前回<花ざかりの理樹たちへリスト>次回
――僕たちは様々な服や小物が置いているショップにいるわけで。
「このサイフなんて結構いいわね」
佳奈多さんが並んでいるサイフを手に取る。
白色がベースで、リボンの模様があしらわれている。
へぇ…。
てっきり飾り気のないシンプルな物が好きかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
「こっちなんてどうかな?」
「どれ?」
「これこれ」
僕が別のサイフに手を伸ばす。
佳奈多さんの近くにあるサイフに手を伸ばしたので、必然的に体と体の距離が縮まる。
「……!」
「どうしたの、佳奈多さん」
「な、なんでもない」
どうしたんだろ?
ブンブンと顔を振っている。
「こ、これね」
「へぇ、なかなかいいじゃない」
僕が選んだサイフを、はにかんだような顔で見つめている。
「ここのアクセントなんて可愛らしいと思うんだ」
「そうね」
なぜかちょっと佳奈多さんのほっぺたに朱が差している。
「これにしちゃ――」
――ぬっ
「ほう、二木は意外とそういうのが趣味なのか」
「うわっ」
「!?」
僕と佳奈多さんの間に、文字通り顔を挟む謙吾。
「え、あっ!」
「こっ、これは違うから!」
あたふたとしながら、慌ててサイフを元の位置に戻す。
「あ! これなんていい感じね」
「それ紳士用だよ…しかもワンコインセールの」
「この無地で地味で投げやりな感じが気に入ったわ」
一人でウンウンと頷いている佳奈多さん。
「二木も決まったようだし、理樹」
「ん?」
「少々俺も服を選びたいんだが、自分だけではどうにもな」
「選ぶのを手伝ってはくれないか?」
「うん、いいよ」
「え!?」
佳奈多さんが口を開く。
「どうしたの?」
「……なんでもない。行けば?」
腕組みをしてツンとそっぽを向く。
「佳奈多さ――」
「な・ん・で・も・な・い」
か、佳奈多さん…。
さっきまであんなに機嫌が良さそうだったのに、今はすごく虫の居所が悪そうだっ。
「はっはっはー! こんなのはどうだ、理樹」
妙にハイテンションな謙吾が自分の体に当てているのは、胸に大きなハートがあしらわれた緑色のトレーナーだ。
うあぁ…。
「どうだペアルックとシャレこまないか?」
「二人で着ればまるであつあつなアベックだな、はっはっはっ!」
「ええーっ!? ぼ、僕は遠慮しておくよっ」
「なにぃ!?」
「……なるほど、失念していた。色違いのピンクの方がよかったか」
「いやいやそうじゃなくてっ」
謙吾から目をそらす。
「…ダ…」
「ダサいんだ…」
「なっ……なぬぅぅぅーーーーっ!?」
嬉しそうに物色していた謙吾の顔が驚愕の表情と変わる!
そして手にしていた目が痛くなるくらいのピンク色のトレーナーがパサリとすべり落ちた。
うーん。
これは僕が選んであげたほうがよさそうだ…。
「あーほらほら、謙吾こっちこっち」
「はぁ…なんだ?」
「このジャケットなんてどうかな?」
「むぅ」
謙吾の体に一着のジャケットを当てる。
「着まわしもきくし、結構いいんじゃないかな?」
「……」
「……」
「なんで鼻の下が伸びてるのさ…」
「…なっ!? い、いやっ、べ、別に、の、伸びてなんかいないぞっ」
「伸びてたよ、2センチくらい」
「そ、そんな変な顔をしていたか…?」
「してた」
顔をしかめる謙吾に笑い返す。
――くい、くい
袖を引かれ、振り返ると佳奈多さんが立っていた。
「……」
ふ、膨れている……ように見えるけど気のせいかな。
「ど、どうしたの?」
「私も選ぼうと思って、服」
ここはメンズのコーナーで、レディースのコーナーは逆側だ。
それなのに佳奈多さんは腕組み仁王立ちのまま動こうとしない。
つまり、今の言葉を意訳すると「一緒に選びたいから着いて来て」…なんだと思う。
佳奈多さんと謙吾の顔を交互に見る。
うーん。
謙吾は放っておくと、また奇妙な服を選んで買っちゃいそうだし……。
「ごめんね、佳奈多さん」
「――!」
「謙吾さ、びっくりするくらいセンス悪くて」
「僕が選ぶのを手伝ってあげないと、変なの買っちゃいそうで」
謙吾がコクコクと頷く。
「確かに俺は理樹が選んでくれないと奇妙な服を選ぶだろうな。それはコーラを飲むとゲップが出るくらい確実なことだ」
「なんせセンスがいい二木と違って俺は驚くぐらいセンスがないからな!」
「はーっはっはっ!!」
「センス悪いって言われて、なんでそんな鬼の首取ったようなのさ…」
笑顔満点の謙吾に比べ、佳奈多さんは――。
「~~~~!!」
目に見えてプンスカしていた!
「上がそれなら、インナーはこれなんて良さそうだよ」
「ああ、これなら剣道着とも合わせられるな」
「それはどうかと思うよ…」
――くい、くい
「直枝」
――くい、くい
服の裾を引かれ、振り返ると……。
「似合うかしら、これ?」
佳奈多さんが……。
メガネをかけて立っていた!
