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■■■ エピソード・鈴 ~後編~ ■■■
「ふぅ…っ、あぶなかった」
いったん落ち着くために理樹から離れてトイレに逃げてきてしまった。
「…少し前髪が曲がってるな」
鏡の前で髪をいじりながら、少しみんなと相談だ。
「これからどーすればいいんだ?」
『いい判断だ――おまえらもこの間に体勢を立て直すんだ』
きょーすけの無駄に凛とした声。
あいつがこんな声を出すときはこーふんしている自分を落ち着かせたいときだ。
『第一段階は成功だ』
「おおー、成功だったのかっ」
『……あれを成功と言ってよいのでしょうか? むしろ我々の直枝さんに対するフラグが乱立しているような気がするのですが』
『これ以上理樹君フラグが立ってしまったら……おねーさん、正直理性を保っていられるかわからん』
『どーどー、姉御。鼻息がすごいことになってますヨ?』
『鈴、これよりフラグ作戦第二段階に移行するぞ』
「二ってことはさっきのよりパワーアップするのか!?」
『第一段階で鈴の女らしいところを見て、理樹は心をときめかせている。追い討ちをかけるなら今だ』
『こいつ一回目の失敗をなかったことにしやがった……』
『そこでだ』
真人のツッコミもスルーされた。
『第二段階は、恋愛の特別コーチのアドバイスで理樹のハートをしっかりキャッチする』
「恋愛のこーち?」
そんな奴メンバーにいるのか?
あたしは鏡を覗き込み髪を結い直しながら、無駄にタメを作っているきょーすけの言葉を待った。
『特別コーチはな――』
『我らがロマンティック大統領こと宮沢謙吾だ!』
『ついに宮沢さんの登場ですかっ!』
「あいつか。ホントにだいじょーぶなのか?」
しょーじき不安だな。
『任せておけ、鈴』
無線機越しでも謙吾がフッと笑ってるのがわかる。
『俺が用意した恋のレシピにかかれば、理樹もおまえに――ゾッコンLOVE』
『いよっ、大統領っ!』
『フ……よせ恭介、照れるだろう』
『あなたたち、言うことがいちいち古臭いわ…』
二木の呆れた声も一緒に聞こえてきている。
『早速だがレッスンを始めるぞ。理樹もベンチで待ちぼうけしてるからな、手短に伝えよう』
どーやらあいつらはさっきから理樹が見える位置で着いて来ているみたいだな。
『おまえらは今まで二人で歩いていたが、俺には二人の距離が遠くに感じられたぞ』
「ん? あたしは理樹の隣を歩いてたんだぞ?」
『確かにそうだ』
『だがな、その二人の距離は友としての距離だ』
『共にLOVEを語り合うにはまだ遠い、遠すぎる』
「うみゅみゅ、よくわからんがどーすればいいんだ?」
『ラブラブになる条件、それは』
「それは……?」
ゴクリと息を呑む。
『手と手をつなぐこと』
『それが俺からおまえたちへ送る――恋の処方箋だ』
「手と手を……」
あたしの手と……。
理樹の手を……。
…つなぐ。
ぽんっ、とホッペが熱くなった!
「ふみゃーーーっ!! そ、そんなんしたら恥かしくて死ぬわっ!!」
『正面きって手をつなぐのは恥かしいだろう』
『だが、俺の恋のレッスンに従えばお前もすんなりと理樹と手をつなぐことができる』
『ロマンティック大統領の名において誓おう』
「ほ、ほんとか?」
『無論だ。行動とタイミングは俺がその都度に指示を出そう』
『だから鈴よ』
『恋をしに行ってこい』
「こ……っ!? そ、そんなんしてないからなっっ!」
余計にホッペが熱くなっちゃっただろっ!
あたしは、前髪と結った髪をクシで梳(と)かしてからトイレを出て、理樹がちょこんと座るベンチへと近づいた。
「……お、おまたせだ」
「次はどこに行こうか、鈴?」
「つ、次はだな……」
すかさず無線機から謙吾の声が聞こえてきた。
『食品売り場がいいだろうな』
食品売り場?
