ミディの放浪日記~第5枠 side-a 彼って人の事。 -who or what?-
(オリジナル)
作者:義歯
紹介メッセージ:
小さな女の子が紡ぐ小さなファンタジー物語。
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第5枠 side-a 彼って人の事。
ぱたぱたぱたぱた…。
ガチャッ。
「イリスさーん、朝ですよー」
何…誰よ~…。
「イリスさーん?」
「う、うー…ん」
私はむっくりと身体を起こした。
目の前に立っていたのは、いま世話になっている所の子…。
名前は、確か、咲っていったかしら…。
「おはようございますっ」
「ぁふ…おはよ」
起こしに来たということは、もうこれ以上寝ているわけにはいかないということ。
諦めて、ベッドから降りる。
「っう…痛…」
それと同時に激しい頭痛が私を襲った。
ついでに言うと気分もあまり良いとは言えない。
「だ、大丈夫ですかっ?」
「気持ち悪くって凄い頭痛がする…」
「…二日酔い、じゃないですか?」
「やっぱりそうかしら…うー」
慣れないお酒なんて飲むんじゃなかったわ…。
一歩進む度に頭に振動がくる。視界がぐらつく。
…もう少し休んでた方がよさそうなんだけど。
「お姉さん、おっはよーう!」
ダイニングに入った途端に大声で挨拶してきた子。
…彩、だっけ、名前…。
「あ、彩ちゃん…大声出しちゃダメよ~…」
横に居て気遣ってくれる咲。
「なんで?」
「イリスさん二日酔いみたいなの、だから…」
「あうっ…ご、ごめんなさい」
申し訳なさそうな顔をする。
「気にしないで…ちょっと吐き気がして頭痛が酷くて視界がぼやけてるだけだから…」
「うわっ、めっちゃ気にしてるじゃん」
私はテーブルについてそのまま伏せた。
涼しい…ここは風通しがいいみたい。
…ぽてぽてぽてぽて…。
「ねぇねぇ咲ぃ、カイ起きないよぅ…ふぇ、イリス?」
ミディの声。こっちに近づいてくる。
「イリスぅ」
顔だけをそちらに向けてみた。
私が伏せているのを見てか、ミディは今にも泣きそうな表情で私を見ている。
「なぁに、どうしたのミディ?」
こう言うと、ミディはにぱっと笑って言った。
「おはよっ、イリス♪」
「おはよう、ミディ」
***
「ふぇ~…ふつか、よい?」
「うん、イリスさん具合悪いんだって。だから静かにしてようね?」
咲から私の状態を聞いて、ミディは首を傾げながら考えている。
「ぐあい…ってなぁに?」
「え、えっとね…気持ち悪いんだって」
「きもちわるい…カイとおんなじなの?」
心配そうに私の顔を覗き込むミディ。
「カイも、気持ち悪いって言ってたの?」
「うん、すこしねてればだいじょーぶだ、って…。イリスも、すこしねてればだいじょーぶ?」
「ん、大丈夫だと思う。だからそんな顔しないで」
「ふぇ? そんな顔って…どんな顔?」
真面目に聞き返すミディを見て、つい笑いそうになる。
自分でどんな表情をしてるのか分かってないらしい。
「そんな、心配そうな顔しなくっていいから」
「…でもでも、心配なんだもん」
怒っているのか泣きそうなのか、ミディはぽつりと呟いて下を向いた。
「げんきなほうがいいんだもん…」
「ミディ」
私は、軽くミディの頭を撫でた。
「ふぇ…?」
「ミディが元気にしててくれれば、すぐ治っちゃうよ?」
「ホント?」
「うん、ホント。」
「じゃあわたし、げんきにしてる!」
ミディが心配してくれるのは嬉しい。
けど、私はミディの笑顔を見ていたい。
…彼女にとって、これは笑顔の強制でしかないのかもしれない。
そう思ったら、彼女は強く、私はなんて情けないんだろうと…そんな風にしか思えなかった。
「ごめんね、ミディ…ちょっとこのまま寝るわね」
「う、うん…おやすみ、イリス」
…ダメ。感情が声に、言葉に出ちゃってる…。
逃げにしかならないけど、このまま、暫く寝よう…。
***
「う、ん…」
目が覚めた。
…家の中は静かで、聞こえてくるのは外から…別の建物から?
