『正解っ!!』
佳奈多さんがドロップアウトを宣言するのと同時に、鈴の台から4問目正解のファンファーレが鳴り響いた。
「ふぅ~~…」
なんとか乗り切ったという顔で鈴が額の汗を腕で拭った。
4問目は佳奈多さんが予測したとおり、正解を出したのは恭介だ。
「どうだ鈴、お兄ちゃんの実力を目の当りにした感想は?」
「さすがあたしの自慢のお兄ちゃん、いつもすごいや!ってところだろ、ははっ」
ここぞとばかりに自慢気に胸を張っている。
「馬鹿兄貴もたまには役に立つんだな」
鈴の目は素で『意外な発見だ』と語っているように見えるのは僕だけかな…。
「意外な発見だった」
しっかり口で伝えちゃっていた!
「…………」
うわっ!?
恭介の目がちょっとじわっとしている! 鼻も軽く赤くなってつーんとしてるよっ!
「あーあ、おめぇが素直に褒めてやらねぇからウルっちまってるじゃねぇか」
「恭介氏はメンタルが弱いな」
鈴に褒めてもらえなかった恭介は小毬さんと杉並さんに「だいじょーぶ! 恭介さんは、えっと……なんかすんごいよっ」とか「うん…すごい気がする…よ? とりあえず」と励まされていた。
こんなのだから鈴に頼りないような目で見られるんじゃないかな、と思う。
そこへ。
「――4問目も正解? おめでと」
佳奈多さんがツカツカと鈴の台へと歩み寄った。
「ん? なんだ? もしかしていいんちょーは間違ったのかっ?」
「鈴君、それは違うな」
代わりに来ヶ谷さんが答える。
「戦術的撤退と言ったところか」
「撤退ではなく攻略。既に攻略したからゲームを離れただけよ」
「佳奈多君らしいな」
「どうも」
この二人はこんな端的な会話だけでも意思疎通が完成しているみたいだ。
意外とこの二人、気が合うんだろうなあ。
「いったい何の話をしてるんだ?」
「うーん、ゲームオーバーになっちゃった?」
鈴と小毬さんは頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「佳奈多さんは3問目が終わった時点でドロップアウトをしたんだよ」
「ドロップアウト? 勝負から逃げたってことか?」
「えっとそれは…」
さすがに佳奈多さんの作戦を知っている僕が口を出すのはルール違反だ。
「…なるほど。さすが二木だな」
復活した恭介が顔を挟む。
「二木は自分たちの実力では問題を最後までクリアすることは不可能だと踏んだ。全問正解の選択肢を捨てたんだ」
「同時に、こちらの戦力は4問目終了時で鈴だけになることも読んだんだろうな」
さすが恭介だ。
佳奈多さんの策略をピタリと言い当てている。
けど。
一つだけ、佳奈多さんが仕掛けたトラップは見逃していた。
「ヤバイな…」
『最終問題へ』『ドロップアウト』と書かれた画面と鈴の顔を見比べる恭介。
渋い顔をしていた。
きっと、鈴が1人で最終問題を解くのは難しすぎると思ってる。
その手が鈴の肩に据えられた。
「鈴」
「ん?」
「おまえは二木を勝たせたくないんだよな?」
「当たり前だっ」
勝ちたいよな、ではなく、佳奈多さんを勝たせたくないよな、と訊く恭介。
1問目で苦戦した鈴だ。
現実的に考えると、最終問題が突然1人で解けるという可能性は限りなく0に近い。
逆を返せば、鈴が最終問題に挑んだ時点で佳奈多さんの勝算は限りなく100%に近づく。
「だったらな、鈴」
鈴の肩に触れる恭介の手が優しくその肩をタップする。
「ドロップアウトをしたほうがいい」
「いやだっ!」
即答だった。
「けどな――」
「いやだっ!」
「あたしは絶対に勝つぞっ! さっきくちゃくちゃ言われたからなっ!」
「絶対にいいんちょーをぶっ飛ばすんだっ」
佳奈多さんの作戦通り、鈴はムキになっていた!
