<りんぐっ☆リスト>次回
――俺がそのブルーレイを見たのは今から1週間前、そう6月6日のことだ。
あの日、俺たちは高校の創立記念日と土日の3連休を利用してペンションに泊まりに来ていた。
男2、女2のお泊り旅行に思春期真っ只中の俺は胸を躍らせていたんだが……ま、別々のペンションを借りたんだから当然といえば当然か……都合のよいハプニングは起こることもなかった。(友人の竜司は涙に咽ていた)
そんな折、俺はいつも見ていたアニメをそのペンションで予約録画したわけだ。
……いいじゃないかよ、好きなもんは好きなんだから。本当は見たかったんだが、竜司の奴が「夜這いしようぜ、夜這い」とうるさくてな。
ちなみに夜這いは舞と美沙が泊まるペンションのドアの前で断念。
根性なし? ああ、なんとでも言え。そう思うなら一回やってみろ。絶対途中で怖気づくからな。
余談はさておき、問題は6月6日のペンションから帰った後だ。
俺は家のパソコンで録画したアニメを再生した。
……だが。
そこに映されたのはいつもの見慣れたアニメじゃなかった。
井戸だ。
古びた井戸だ。
井戸から手が伸びる。白い手。女の手。
目が離せなかった。目が離れなかった。
暗転。
画面に一字、一字文字が浮かぶ。
『一週間後、お前は死ぬ』
ビデオは、終わった。
冗談だろ……?
これ…どこかで聞いたぞ…?
ふざけたゴールデンの特番だ。都市伝説がどうのこうの、そんな番組。
――見れば死ぬビデオ――
まさかな。まさかだろ。あるわけねぇだろ……?
途端に電話。鳴り続ける。鳴り続ける。取るしかなかった。
水が落ちるような音。うめき声。
俺はすぐさまその電話を切った。
翌日、いつものように俺を起しに来た世話焼きな舞にその話をしてみた。
反応は案の定だ。
「……熱、あるのかな? ちょっとオデコ触るね。大丈夫っぽい。ほら、あーくん、寝癖直して学校いこ?」
ちなみにあーくんは舞だけが呼ぶ俺のあだ名。浅川だから。単純だ。
学校ではポニーテールを揺らす美沙を捕まえてその話を振ってみた。
「……」
無言だ。と思ったら。
――ボカッ!!
「いてぇなっ!! なんで殴るんだよっ!」
「家電って大抵殴れば直るじゃない? どう? 直った?」
「別にショートもなんもしてねぇよ!」
「元からアホだったっけ、ごめんごめん。寝言は寝てるときに言わないと変な奴だと思われるわよ」
友達を人間扱いすらしない女だ、美沙って奴は。
後、まぁ…聞かないよりマシだろ。友人の竜司も捕まえた。
「なるほど、呪いのブルーレイか」
「何か知ってるのか?」
「知ってるよ、アレだろ。『ブルーレイ、おまえもか』とか有名だな。旧約聖書の言葉だ」
聞かないほうがマシだった。
1日目、2日目と不安だったが、こいつらといつもの学校生活をしているうちにほとんど記憶からそれは消えていた。
その時までは。
6月13日。午後10時30分。
俺が舞から来た『今日のイッテQ面白かったよね』という、そんなことでメールするなということに返信していたときだ。
突然、パソコンのディスプレイがついた。
「なんだよ…」
そこに目を向けると……井戸だ。井戸が映っていた。
「お、おい……まさか…」
まさかまさかまさかまさかまさか!!
携帯が手から滑り落ち、床に音を立てて落下した。
それでも俺はディスプレイから目が離せないでいた。
井戸から頭が出てきた。
何かが這い出してきた。
少女だ。俺と同い年くらいの。
髪の長い少女だ。
「……っ……っ」
喉が渇く。砂漠に放り出されたかのようにカラカラだ。
這いながらこちらに迫ってくる。
画面へと迫ってくる。
「あ……あ……」
声が出ない出せない助けを呼べない。
這う少女。
画面いっぱいになるまで迫り、そして手を伸ばした。
冗談だ。
いや、冗談だと思いたかった。
異様な光景だ。
手が。
白い手が生えているのだ。ディスプレイから。
そして…。
そして……。
じたばたじたばた~っ
その片腕が暴れだした。
頭もチラリと14型ディスプレイからはみ出す。が、すぐに戻り、もう一方の腕がディスプレイから伸びた。
「……」
じたばたっじたばた~~~っ
…………。
「は、はぁッ!?」
ようやく声が出た!
