしたかったんですね」
「はっはっは、無論だ」
どうやら来ヶ谷さんは、これに乗じて鈴で遊びたかったようだ…。
「なら、次は俺が――」
恭介が腰を浮かそうとしたが。
「ダメだよ~」
「ダメなのですっ」
「ダメ…だと思うよ?」
「ダメですヨ」
「ダメよ」
「ダメに決まってます」
「ダメだろ、普通に考えっとよ」
「ダメだ」
「ロリコン」
「まだ何も言ってないだろ!? しかもロリコン関係ないだろっ!?」
「理樹、変態兄貴は放っておいてミッションクリアするぞ」
「え、あー…そうだね」
「うああああぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
――4回目。
「理樹」
「なに、鈴?」
「あたしはもうダメだ…あたしが死んだら馬鹿兄貴を頼む」
「いやいやいや、ジュースで過労死したら間違いなく新聞載っちゃうからっ!」
ちなみに鈴の後ろでは来ヶ谷さんがスタンバってるし、もう逃げ道がない。
「鈴」
「ん?」
「ストローをくわえたら、目を閉じて一気に飲もう。それが一番最善策だと思う」
「(ちりん)」
「じゃあ…いくよっ!」
「こいっ」
「「1、2の――」」
「「 3っ!!! 」」
――はむっ
やった!
上手くストローをくわえることが出来た!
目を閉じていて見えないが、鈴も飛び退かないで耐えているようだ。
周りからは「おおおーっ」とか「りんちゃんも理樹ちゃんもほっぺ赤いね」とか「ラブラブなのです~っ」と聞えてくる。
僕は気にせず、そのまま思いっきりジュースを吸った!
「……!?」
――ズ、ズズズズッ、ズズズズズズズズッ!
「…………」
「…………」
――ズ、ズズズズッ、ズズズッ、ズズズズズッ!
こ、これ…。
――ズズズズッズズッ!
恐ろしいほど飲みづらいっ!!
きっとストローが途中で捻ってあったり、ハート型を描いたりしているせいだと思うけど…。
――ズ、ズゾゾッゾゾッゾゾゾゾッゾッ!
ありえない飲みづらさだ!
「……! ……!」
「…………んぐ! ……んぐ!」
すぐ横の鈴からも苦しそうな声が漏れ聞えてくる!
きっと今の僕たちは普通に顔が真っ赤だ!
「ふえぇぇぇっ!? ぜ、全然ロマンチックじゃない~っ」
「マンガなどの微笑ましいイメージには遠く及ばないな、この光景は」
「え、ええーっ、誰かとお付き合いしたら一緒に仲良くあれを飲むのが夢だったのに……」
「お二人から必死のおーらが発せられてますっ!」
「あははははは、二人とも顔真っ赤、真っ赤!」
「クジが外れて本当によかったわ…」
「……美しくありません」
「っつーか、マジでミッションだろ、これ」
「ああ…」
みんなドン引きだった!
「どれも等しくミッションさ」
絶対騙されてる気がする…。
少女マンガではよくあるロマンティックなシチュエーション。
後ろに可憐な花々が咲き誇り、綺麗なカップルが微笑み、愛をささやき合いながら同じ飲み物を飲む光景。
僕と鈴は身をもって現実と理想のギャップを証明したのだ。
――酸欠でギブアップする、という形で。
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