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ドリームメイカー 2話 (オリジナル)
作者:m (http://milk0824.sakura.ne.jp/doukana)

紹介メッセージ:
 「オオオオオオォオォオォオォオォッッッッ!!!」 咆哮と共に職員用の机が宙を舞う。 「避けよ!」 グイと手を引かれる。 「え? …

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「オオオオオオォオォオォオォオォッッッッ!!!」
咆哮と共に職員用の机が宙を舞う。
「避けよ!」
グイと手を引かれる。
「え? ひぃやっ!?」

――ガオンンッ!!

職員用机があたしがいた場所のタイルを削り取って後方にすっ飛んでゆく。
「ド阿呆がっ! 気を抜くなと言っておろうっ!!」
そんなことを言ってもこんな経験がないからすぐに対処できるわけないじゃないっ!
一般女子高生でこんな経験をしている人がいたら今すぐここに出てきて欲しいっ!
「く……っ!?」
横では洋介が飛んできた瓦礫をギリギリでかわした。
「か、かわすだけなら問題ない。いいからお前は自分の心配だけしていろ」
いつもの様にクールに言うが、その顔には余裕が一切ない。
「ク……ッ、猫の手程度には助けになるかと思いきや――飛んだ期待外れよの」
獏が何かつぶやいたが、あたしたちはもちろんその声を拾えるほどの余裕なんてない。
「男、女!」
獏から声が飛ぶ。
「お主らはそこで呆けておれ! 死なぬ程度にな」
それだけ言うと、
地面が爆(は)ぜた。
一瞬だった。獏が既に悪夢の間近まで飛んでいた。現実では在らざる速度だ。
悪夢の反応は全く追いついていない。
「ぬおぉおぉおぉおぉおぉおぉォォォッ!!」
悪夢の目前で急激に体を捻り、遠心力がたっぷりと蓄えられた蹴りが放たれた。
ひしゃげていた左腕を喰うかのように食い込む白い脚。それでも回転は止まらない。
筋肉に覆われた分厚い左腕が肉塊と化し千切れ飛ぶ。
「つ、強い……」
あたしからなのか洋介なのからか、自然と口からそんな言葉が漏れる。
獏の攻撃は止まることを知らない。
「フンッ!」
爆音を伴い掌底が悪夢の顎を確実に捉えた。
突き上げられた頭が天井を破り、削り、その巨躯が大きく仰け反る。
すかさず丸太のような右腕を抱え込む獏。
くるりと回り、悪夢に自分の背をつける。そして。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉーーーッ!!」
腕を抱え、背で巨躯を跳ね上げた。
ぶっきら棒な背負い投げだ。だがスケールは全く違う。
暴力的な力によって跳ね上げられた巨躯が天井を粉砕し、校舎2階に衝き抜け、2階のあらゆる設備を破壊しながら半弧を描く。
廊下へ叩きつけられても尚勢いが止まらない巨躯が、あたし達と反対側の校舎側面を瓦礫にしながら校舎外へと飛ぶ。
「――終いじゃ」
いつの間にか上空へ舞った獏が、アスファルトに横たわる化物の直上からしなやかな脚を掲げ急降下した。
それは落雷を思わせるほどに地を響かせた。
獏の貪欲とも言える力が篭められた踵落しが悪夢の腹部に喰い込んでいた。


土煙が収まり廃墟に不気味な静けさだけが残った。
全ては刹那の出来事だ。


あたしと洋介は、ただその光景をあんぐりと口を開け見ているしかなかった。
何が起きたのかも理解に及ばない。

――スチャッ。

「腑抜けたツラをしおって」
あたしたちの前に獏が立った。長い髪を手で払う。同時に土ぼこりが舞う。
まるで猫がねずみを取ったのを自慢しに来たような、そんな顔だった。
「奴には今まで散々に苦戦させられたが、いざ本気になると大したことがないものよ」
戦いの余韻か、勝利の喜びなのか、獏の目は子どもの様に輝いていた。
「ば、獏って……」
「なんじゃ」
「……すごいね」
そんな単純な言葉しか出なかった。だが獏は、
「そうであろう。フンっ、あの程度の悪夢なんぞ妾に掛かれば造作もない」
嬉しそうだった。
あー……意外と感情が顔に出やすいタイプなのかも。
呆けていた洋介も、
「……オレたちは助かったのか?」
ようやくメガネを直し、言葉を口にした。
「ああ、早よ帰れ。後は妾があの悪夢を喰らえば――」
獏がまるでお子様ランチを見るような顔で悪夢がいた方向を見た――時だった。