思考も少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
状況は……小さなディスプレイから少女の両腕が伸びて暴れている。
訳がわからない。
落ち着いてみればシュールなんだが、何が起こっているんだ?
じたばたっ…………――。
…………。
腕がその動きを止めた。
どうやら何かを考えているようだ。
…………。
……。
じたばたじたばたじたばたぁぁぁ~~~っ!!
どうやら考えがまとまらなかったらしい!
「なにがしたいんだよ、おまえは!?」
思わずツッコんじまったーっ!
何考えてるんだ、俺は!!
そしたらどうだ。
『で、出れぬっ』
……こ、答えやがった。
「……あ、足から出てみたらどうだ……?」
とりあえず、アドバイスしてみた。
『おおっ、やってみる!』
……素直に従っていた。
――にゅっ。
少女の白くスラリとしたガラス細工を思わせるような片足がディスプレイから伸びた。素足だ。それが太股までにょっきりと。
「……」
『……』
エロい。
じゃなくて!!
どうなってるんだよっ!!
じたばたじたばたじたばた~~~っ!!
「うおっ!? 足で暴れるなぁぁぁっ!! だぁぁぁ!? キーボード蹴飛ばすんじゃぇぇえっっ!!」
『出られぬーっ!!』
「知るかぁっ!!」
『やはり足より腕からの方が良いのではないだろうか?』
「…そう思うならさっさとこの足を引っ込めてくれ」
正直、生足が生えてるというのは目のやり場に困る。
『うむ』
足が引っ込んでしばらくしてから、また腕が出てきた。
「……」
『……』
「……」
『……』
「……なぁ」
『な、なんじゃ?』
「……引っ張り上げてやろうか?」
『…………………………………………ん』
俺に向かって手が差し出されていた。
『んっ』
「ハァ……」
『どうしたのじゃ?』
どうしたのじゃ、じゃないだろ。溜息の一つも出るってもんだろ。
だってディスプレイの中にいる訳のわからない少女をサルベージしようとしてるんだ。
はぁ…手を貸す俺も俺か。
ゾッとするほど冷たい手の感触に驚きながらも、そのしなやかな腕を掴んだ。
「…そっちの手も貸してくれ。肩が通ればどうにかなるだろ」
『ん、こうか?』
「ああ。よし引くぞ」
『たのむ』
大きなカブよろしく、思いっきり引いた!
――ずるずるずる~~~~っ!!
少女の肩が14型のディスプレイから抜け、少女の体がディスプレイから出てきた!
「ぬ、抜けたぞっ!」
そこで気を抜いたのがマズかった。
俺のパソコンは机の上に置いてある。
だから。
出てきた少女は。
「いたっ、いたっ、いたたたたぁ~~っっ」
と、船に引き上げられたタコのようにズルズルルルルとディスプレイと机に沿って、床まで滑り落ちた。
いや、スマン。
俺が言いたいのはそこじゃない。
この娘が着ていた白装束が…………ディスプレイのどこかに引っかかってたんだ。
なので袋の口を開けた焼きそばパンよろしく、白装束だけ向こうに残して滑り落っこちてきた。
つまり何が言いたいかっていうとだ。
床でうつ伏せになって「いたたた…」と呻いていた少女がガバリと起き上がった。
「いたた……………あ」
「クククク……」
「なぜ私がやって来たか、貴様はわかっているのだろう? ククク……」
今さら怖そうにされてもなぁ。
さっきまでの様子と違って、えらく尊大な言い方だ。
手を腰にあてエラそうにしている。
歳は俺と同い年くらいか。身長は150センチちょっとってとこだろう。
髪は長いが、色白で――結構可愛らしい顔付きだ。
俺はそこから目線を下すのを控え、目を逸らした。
そんな俺にまるで虫ケラでも見るような目が向けられているのがわかる。
「フン、危機を目前に目をそらすか。恐ろしくて私の姿を見ることも出来ぬと見える。ククク…」
「期限はとうに過ぎた。死ね。ククク……」
そこまで言って少女は「だが」と小鼻を鳴らし口を止めた。
「貴様には幾分の借りがある」
「……ディスプレイから出してもらったことか? 意外と律儀な奴だな」
「貴様を殺す前の余興に過ぎぬ」
随分と体を張った余興だな、おい。
「1つだけ貴様の頼みを聞いてやっても良い。死ぬ前に恋心募らせる女と連絡を取りたい、食事をしたい、その程度だがな」
「そっか……なら、ひとつ聞いてくれ」
「言ってみよ」
「服を着てくれ」
「……は?」
少女から間の抜けた声。
「だから」
俺はディスプレイを指差した。そこには少女がさっきまで来ていた白装束が引っかかっていた。
「だから、服を着てくれ」
「……え?」
少女が先ほどまで自分を包んでいたはずの白装束を見た。
「…………」
そして俺を見た。
「………………」
最後に腰に手を当て偉そうに胸を張っている自分を見た。
その体、すっぽんぽん。
「ッ!?」
今更なんだが、片手で主張の弱い胸、片手で下を隠した。神速だ。
「……………………」
あ。ワナワナと肩を震わせているぞ。
「…………~~~~~~~~」
どんどん顔が赤くなっていくな。というか赤くなるのか。
「~~~~~~~~~~~~~~~っっっ」
キッ!!!と俺を切り裂くような鋭い眼が向けられた!