うん、そうだ。別の建物から響いてくる金属音。機械を使った作業が行われているのだろうか。
家の中からは、別の小さな音が聞こえている。
紙の音…私のすぐ側に一枚の紙が、風に飛ばされないように置かれてあった。
『さきと、あやと、おさんぽいってきます。』
あ、ミディ…出掛けたのね。
ここに住んでる二人が同行してるんなら、道に迷うことはない…わよね。
ん?
紙の最後に…。
『ちゃんと、おやすみしててね』
「…。」
ミディなりに気を遣ってくれたのね。
…あの子のする事は何でも、心がこもってる…のかしら。
そんな感じがする。
笑うにしても、淋しがるにしても、甘えるにしても…。
自分を全部使って表現してる…?
やる事は精一杯やる…?
…言葉にするのは難しいわね。
「今、何時だろう…?」
テーブルから伏せていた身体を起こし、時計を探す。
「11時だぜ」
「えっ?」
勿論、時計が喋った訳じゃなかった。
テーブルに向かい合うような形で座っていたのは、カイ。
「眠り姫はようやくお目覚めか?」
「爽やかな目覚めとは言えないけど、ね」
「そりゃそうだ。イリスもコーヒー飲むか?」
「頼める?」
「ああ。作りすぎて困ってたとこなんで丁度よかった」
そう言うとカイはキッチンに立った。
…ん~、こういうのは普通、女がやって、男が待つものなんだけど…まぁいっか。
あれ?
そう言えば、カイも二日酔いだってミディが話してたっけ。
…私より随分多くお酒飲んでたのに…大丈夫なのかしら…。
「ほれ」
考えを巡らせる私の目の前にコーヒーカップが置かれた。
「酔い覚ましだから、ちと苦いかも知んねぇ」
「いいわよ、それで」
一息つく。
こうやって家の中でゆったりした時間を過ごすのは数日ぶりの筈…なのに、
ミディと会ってから色々ありすぎて、まるで数年ぶりのように感じてしまう。
「やーっと一息つけたって感じだな?」
「カイも?」
「そりゃな。俺だって普通の人間だから考えることは似通ってるさ」
「ふぅん…」
「…。」
「…。」
「…ところでカイ、ちょっと聞きたいんだけど」
これだけが気になってしょうがない。
「んあ?」
「あなた、いつからここに居たの?」
「あー? 10時くらいかな」
10時くらいから…今は11時…。
「…じゃ、今まで何してたの?」
「ずっとここに座ってた。コーヒー啜りながら」
「…ずっと?」
「あ? ああ。どうかしたか?」
「そ、それって、私が寝てるの見てたってこと?」
思わず身を乗り出す私。
「いや、深い意味は無いんだが…静かに寝てるなーと思って」
「~~っ」
***
「…なあ、何怒ってんだよ?」
「怒ってないわよ」
「…だったらいきなり人の顔殴りつけるのは止めてくれ」
「自業自得よ。女性の寝顔ずっと覗いてただなんて…信じらんない。冗談じゃないわ。最低よ」
「言いすぎだろ、それ…。第一、俺はイリスがいなくてもここに居るつもりだったんだよ」
「どうしてよ。」
「風通し良くて涼しいからだよ。」
「…。」
不毛な口喧嘩、終了。
「誤解は解けたか?」
「…ええ。」
「んじゃ丁度いい」
椅子に座りなおして、私達は正面で向かい合った。
「昼までちょい間あるし、昔話につき合ってくれねぇか?」
「…昔話?」
「ああ」
頭をボリボリ掻きながらカイは続ける。
「ミディに話しても分かんねぇから、イリスだけに話しておこうと思ってな」
「難しい話?」
「そんな難しい話じゃねぇよ。ただ、ミディには刺激が強すぎる」
彼の顔が、声が、真剣さを増してきた。
「…何せ、1年前の事だからな」
「1年前って…それって、もしかして…」
***
…1年前で、刺激が強い話といったらこれしかない。
