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――ガヤガヤ、ガヤガヤ
放課後ではあるが、学食は大勢の生徒達で賑わいを見せていた。
「――小毬さん…ここで最後の試合をするの?」
「そうだよー」
小毬さんが嬉しそうに頷く。
「ほぉ~」
真人も初めて聞いたような顔だ。
「なんで同じチームの真人までそんな意外そうな顔してるのさっ」
「そりゃオレも今初めて聞いたからに決まってんだろ」
そんな胸を張って言うことじゃないよね、真人…。
「ほえ? りんちゃんには話したよね」
「うん、聞いた」
「別に真人に伝えるようなことでもないと思ったから、言わなかった」
「それもうオレのことチームメイト扱いしてねぇじゃねぇかぁぁぁーっ!」
ああ…真人が不憫(ふびん)だ…。
「――小毬君、我々にも勝負方法を説明してくれ」
「うん、わかったよー」
そう言うと、小毬さんはてくてくとショーウィンドウに歩み寄った。
「勝負方法は――これですっ!」
――ズビシーッ!
いつもの小毬さんからは想像できないほどの機敏な動きでショーウィンドウの一点を指差した。
「……パフェ?」
杉並さんが小首を傾げる。
「うん、そうっ」
「杉並さんと理樹ちゃんに、パフェ対決を申し込みますっ」
うわっ、まさに小毬さんの得意ジャンルだ!
「ルールはね、パフェをいっぱい食べた人のかち」
「つまり大食い対決、ってこと?」
「うーん、簡単に言っちゃうとそうなるのかな」
「けどね、食べるパフェはこれなのです」
小毬さんが、ショーウィンドウに並ぶパフェの一つを指差している。
そこには……
「え…小毬さん、まさか…?」
「そのとーりっ!」
「このバスターパフェでしょーぶ、だよっ」
「「ええええええぇぇぇぇーっ!?」」
そこには超特大のパフェが鎮座していた!!
「…こ、これって…」
杉並さんも冷や汗を垂らしている。
「全長40センチのちょー特大のパフェだよ~」
僕たちに比べ、小毬さんの顔はもうホクホクだ。
「学食のおばちゃんが対甘党生徒さん用に極秘裏に開発したらしいよー」
「チョコレートベースのバスターパフェ1号とフルーツベースのバスターパフェ2号が合体したパフェなの」
「クリームは産地直送の新鮮な生乳から作ったものだし、ストロベリーソースとチョコソースが絶妙にマッチしてて…」
「それでそれでっ、なんと言ってもプリンにはいっさいの砂糖を使ってないのっ」
「けどけどっ、甘いクリームと甘くないプリンが口の中で混ざった瞬間、ほのかな口当たりのいいクリーミーな甘さに変化してくんだよ~」
「しかもお値段はお手ごろ価格の980円(税込み)なのですっ」
力の入った解説がスラスラと語られる。
「…ってゆう話なんだけど」
そこでションボリと肩を落とす。
「小毬さんは食べたことがないの?」
「うんー、実はそうなんだよ~」
「だから、一回食べてみたかったんだ~」
………………。
どうやら小毬さんが一度食べてみたかっただけのようだ!
「ひとりじゃ食べづらくって……」
「いやまあ、たしかにこの量じゃね…」
あれ?