鈴の言葉を聞いて恭介も策略に気付いて顔を歪める。
「そうかっ! 鈴、これは二木が仕掛けた心理トラッ――」
言い切る前に佳奈多さんが遮った。
「ぶっ飛ばす? あなたが? 私を?」
「そうだっ!」
「出来るかしら?」
フフンとせせら笑う佳奈多さん。鈴が威嚇するネコの様にふかーっと肩を怒らせた。
「もうあなたに答えを教えてくれる人はいない。協力できる人が周りにいない」
「だからあなた1人で問題に挑まなければならない」
「これまで誰かにおんぶにだっこのあなたが1人なんかで最終問題を解けるかしら?」
「遠回しね。はっきり言うわ」
ふぁさ、と髪を払う。
「最終問題は、あなたには、解けない」
そこには『目的のためには手段を選ばない鉄の委員長』の顔があった。
さっき佳奈多さんが言っていた「勝ちに行く」という言葉は本気の本気だったようだ。
「ふかぁーーーっ!! 絶対にあたしが勝ってやるっ!!」
鈴が怒りに任せ画面に向かいペンを振り上げた!
佳奈多さんの口元が緩む!
「待て鈴ッ!! これも二木の作戦だッ――」
声を張る恭介!
だが。
――ピコーン。『最終問題へ』――
荘厳(そうごん)な音楽と共に、最終問題の文字が浮かび出してしまった。
「り……」
後ろの小毬さんから声が漏れた。そして。
「りんちゃん、がんばってーっ!」
「おうっ、今のおめぇなら出来るぜっ!!」
「鈴君、今まで通り4択問題ならばキミに勝算はある」
小毬さんと真人、来ヶ谷さんの声援が響いた。
「もちろんだっ!! あたしだって4択問題くらいらくしょーだっ!」
腕まくりをして画面に向かう鈴!
『最終問題!!』
鈴のグループも佳奈多さん側にいたグループも集まって、息を呑み画面を見つめる。
画面に問題形式が叩きつけられた。
『――最終問題!! 書き取り問題!!』
「…っ!?」
鈴の目が見開かれた。
周りのみんなからも「あ…っ」と声が漏れる。
書き取り問題。
つまり画面に直接答えを書かなければならない問題。
4択なら鈴が勝てる見込みはあったけど……これは……。
「あ、あたしがわかる問題なら全然だいじょーぶだからなっ!!」
鈴が自分に言い聞かせるように声を出した。
「もっ、問題を早く見せろっ」
問題が流れ始めた。
『最高難度問題 制限時間10分』
『ビリヤードの玉があります。玉にはそれぞれ1から15までのナンバーが書かれています。
この中から適当な玉を5つ抜き出し、真珠のネックレスのようにリング状に繋げます。
さて、この5つの玉のうち、いくつとっても良いですが、隣どうし連続した玉しか取れないとします。
1つでも、2つでも、5つ全部でも良いです。
この条件で取った玉のナンバーを足して、1から21まですべての数ができるようにしたい。
さあ、どのナンバーの玉を、どのように並べて、ネックレスを作ればよいですか?
答え:
○
○ ○
○ ○
』(図入り説明)
「……みゅ……」
「…………」
「……」
画面を見つめる鈴の瞳が行き場を失って揺れていた。
「……こ、こんなの……」
――ころん。
鈴の震える手からペンがすべり落ちる。
「……できるわけあるか……」
さっきまで喧騒に包まれていた場が、水を打ったように静まり返っていた。
鈴の言う通りだ…。
こんなの……難しすぎる。
きっと恭介と来ヶ谷さん、佳奈多さん以外は10分なんて短時間じゃ解けない。
「う、うみゅ……」
追い詰められたネコのような目が小毬さんに向けられた。
「ふ、ふえぇえぇっ!? ごめんね、鈴ちゃん…私も教えたくても全然わかんない…」
そして杉並さんへ。
「あぅ…っ……私にもちょっと…ムリかも…」
問題が目に入った瞬間に謎の力によって吹っ飛んだ真人はスルーし、来ヶ谷さんに目が移る。
「スマンな鈴君。私はもう教えてやることができんよ」
「……ふみゅぅ……」
最後に、鈴の頼りきった瞳が恭介へと向く。
「……」
「……きょーすけ……」
「ルールはルールだ。答えを教えてやることはできない」
「う……うみゅぅ………………」
肩を落とした鈴がゲームへと向き直るが、うな垂れたままだ。
………………。
…………。
制限時間が一秒、また一秒と減っていく。
重い、重い沈黙。
見守っているみんなからも、勝負あった…といった雰囲気が漂い始めていた。
「――ハァァ」
その時。
わざとらしいくらい大きな溜息が聞こえた。
その溜息の主は…。
「さっきまでの威勢は一体どこにいったのかしら?」
佳奈多さんだった。
うな垂れ座っている鈴の横に立ち見おろしている。
「私をぶっ倒すだっけ? そんな様子で? 笑っちゃうわね」
フン、と鼻で笑いながら続ける。
「絶対に私に勝つ?」
「それが問題に触りもしないで解けないと決め付けて試合放棄?」
「…っ」
鈴の肩がピクッと反応した。
「私にあれだけのことを言われたのに、あなたは『ハイそうでした』って何もせずに引き下がるのね」
「そ、そんなことない…」
「そうじゃない。現に」
「……っ!」
鈴の肩がもう一度反応した。
「いいわ。あなたはずっとそのままそうしてなさい。そうす――」
――ぽこっ!