『謙吾君、なんで食品売り場に行くの?』
さすが小毬ちゃんだ。あたしもそれが聞きたいぞ。
『今の時間帯はちょうど夕飯の買物や割引の時間帯だ。恐らくは混んでいる』
『その混雑のどさくさに紛れて、理樹との距離を縮める……という甘酸っぱい作戦でいこうと考えている』
おおおーっ!
馬鹿兄貴より断然それっぽい作戦だっ!
「よし、理樹! 食品売り場に行くぞっ」
「食品売り場? いいけど、何か欲しいものがあるの?」
「あったような、そうでもないよーな、あったかもしれない」
「どっちさ…」
「いいから行くぞっ! あたしについてこいっ」
「わ、待ってよーっ」
――食品売り場にとーちゃくだ。
「うわ……混んでるね」
「そ、そうだな」
謙吾が言った通り、オバチャンたちがひしめき合い「その40%引きの寿司は私のモンよ!」「割引寿司はもう私のカゴの中。あら残念」「キーッ! この泥棒ネコ!」と大混雑だ。
こ、これは理樹と近くにいないとホントにオバチャンの波に流されてしまいそうだ。
「どこを見るの?」
理樹があたしのほうを見てきた。
『場所はどこでも構わん。無難にお菓子売場でいいだろう』
りょーかいだ。
「無難にお菓子売場でいいだろう」
「無難に…? お菓子売場だね」
スカートを揺らしお菓子売場に足を向けた理樹。
とりあえずここまでは成功だな。
『いいぞ。そのまま理樹について行け』
『ここで恋のレッスンだ。理樹から半歩だけ下がって歩くのだ。後ろから手を取る方がさり気なさが出るからな』
『あとは何気ない会話で理樹の気を逸らしておくんだ』
『手をつなぐための――恋の下ごしらえ、という奴だ』
どーでもいいが、言うことが往年の少女マンガのアドバイスキャラみたいだな…。
あたしの右側を歩く理樹よりほんの少しだけ遅く、でいいな。
あとは何気ない会話か…。
『なんでもいい。いつも通りくだらない話題の方がよいだろう』
くだらない話題か。
これなんかどーだろう?
「理樹」
「なに?」
「真人がゲリピーピーらしい」
「ブハッ!?」
『してねぇよっ!!』
すかさず聞こえてくる真人の声と『……わたしに寄らないで下さい』というみおの声。
なんだ、してないのか。
「しかも、まだしにいってないらしい。意外とアイツ頑張り屋さんだ」
『そっちのしてねぇじゃねぇだろっ!?』
なんだアイツ。どんだけワガママなんだ。
「いやいやいやいや…堪える場面でもないし、こういうところでそういうこと言っちゃダメだからね」
『鈴、その調子だ』
『そのままくだらない話を続けながら、さり気なく理樹の手に自分の手を軽く触れるんだ』
『指先で少々触る程度が好ましい』
「な、なにぃ!」
さ、触るのかっ!
り、りりり、理樹の手にっ!
『最初は偶然を装い手が触れ合い『あっ……』となる、そこからLOVEがはじまる』
『図書館で同じ本を選ぶとき、落し物を拾ってあげるとき、トレンディドラマならば当然の恋の始まり方だ』
な、なるほど。そーだったのか。
あたしの右、少しだけ前を歩く理樹。
理樹の手に、ちょっとだけチョンって指を当てればいいんだなっ。
理樹の左手があたしの右斜め前で揺れている。
あ、あの手だな。
あの手にあたしの指をチョンって……。
…………。
……。
な、なんか意識したら急に緊張してきたぞっ!?
「でさ、真人が臭いって言い出してさ――」
理樹はというと何も気付かないでゆーちょーに話をしている。
よ、よし……!