――ゥゥゥゥゥウオンッッッッ――

ドップラー効果を伴い「それ」は飛んできた。
腕だった。
悪夢の千切れ飛んだ左腕だった。自らの腕を力任せにぶん投げたのだ、奴が。
そして、そのことに気づいたときは何もかも遅かった。

「え?」

間の抜けた獏の声。
目の前で、何かが砕けた音が聞こえた。砕けてはいけない骨の音だ。
何かが潰れた音が聞こえた。潰れてはいけない臓物の音だ。
さっきまであたしたちの前で自慢げにしていた獏が目前から消失した。
役目を終えた左腕があたしたちの横の壁を突き破り外へと転がる。

「え?」
先ほど獏から発せられたのと同じ間の抜けた声が、間が抜けたとしか言いようがないほどのタイムラグを挟んであたしたちの口から漏れた。
「ば……獏?」
……あたしたちの近くに転がっていた。
「獏ッ!!」
散乱する瓦礫につんのめりながら慌てて獏の下へ駆け寄った。
「ガ……ハ……っ」
「うそ……」
月光に映るその姿は――もう戦闘は元より立ち上がること、それ以上に動けないほどのダメージを負っていた。それが一目でわかる……惨憺たる様だ。
眼をそらしたくなる光景だが、あたしはその姿を見つめた。
何ができるかなんてわからないけど、獏の白から赤に染まった細い手を握りしめた。
「ぬ……か……った……」
一言発する度に口から血があふれ出す。
これじゃぁ……もう……。

グシャリ、グシャリと瓦礫を踏み潰しながら悪夢が校舎へとその巨躯を現した。
行動をするごとに全身の至る所から青い血が吹き出す。それが瀕死なのは見るからにわかる。
けど……。
「グオオオオオオオォオォオォオォオォオォオォオォッ!!」
吼えていた。
ただただ怒りに任せ、全身から血が吹き出すことを無視し、力の限り吼えていた。
どんなに瀕死でも……あたしたちにはもう、アレに対抗手段が……ない。
まさに――悪夢だ。
どうしようもない……。
獏の手を握り締め、絶望に打ちひしがれて座り込むあたしに一つの影がかかった。
それは、あたしの前に立ちはだかっている人影。
「お前は――……俺が守ってみせる」
「よ、洋介?」
洋介があたしの前に立っていた。
立ちはだかるその足は可哀想になるくらい震えていた。
手に構えるのは転がっていたひしゃげた窓のサッシだ。それだって焦点を失い左右にぶれている。
そんなの当然だ。向かい合っているのは『死』なのだ。
それでも洋介は気丈にも悪夢に向きあっている。
あたしの前に立っている。
「そ、そんなバカなことやめよ、ね、洋介……?」
「ああ、オレはバカだ」
悪夢を目線に捉えたままの洋介が、いつものように鼻で笑った。
「バカは死なない、と昔から言われている。知らないのか?」
そんなの……初耳だよ。
「だからオレは死なない。なにせバカだからな」
脚を震わせ、声を震わせ、精一杯平常を装っていた。
「それにそいつが言っただろう。ここは夢の世界だ。信じれば何でもできる世界だ」
ジリ、と足を鳴らす。
「亜子も言っていた。夢は思うように動かすことができると」
「そいつも言っていた。自分を信じろ。何でもできると」
「だからオレは信じる」
悪夢がゆっくりと、確実にこちらに足を向ける。体を引きずり近づいてくる。
「オレはバカだ」
「バカだから死なない」
洋介の脚の震えが止まっていた。
「――お前を守りきるまで死なない」
「洋介……」
大きく息を吸い込んで一呼吸を置き吐き出す洋介。
「いいか、オレがあいつに向かうのと同時に逃るんだ。目が覚めるまで逃げろ」
「け、けどっ!」
「たまには反発せずに聞け!」
いつもとは違う語調に言葉が止まる。その言葉には大きな覚悟が篭められていた。そんな洋介に……反発なんてできるわけがない。
「俺がアレを止める。なに、大丈夫だ。その間に逃げるんだ」
あたしは……頷いた。頷くしかなかった。
「逃げ切れよ」
振り向きもせずそれだけ言うと、洋介が大きく息を吸い込み手にした窓サッシを構えた。