なぜか小毬さんは恥かしがっている。
「ノーノー、理樹ちゃんはわかってないなー、全然ちっともこれっぽっちもわかってないですヨ」
僕の肩に手を置き、首を振っている葉留佳さん。
「え、何が?」
「――続きをこの不肖はるちんが説明いたしますヨ。こまりん、いい?」
「じゃあ、はるちゃんに交代~」
小毬さんと葉留佳さんが入れ替わった。
「いいですか、このパフェの最大の特徴はデカいところじゃないのですヨっ!」
「ななななんと言っても――」
「スプーンが2つくっついてくることなのだーーーっ!」
「「「「「………………?」」」」」
葉留佳さんのテンションと相反して、みんな「?」の顔だ。
「えーっと、それはこの大きさなので『二人で食べて』ということではないのでしょうか?」
「クド公おしいっ! 半分だけ正解ね」
「わふーっ!? 半分だけですかっ」
「……二人ですから、つまりカップル専用パフェということですね?」
「ピンポンピンポーン! みおちん大正解ーっ」
フッフッフと葉留佳さんが不気味に笑う。
「これは二つのスプーンを使ってお互いに食べさせ合う…通称『バカップルパフェ』なのだーっ!」
「「「「「バ、バカップルパフェーッ!?」」」」」
「……これを食べているバカップルの半径5mには、人間はおろか虫一匹でさえ近づけないバカップル時空が出来上がるのですヨ…」
「ふむ、たしかにアレは馬鹿らしいを通り越して薄ら寒いものを感じるからな」
それで小毬さんは食べづらかったわけか…。
「――それでね」
小毬さんが説明を代わった。
「パフェを食べるときは、ちゃーんとそのルールに従って食べなきゃだめです」
「え…それってつまり……」
杉並さんの顔が少し赤い。
「食べさせ合いっこしながら食べましょー」
「えええーっ!」
「……食べさせ合いっこ…」
杉並さんが瞳がジッと僕の…口を捕らえている。
「どうしたの杉並さん?」
「…………」
「杉並さん?」
「え? えええっ、な、ななななななな、なっなんでもないーっ」
杉並さんは自分のほっぺをペチペチ叩きながらアタフタしている!
真っ赤になって「なんでもない」って言われても、ね…。
――ルールをまとめるとこういうことらしい。
1、まず特大パフェを3つ注文する。(僕、杉並さん用に1つ、鈴、小毬さん、真人用に2つ)
2、チームで食べさせ合いっこする。
3、ギブアップした人は抜ける。
4、最後まで残った人がいるチームが勝ち。
「ん? なんでオレたちは2つなんだ?」
真人が疑問を口にする。
「だって理樹ちゃんたちが2人で1つを食べるのに、私たちが3人で1つを食べたらズルっこになっちゃうからー」
そういうところもきちんと考えてくれてるんだ。
「疑問なんだが…それだとオレたちのチームは誰か1人だけ、まるまる1つ食うことになるんじゃね?」
「………………ふぇ?」
「………………ん?」
小毬さんと鈴は明らかに「え、今さら何言っちゃってるの?」という目を真人に向けている。
「…………」
「…………」
「あの、つかぬ事をお聞きしますが――」
「真人君、ふぁいとっ」
「おまえならなんとなくできる」
「ごめんなさいぃぃーーーっ、わかってるのに聞いてごめんなさいぃぃぃーーーっ!!」
「……ね、井ノ原くん泣いてるよ…?」
「あーいや、いつものことだからそっとしておいてあげようよ…」
「で…でけぇ…」
まるでウェディングケーキを乗せるようなカートに、超特大パフェ(これまたウェディングケーキみたいだ!)が乗せられてやってきた。
――うぃしょっと、ドスッ、おいしょっと、ドスッ、よっこらせっっと、ドスッ
学食のおばちゃんたちが二人がかりでテーブルにパフェを並べていく。
「ふえぇぇ、さすがに3つも並ぶとすごい…」
「まるで壁みたいだな」
「……こ、こんなに食べれるかな……」
僕たちが焦っていると。
「言っておくけどねぇ……お残しは許しまへんでぇ」
お、おばちゃんの目がコワイっ!
「――よぅし、早速はじめよ~」
「んじゃね、まずはりんちゃん」
「あたしか?」
「うん、私にパフェ食べさせて」
「うみゃ…わ、わかった」
鈴が頬を染めながらもスチャっとスプーンを構える。
「み、みんな見てる…恥かしい…」
構えたのはいいけど恥かしくて出来ないようだ。
「そんなことないよ、りんちゃんもいつもご飯食べるよね?」
「食べるぞ」
「いつもはりんちゃんのお口に運んでるのを、ただ私のお口に運ぶだけだからー」
「そうかっ」
言われてみればそうだ、といったように手を打ち鳴らす。
小毬さん…鈴の扱いに手馴れてるなあ。
鈴がスプーンでチョコレートスプレがかかっているクリームをすくう。
「行くぞ、こまりちゃん」
「んっ」
「やぁん! り、りんちゃんっ…すごい強引っ」
「ご、ごめん」
「こんな感じか?」
「もっと、やさしく…」
「わかった」
「こ、こうか…?」
「うん…そう、そんな感じ…」
「……」
「……んっ……」
「……」
「んん…おいし…」
「りんちゃん…すっごいじょうず…」
「次はこまりちゃんが、あたしにしてくれ」
……。
なぜか二人の背景に百合の花が咲いているような気がするっ!?