ついゴクリと生唾を飲んでしまう。
指先を当てるだけ、当てるだけ……。
あたしは、そっと右手を動かした。
ドッキ、ドッキ、ドッキドッキドッキッ…
胸がくちゃくちゃドキドキしてきたっ!
お、落ち着けあたしっ!
理樹の手まで、あと20センチ。
ゆっくりと手を、指先を、理樹の手に向けて動かす。
あと10センチ。
あたしの指が少し震えているのがわかる。中指の先が理樹の指先にゆっくりと近づく。
あと8センチ。
あ、あと少しだっ。理樹の手が、もう近くでゆれているっ!
ドッキ、ドッキ、ドッキドッキドッキドッキ、ドッキ、ドッキドッキドッキッ!!
あと5センチっ!
さ、触るぞっ!
あと4センチ…!!
ほ、ほんとに触っちゃうからなっ!!
あと3センチ……!!
あと2センチ…………っ!!!
あと1センチ………………ッ!!!
あと――
「鈴?」
いきなり理樹がこっち向いた。
「ふみゃらにゃわみゃにゃぁあぁあぁあぁあぁーーーーーーーーっ!?」
慌てて理樹の横から飛びのいた!!
「ななななななななな、なビビビビ、ビ、ビックリさせるなぁぁぁぁーーーっ!!」
「い、いやいやいやっ!? な、なんて声だすのさっ! び、ビックリしたのは僕の方だからっっっ!!」
ぜ、絶対今ので寿命が縮まったぞっ!
「そっ、それでいきなりなんだっ!?」
「あ、えっとさ」
ぽりぽりとホッペをかく理樹。
「真人に正露丸買っていってあげよっか?」
「ふかぁぁぁぁーーーーっ!! いらんわぁぁぁぁーーーっ!!!」
「ええぇぇーっ!?」
真人の奴めっ!! 絶対あとで仕返してしてやるっ!
せっかくいいところまで行ったのに振り出しに戻っちゃったぞ……。
はぁ……。
「ほら、鈴、そんなところに立ってないで。他の人の邪魔になってるよ」
あたしは一体どうすればいいんだ……。
そのときだ。
――たしっ。
「……あ」
理樹の手が
あたしの手を取っていた。
「こんなに人が多いと迷子になっちゃうから」
温かい感触が、あたしの手にも心にも広がる。
「り、理樹……」
「この人ごみだとすぐに鈴を見失っちゃいそうで。イヤなら放すけど?」
「………………これで……いい」
「そっか、なら――」
理樹の笑顔が咲いた。
「真人の正露丸、買いに行こう」
『おおおおおおぉぉぉーーーっ!? 鈴のウソのせいでオレは腹を下さねぇとならねぇのかぁぁぁーーーっ!?』
と、真人の絶叫が聞こえてきていた。
『第二段階は見事に成功だぜ! 見ろよ、鈴の顔。幸せそうだろ?』
『ふむ、理樹君の好意と鈴君の幸せを無駄にしないためにはしなければならないだろうな、キミは』
『……全ては二人分の笑顔を守るためです』
『マジかよっ!?』
『井ノ原さん、アイスを3個くらい食べておなか痛いフリをすれば良いのではないでしょうかっ』
『お、ナイスアイデアだぜ、クー公! それでいこうぜ』
『アイスなら私、いいこと思いついたよ~』
『なになに、こまりん?』
『んとね、えへへ』
『これより“第一回・真人くん31アイスクリーム全種類を31分で食べきれるかな?大会”を開催したいと思いまっす!』
『そんなん食えっかぁぁぁぁーーーっ!!』
『おいしいよ?』
『問題そこじゃねぇだろっ!! 謙吾っ、テメェも責任取れよっ!!』
『正直すまんと思っている……が、二人のために散ってくれ』
真人の大絶叫が響いていた。
そして。
『――棗さん、次が最終段階よ』
二木の声が耳元に届いた。
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