「お……おおおおおおおおおおおおおおおーーーッ」

地を蹴り、悪夢へ向けて真っ直ぐに走り出した。瓦礫に脚を取られながらも駆けてゆく。
あたしも――っ
獏の手を離そうとした瞬間だ。手をグイと引かれた。
「ば、獏――!?」
獏があたしの手を握り締めていた。全身がぼろ雑巾のような状態で、その手にだけ力が篭っている。
「阿呆が……さっきも……言ったであろうが……ガハッ――逃げても……無駄じゃ」
途切れ途切れに言葉が振り絞られる。
「そ、そんなこと言ったってっ!!」
「女――美月と言ったか……今の状況で……お主らも……妾も……助かるであろう方法が……ある」
「え……」
獏の半開きの眼が金色を取り戻しつつあった。
「お主の身体を……ガハッ……妾に……貸せ」
あたしの身体を……。
獏に貸す……?
意味が良く飲み込めない。いや、わかるけどわからない。何を言ったの……?

遠くでサンドバックを殴るような鈍い音が響いた。
慌ててそちらを見ると、
「があああああぁぁぁぁーーーッ!!」
洋介が吹っ飛んで行き、教室の机を弾き飛ばしながら止まった。

「よ、洋介ェッ」
「まだ生きておるな……どうやら男は……夢の使い方を……わかっているの……」
金色の眼があたしを射抜いた。
「だが今に……死ぬ」
その言葉で心臓が凍った。
洋介が……死ぬ。
それは直面している現実だ。
「あ……」
もう喉なんてカラカラだ。
「あたしの身体を貸すっていうのは? それで……この悪夢を終わらせられるの?」
気付いたときにはそんなことを口にしていた。
獏の目を見つめ、握る手に力が篭る。
「お主の身体に……妾の力を流すだけじゃ……それが残された――勝機」

「グオオ……」
巨躯を引きずり、悪夢が洋介を飛ばしたほうへジリジリと向かう。

あたしは……。
「――わかった。貸す」
即断していた。藁をも掴みたい一心だったのかもしれない。
獏が口元を歪めた、気がした。
その体から青い粒子が零れ始めた。さながら青い蛍が舞っているような光景だ。
「……そのままにしておれ……」
その青い粒子が手を握るあたしの手に集まる。
手が暖かくなったと感じたときだ。

光。
月明かりを打ち消し、辺りの惨状を浮き彫りにする。

体は青い光と消え、あたしの身体へと吸い込まれていた。
目の前に残るのは瓦礫が沈む痛々しい血溜まりだけだ。
「……?」
何が……起きたの?
『お主の身体を……間借りさせてもらった』
「ッ!?」
か、身体の中から声が響いてきた!?
『どれ……借りるぞ』
自分の腕が自分の意思とは関係なく持ち上がり、拳を握って、そして開く。
「えっ!? えっ!?」
『中々に良い身体じゃ。鍛えておるな……。妾との身体の相性も良い』
「なっ、中で変なこと言わないでよっ!」
自分の身体が自分でなくなった感覚。
意思と無関係に身体が動く様が――気持ち悪い。
『これならば……妾のパワーを上手く乗せることができよう』
『妾が……残った力をアレに全て叩きつける。それで全てが終いじゃ。結果がどちらであれな』
……結果がどちらであれ。
その言葉の意味はこうだ。
上手くいけば良し。失敗したらもう打つ手なしということ……か。
「あたしは……何をすればいいの?」
『何もせずとも良い』
『ただ信じよ』
その言葉は力強かった。
『自分を信じよ』
直接心に響いていた。
『自分が何でもできると信じよ。それがこの世界の理』