「なっ、なんだよ!?」
「……た?」
「え?」
「……み、見たかと、き、聞いておるのだッ!!」
すごい睨みつけているけど、その目はうるうると涙目だ。
「ど、どっちなのじゃ!?」
唇をキュッと噛んで涙目。顔どころか露出している体まで淡いピンク色に染まっている。余程恥かしいのだ。
そんな風にされると嘘も言えないよな…なんと言うか男として。
「……悪い…めっちゃ見えた…」
「~~~~~~~~~~~っっっっ!!!!」
ブワッと涙を浮かべ、そいつがぺたぺたと駆け出して俺のベッドに飛び乗った。
すぐさまバフンッと頭から毛布を被ってしまった。
「お、おーい…?」
「……」
微妙に鼻をすする音。
やばい。
これ、泣いてるんじゃないか?
さっきまであんなに殺すだの死ねだのクククだの息巻いてたのに、すごい変わりようだ。
というか……。
こいつ、一体全体何しにきたんだよ……?
とりあえず…それを聞くところから…だよな?
「お、俺の服貸すから出てきてくれないか……?」
「――で、おまえはビデオを見た俺を呪い殺しに来たってわけだ」
「そうじゃ! そうじゃっ!!」
今、俺の前にはパーカーとジーンズ、髪をポニーテール風に結った少女があぐらでベッドの上に座っている。まだ赤みがかった顔は終止俺から背けられている。
名前を「さだこ」と言うらしい。
「俺を、殺すのか?」
ここが一番大切なポイントだよな。
「万回呪い殺しても飽き足らないほど貴様が憎いっ!」
俺の枕を両手で持ちバフンバフンとベッドに叩きつけてやがる。
やめろ、綿が出るだろ。
「が……今はもう無理じゃ」
さだこが憎らしげに眉をひそめ壁を見つめた。
俺も習って見上げると、時計はすでに0時過ぎを差していた。
「貴様のせいで時間が終わってしまった。死の呪いをかける機会を逸した」
いや、明らかにこいつが自分でドジを踏みまくった気がしないでもない。
けど。
「そっかあ……はぁ~」
肩の力が抜けた。
「じゃあ、もういいだろ。さっさと帰ってくれ」
「それも無理じゃ」
あぐらのまま、俺に背を向けた。
「……なんでだよ?」
「私が出てきた時点で呪いは始まっておる。殺すまでが呪いじゃ」
帰るまでが遠足みたいなノリで言わないで欲しい。
「じゃが」
ぎゅっ、と俺の枕を抱くさだこ。
「時間が過ぎれば呪い殺せぬ……他の方法を見つけねばならぬのじゃ……」
「つまるところ、呪いを成就させない限り貴様と共にいるしかないのじゃ……ハァ……」
「……マ、マ、マジかよ……?」
待て。
待て待て待て待て!
お、俺は、俺を呪い殺そうとしてる奴と一緒にいなきゃならないのか!?
「難儀なことをしてくれたな、貴様は……私はもう寝る! 話しかけるでないぞ。むしろ死ね」
「ちょっと待て! ってか俺のベッドで寝るな、起きろ! せめて家から出て行けよっ!!」
「煩い奴じゃ…呪い成就までは貴様と共にいる、つまり離れられないのじゃ…まったく、どうしてくれるのじゃ…ハァ…」
「な、なんだよそれ!? 布団にもぐりこむなよ!? 溜息つきたいのはこっちだよ!? なぁ!? グハッ!? 蹴ってくるんじゃねぇよっ!!」
「……なんで俺が床で寝なきゃなんねぇんだよ……」
こうして、俺と亡霊(?)の奇妙な同棲生活が始まっちまった…。
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