途中から会話が激しく怪しい気がするんだけどっ!
ちなみに向こうでは。
――ブハッ!
「あ、姉御ーっ!?」
「いかん…妄想が暴走してしまったようだ…」
「わふー!? 来ヶ谷さんが鼻血ダラダラなのですーっ!!」
「……ティッシュをどうぞ」
「くっ、おねーさんには少々刺激が強すぎるぞ」
…来ヶ谷さんが鼻にティッシュを詰め込んでいた…。
――僕の前では杉並さんがスプーンを持って固まっている。
「私が直枝くんに…た、食べさせてあげるね」
「う、うん」
真っ赤になってそんなことを言われると…僕も照れちゃうよっ。
「直枝くん、はい…そ、その……あん……って」
俯き加減で、けど僕をチラチラと見ながらスプーン僕の方に寄せる。
うう…そんなに照れられるとやりにくいっ!
「じゃ、じゃあ――」
なるべく杉並さんを見ないように、僕は目を閉じた。
「あ…あ~ん」
口を小さく開ける。
「…………」
「……はわ…っ」
「…………」
「…………」
目を瞑って口にスプーンが入ってくるのを待つ。
「…………」
「…………」
「…………?」
どうしたんだろう?
なかなかスプーンが来ない。
「「「「「…………………………」」」」
しかも周りからモンモンとしたオーラが感じられる。
恥かしくて自分の顔が熱いけど…それでも待ち続ける。
「…………」
「…………」
まだ…かな?
――ゴクッ…
誰かが生唾を飲み込んだ音が聞えた。
「…………?」
恐る恐る目を開けてみると…。
「うわぁ…………」
「わ、わふー……」
「ほえぇぇ…………」
みんなが僕のことを頬をポッと染めながら瞬き一つしないで見つめていたっ!!
「なっ、ななななななななっ、何でそんなに見てるのさーーーっ!?」
みんな恍惚とした表情を浮かべてるしっ!
「……目を瞑り、頬を桜色に染め、小さく口を開けてひたすらに待ち続ける直枝さんのその顔……」
「イケます!」
グッとガッツポーズをとる西園さん!
「いやいやいやいやいやっ!!」
「……写真、見ますか?」
「ばふっ!?」
デジカメに収めちゃってるしーっ!!
そのデジカメを見ると。
恥かしさを必死に堪え、それでも目を閉じて、まるでキスのおねだりしているような僕の顔が……。
「う、うわあぁあぁあぁあぁぁーーーっ!!!」
「……恭介さんにでしたら2万円は堅いですね」
「ぜ、絶対見せちゃダメだからぁぁぁーーーっ!!」
「リキのそのお顔はふぇろもんむんむんなのですー…」
クドはほっぺを押さえながらわふーっとしている!
「な、なんだかドキドキするぞっ理樹っ」
鈴まで顔を真っ赤にしてドギマギしているっ!
「くッ、なんなんだこの敗北感は…」
来ヶ谷さんは鼻に詰めたティッシュが吹っ飛んでいるっ!
「やべぇ…オギオギでムラムラだぁぁぁーーーっ!!」
真人は既に至極直接的で大変危険だっ!
「……………はわわわ………………」
一番近くの杉並さんに至ってはスプーンを持ったまま完全停止しているっ!!
意識はどこか遠くにいるようだ!
「あーもうっっ!! みんな何考えてるのさーっ!」
は、恥かしすぎて死んじゃいそうだよーーーっ!!