話の途中で、横から出てきた葉留佳さんが佳奈多さんをぽこっと叩いた!
「お姉ちゃんのバカバカバカーっ、なんでそういう風に鈴ちゃんに追い討ちかけるようなこと言うのさーっ!」
「ちょ、ちょっと葉留佳っ」
まるで駄々っ子のように「ばかばかばかーっ」と言いながら佳奈多さんをポカポカしている!
「は、はるちゃんケンカはダメだよーっ」
みんなが二人にに目を引かれた時だった。
「ふ……」
鈴の肩が震えていた。
「ふ……っ」
肩がワナワナと目に見えて震えだした。
「ふみゃぁーーーーーっ!!!!」
――ガタタンッ!!
鈴が両手を天高く突き上げ立ち上がったっ!
「こんだけ言われて黙ってられるかーーーっ!! フカーーーッ!!」
「あたしは……っ!!」
「あたしはっ!」
ビシッ!!と佳奈多さんを指差した!
「絶対に勝つッ!!」
その鈴の目には炎が宿っていた!
「フン。やれるものならやってみたら?」
「言われなくてもやってやるっ!!」
二人の間にバチバチとまた火花が散ってるっ!
さっきまで燃え尽きた炭みたいだったのに、完全復活だ!
「こまりちゃんっ!!」
「は、はイっ!」
鈴の気迫に負けた小毬さん、敬語だ!
「紙とエンピツだっ!」
「この問題を――解くっ!!」
「わっ…わかったよっ! ――はい、紙とエンピツっ!」
小毬さんから紙を受け取ると、それをゲーム画面にバンッ!と叩きつけた!
「きょーすけっ!! 問題の意味をあたしに説明してくれっ!!」
「オーケー!」
恭介の説明を聞きながらガリガリガリッと猛スピードで鈴がエンピツを走らせる!
「並んだ5つの数字を使って1から21の数字を作ればいいんだなっ!」
「その通りだ」
「ふみゅーっ!!」
さらに背中から気迫のオーラを発しながら紙に噛りつくように向き合う鈴!
「あたしだって1人でできることを見せつけてやるっ!!」
周りからは「りんちゃんがんばってーっ」とか「鈴さんの実力を爆発させるのですーっ」とか「お前ならできるとお兄ちゃんは確信している!!」と声援の大嵐だ!
「……さっきまで完全に諦めていたのに、すっかりと…いえ、それ以上に調子を取り戻しましたね」
僕の隣に立った西園さんが鬼気迫るほどの鈴の背中をを見ながら話す。
「……あのままでしたら二木さんの勝利が決まっていましたが、あの気迫ですと勝敗が見えないかもしれません」
「そうだね。佳奈多さんがまた煽るから…………」
…あれ?
あのままだったら鈴はきっと勝負を放棄していたと思う。
そうなれば佳奈多さんの勝ちは決まっていたのに……。
「……なぜ二木さんは鈴さんを煽ったのでしょうね? すべて計画通りに進んでいたのに」
西園さんの優しい瞳が佳奈多さんに向けられていた。
……あ。
そっか。
佳奈多さんの意図に気付いて、つい笑顔が零れる。
「直枝さんも気付きましたか」
「…うん」
きっと佳奈多さんは鈴に最後まで勝負を諦めてもらいたくなかったんだと思う。
大きな問題を前に、自分の実力なんて到底及ばないと思い込んで、何もしないで諦めてもらいたくなかったんだ。
けど……不器用な佳奈多さんだ。
あんな言い方でしか表現できなかったんだ。
鈴の横で、腕組みをしてツンとそっぽ向いている佳奈多さんの方を見る。
「……本当に不器用で…優しい人です」
「…そうだね」
***
■ネタバレ注意!■
今回出題した最終問題は森博嗣さん作『笑わない数学者』よりの出題です。
この問題は『笑わない数学者』本編では答えが伏せられたまま終了しております。
ですが、次回の『花ざかりの理樹たちへ、その96』の後半で種明かしをしてしまいます。
森さんの小説を読んでいらっしゃる方がいらしたらネタバレになりますのでご注意ください。