どうやら僕たちのすぐ横にある度の入っていないファッション用のコーナーのもののようだ。
「どう?」
自信があるような、それでいてちょっと照れたような顔。
佳奈多さんのメガネ姿は、本当によく似合っている!
「うわ、佳奈多さん、すごい似合ってるよ!」
「本当?」
「うん、こう言っていいのかわからないけど…すごくかっこいい」
「そう?」
パーッと明るい表情が浮かぶ。
「前にクドリャフカにも『とてもよくお似合いですー』って言われたんだけど、迷ってたのよね」
「そうね…」
ちらりと僕の顔を覗き見る佳奈多さん。
「な、直枝がいいって言ってくれたなら買――」
「――理樹」
声のした方を向くと。
「どうだ?」
謙吾も佳奈多さんと同じ種類のメガネをかけていた。
って!?
「謙吾、めちゃくちゃ似合ってるよっ!」
「当然だ」
スチャっとメガネを中指で直す。
それがまた恐ろしいほど様になっている!
首から上だけを見れば、まるで知的クールを絵に描いたかのようだ!
「すごいよ謙吾、どうして今までかけなかったの?」
「一度かけたことがあったんだが……どうにも周りの女子が殺気立っているように感じてな」
ああ、わかる気がする。
きっとこの謙吾なら下駄箱の手紙の量が3割増しくらいにはなるだろう。
そんな話をしていると突然。
――ぱこっ!
佳奈多さんに頭を叩かれたっ!
「な、なにするのさーっ」
「手が滑っただけ!」
膨れながらそんなこと言われてもっ!
買い物をして笑顔がこぼれている謙吾と、対照的に肩を怒らせている膨れている佳奈多さんとテナントを出ようとしたときだ。
テナントのショーウインドウの前に見慣れた女の子を見つけた。
「――鈴」
「…ん?」
「う、うわぁーっ!? 理樹だっ!?」
驚いた猫のように飛び退く。
「いやいや、そこまで驚かなくても」
「い、いい、いったいあたしになんのようだっ!?」
なぜか焦りまくっている。
「ただ見かけたから、かな。何してたの?」
「そ、それはだな…息をしていた」
いやまあ、たしかにそれをしなきゃ人間は死んじゃうけど…。
鈴が見ていたショーケースに目を落とす。
「う、うみゅ…」
そこには可愛らしいネックレスが並んでいた。
「ほう、ついに鈴も…」
謙吾が口を挟む。
「う、うっさいわ、このボケーっ!」
「そ、そ、そんなんじゃないからなっ、ホントだからなっ!」
真っ赤になっている鈴。
そっか。
鈴もどうやらオシャレに興味が出てきたのかもしれない。
オシャレに興味が出てきた頃は妙な恥かしさがあるものだ。
「棗さん」
「な、なんだ、いいんちょー」
「クドリャフカたちと一緒じゃなかったの?」
「クドとこまりちゃんなら食品売り場のとこのエスカレーターを上って行ったぞ。そこからは知らん」
「あそこのエスカレーターね…………あ」
何かを思いついたのか、佳奈多さんが携帯を開き操作する。
「どうしたの、佳奈多さん?」
「ちょっと、ね」
すぐさま佳奈多さんの携帯が振動した。
佳奈多さんが携帯を確認してすぐ。
「ねぇ、行きたい場所があるんだけどいいかしら?」
「あ、うん。僕はいいよ」
「棗さんも一緒に行く?」
「い、いや、あたしはちょっと用がある」
「宮沢は?」
「俺か?」
意外そうな顔をする謙吾。
「俺も理樹が行くなら行く」
「そ」
「じゃあ、行きましょうか」
今、佳奈多さんの口元が上がった気がしたんだけど…。
気のせいかな?
「――佳奈多さ~んっ」
「かなちゃん、こっちこっちー」
佳奈多さんに連れられて来たところには、クドと小毬さん、来ヶ谷さんがいた。
「佳奈多君まで来るとは、おねーさん正直びっくりだぞ」
「私をなんだと思ってるんですか…こういうのも買うときは買います」
「私はよく佳奈多さんに下着を選んでもらっているのですっ」
「理樹ちゃんも下着選んでっちゃいなよ、ゆーっ」
「ですよっ、ゆーっ」
「え、下着…?」
僕らが立っている場所の少し後ろのテナントを見回す。
そこは……。
ランジェリーショップだ!!
「――あらぁ」
佳奈多さんが白々しい声をあげ、長い髪の毛に右手を当てふぁさ、と払った。
「ここ、ランジェリーショップね」
「早い話が女性の下着売り場」
「まさかそんな馬鹿はいないとは思うけど…」
「セクシャルハラスメントよねえ」
「男なんかが入ってきたら」
まるで魔女のような流し目で僕の横の人物を見つめる佳奈多さん!
「そうだと思わない?」
「ねえ、宮沢?」
「貴ッ…様ァ…ッ!!」
謙吾のこめかみには青筋がくっきりと浮かんでいたっ!!
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