北東の宗教国家リットランドがラクソール国に対して起こした「戦争」。
彼ら、リットランドはエクイテスと呼ばれる重装騎士隊を主力として、
ラクソール国…つまり大陸側全土を「粛清」しようとした…。
理由は、至って簡単。大陸側とリットランドの宗教の教義が違っていたから。
…歴史では、リットランドの宗教は約1100年前に、当時のラクソールで一般とされていた
それの一派が枝分かれして作られた「分家」のようなものだったとされている。
ただ、その一派は自分達が神の末裔だと、位の高い僧正などは神そのものだと
解釈するような過激な教義であったためにファナティック…狂信的と呼ばれていた。
まさに「宗狂(fanaticism)」、そして「狂徒」。
その「狂徒」達は1100年前に渡った島「リットランド」を聖地として、
その地を訪れる人を彼らの宗教色に染めていったという。
しかし、余りの過激さに反発する人間の方が多いのは自明のこと。
そこで彼らが取った手段が、武力。力による布教だった。
逆らえばそこで「裁き」が下される。
「大粛清」。
事の起こりは1100年前にあったと言ってもいいかもしれない。
それが戦争という、力同士のぶつかり合いになったのは1年前。
巨大国家ラクソールと工業機械都市ハイアードが軍事協定を結んだ事に拠って、
大陸側とリットランドが正面衝突する事となったのだ。
***
「何だ、よく知ってる…よな。ガキじゃあるまいし」
「うん、まぁ…よく、知ってるわよ」
先生から習った歴史がここで役に立つとは思ってもみなかった。
「歴史にも詳しいみたいで…驚いたぜ」
「いい先生がいたのよ」
「そっか。でもここから先はイリスは知らない筈だ。…ついでにその先生もな」
***
その際にエクイテスに対する戦力として送られたのが機械…。
それも従来の自動操縦型モデルではなく、有人式の手動操作型。
機械の中に人が入って直接操作するというタイプである。
操縦士は、大陸全土から集められた。
リットランドを毛嫌う者、恨みを持つ者、戦略に優れた能力を持つ者…。
特に多かったのはリットランドに反感を持っている人間であった。
それもその筈だ。
大陸側の宗教関係者でリットランドを快く思っている人間はいない。
さらに、大陸側は敬虔な信者が数多く存在していた。
無数の機械人形。無数の操縦士…。
こうして対エクイテス勢力のケントゥリア(巨人隊)が完成した。
***
「しかしケントゥリアから逸れ(はぐれ)者が現れた。そつなく任務をこなしていたそいつが、
ある日を境に任務を放棄して、とにかく人命救助をするようになったんだ」
窓の外を見ながら、カイは続ける。
「何でだと思う?」
「………。」
私は答えなかった。いや、答えられなかった。
どう言っていいのか、言うべき言葉が全く見つからなかった。
「なあ、イリス。」
「えっ?」
「イリスの答えは当たりだよ」
「…え?」
ずっと、窓の外…遠くを見つめるような目で続ける。
「そいつは見ちまったんだよ。何も言うべき言葉が見つからない光景ってヤツを。
…そんでもって、他の人間にはこんなモン見せたくないって思ったんだ、きっとな」
「ねえ、カイ?」
「ん、どした?」
「その人って、女の子を瓦礫から助けたことあるかな?」
「ああ…あると思うぜ」
「…伝言…頼める?」
「?」
「ありがとう。助けてくれて…って。」
「…そのうち伝えておくよ。」
「ん」
「さってとー。いい具合に昼飯の時間だな。何か適当に食うかー」
-第5枠 side-a 了-
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