ボロボロになった洋介が横たわる場所へ巨躯が辿り着いてしまった。
青い血を巻き散らかしながら洋介を叩き潰そうと、振りかぶった。

『――ゆくぞッ!!』
「う、うんっ!」
自分の脚が意思とは無関係に地を蹴った。
瞬間。
土煙を置きざりにし、疾風と化した身体が地を馳せる。
全ての音が感覚から消えた。
高速で走っているはずだが全てがスローに映る。
飛び散る瓦礫が後方でゆっくりと舞う。
巨躯が反応し、洋介に振り下ろそうとしていた分厚い腕をこちらに向けた。
その豪腕が荒々しく放たれた。
『クッ!』
身をかがめる。
頭上をゆっくりと豪腕が通り過ぎてゆく。
突風を伴った風圧がポニーテールをデタラメに揺らす。
目の前に――ガラ空きの腹部が晒された。

『覚悟を決めよッ!!』

拳が後ろに引かれる。
力が集まってゆくのがわかる。

これは夢。なんでもできる夢。
どんなことだって上手くいく……ッ!!

意識から全ての感覚が潰える。
ただの乱暴で単純な右ストレート。
だが拳が光を放ちながら加速してゆく。

『「うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーっ!!」』

拳が――
悪夢の腹に喰らい込んだ。

遅れてやってくる、音。

『「消し飛べえええええええええええええぇぇぇぇぇぇーーーっ!!」』

ドゴオオオオオオオオオオオオォォォォォォンッッッッ!!

目の前でダイナマイトが炸裂したような錯覚。
刹那、フロアの床を剥ぎ取り周囲の壁を薙ぎながら巨体が30mの距離を一気に吹っ飛ぶ。
吹き飛んだ先、壁を突き破り、校舎を瓦礫に変えても尚も飽き足らぬ威力が巨体と共に校庭の土を削り取り木を薙ぎ倒す。
爆撃後のような土煙が舞い上がる。
それは――動きを完全に止めた。



――悪夢が
  終焉した――。


***


静けさが戻った。
土煙が晴れ、遥か遠くに横たわる悪夢が微動だにしないのが見て取れる。
「……やったの……?」
急に力が抜け、ペタンとその場にあたしは崩れ落ちた。
もうクタクタだ、精神的にも肉体的にも。
「ガ……ハ……ッ」
あたしの身体から獏が崩れるように現れた。
その身体を慌てて支えるが、先ほど同様にボロボロだった。
「獏……!」
「……アレを見ておれ……」
言われるがまま悪夢に目を移す。

その巨躯がが黒い粒子と化し分解されて行く。
月明かりに揺れ、あれほどまでに凶悪だった存在が姿を消す。
黒い粒子が舞いあたしの元――倒れこむ獏の下へと集まってゆく。

「久方ぶりの……食事か」
その全てが腕の中で横たわる獏の口に吸い込まれていった。
「なんと美味な」
吸収されていく。
全ての霧が獏へと吸い込まれた。妖艶な舌が艶やかな唇の上を這う。
「フム……先程よりはマシといった程度か。手を貸せ。妾を起こせ」
その光景に呆けている間に、獏の身体が少しだけ回復していた。
見れない程度から見れる程度までの微々たる回復だ。
「獏、い、今のは?」
「言ったであろう。妾は『夢喰いの獏』。その名が表す通り悪夢を喰らう。悪夢を喰らい力をつける。今回はしかし――失い過ぎた」
まだ荒い息を吐きながら、身体を支えていたあたしの首に白くしなやかな腕をを回してきた。
熱い吐息が首に掛けられる。
「えっ、なっ、なっ、なに!?」
「こうしての――」
フフッと笑いをこぼす。
「お主からも力をもらっておる」
「ちょっと!? 勝手にあたしの力取らないでよ!? え、さっきから異様に疲れてるのってまさか!?」
「お主と妾の身体の相性は良いからな」
「変な言い方しないでよっ!」
横で瓦礫が崩れる音。
そちらを見ると、