――僕が引き起こしてしまった混乱は、何順かしている内にようやく収拾した。
のだが…。
「……………………」
僕らが囲んでいるテーブルを見渡す。
「ふむ、大味かと思ったのだが…なかなか繊細な味だな」
「うあああああんっ!! ゆいちゃんがイチゴ食べちゃったーっ!!」
小毬さんをヒザの上に乗せて、ちょっかいを出しながらパフェを食べている来ヶ谷さん。
「……井ノ原さん、わたしが食べさせてあげます」
「マジかよ西園っ!? だったら遠慮なくあーんっと」
「ぎゃあぁあぁあぁあぁあぁーっ!! そこ目ぇぇぇーっ!!」
「あはははははは真人くんシャチホコみたいーっ」
「……では、三枝さんもどうぞ」
「いいの、みおちん? じゃあ、遠慮せずあ~んっ」
「って、そこ鼻ぁぁぁぁぁーーーっ!!」
真人と葉留佳さん、二人が仰け反る様はまるでシャネルのマークのようだ…。
その様子を見てほくそ笑む西園さん…彼女も何だかんだ言ってイタズラ好きなんだと思う。
「わふーっ、このパフェでしたらいくらでも食べれそうなのですーっ」
「あ…ほら能美さん、ほっぺにクリームついてるよ…………ふきふき」
「んんっ……杉並さん、ありがとうなのですっ」
「おっ、このプリンとクリームはくちゃくちゃうまいぞっ」
「あ…ほら鈴ちゃん、ほっぺにクリームついてるよ…………ふきふき」
「うっみゃっ……あ、ありがと」
口やほっぺにクリームをつけながらひたすらパフェにかぶりついているクドと鈴。
それに対して、杉並さんは世話焼きのお姉さんみたいだ。
…どうしてこうなったかというと。
僕たちが食べてる様子を見て、葉留佳さんが
「理樹ちゃんたちだけズルイっ! 私たちもパフェを要求するっ」
「パフェが食べたい食べたいーっ」
と駄々をこねたのが切っ掛けだ。
「うん、やっぱりみんなで食べたほうがおいしいよね」
「一緒に食べよ~」
小毬さんもあっさり了承して、スプーンを全員分追加してもらった。
「え? 勝負はどう判定するの?」
「それはそれ、これはこれだよー」
「みんなでおいしく食べて、はっぴー、だよ」
……。
いやまあ。
小毬さんらしいと言えばそうなんだけど。
「――パフェ追加おねがいしま~す」 「おばちゃん、あんたらがお腹壊さないか心配さねぇ」 「だいじょーぶっ」
「うぉ!? またでけぇのが来やがった!?」 「イチゴっぽいソース追加だ、食え」 「ブフゥーーッ!? タバスコじゃねぇかぁぁぁーっ!!」
「このパフェ全部私のですからネ誰も手を出さないようにっ」 「……そんなに食べると下します」 「明日は明日の風が吹くのだー!」
「おいしいのですーっ」 「うまいぞっ」 「おいしいね~」 「あっ…みんな制服にちょっとイチゴソースが…………ふきふき」
こうして、いつも通りの大騒動に発展してしまったのだった。
………………………………。
……………………。
…………。
で、結局。
「む……」
「胸やけでもう、むり…っ」
小毬さんがスプーンをはむはむと咥えながらノックアウトした。
「お腹むちむちなのです~…」
「口からクリームぶーしそうだ…」
「……わたしもいささか食べすぎまし……うぷっ」
「これは明日からダイエットをしなければならないな…」
「やははは…お、お腹が……ピ~ゴロゴロゴロ……う、うひゃぁ」
「今までオレがいったい何を食ってたんだかイマイチわからねぇんだが…ぐは…」
今さらながら思った。
なんで僕たちリトルバスターズって、こうも加減を知らないんだろう…。
「……み、みんな大丈夫かな?」
テーブルに突っ伏しているみんなを見渡す杉並さん。
「まあ、いつものことだし」
ちなみに僕は最初以来、みんなからの「あーん」を全力拒否したのでそんなにパフェを食べていない。
杉並さんはと言うと、鈴やクド、小毬さんのお世話をしていた結果、あまり量を食べていなかったのだ。
「――ふふっ」
口に手を当てて、杉並さんが笑う。
「どうしたの?」
「だってみんな、すごく楽しそう」
優しい目でみんなを見ている。
「うん、何でも全力で楽しむ――」
「それが僕たちリトルバスターズだよ」
――僕たちは、みんなで楽しめるこの時間が何よりも大切なものだと…知っているんだ。
「ふふっ」
「……みんなのことを話す直枝くんの顔、うれしそう」
ついつい顔に出てしまったようだ。
「杉並さんは――」
「なに?」
「楽しかった?」
「……」
「うん、とっても!」
今までで一番の――そのとびきりの笑顔が全てを物語っていた。
最初の固さが、まるで嘘だったかのようだ。
――僕と杉並さんで、みんなが少し残したパフェをお腹に処理する。
「――溶けても、おいしい」
「そうだね」
楽しい…そんな気持ちを共有し合える。
リトルバスターズってさ――そういう場所なんだ。
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