「死ぬかと思ったぁッ!!」
洋介が勢い良く瓦礫を跳ね除け起き上がった。

「よ、洋介っ! よかった、生きてた……」
「無論だ」
いつもの様に月光にクールな笑みを浮かべ、メガネをあげた
「言ったろう、バカは死なないと」
破れた箇所だらけの制服の汚れをパンパンと払いながら「ひどい目にあったな」とこちらに歩み寄ってくる。
それだけボロボロなら埃を払ったところで変わらないのに。
けど……。
あんなにぶっ飛ばされたのに、意外とピンピンとして……ない?
「洋介」
「なんだ?」
「怪我は?」
聞いてみた。
「ないが?」
平然とメガネをハンカチで拭いていた!
確かにおかしな所もなければ血も出ていない。
え、コイツのほうが獏よりよっぽど化物染みてない!?
「男、お前は夢の力の使い方を心得ているようだな」
あたしにしがみついたままの獏が顔だけを洋介に向ける。
なるほど。
何も考えてない奴のほうが夢の中では強いらしい。
「奴はどうした?」
メガネを掛けなおし、辺りを見渡す。
「それならさ、もういないよ」
「何ぃッ!? まさかッ!」
洋介が手を自分の額に当てうめき始めた。
「やはりオレが奴を倒したのか!? 記憶に残らないほどか、そうか……薄々感づいてはいたが……自分の才能が……フッ、怖い」
その結論に行き着くあんたの頭が怖いよ。
とりあえず「新世界の神に、オレはなる」とか言っている洋介を無視し、相変わらずあたしにくっついている獏に話しかけた。
「これであたしたちはこの悪夢から抜け出せるの?」
「ド阿呆が」
抱きついた格好のまま毒を吐く。相変わらず口が悪い。
「先も言ったろう。悪夢を倒すことが抜け出す唯一の道だと。それを倒した。もう忘れたのかえ?」
悪夢は消え去った。
どうやら、ようやくこの悪夢から抜け出せるようだ。
「よかった……本当によかった……」
詰まっていた息を吐き出すと共に、大きな安堵感があたしを包み込んだ
よかった……その言葉しか出てこない。
「して、美月よ」
「なに?」
「回復するまで妾はお主の近くで力を分けてもらうからの」
「そう」
……。
「って、待って!?」
今、さらっとスゴイこと言わなかった!?
「え、何その力を分けてもらうって!?」
「腑抜けが。一言で解れ。現世について行くと言っておる。お主から力を貰わなければ妾が回復できぬではないか。今の状態では一人で悪夢も倒せぬ。困ったものじゃ……」
あたしの首に回す手でポニーテールを巻くようにいじり始めた。荒っぽい吐息が首にかかる。
「えっ、いや、えっ!?」
更に気になる言葉が文末に付いてる気がっ!
「先刻言ったであろう、妾に身体を捧げると」
「言ってない! 一言も言ってない!」
文句をつけようとした時、世界が薄らぎ始めた。
「見よ…夜明けじゃ」
「見よ、じゃなくてっ!」
「もっと喜べ。悪夢から覚める」
「その前に――」
あたしに着いて来るなと言う前に――


夢は霧散した。


***


――ちゅん、ちゅん
すずめの声が聞こえる。
朝日がまぶしい……。
長い夜だったけど……ちゃんと朝が来たのだ。
夢のことは覚えている。

ぐいっ。

パジャマの裾を引かれた。
温かいものがあたしの腕に触れる。
この……っ!
ああもう、文句を言わないと気がすまない!
「獏っ!!」

「……すぅ……すぅ……」

あたしの手を取り心地良さそうに眠るのは小学1年生くらいの女の子。
寝息と共に揺れるおかっぱの髪、ちっちゃい口、ちっちゃい手。
そのちっちゃい手があたしの右腕をぎゅっと抱きしめている。
とっても愛くるしい。
……そんなことは、どうでも良くて。
「え……?」
誰この子?
その愛くるしい寝顔を見つめると
「ええっ!?」
間違いなく獏だった。完全に子どもになった獏だった。
よく見るとおかっぱの髪からちょこんとした角が顔を覗かせている。
夢のときの高慢さもプライドも毒気も何もかも拭い去ったような天使のような寝顔。
……。
「ええええっ!?」
まさかこんな姿で現れるとは思っても見なかった。

「……ん……っ……ぁ」
獏が目を覚ました。
眠気眼を擦りながら、もぞもぞと体を起こし、にぱぱ~っと天使のような笑顔をあたしに向けた。

「おはよ、ママ」
「マ、ママぁ……?」
「うん、おはよ、ママ」
「……あ……あたし?」
「ママ」
きゅっと子猫が甘えるように「ママ~」とあたしの腕を抱きしめた。
それがなんとも心地よいんだけど、そんなことはどうでもよくて。

「ええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇーーーーっ!?」

あたし、御門美月は高校1年生にして――
ママになったらしい。

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